148話 おっさん少女は捕まってしまう
気配感知にて傭兵たちが戦闘をしている場所は出入り口付近だとの場所が予想できたために、レキと静香はその場所へとのんびりと歩いていた。
「さて、どうするお嬢様? 助けに入るのかしら」
静香が戦いの場に到着する前に、興味深げにどうするか判断を聞いてくる。レキがどのような対応をするのか見てみたいのだ。正義のヒロインなのか、冷徹なる工作員なのか。
「どうやら彼らは一般人ではないみたいです。それならば知り合いでもありませんし、給料分のお仕事をしてもらいましょう」
冷徹なる判断のレキである。戦闘において給料を貰っているのであれば、命をかけることも金額に含まれているのだ。ただし、知り合いを除く。贔屓と言われようが、そこは人間なので当たり前の感覚だと思う。ようは助けたい理由があれば助けるだけなのである。
明るい絨毯敷の通路を歩きながら、静香はふむふむと頷き、レキの判断基準を考えた。その基準は力ある者の我儘な考えだと思うが、自分もそうなのだ。なぜ赤の他人に対して命懸けの行動をとらなければならないのか、静香は今までのレキの行動から自由気ままな我儘である性格という点で酷く似通っていると感じた。まぁ、まだ子供でもある。忠実な戦士であれど、その精神までは厳格には作れなかったのだろう。どうやら周りは甘やかし放題でもあるみたいであるし。
実際は似通っているのは、我儘なおっさんの方であり、戦闘民族美少女とはあんまり似通っていないと思われるが、そこは仕方ないだろう。まさか、静香も中におっさんが入り込んでいるとは夢にも思わないだろうから。そして、おっさんの精神は子供であると推察されてしまった遥。
つくづく周りへの与える影響が勘違いから始まる罪作りなおっさんであった。
テッテコとのんびり歩いているレキたち。どうやら出入り口は一等乗船区画からが近かったようだ。銃を撃ちまくる音と呻き声や叫び声が響き渡って聞こえてきた。
「ちょっと待って。お嬢様。これからの方針を決めましょう。怪しすぎる傭兵さんたちの望みはなんなのか? いえ、彼らは雇われていると言っていたわ。それならば市井松の方を調べましょう」
通路の途中で立ち止まり、壁にもたれかけながら、腕を組み妖しく微笑みながら静香が面白そうな提案をしてきた。
レキはその申し出を考えたが、一瞬考えただけである。すぐに結論は出た。あんまり楽しそうな戦いは無いだろうと。そのため、夫である遥へと主導権を渡して入れ替わる。
「面白そうな提案があるのですか? あるならばのりますよ。ビックウェーブに乗るが如く。海だけに」
両手をヒラヒラさせて、腰をゆらゆらさせて、波乗りをしているサーファーな感じを出して、アホな返答をするおっさん少女。愛らしい小柄な身体でそんな姿をするので、憎らしいほどに可愛らしい。入れ替わった途端に賢さがなくなった模様である。おっさんへの入れ替わりは不可能にしたほうが良さげであると思う態度であった。
いつもの調子に戻ったおっさん少女に、少し安堵の息を吐いて静香は面白いであろう提案をするのであった。
豪華客船の出入り口は戦場さながらの様子であった。銃弾が飛び交い血しぶきが舞い、悲鳴や叫び声に呻き声がさながらオーケストラのように響き渡っていた。
「奥津団長! もう限界です! こいつら倒しても倒しても復活してきやがる! 前の時と大違いですょ!」
「泣き言を言うな! よく見ろ。よ〜く見ろ! ゾンビの奴ら、銃弾を受けまくると動かなくなる。耐久力が前より異常に高くなっているだけだ。銃の敵じゃねぇ。落ち着いて対処しろ」
そう言って、奥津団長と呼ばれた男は、手に持っているショットガンを迫り来るゾンビへと向けた。
「うぁぁ〜」
大きくその歯茎が見えた血だらけの口で噛み付こうとするゾンビの口の中へショットガンを突き入れる。
「これなら死ぬだろ。このゾンビ野郎!」
ガチンと引き金をひいた瞬間に、散弾がゾンビの口の中を暴れまくり後頭部まで吹き飛ばした。どぅっとゾンビは頭が砕け散って床に倒れ伏す。
それを見た周りの部下は、感心した口笛を吹いたり、喝采の叫び声を上げたりして称賛する。
どうやら今のは士気を上げる絶好のパフォーマンスと見て取った奥津団長は、口元を恐ろしげに歪めニヤリと笑った。
