146話 おっさん少女の豪華客船ミッション
白亜の船体である巨大な豪華客船、クイーンマーヤ号。常日頃ならば夜でもネオン街のように煌々と電灯がついて、乗船客が高級なブランド品で身を包んで、様々な飽きさせないイベントや店を見て回り、この船を楽しんでいたのではなかろうか。
だが、今や電灯の光は無く、暗闇の中で星々の光のみがその船体を照らしていた。時折、懐中電灯の光が甲板のそこかしこから見えてくるだけである。
「見張りもいるみたいですね。静香さん、これは怪しいです! 凄い怪しいですよね。楽しそうです!」
テンションマックスでわくわくとした表情を隠さずに、静香に興奮した声音で話しかけるおっさん少女。ここまで凄そうなシチュエーションは生で見たことはないと、嬉しそうだ。今までのコミュニティは最初はわくわくしたが、現実準拠で真実は渋かったので今回こそはと期待しているのだ。
「そうね。どうやら彼ら兵士は封鎖したドアを見張っているみたいね。さすが豪華客船、ゾンビ程度なら扉を打ち壊すことはできないみたいね。沈没を防ぐための水圧扉って、凄いのね」
おっさん少女に負けず劣らず、珍しく貴金属以外でわくわくと興奮した表情を隠さずに静香も返答する。自分が怪我を負うとは欠片も考えない余裕な人外二人である。
ウロウロと二人体制で、扉の前から反対側の廊下向こうの扉までを歩き回っている。まるでどこかのゲーム兵そっくりだ。退屈そうな歩みをしており、注意深く警戒はしていなさそうだ。あくびまで、たまにしているし。毎日行っている作業だから、緊張感を無くしたんだろう。
「でも、これはあれですね? 侵入した心無い人間が封鎖された扉を考え無しに開けてしまい、平和だった島内はゾンビで溢れ返るといったところでしょうか」
「酷い考えをするお嬢様ね。大丈夫よ、戸締まり用心、火の用心と行きましょう。船内ではサイレンサー付きの銃で探索よ」
静香はサイレンサーの取り付けてあるサブマシンガンをどこからか取り出して言った。
遥は瞼を閉じて、ゆっくりと開けた。強い光を目に宿しレキも答える。
「大丈夫です。私のライフルは無音攻撃も可能ですので」
銃身に綺麗な蔓が巻かれたような彫刻、グリップには戦乙女が彫ってある蒼い合金製のスナイパーライフル。即ち新装備ヴァルキュリアライフルを取り出して、僅かに口元を微笑みに変えて答えた。
僅かに雰囲気が変わったことに静香は気づいたが、戦闘モードに切り替わったのだろうと内心で思う。先程の子供っぽい感じから歴戦の戦士に変化した感じがしたからである。
まさか、おっさんが美少女レキにスニークミッションは苦手なので、主導権を渡したとはわかるまい。なにげにおっさんはレキより子供っぽいと思われていた。
「ご主人様、ミッション発生です。豪華客船ダンジョンを攻略せよ!exp5000、報酬スキルコアです。エリア概念は乗船客の能力向上。経験値から見て楽勝ですね」
きりりと真面目な表情で、久しぶりのサクヤからのミッション発生連絡である。真面目な表情なれど、口元はによによと緩んでいるのが見て取れるので嬉しいことがわかる。
「久しぶりの普通なミッション発生だね。普通過ぎるミッションなうえに経験値も低いけども………」
気になる、凄い気になる。何かフラグを踏んだ感覚があるのだ。ゲームでもありがちな油断していたら、死地にいたという初見殺し。そんな感覚がヒシヒシとするが、考えていても仕方ないと思考を停止させるおっさん少女であった。まぁ、調べていけばわかるでしょうという思考で、今までのゲームで酷い目にあってきたおっさんだが、懲りる様子は全く無い。
そしてダンジョンである。しょぼそうなダンジョンでも宝箱を開けなくてはいけない謎の使命感を遥は感じとった。久しぶりなのだから絶対に全部確保すると。
「どうしようかしら? 封鎖されている扉はバルブ式よ。開けようとしたら金属音がこの静かな状況では響きそうね。それにバルブを回している間に見張りがやってきてしまうわ」
