152話 おっさん少女は皇帝と対峙する
様々な美術品が並ぶ地下の保管室。薄暗く室温が一定となっているため、冬でも寒くない。まるで美術館の保管室のような部屋に一人の男性が立っていた。
片手には古びた辞書を持ち、真っ赤な昔の軍服を着ている。そしてニ角帽子を被っていた。朝に会ったときのちょび髭が似合っていないくたびれたおっさんである市井松船舶の社長。
違うのはすでにくたびれたおっさんには見えないところだ。人が違うよう、いや、実際に違っているのだろう。眼光は鋭く自信にあふれた顔をしている。纏っている空気が違う。一般人ならば平伏する威圧感を発している。
「有名人のコスプレですか? それならば、もう終わりにしてお帰りになることをお勧めします」
ちょび髭に、いやもう既に元ちょび髭に遥は違うとわかっていながらも、一応問いかける。無駄であろうが、一応自我が残っているか聞いてみる。
ちょび髭のエゴが辞書と反応してダークミュータントになったのであろう。それだけ闇が深いのであれば辞書に憑いていたダークマテリアルと思える力を取り込んでいてもおかしくない。なにせ有名人と思われる者の持ち物だ。
「ふむ………。吾輩のことがわかると見える。さすが吾輩だ。幾年月経過しようとも名は残っているか」
口をかすかに笑いに変えて、満足そうに一人でうんうんと頷いている。そして、こちらへと威圧感を伴う視線を向け、手を掲げ厳かに口を開く。
「では、自己紹介といこう。吾輩は皇帝ナポレオン・ボナパルト。死して新たに力を得て、この世を我が手にするために、戻りし者なり。平伏せよ。平民よ」
その言葉を受けて、瞼を閉じる遥。再びゆっくりと瞼を開き、その瞳に強き光を宿して自己紹介をする。
黒髪黒目のショートカット。眠そうな目に桜のような唇。子猫を思わせる庇護欲を喚起させる可愛らしい小柄な身体をもつ可憐な美少女は口を開く。
「私の名は朝倉レキと申します。皇帝さんを再び退位させる者です」
可愛く小柄なる体躯に合わない戦意を満ち溢れさせ、レキは身体を半身にして構える。右腕を体の前に持ち上げて突きの体勢をとる。
その戦意を受けて、そして名乗りを聞き、ナポレオンは呆れたようにかぶりをふった。
「ふむふむ。いつの世も身の程知らずとはいる者だ。可憐なる少女よ。そなたもどうやらなにがしかの力を持っているようだが、吾輩にはかなわんよ」
そして持っていた辞書をレキの目の前に見えるように、自信満々の表情で掲げた。古びた辞書は既に無く、新品同様の輝きを持っているのが見える。
「だが、余の辞書にできぬ不可能なことはないのだよ。さぁ、復活した吾輩の初陣の誉れとなる栄誉を与えよう」
戦いの宣言を、自らの勝利を疑わぬように口元を曲げて言い放つナポレオン。
レキは油断なく、ナポレオンの辞書を見る。先程の攻撃は空間移動である。あれを受けるとまずいと感じたのだ。それに辞書だ。他にも多様な攻撃方法がありそうだと簡単に予想できる。
「ご主人様! ミッション発生です。辞書皇帝ナポレオンを撃破せよ!exp45000、報酬空間の珠玉です。そしてあのミュータントの名前は辞書皇帝ナポレオンと名付けました!」
ふんすふんすと鼻息荒く伝えてくるサクヤ。でも名づけはミッションの名前をパクったと丸わかりである。そこはつっこんではいけないところなんだろうなぁと、遥は思った。
「辞書皇帝とは気の利いた名付けだね。やるね、サクヤ」
褒める遥にサクヤは満面の笑顔で調子にのった。
「そうでしょう、そうでしょう。私もどんどん成長しているんです。ご主人様もそろそろ大人に成長しましょう。私が教えますので」
やはり変態度は変わらない模様。セクハラも混じっているので、あとで叱らなければなるまい。レキには早い言葉だ。あと、もっと気になることがある。
「あのさ、単体のミュータント撃破がミッション撃破に出てきたのって初じゃない? あいつは危険そうな匂いがプンプンするんだけど。強そうな気配がバンバンするんだけど?」