「おら、残りのゾンビは、10匹もいねえ! 叩きのめすぞ!」
「おう!」
奥津団長の発破をかけた言葉に、力強く了承の掛け声をあげて、他の部下もゾンビを倒すのであった。
しばらくして、ようやくゾンビを倒し終わった傭兵たち。床には50匹はくだらないゾンビが倒れ伏していた。まるで戦場跡みたいに、血が床へと広がっているが死者はいない。
「おら、怪我人を運べ!」
「衛生兵、衛生兵はどこだ!」
「このまま死んでたまるか、畜生!」
などと、そこら中から掛け声が聞こえているのを、通路の角から、そっと覗いていたおっさん少女と女武器商人。戦闘がどうやら終了したことを確認したので、ビットや武器類をアイテムポーチへと仕舞う。
「準備は良い? お嬢様」
「問題ないです。前回蝶野さんにバレた原因も直す予定ですし」
「できるだけお嬢様は沈黙をしていてね。私が相手をするから」
二人で顔を見合わせて、意思の疎通を確認する。自信満々である遥だが、そういう時こそ失敗をする、ここぞというときに弱いおっさんである。どうでもいいときは大成功をおさめたりもするのだが。そして、何気におっさん少女が黙っていれば演技の成功率は高いと見抜いている静香であった。静香の判断は多分正解。
二人は今いる通路から少し後ろに下がり、おもむろに行動を始める。
「きゃ〜! 何この化物たち!」
「怖いよぅ、お姉ちゃん」
スタートから静香へのお姉ちゃん呼びは無理があるのではと、大笑いしそうな遥であったが、歯をかみしめグッと我慢して静香とともに走り出した。今はか弱い金持ちのお嬢様なのだ。既に笑い出しそうなところから演技は早くも破綻しそうであったが。
さすがじゅげむじゅげむの劇で、じゅげむの名前つけの時に大笑いして劇をめちゃくちゃにした演技には定評のあるおっさんだけはある。
まさかスタートから、おっさん少女が大笑いして演技を駄目にしそうとは夢にも思わない静香は一生懸命に見える走りで、傭兵たちのところまで走り寄った。
傭兵たちはその叫び声を聞いてすぐに銃を構えて撃とうとする。ジャキッと金属音がなる音が無数に響くが
「待て! こいつらは人間だ! 撃つんじゃねぇ!」
奥津と呼ばれた団長が腕を横にふるい、部下の行動を制止する。その指示で撃つのを止める兵士たち。
そこで撃っていたら、演技は終了。貴方たちは屍になっていたわねと静香は内心で冷たく嗤い、表向きは必死な表情で手を大きくふって兵士へと近づいた。
「ようやく生きている人を見たわ! 何よ、ここ! 開発中のツアーアトラクションか何かだった? ゾンビみたいなのが、うろついていたんだけど」
嘘をついているなど、おくびにもださずに必死そうな怒っている我儘でヒステリックな女性を演じながら静香は兵士へと強い口調で詰め寄る。
へぇ〜、なかなかやるね、静香さんと大根を立てかけておいたほうがマシであろう演技の遥がなぜか上から目線で評価していた。拍手をしたほうが良いかなと手を構えているあたり、静香の頑張りを霧散させる気満々である非道なおっさん少女。
その静香にたいして団長は躊躇なく、バッと襲いかかった。さすが兵士、体術はかなりできる方なのだろう。あくまで人間基準であるが。団長に素早く腕を極められて、静香は床へと押し倒されてしまう。
おぉ、かっこいい、映画みたいだと遥は思いながら自分も何かしなければと考える。自分も何か参加したい。
何か参加したいけど、いい方法はないか考えて、いい考えを思いついた。その時点でいい考えではないことは間違いなかったが、遥は躊躇しない。そうして、よいしょと床へと手をつけてから、パタリとうつ向けに倒れた。
それを見て、びっくりする兵士たち。さすがに予想外であったので、戸惑いながらも遥へ声をかけてくる。
「あ~、お嬢ちゃん? それは何かな?」
ふふん、この演技がわからないとは二流だねと、おっさん少女は薄っすらと倒れながら笑って、元気よく教えてあげた。
「死んだふりです」
教えてあげないほうが、良かった内容であった。
兵士たちは、お互いに顔を見合わせて、これどうする? お前聞けよとアイコンタクトをとりあい、不幸にしてババをひいた兵士が恐る恐る尋ねてきた。
「お嬢ちゃん? なんで死んだふりなのかな?」
