151話 女武器商人は豪華客船で商売をする
ドサリと自分が床に打ち付けられたことに、静香は気づいた。貴金属だろう箱を前にして完全に油断していた。
床に打ち付けられた際に肩から落ちたので、僅かに痛みが走る。自らの迂闊さに舌打ちしながら、何が起こったかを確認する。
周りを見渡すと、レキとともに入り込んだ金庫室ではなく、見覚えのある豪華な内装の広間にいた。豪華客船内に忍び込んだ際に通った場所である。即ち、自分は今、豪華客船内に移動させられたということだ。
「どうやら、罠にかかったのかしら? それとも何かの攻撃かしら」
呟き、考えるが情報が足りない。なにせ、あっという間の出来事だった。レキの警告が聞こえたと思ったら、白いなにかに包まれてここにいた。しかも、状況は最悪だ。
「お嬢様はこの罠だか攻撃だかを防いだのね。参ったわ」
見渡す限りには、レキは見えない。警告とともに自分は守ったのだろう。さて、どうするかと、考え始めたところドサドサと音がして、人が空間から出現した。
レキも送られたのかと、静香は一縷の期待を持ち、送られてきた人間を見たが、残念ながら自分の望んだ相手ではない。
チッと舌打ちをするが、現状打破には少しは役に立つかもしれないと考え直す。
ドサリドサリと周りからも何人も人が送られてくるのが見えた。考えるにどうやらホテル内全員へと影響したのではないか。
「いった〜い! なによこれ! 何が起こったわけ?」
広間に響き渡る甲高い悲鳴を、空間を飛ばされてきた一人が叫ぶ。お尻から落ちたのだろう。顔を歪めて痛そうにお尻をさすっている。
「摩耶様、いったい何が起こったので」
高飛車女のすぐそばに現れた傭兵団長が、周りを見ながら話しかけようとした。
「諸君。諸君たちは恥ずべき盗賊たちの集まりである! しかるに、本来は銃殺刑とするところを、特別に吾輩の軍隊への志願を許す。光栄に思うが良い。すぐに汝らを軍人として鍛えるべく、教官が迎えに来るだろうから、そのままそこで待て」
船内に威厳のある重々しい声が響き渡り、誰もがその言葉を耳に入れた。
「今のはお父様? どうしてお父様がこのようなことを! お父様! お父様!」
困惑し、今聞こえた声が返事をすると信じて、摩耶がヒステリックに叫ぶ。現状がどうしても把握できないらしい。
当然だ。もはやこのエリアは人が生きる場所ではなく、化物が生きる場所なのだから。
「うあああぁぁぁ!」
摩耶が、そうやって諦めずに叫んでいる以上に、大声での叫びが聞こえた。すぐに声のした方に振り向く。手は懐へと入れている。
見ると、兵士の一人がゴーストに食いつかれていた。どこからか現れたゴーストはまるで魂でも吸うように、兵士の首元へと食いついている。兵士は懸命にゴーストを引き剥がそうとするが。その手はゴーストの身体をすり抜けるばかり。
吸われ続けた兵士は、その顔を老人の如くに変えて、声もか細くなっていく。周囲は唖然と口を開けてその様子を見ているのみであった。
少しして、魂を吸いきったのであろうか?ゴーストはようやく兵士の首元から口を離して、ゴミのようにその身体を捨てた。
ドサリと倒れ込んだ老人としか見えない兵士。髪は白くなり顔はしわくちゃで恐怖の容貌で死んでいた。
誰かが呟いた。これは夢なのか?と…………。
ゴーストはそのまま、周囲の人間へと視線を移す。半透明の身体に、なぜか顔がぼやけてよくわからない。そのゴーストはニタリと耳まで裂けた口で微笑む。
人々は、このようなことをたくさん見てきた。無論、映画や小説の中でだ。だからこそ現実感は無かった。
夢ではないか?
誰かのイタズラでは?