早くも怯む遥である。貰える報酬の前に、単体のミュータントの撃破というところがヤバイ感じがするのだ。
だが、レキはその遥の言葉に薄っすらと微笑む。
「問題ありません。私たち夫婦の力があれば勝てない敵などいないです」
自信満々に嬉しそうに語る戦闘民族美少女。自分が負けるとは欠片も思っていないポジティブ思考である。
「まぁ、そう言うと思っていたし。いつものように二人の力でサクッと倒しますか」
嘆息して遥もその言葉に頷く。なんだかんだで危険な匂いがするが、戦わないといけないのである。
いつもの如く、そしていつもとは違う戦いを見せようと決意する。
「では新装備の力を見るとしますか。レキ、ヴァルキリアリング解放だ!」
「わかりました。旦那様」
レキは指に嵌めてあった指輪に力を込める。ヴァルキリーの横顔が彫ってある銀の指輪は、光り輝き粒子となり、レキを包み込む。
レキの身体に神話にでるような、ヴァルキリーの鎧が装着される。流線形の額あてには羽飾りがついている。ハーフプレートの胴鎧には中心に宝石が輝いており、神々しい意匠が施されている。腕、脚へそれぞれ装甲が覆い、全体の色は青に白と黄金のラインが入ったアーマーであった。
「戦乙女朝倉レキ! 闇のミュータントを撃破するため、ここに参上!」
ビシッと右腕を斜め前に突き出して、左手を水平に伸ばし、両脚を少し開いてニコリと微笑む美少女レキ。
こういう時だけ、遥がレキの身体の主導権をとり、アニメの魔法少女のようなポーズをとる。
もう参上というか惨状である。このおっさんは黒歴史日記をどこまで書き続けるつもりなのか、わからない。
「ご主人様! 可愛いです! 似合っています。キャー、正義の戦乙女朝倉レキ! 最高です!」
キャーキャーと叫び感動でむせび泣く変態銀髪メイド。ベストショットを撮影しないととあたふたしている。
そのアホなおっさん少女の姿を見て、辞書皇帝はツッコミを入れずにただ感想を述べる。
「ふむ………。英雄をヴァルハラに連れていく神であったかな。吾輩を再び冥府に連れていくために顕現したか。ならばここで殺しておかねばならぬな」
古い時代の人物を基本にしてあるだけあり、魔法少女かよというツッコミはなかったので、内心助かったおっさん少女であった。どちらがコスプレかわからない状況であった。
なにはともあれ、戦闘は開始した。
先手をとったのは辞書皇帝であった。すぐに辞書を開き、力を発動させる。
辞書からは、その容量を無視した紙がバサバサと空中へと噴出させるように出てくる。またもや空間を埋めるように白き紙吹雪となる。部屋が一面白き紙だらけへと変わっていく。
「皇帝たる吾輩の力を思い知るがよい。古き神よ」
紙吹雪の向こうからナポレオンの声が聞こえてくる。
「皇帝技ペーパースラッシュ」
その言葉とともに、超常の力が発動して、木の葉の如く、A4程度の大きさの紙がそれぞれ金属のような色を纏う。そのままレキを斬り裂かんと回転して迫りくる。空間を埋めんとする全ての紙がその動きを取り始める。
レキは微笑みのまま、その攻撃を見る。新装備にて復活した手甲の出番と喜ぶ。
「星金の手甲展開」
そう呟くと黄金に星の輝きを宿す手甲がレキの右腕を覆う。
眠そうな目を僅かに大きく見開き、紅葉のようなおててを水平に伸ばし、指を手刀の形にするレキ。
そうして、新装備になってから、初めての超技を発動させる。
「超技星金剣の舞」
黄金に星の輝きが纏われた軌跡が空間を占める。数百条にも数千条にも現れた軌跡は飛翔し迫りくる紙の刃を全て反対に斬り裂いていった。抵抗感もなく、次々と紙の刃は力を無くし、バラバラとなっていく。
細かく斬り裂かれ、数センチの大きさまで小さくなった紙は本当の紙吹雪となり、パラパラと部屋を漂っていく。
「これが本当の紙吹雪ですね。先程のは少し大きすぎました」
地面へと落ちていく紙吹雪。それを眠そうな目で己の技の結果を淡々と見るレキ。そのまま視線をナポレオンへと向ける。
「それにわざわざ技名を言って入れるから、対応が楽だね」