兵士にしては頑張ったであろう優しい声音での問いかけだ。
「こういう危なそうな時は、死んだふりがいいよと友達に教わりました!」
倒れながら元気よく答えてあげるおっさん少女である。この子の友達酷えな、お嬢ちゃん騙されているよ、その友達は友達の皮をかぶった敵だよと兵士たちは内心で思った。
そして、皆が思った。あぁ、この子はアホな子だと。
警戒心が冷水をあびせられたみたいに、しおしおと消えていき、哀れな子を見る視線へと変化していった兵士たち。
そのコントを見て、はぁぁとため息を吐き、気が削がれた奥津団長は頭をガリガリとかきながら、拘束していた静香の腕をとき、体を離した。
腕を擦りながら、解放された静香はゆっくりと立ち上がりながら、ちらりとおっさん少女へと視線を向けるが、強靭な意思で演技続行をすることに決めた。
「ちょっと痛いわねぇ。貴方たちはいったいなんなの? 訴えるわよ!」
再びヒステリックに怒鳴るが、周りは弛緩した空気を漂わせており、いまいちこの場では、その演技は浮いていることに気づく。
しょうがないわね、あのお嬢様はと内心で苦笑しながら、演技の方向をすぐさま変更する。
「ちょっと? 勝手に入り込んだのは悪かったわ。でも、乙女の体に傷をつけるのはやりすぎよ」
穏やかな声音へと変更して、奥津団長へと対峙する。少し目を細めて怒りを内包しているイメージをもたせている。
そしておっさん少女は死んだふりのままであった。
ここは危険だと言われて、外に連れ出されて扉は再び厳重に封鎖された。せっかく開けたのに、また水圧扉はバルブをぐるぐる回されて閉められてしまう。封鎖されたことを確認した奥津団長は兵士たちとともに、二人を連行し始めた。
「おら、こっちへ来い! 雪で道が凍っているから気をつけろよ」
意外と微妙に親切な言動なのは、こちらが美女と美少女だからで間違いない。おっさんなら、オラオラ歩けや、こら!と尻を蹴られながら連行されると容易に想像できる。そして、ひぃ、わかりましたと答えたおっさんは途中で出会うゾンビに襲われておいていかれて、ぎゃあとゾンビの夜食行き。
夜の暗闇で雪の中、ザクザクと雪を踏みしめて、埠頭から離れる。移動しながら、遥はちらりと奥津団長を見た。40歳にいっているのだろうか、鍛えられた大柄な185センチはありそうな体躯、短髪の角刈り。目元に傷があり目つきは猛禽のように鋭い。
おいおい、これは本物の傭兵だよ。今までとは一味違うねと、わくわくする。何か面白い展開がありそうだ。今回こそはと期待感高まるおっさん少女。
そうして、しばらくして島内には合わない景観の立派なホテルへとついた。玄関の看板には、グランドホテルマーヤと表記されている。20階はあるL字型の立派なリゾートホテルだ。建物が汚れていないところから、作られたばかりと予想できる。そして摩耶は虚栄心がかなり高いことが見受けられる。
ほぇ〜と見上げて、遥は疑問をついつい口に出す。
「父島ツアーって、リゾートホテルを建てるほどに儲かりましたっけ?」
そんなに観光客が集まるにしては、埠頭は普通というか、寂れているというか、答えに詰まる景観だった。リゾートホテルができるのならば、もっと土産屋とかもできるのではないだろうか。
その呟きを聞いて、兵士の一人が子供ながらも美少女相手だと、顔をニヤけさせておっさん少女へと顔を向けた。
「これは昨年できたばっかりだよ。まぁ、個人所有の船舶が停泊するようになったから儲かりはするだろ」
アホな美少女だと思ってペラペラと話す。美少女の関心をひこうとでもいうのだろう。まぁ、レキは美少女だし、その愛らしさに万民がやられるのは仕方ないと、上から目線のおっさん少女である。手を出してきたら、もれなく死をプレゼントする気だが。
そして言動こそは、アホっぽいが遥は年齢不詳なれど、いい歳をしたおっさんである。その経験からの推察はなかなか鋭いものがある。特にゲームや小説などでありがちなパターンは、いつも旅行とかに行っても、密室殺人事件やら、テロリスト襲撃事件まで妄想を常にしていたおっさんでもある。全然自慢にならない。
レキに地縛霊のように取り憑いて離れないおっさんは、その兵士の話に違和感を感じた。