ゾンビに襲われて、なおゴーストの存在を信じられない人々。ゾンビは何かのウィルスの影響かも知れないが、ゴーストは違う。例えばそれは、西部劇を見ていたら、エイリアンが襲ってきたり、現代の恋愛物を見ていたら、ゴブリンが絡んできたり、全く脈絡のない違った領域なのだから。
だが、否が応でも人々は目の前のことが現実だと思い知った。
「きゃー!」
「だずげでっ」
「げばっ」
あちこちで悲鳴があがる。それは断末魔の叫びだ。命が消えていく音だ。周りからは次々とゴーストや死神が現れて人々の命を啜っている。
広間だけではない。扉の向こう、階上から、様々な場所からその音は聞こえてきた。恐らくは生存者全てがこの豪華客船に移動させられたのだろう。
ゴーストは摩耶にも向かってくる。だが、アサルトライフルを持ったままだった奥津が、銃弾が透過されても、苦渋の表情でアサルトライフルの引き金を引き続ける。おぞましく奇声を上げながら口を開けて迫りくるゴースト。
アサルトライフルの弾倉に入っていた弾丸が尽きる前に、諦めないその闘志が効いたのか、ゴーストは奥津へ食いつく前にその攻撃で霧散する。
奥津はゴーストが倒れたことに、内心で安心する。今のは危なかった。しかし、今の戦いで不安がよぎっている。ゴーストを倒すのに弾を使いすぎた。今の手持ちのマガジンを入れても、そんなに持たないと考える。
だが、ここで怯むのは、死と同義だ。残っている兵士たちに奥津はすぐに呼びかける!
「コイツラは見た目は銃弾が効きそうにないが、殺せる! 怯まないで戦えっ!」
戦意に満ちている目つきで、周囲を鼓舞する奥津。常ならばそれで部下たちは平静を取り戻し統率の取れた戦いへと戻る。それは常ならばであった。この非現実的世界での戦いは兵士の心を折っていた。
「きぃぁぁぁぁぁ」
とどめを刺すように、ガラスを引っ掻くような叫び声をゴーストの一匹があげる。その力は物理的力を持ち、人々を麻痺させて、動けなくした。そうして、次々とゴーストに食いつかれていく。
死んでいく人々の惨状を見ながら、もはやこの戦場は敗北していると奥津は悟った。形勢を取り戻すことは不可能だ。自らが生き残れるかを考える時間。瞬時にこの船内の見取り図を頭に浮かべ逃走経路を考える。クライアントである摩耶を担ぎ、逃げ出そうと決意し行動に移す時であった。
「フフフ、傭兵団長さん? ここはビジネスの時間だと思うのだけど。そこの社長令嬢さんも」
いつの間にそばにいたのであろうか? 奥津のすぐ目の前に金持ち姉妹の姉の方が妖しく蠱惑的に立っていた。
いや、この女は金持ちのお嬢様ではないと、その冷静沈着に妖しく蠱惑的に微笑む静香を見て、思いなおす。
この女からは死の匂いがする。自分たちと同様か、それ以上。なぜ最初にその判断を間違えたのか。判断を間違えた自分が信じられない。判断のミスは死へとつながる職業だ。それなりに判断力には自信があった。
「なによ! なに? ビジネス? この期に及んで、なんのビジネスよ!」
静香は微笑みを崩さずに摩耶と奥津を見る。そろそろ本業の時間の始まりだ。始めようではないか。
自分の商売を。
バッとトレンチコートを翻すと、中に仕舞われていた武器の箱が呼び出される。昔であれば、担いでいた自分だが、今は違う。苦心して作った敵を封印する着こむ武器。即ち、トレンチコートに箱を仕舞っていたのである。
自らの能力は銃系作成の能力だ。しかし他の武器も能力は断然劣るが作成できるようになったのである。武器であれば良いのだと発想を変えたところ、かなりの自由度で面白い武器を作成することができた。ただ、ほとんどは威力が無く役に立たないので、使えるのはアイテムを持ち歩けるようになる封印系武器と潜入用の武器ぐらいだけだが。
ズドンと大きな音をたてて、3メートルはある金属の長方形でできた箱が床に置かれる。飾り気もなにもない箱だ。ガシャンと箱が開き始め、ロケットランチャーから小さいデリンジャーまでがずらりと並ぶ。
「お代はこの客船にある貴方たちが大事に仕舞いこんでいる商品全てでどうかしら」