こっそりと内心でレキに伝える遥。こらちも技名を言っているのは、レキは可愛いのでいいのだ。くたびれたおっさんはダメなのだ。なので、ナポレオンもアウトなのだ。
あっさりと自らの攻撃を防がれたナポレオンは、それでも眉をぴくりと動かすのみで動揺をしていない。
「まだまだ吾輩の辞書の力はこんなものではないぞ? 少女よ」
「そうですか」
レキは、床を蹴りその体を消す。いや、消えたような速さで移動をしたのみである。
空間を跳んだような速さで瞬時にナポレオンの懐に飛び込み、右拳を撃ちだす。狙うは頭。一撃必殺である拳である。
突風を巻き起こし、ナポレオンの顔へと拳は狙い撃ちだされる。その攻撃をナポレオンは笑い、回避をしようともしていない。
ドスッとその拳が突き込まれるが、ナポレオンの顔にではなかった。1枚の紙がナポレオンの前に現れて今や戦車をも一撃で貫く拳の攻撃を柔らかそうに見える紙1枚で受け止める。
衝撃は完全に受け止められて、勢いがなくなる拳。その結果に僅かに動揺するレキ。
紙が拳の攻撃で散っていく陰から、ナポレオンの左抜き手がレキへと攻撃してきた。
レキは動揺を消して、その攻撃に左手をそえてずらす。そのまま体の横を風を逆巻きながら通過していく抜き手を無視して、左足を大きく踏み込み、ナポレオンとの間合いを狭め、左肘をナポレオンへと繰り出す。間合いを狭めての肘打ちである。今度こそは当たると思われた。
だが、その攻撃も紙がいつの間にかナポレオンの数センチ前に現れて防がれる。ナポレオンは防御の構えもとらずに、ただ攻撃のみの構えである。ナポレオンは左足を床へと擦るように支点として、右足のキックを入れてくる。
ただの人が繰り出す蹴りではない。体がぶれて一般人には目で追うのも不可能な速さからのキックである。
肘打ちの体勢のままで、防御できないレキは胴体を蹴られて吹き飛ばされた。しかし、空中で体勢を立て直し、体を翻し左足から華麗に着地する。ダメージはさすがの新装甲。全く感じなかった。
しかし問題は発生している。明らかにナポレオンはこちらの攻撃を見ていた。
「まじか。あの皇帝、体術も使うの? え? 昔の偉人って体術も得意なわけ?」
レキに勝るとも劣らない体術を繰り出すナポレオンの攻撃に驚く遥。ナポレオンって、どこかの体術の使い手だっけと考えてしまう。そんなの教科書には載っていなかったよと。
「ふふん。驚いているようだな。吾輩はこれでも多くの暗殺を切り抜けてきた人間でね。自分を守る術ももちろんもっているのだよ」
余裕そうに語るナポレオン。たしかに威張るだけのことはあるみたいである。これは少し予想外だ。
「だが、吾輩の力は体術などではない。軍団の指揮にこそ力を見せるのだよ。見よ! この力を!」
右手に持っている辞書を再び開く。再び紙がドッと溢れるように出現し始める。膨れ上がる紙の群れ。
「皇帝技 神の軍団形成」
超常の力が空間を占めていく。それに合わせて無数の紙の群れが、その一枚一枚の紙がゴワゴワと変化していく。膨張して人型となっていく。
ずらりと変化した無数の人型はマスケット銃をもつ兵士。大砲を運ぶ砲術士の軍団となった。人型の紙の兵士はのっぺらぼうであるが、きちんと人の兵士の形をしている。
「紙だけに神の軍団とはちょっとつまらない冗談だよね」
遥は呟く。一人一人の兵士からもかなり強大な力を感じる。恐らくはスカイ潜水艦レベル。いや、もっと強力であろう。それらの攻撃を受けたら、極めて面倒そうである。
「サイキックレーザー」
場所が悪い。この狭い場所では集団戦は不利になるだけであると遥は判断して頭上へと超能力を発動させた。
空間の歪みが極太のレーザーとなり、天井をその上にある他の地下階層も全て貫いていく。
一直線に貫き、バラバラと瓦礫が落ちていき、空の光が見え始める。
遥の意図を読み、レキはすぐに地下から脱出を試みる。
「ヴァルキリアウィング展開」
青い光の粒子で形成された2翼がレキの背中に出現する。美しき光の翼である。そして、そのまま床を蹴り高速にて羽ばたき飛翔して地下から抜けて出ていく。