ツアー客ではなく、個人船舶のお客相手にリゾートホテル? それで儲けがでる? 兵士がなぜ儲かっているのか知っているのかも疑問だし、怪しいことこの上ない。
調べたら何が出てくるのか面白そうだ。ただし、エロス方面は却下ね、レキの情操教育に悪いから。夜な夜な攫ってきた美少女をエロい中年親父たちが……、という展開なら即、このホテルも人々にも消えてもらう所存である。そこには容赦はありえない。
そこで気づく。多分そのような暗い情念が強く動くイベントは無いと。即ち世界崩壊時にそのような輩は全てミュータントになったはずである。
となるとこの人たちは単純に仕事だと割り切っているのだ。エゴからの行動ではない。
そして雇用主もミュータント化していないことから、悪いこととは考えていないか、悪いことでも仕方なくやっているのか。どちらにしても強い負の感情は持っていないのだろう。
純粋にビジネスとしてやっていて、法は破っていても、負の感情をいだきにくいとなると金銭関係かなと、そこまで推察する遥。いつもその力を発揮すれば良いのだか、楽しそうなこと、面白そうなことにしか使わないおっさんである。
まぁ、ゲームを完徹する力があるならば、仕事も楽勝でしょと言われるのと同じだ。同じではない、興味があるかないかは重要な条件である。
そうして、四つも設置してある自動ドアの一つを通り抜けて、外の景観が見渡せるガラスの壁や、広い床は絨毯敷、ふかふかそうなソファに小さくても上品なテーブルが設置されており、柱も焦げ茶色で金色のラインが入った太い柱がホテルを支えているのが見える立派な外観の受付ロビーへと到着した。
受付ロビーにはやはりというか、当然とでも言うべきか、腕を組んで仁王立ちをしている焦燥の顔を見せながら埠頭にいて、叫んでいた高飛車美少女が待っていたのであった。
帰還した傭兵たちが目に入るやいなや、開口一番で高飛車美少女は叫ぶようにこちらへと尋ねてくる。
「どう、奥津? 何があったかわかった? こんな夜中に起こされて、美容に悪いのに待っていたのよ!」
イライラと顔をさせて、靴の爪先をペチペチ床へと叩きながら、焦燥した感じを隠しもせずに聞いてくる摩耶。そこにはツンデレはないので、恐らくは本音だ。自分本位の言動なのだろうことがわかる。
「こいつらを捕まえた。どうやら昼のクルーザーの連中らしい」
奥津団長は摩耶に答えて、こちらへと視線を向けてから、すぐに摩耶へと視線を戻し、頭をガリガリとかきながら話を続ける。
「座礁した豪華客船の中を探索に、こっそりと夜に姉妹で来たんだとよ。そんで、豪華客船の中を楽しみ終えたら、そこらでホテルに泊まるつもりだったらしい。クルーザーは三日後に戻ってくるんだとよ」
呆れたような表情で奥津団長がおっさん少女と女武器商人を見る。その視線は世間知らずのお嬢様たちを見る馬鹿にした視線だ。
摩耶はその話を聞いて、静香へと確認するように視線を向けた。
その視線の意味を悟り、素直に静香は首を縦にふる。
「そうよ。何かアトラクションを用意していたみたいね? それは謝るわ。だからこのホテルに泊めてもらえないかしら? お金ならあるわよ」
金持ちそうに、高飛車で上から目線で、微笑みながらそんなことをのたまう静香。
その物怖じしない態度に、摩耶は一瞬躊躇する。同じ人種だと嗅ぎ取ったのかはわからない。しかしすぐさま強気に戻り、怖い笑顔を見せる。
「あら? そう。それならばスイートルームが空いているけど、泊まっていく? 一晩50万だけど」
結構な高額である。これを払うか、それとも払わないかで、こちらの素性をはかる意味ももたせたのだ。なかなか巧妙と言える。
「スイートルームが空いているなんて、ラッキーね。もちろん泊まるわ。ゆっくりと休みたいしね」
手を合わせて喜ぶ静香。金額など気にしない様子だ。しかし、チラッとこちらに視線を送ったことから、支払いはおっさん少女に任せるつもりな魂胆がバレバレである。
「そうだね、お姉ちゃん。今日は疲れたしスイートならゆっくり休めるかも? でもお気に入りの枕じゃなかったらどうしよう」
こんな面白そうなことに、おっさん少女がのらないわけがないのである。所詮はした金よ、と本気で思っているのだ。もはや億万長者ではすまないおっさん少女は、これからの話し合いを期待するのであった。