ぼったくりと言われようと、ここは戦場である。戦場には戦場の値段がつくのだ。山小屋のビールが1000円するように。商品の価値は変わるのである。
「さて、迷っている時間はないと思うのだけど? どうしますか? お買い上げになりますか」
腕を組み、妖しい微笑みを変えずに、静香は取引を持ち掛けるのであった。
広間には、惨状が広がり、次々と人々が死んでいく。ゴーストのエナジードレインで、枯れ木のように倒れ伏す者。死神の大鎌で首を、体を斬り裂かれて肉片となり床に散らばっていく者。それぞれは死に方は違えど、等しく死んでいく。
その惨状を見ても、ヒステリックに摩耶は静香へと喚いた。ふざけた取引を持ち掛けた女へと。
「ふざけないでよ! この客船に置いてある商品全部と交換? その箱に入っている武器全部と合わせても全然釣り合わないわ!」
怒りの表情で、憎々しく静香を睨む摩耶。
「あら、それじゃ残念だけど、取引は中止かしら? 言っておくけど、ここの船内は異常な空間よ。普通に脱出できるとは思わないことね」
その怒鳴り散らす声を、軽く受け流し平然と静香は肩を竦めて答える。
「はぁ? 何いってるわけ? 貴方、何者? そもそもおかしいわ。なんでそんなことを知って」
「摩耶様! ここは言うとおりにしておきましょう! どうやらこのご婦人は最初からこちらの盗品を狙って入り込んだみたいですぜ。この現象にも一枚噛んでそうだ」
摩耶の言葉を遮り、奥津が静香の変化を一つたりとも見逃さないとばかりに睨みながら鋭い口調で言う。
「ここは逆らわずに言うことを聞きましょう。なに、盗品なんぞいくらでも世界にはあります。次の儲けまで我慢ですぜ」
奥津の言葉に、顔を真っ赤にして唸る摩耶。余程悔しいとわかる。だが、現状は待ってくれない。そろそろ周辺が静かになり、死に際の声が少なくなっている。今すぐに判断をしなければならない。
「わかったわ! この武器の代金は船に置いてある商品全部としましょう。文句は無いわよね?」
摩耶の絞り出すような声を聞いて、静香はニコリと微笑んだ。
「お買い上げありがとうございます」
奥津は周辺でまだ生き残っている兵士たちを集め始め、箱の武器を配り始める。
そうして、脱出行は始まったのである。
通路には無数のゴーストが湧き出るように次々と現れる。不規則に通路を空中で縦横無尽に移動しながら、生者を憎む窪んだ黒い目を向けながら、食い殺さんと近寄ってくる。あぁ~と呻き声をあげながら迫りくるその姿は、恐怖の象徴そのものだ。
「撃てっ、撃てっ!」
そのゴーストへと奥津率いる兵士たちは、それぞれ武器を構えて撃ちまくる。
なぜか100発入るハンドガン。敵へ命中するように僅かに曲がる銃弾を放つアサルトライフル。敵を凍り付かせる冷凍弾。溶かして仕留める硫酸弾。どれも非現実的な武器だ。
だが、その効果は圧倒的であった。通路に溢れるように迫りくるゴーストは、それぞれの攻撃により、霧散したり、凍り付き砕かれて、溶けていく。
「おぉっ! これは凄いぜ。こんな武器があったのかよ」
兵士の一人が自らが使用したアサルトライフルを見て、驚愕の表情を浮かべる。銃弾が僅かに曲がり命中修正されるのも凄いが、自分の使っているアサルトライフルの銃弾より明らかに威力も高そうなのだ。
喜んでいる兵士を横目で見て、奥津は苦笑する。いつの間にこんな武器が開発されていたのか? しかも闇ルートに流れているのか? この女武器商人は何者なのか? わからないことばかりだ。
死神が通路の陰から現れるが、すぐさま、その姿をみてとった兵士の一人がランチャーの火炎弾にて燃やし尽くす。
「確か、五野さんだっけか? 偽名だろうが、聞いておこう。この武器はどこで?」
眼光鋭く静香を見やり問いただす。その問いに静香はもちろん答えた。
「フフフ、私の所属している財団は優秀な人材ばかりなの。末端は開発した武器を売っているわけ」