「追撃戦も吾輩は得意でね。軍団よ、追撃をせよ!」
レキが地上へと抜けていくのを見て、ナポレオンはすぐさま軍団へと命令する。兵士たちは軽々と空中を飛翔してレキを追っていく。
ナポレオンがレキを追って、その体を浮遊させて同じように外に出る。
「むっ! これは………」
ナポレオンが外へとでると、一面は雪化粧がなされ真っ白であった。そして、シンシンと雪が降り続けている。その驚きから、外が雪とは知らなかったようだ。
そのナポレオンへとレキは丁寧に可憐な身体を折り曲げて礼をする。ナポレオンにこの戦場の景色を伝えてあげる。
「たしか、ナポレオン最大の敗北は冬将軍でしたね。雪に包まれ、兵士は戦うこともできずに死んでいったとか。この舞台は貴方が再び死ぬ場所にふさわしいと思います」
その礼を見て、その皮肉めいた説明を聞いて、顔をどす黒く怒りに変え、身体を震わすナポレオン。
「ぬかせっ! 昔と今では違うのだ。吾輩にはこの無敵の辞書がある! もはや敗北などあり得ん!」
「その辞書に本当に不可能という言葉が無いか確認しましょう」
ナポレオンが辞書を振りかざし怒鳴るのを受け流して、いつも通りの眠そうな目を向けて平然とした表情でレキは返事をした。
「銃士よ、奴を狙い撃て! 一斉射撃開始! 砲手は敵の回避場所を埋めるように攻撃せよ!」
すぐさま、ナポレオンは自らの軍団へと指示を出す。その指示を受けて、超常の力にて形成された神の軍団は銃を構えて、または砲を撃ちだす準備をする。
レキもその行動をみて、次なる一手をうつ。
「風妖精の力を解放」
右腕につけていた緑色の腕輪が光り輝き、シルフを装うエネルギー体が生み出されてレキと融合する。
「ウィンドモード!」
喜んで叫ぶ遥。こういう時は口を出す、ノリノリの困ったおっさんである。
風を纏う戦乙女レキ。空中に浮かんでいるにもかかわらず。その纏っている風により雪原の雪がヒラヒラと舞い始める。レキの姿を見て、軍団はその武器を撃ち始めた。
マスケット銃からは、旧型の銃とは思えない威力の銃弾が高速で撃ちだされ、砲からはクラスター爆弾を上回るブドウ弾が発射される。
レキに迫る銃弾の前に、その体がぶれる。一つでありながら無数の虚像が見える。そして無数の嵐と化した銃弾はレキへの身体へ命中するかと思われたが、そのまま透過していく。
透過されたことにも紙である兵士たちは動揺を知らず、次々と撃ち込む。だが、全ては透過していき命中することはなかった。
透過して、遠方に飛んで轟音とともに着弾する銃弾や砲弾。その影響でクレーターがいくつも生まれる。
ナポレオンはその現象を見て、何が起こったかわからない。確かに命中しているはずなのに、全ての攻撃が透過していくのだ。動揺を表情に表して呟く。
「何が起こっているのだ………。確かに命中しているはずだ………」
攻撃が止み、兵士の動きが止まる。力が尽きたのだろう、連続射撃にも限界があるとわかる。
そこには無傷のレキが空中に浮かんでいるだけであった。ダメージを負ったようには見えない。いずれの攻撃も透過してしまったのだ。
レキがナポレオンを見て話しかける。
「ちょっと回避速度をあげたのみです。どうやらそちらの銃弾は遅すぎて、私の体に当たることはありませんでしたね」
「馬鹿な! 銃弾が透過するように見えるほどの速度だと! 貴様、どれだけの速さなのだ!」
「ウィンドモードは速度を大幅に上げるのです。どうやら貴方の兵士は退場の時間みたいですね」
レキは高揚した表情にもならずに淡々と告げる。
「念動破壊」
遥が新たなるレベル8の念動の一つを使用する。一瞬、空間が歪み、キンッとなにかが砕ける音がした。それと同時に全ての兵士の体が捻じれて砕けていく。
念動破壊は残念念動力である。簡単に言えば即死技だ。ただし、即死技にふさわしく格下でも抵抗力が無い敵でないと効果がない。効かなかった時のことを考えて外まで脱出したおっさん少女。
「でも、紙だけに紙装甲なのだね。問題なく全滅できたみたいだね。紙装甲だけに」