「石か瓶を投げても、一人だけは見張りをして動かなそうですしね」
二人での見張りの時は、怪しい音がしても確認に行くのは一人だけなのだ。ゲームではそうだった、それでいつも見つかって全員と戦う羽目になっていたと思い出す遥。
「仕方ないから、お姉さんの武器の出番ね」
もう一丁のサイレンサーピストルを取り出す静香。歩いている見張りは防寒着を着てパーカーもおろしている。銃を手に持っているのが、ゲームをやっているような感じであった。
その見張りの顔に向けて、静香はピストルを構え、狙い撃つ。プシュプシュと僅かな銃音がして、二人の見張りの顔に狙い違わず命中した。
うっ、と顔を押さえる二人。
「今、何かチクッとした……ぞ……」
「俺もい………」
そうしてばたりと倒れて寝始めたのだった。
そ、それは! と驚愕する遥。見たことある! そんな武器見たことあるぞと視線を静香に向ける。
「フフフ、これは睡眠弾よ。命中するとあっさりと寝てしまうわ」
得意げにひらひらと銃を持った手を泳がす静香。うぬぬ、それかっこいい、使いどころが難しいけど欲しい! と思う遥。帰ったら私も作ってみようと決心するのだった。相変わらずのゲーム脳であった。
この積雪の中で寝かしたら可哀想だよねと、遥たちは見張りを壁に立てかけておく。これでも寒いと思うが、そこまで気にしない適当な二人。そのまま封鎖された扉前に移動したのである。
「さて、では豪華客船内を見学しに行きましょうか? お嬢様」
「わかりました。油断しないようにお願いいたします」
ギィギイとバルブを回転させて、封鎖したトビラを開けるのだった。
扉は長い間閉めておいたので、錆びついたのだろうか? 結構大きな音をたてながら開いていった。
足を踏み入れてみると、船内は当然であるが、暗闇で支配されていた。非常灯すらもついていない状態だ。もちろん扉は再度閉めておいた。忘れてゾンビが外に散歩に行かれたら困るし。映画では大体開けっ放しにしておいて、悲惨なことになるのだから。
「真っ暗ね。電灯ビット作動」
静香がポケットから長方形の金属の塊を取り出すと、コマンドワードを呟く。電灯ビットはふわりと浮かび明るい光が灯された。ネーミングセンスがいまいちなビットである。おっさん少女とネーミングセンスが同レベルの静香。
「この明るさでは敵に見つかるのでは?」
スイッと眠そうな目を静香に向けて問かけるレキ。
「それでも暗闇の中で戰うのはゴメンよ? ガードビット起動」
続けて金属のボールを取り出して起動させる。財宝探しの時にも見た自動防御の兵器だ。
「まぁ、いいでしょう。それでは探索を開始しましょう」
静香の対応を見てレキは問題は無さそうだと考えて移動を開始し始める。
そして、おっさんは既に怖がっていた。この暗闇の中での豪華客船の探索というシチュエーションに怖がっている。電灯がない中での探索はすごい怖いのだものと、全て怖がらないレキにお任せのスタイルを取る。即ちいつも通りである。
テコテコと歩き始めた二人に、金属音や呻き声がどこからか聞こえてくる。うぅ〜、カーンカーンという物音だ。物音だけで、姿が見えないのは非常に怖い。
「ちょ、ちょっと怖いわね、この探索」
さすがの静香も汗を一筋流して不安の表情を浮かべる。
「ホラーで一番怖いのは敵が見えないところですからね。ちょっと怖いですね」
遥は答えながらも、目を瞑って、耳を塞ぎながら行動したいと考えていた。気配感知で、どこにいるかは正確にわかるが怖いものは怖いのだ。レキさん、任せましたよ、やっておしまいなさいのスタイルに変更はない。
「仕方ないですね。まずはこの客船のエンジンを再起動させて電気を復活させましょう。どうやら、この船は燃料が無くなって停止したわけではなく、人間の手で止められたようですので」