俺らは試作された武器を試すためのモルモットというわけかと、奥津は悟る。そして、この状況もその財団とやらが仕掛けたのではないだろうか? あまりにもタイミングが良すぎる。ウィルス実験から戦闘テストまでを自分たちがやらされていると考える。映画のような状況であり現実にそんなことが己に降りかかるとは考えていなかった。
そうすると、かなりやばい状況にいるとわかる。おかしいと思ったのだ。豪華客船に現れたゾンビたち。島内もゾンビたちで溢れていた。そして本土は何も起こっていないにもかかわらず、フェリーも救援隊も来ない。恐らくはゾンビたちの戦闘実験も兼ねていたのだ。全て仕組まれていたとしたら、財団とやらはかなりのでかい規模である。
そして実験として使われた自分たちの末路も容易に想像できた。死人に口なしであろう。
稼がせてもらったが、そろそろ縁を切るときかもなと奥津は、一生懸命に兵士たちについてくる摩耶を見る。赤字が続く船舶業界の中で黒字をたたき出すために、裏稼業に手を出した社長令嬢。社長は嫌な顔をいつもしていたが、赤字から回復する案がない限り摩耶の言いなりで気力をかなり失っていた。
しかし、裏稼業とは裏切りが横行する世界。金の切れ目が縁の切れ目。もしくは権力者という長い尻尾には巻かれる世界である。
自分たちが処分される前に、傘下に入るなりなんなりの条件を申し出て命を助けてもらうしかないと推察する。強力な権力者の前では傭兵なぞ、塵芥だ。映画のように活躍して命からがら脱出などできない世知辛い世界だ。
静香を見ると真剣な表情でマグナムを撃ち、次々と死神やゴーストを倒していく。傭兵でも見たことがあまりない銃技だ。一発も外さずに命中させて敵を倒していく。
「なぁ、五野さん。俺たちはこの仕事が終わった後に少し話すことができると思うのだが」
できるだけ愛想よく静香へと奥津は話しかけるが
「そうかもしれないわね。でも、まずは商品配置区画へと案内してもらえるかしら? この状況を止めるのにはそれしかないわ」
にべもなく静香は冷たく返事をする。
「摩耶さん。この区画の先にあるということでいいのかしら?」
そうして、静香は摩耶へと視線を向けて問いただす。普段、こんなに走ったことがないのであろう。汗だくになりながら摩耶はカードキーを取り出した。
「ッ そうね、随分区画は変わっているけど、多分この先よ」
そうして摩耶の案内により、かなり進んだ後に何もない行き止まりにつく。あるのは壁に掲げてある絵画ぐらいだ。
「ここで間違いないの? それとも道を間違えた?」
道を間違えたら、少し厳しいと静香は思う。まだまだ敵は現れている。兵士たちが倒しているが数が集まってきたら、まずい。
「大丈夫。ここよ。ここの絵画をこうすれば………」
摩耶が絵画をずらす。そして壁をこんこんと叩くと、壁の一部が開きカードリーダーが現れる。そして摩耶は自分の持っていたカードキーを通す。
ピピッと音がして壁が開き始めた。内部には新たな通路が見える。
「なるほど。ギミック好きね。摩耶さんは」
静香は感心して頷く。現実でこんなギミックがあるとは思わなかった。レキが喜びそうだと考えて、少し微笑む。
「この奥よ! 急いで!」
摩耶の一言で兵士たちとともに開いた通路へと飛び込む面々。通路に入りながら振り向くと、ゴーストやゾンビがまるで満員電車のラッシュのようにこれまで通ってきた道を塞ぎ近づいてきている。
最後の一人が開いた通路へと飛び込むと同時に開いてた壁の扉が閉まり始める。
静香たちの目の前までゴーストたちは迫ってきたが、ぎりぎり扉は閉まりどんどんと叩く音がするのであった。
ホッと逃げ切ったことに安心して息を吐く面々。それを気にせずに静香は通路を進むとまた扉があった。
銀行にあるようなでかい金属製の扉であるが、摩耶が再びカードキーを使うとあっさりと開き始めた。
「中には、ボスがいると考えていたけど、予想通りだったみたいね」
静香は開いた扉の中を覗くと、中には船長服を着た人間が後ろを向いてポツンと立っていた。その姿をみた摩耶が驚きの表情を浮かべる。