得意げに遥が何か呟いているようだが、幻聴だろう。
ナポレオンが次の手段をとろうと、辞書を掲げる。辞書をレキに向けて使用するべく、視線をレキへと向けるが、空中にいたはずのレキの姿は見えなかった。
「では、第二ラウンドですね」
自分の目の前から声がすると思ったときには、小柄な少女が懐に入り込んで拳を繰り出していた。
だが、自分には無敵の装甲がある。紙一重で防御できる力である。
先程と同じ結果になると思われたレキの拳。先程とは違うのは、レキの攻撃速度が視認できないことだ。ありえない速度で攻撃を繰り出しているのがわかる。しかしまたもや、紙が現れて妨害する。その結果に安堵するナポレオンは、そのまま顔に拳を叩き込まれて吹き飛ばされた。
「ぐへぇっ」
無様に叫びながら、雪原をゴロゴロと転がっていくナポレオン。
「通常攻撃では、さすがにダメージを負わせるのみですか」
レキは今度は殴れたと、手の平をグーパーと繰り返す。得意気な表情を見せている。
雪原に倒れ伏したナポレオンが、よろよろと立ちあがる。そして、こちらを憎々しく睨む。
「貴様っ、なにをしたっ! なにゆえ吾輩に攻撃を入れることができた!」
その問いかけにレキは親切に教えてあげる。簡単なことだと。
「無数の紙が妨害するなら、妨害するだけの紙を打ち破るだけの無数の拳を繰り出せばいいと思っただけです」
脳筋極まる答えをするレキであった。防がれるなら、防ぎきれないだけの攻撃を繰り出そうである。
「では、さようならの時間となったみたいですね」
体を半身にして構えるレキ。構えのみで空気が震え、気迫と戦意が視覚化されているように、ナポレオンには感じて思わず後ずさる。
「うぬぬ。まだだっ。吾輩の辞書の力をみよっ! 不可能など載っていない、この辞書の力を!」
辞書から再び紙が溢れだす。溢れ出した紙は世界を埋めるかの如く空間を埋めていく。ニヤリとナポレオンは笑い、勝利を確信した表情で力を発動させる。
「皇帝技カノンクラスター」
レキを囲むように溢れ出した紙。それら全ての紙が砲弾と化していく。超常の力を持った砲弾である。その力は島全体を更地に簡単に変えるほどの量であった。
その力を見て、自信を取り戻したナポレオンは傲慢に口元を歪めて叫ぶ。
「これが吾輩の辞書の力だ! この攻撃は回避しきれまい! さらばだ、神の少女よ!」
その叫びが合図となり、砲弾が高速で飛来してくる。もはや嵐ではない。絨毯爆撃となっている攻撃だ。
しかし、レキは動揺せずに、腰を落とし右腕を引き絞り超技を繰り出す。
「超技サイクロンブロー」
ウィンドモードにて風の力を纏ったレキの右拳は水平に竜巻を生み出した。その竜巻は飛来する砲弾全てを巻き込み砕いていく。レキの生み出した逆巻く風の威力は囲むように迫った砲弾をも吹き飛ばしていく。
レキの生み出した竜巻が自身に届くのを見たナポレオンは驚愕の表情でその力を見た。慌てて紙の防壁を生み出すが、抵抗感もなく竜巻により斬り裂かれて消えていく。
自陣も竜巻に巻き込まれ、体が斬り裂かれ砕かれていく。頼みの辞書も竜巻により、バラバラと細かい無数の紙片となっていたのが見えた。
「吾輩の、吾輩の、復活がぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そして自身も無数に斬り裂かれて存在が消えていくのを感じるのであった。
ナポレオンが消滅して、再び静寂の雪の世界へ変わる。
「ふふん、紙では神にはかなわないのだよ」
得意満面にふんすと息を吐きながら、腰に両手をあてて、満足そうに胸をはるおっさん少女。どうして、遥は常におやじギャグを入れないといけないのだろうか。
雪原がもっと寒くなったような感じがした一言である。
「あの辞書には敗北の文字は載っていたのでしょう。敗北の文字が刻まれている力を使えば敗北するのは当たり前です」
レキが、遥より気の利いた発言をする。圧倒的にレキの勝ちであろう。だって美少女だもの。
そうしておっさん少女は皇帝を打ち破ったのであった。