冷静沈着に提案するレキ。動揺する様子もなく完璧美少女である。レキの動揺しない態度に脳内で拍手喝采の不良品なおっさんである。
「そうね、貴金属を見つけるにしても暗闇では厳しいわ」
レキの提案に頷く本音をぽろりと漏らした静香。このシチュエーションで恐怖のあまり本音が出たらしい。
「では、動力室を目指しましょう」
レキはそんなことは気にしないので、その発言は耳を通過させて先に進むのだった。
通路は血だらけであり、窓や床には引っ掻いた跡や銃痕が残っており、そこかしこに骨やら死体やらが転がっている。それは不気味でもあり不思議でもあった。冬なので蝿がいないことだけが救いかもしれない。
「今までは見たことが無かった死体があるわね? なぜかしら」
不思議そうな静香の疑問に応えるように、平然と眠そうな目で死体へと近寄り調べるレキ。
「これは弾痕ですね。ゾンビに食い殺されたのではなく、銃で撃たれています。散らばる死体はゾンビと普通の死体が混じっているようです。ゾンビを倒す際に巻き込まれたか、普通に撃ち殺されたのか判断材料に迷いますが」
「冷静ねぇ。それじゃ、ここはパニック映画の舞台となっていたのかしら?」
「船員はなんとか扉を閉鎖して脱出。島へと到着して、めでたしめでたしですか。外の人たちを見るにそうは見えませんでしたが」
「情報収集より先に探索に来てしまったものね。仕方ないわ」
肩を竦めて話す静香。冷静に眠たそうな目を静香に向けるレキ。二人で顔をつきあわせて、想像した内容を話し合う。全然情報が足りないから想像するしかない二人だ。
そして、遥は推察する。この場であったイベントを。銃を撃ちまくり襲いくるゾンビを撃破しながら脱出するのだ。その中には一般人もいて撃つとスコアが減ってしまう。一般人を見ても撃たないのは難しいとゲームで知っている遥は、巻き添えになった一般人は可哀想だけど、私が同じ立場でも気にせず倒しちゃうから仕方ないねと、考えるのであった。気にしていると、こちらがやられてしまうからして。プレイヤースキルがないプレイヤーはそうするしかないのだと。
「あぁ、それとレキさんや。ゾンビを倒す際にはヴァルキュリアライフルの使用は止めておこう。もったいないし赤字になるからね。安い銃か体術にて撃破をお願いね」
静香に聞こえないように脳内で話をする遥。
「了解しました、旦那様。家計を守るのも新妻の役目ですので、安心してください」
レキもあっさりと了解した。可愛いレキだけど発言に照れるねと、最後の言葉はスルーしておく遥。
その後もゾンビに遭わないように道を選びながら進む二人。気配感知を使えば楽勝なので、エンカウント率ゼロである。
「ここにはどれぐらいのゾンビがいると思う?」
「そうですね、2000体はいそうです。その中でもゾンビは500体ぐらいと思います」
具体的過ぎる返答をするレキ。気配感知で大体それぐらいだとわかっている。
「ゾンビ以外はどんな化物なのかしら?」
「それはわかりませんね。目視しないと判断は難しいです」
「お嬢様でも無理なことはあるのね。でも敵の数だけでもわかって良かったわ」
口元を僅かに曲げながら静香はレキに視線を向けて答えた。
暗闇の中、船内を見回る二人。途中には案内板があり、あっさりと動力室までの道のりがわかった。
なるほどこっちかと、てくてくと歩いていくが、動力室へ続く道にはスタッフオンリーと書いてあった。そこも分厚い扉で塞がれている。横にはカードリーダーが設置してあり、どうやらカードキーが必要そうな雰囲気だ。まぁ、当然のセキュリティシステムだ。
「カードキーね。これは戻って市井松のカードを借りないといけないのかしら?」
はぁ〜とため息をつく静香。カードキーを持ってくるのはありがちなイベントだ。だが実際にそれをやると面倒な事この上ない。そして借りるとは言っているが、絶対に返却しないところまで予想できる。もしかしたら船室とかに不自然に置いてあるかもしれないが、探すのは面倒くさい。