「船長! 貴方どこにいっていたわけ? 脱出するときにいなかったから、てっきり死んだと思っていたのに」
摩耶の問いかけに、船長がか細い声で呟く。
「メーデーメーデー。こちらクイーンマーヤー号。メーデーメーデーこちらクイーンマーヤー号。謎の襲撃により………」
静香はそのか細い呟きを聞き取った。そして思った。あぁ、やっぱりいるのねと。マグナム弾を最強弾へと切り替える。
「お嬢様………。私は助けを求めたかった………。何故助けを求めるのを妨害したのですか………」
恨めしい呟きと共に首が180度回転して、こちらを見る船長。顔には肉がついておらず骨が見えた。まるで顔の肉が剥がれたような内部にはまだ肉が存在しているため、不気味この上ない化け者。
ヒッとその顔を見て、恐怖で怯み後退りながらも言い訳を摩耶はする。
「仕方ないでしょう? まさかこんなことになるとは思わなかったもの! すぐにわが社の助けが来ると思っていたの!」
「メーデーメーデー。こちらクイーンマーヤー号。メーデーメーデー。こちらクイーンマーヤー号」
その言い訳を聞かずに、ゴースト船長は身体を振り向かせ手を翳す。黒い光が手に集まり超常の力を発揮せんとする。だが、その眉間にこちらもやはり黒い光が貫いた。その力によりあっさりと砕け散っていく。
「ごめんなさい。とっておきの流体エネルギー弾よ。雑魚に時間をかけるわけにはいかないの」
流体エネルギー弾を撃ったマグナムを構えたままで、静香は妖しく微笑みながら船長を撃破したのであった。
中に入ると、予想通り様々な物が置いてあった。絵画から貴金属までそろっているだろう。ホテルの量には劣るがそこそこと見える。
静香はそれを見て、満足そうに頷いた。これなら十分な稼ぎとなる。
「それじゃ、これは頂いていくわね? 摩耶さん」
後ろにいる摩耶へと振り向いて、取引成立を説明しようとする。
だが、摩耶はいつの間にか持っていた銃を静香に向けていた。
「そうね、取引成立だから、これで貴方との関係も終わり」
ダンと銃声がして静香が摩耶の撃った銃弾により倒れ伏す。それを見て驚く奥津たち。
「摩耶様? どうして撃ったんですか?」
慌てる奥津たちへ摩耶は睨む。
「貴方もわかっているでしょう? 私たちはモルモットとなっていたのよ! このままこいつを放置していたら、きっと皆殺しにされているわ。とりあえずこいつを殺して迎えにくるクルーザーを乗っ取るの! そして本土へ戻りなんとか状況を変えるのよ」
ヒステリックな叫びだが、奥津と考えていたことは同じである。奥津も静香を殺したことにより、交渉が無となり苦々しい思いをするが、仕方ないと覚悟を決める。
「わかりましたぜ。ならば、すぐにこの状況を作っているという装置を探して破壊したら逃げましょう」
兵士たちもその言葉により動こうとしたとき
「逃げる必要はないわね。貴方たちの運命はきまっているもの」
声が摩耶たちにかけられる。それは殺したはずの静香から聞こえてくる。
ゆっくりと倒れ伏していた静香は立ち上がり、摩耶たちを見る。
「取引は成立して、貴方たちとの関係はおしまい。それでね、決めていたの。貴方たちがエレベーターの中で金持ちだから、殺せないと私たちのことを話していた時に」
静香のトレンチコートから、浮遊しながら銃と思しきものが次々と出現する。
「金の多寡で私にたいして殺しを考える貴方たちは殺しておこうって」
妖しい微笑みのままで静香は立っていた。ただし、目は黒い光が纏っていた。そして深い殺意の波動も。
奥津は頭をガリガリとかく。そして深く溜息をついた。
「俺らの命運は決まっていたというわけか………。しゃあない、殺せ!」
そして金庫室には銃弾の交差する音が響き渡り、少ししたら静寂が生まれた………
金庫室にただ一人、立っていた静香は満足そうにしていた。
「さて、これだけの財宝があれば賄賂に使えると思うのだけど………。まずはあのスーツの男に金に弱そうな人を紹介してもらわないと駄目ね」
静香は金庫室の貴金属の目利きをするべく、いそいそと調べ始めるのであった。