「問題ありませんよ。これぐらいなら簡単です」
カードリーダーに手を翳すレキ。あっさりといつもの如く、解錠スキルの力で開くかと思われた。
が、ピクリとも反応しなかった。少し考えればわかるが、電気が通っていないので当たり前である。簡単ですと言いながら、電気が通っていないことに気づかなかったので失敗したことに、ちょっと恥ずかしくなり頬を薄っすらと赤く染める可愛いレキ。
それに気づいてクスリと笑う静香であった。笑われたことに気づいたレキ。すぐさま次の行動で挽回するべく動き出した。
「問題ありませんよ。これぐらいなら簡単です」
エイッと可愛い呟きとともに、分厚い金属の扉へと手をつき入れるレキ。まるで発泡スチロールに手を入れるみたいに簡単に手首まで突き入れる。可愛い声と全く合わない恐ろしい力である。
ガキョガキョと金属が砕ける嫌な音がして、たぁっと可愛い声がしたと思ったときには扉は外れていた。
ポイッと扉を捨てて、ガランガランと扉が床を跳ねる凄い音がしたのであった。
「なんだか、やってはいけない解錠だと思うけど、まぁ、良いでしょう。中に進みましょう」
ゲームでやったら非難轟々なレキの行動を見て、静香の呆れた声にコクリと頷き動力室に潜る二人。カコーンカコーンと金属の床を歩く音が響き渡りながら動力室まで降りていくのであった。暗闇に金属音、雰囲気抜群の恐怖演出である。
しかし、期待した恐怖イベントは無く、到着した動力室は誰もいなかった。暗闇の中で見渡していても血すら跡にない。
それを見てとって、拍子抜けのような顔で静香が感想を述べる。
「どうやら、中ボスもいないしゾンビもいない。ここは簡単に逃走できたのね。ちょっと不自然なほどにね」
「そうですね、避難訓練が効果を表したのでしょうか」
「そうなのかしら? 何か酷いことをやっていたから、いつでも逃げる準備をしていたのかもね」
「ゲーム脳ですね、静香さん」
最もゲーム脳なおっさん少女には言われたくないだろう言葉である。まぁ、今はレキであるのだが。
「とりあえず、電源を復旧させましょう」
再びのリトライ。電源レバーが下がっていたので上げてみる。それとともに、なぜか複雑な横のパネルボタンも不思議なことに押されていく。機械操作により、全自動となる操作パネル。そして便利なゲーム仕様。そして、レキの力によりミュータントのデフォルトスキルによる起動を阻害されていたエンジンも動き出した。まぁ、座礁しているので意味はないが。
ウィーンと起動音が響き渡り、電源が次々と復旧していくのが、モニターに映しだされていく。ほどなくして、全ての電源がオンラインと表示されたのだった。
「これで安心ね。電源が完全に復旧したみたいよ」
「これで暗い中での行動はしないですみますね」
「そうね、それじゃ、まずは特等室から調査しに行きましょうか」
飄々と貴金属目的だと丸わかりの発言をする静香。金持ちの中の金持ちがいたであろう場所を提案する。
ジト目も可愛いレキは静香を見るが、発言を翻すことは無かった。さすがの女武器商人である。きっと心臓は宝石でできているだろう図太さである。
はぁ、とため息をつき、その発言は却下して探索の王道を提案するレキ。
「まずは船長室です。そこで船長日記か船内地図を探しましょう」
「日記なんかあるかしら? それもゲームからの思考のような気もするんだけど」
きっとあるはずだ。なぜか敵が目の前まで迫っていると書きながら逃げる様子もなく死んだ人の日記とか、きっとあるはずだとわくわくしながら考えるゲーム脳遥。
次にどこへ向かうか話しながら動力室を出て乗客室のエリアに向かったところ酷いことに気づいた。いや、普通に考えれば当たり前のことだ。恐怖のシチュエーションでやはり思考が鈍っていたらしい。おっさんは鈍っているどころか、錆びついて動いていない可能性もあるが。
「ねぇ、お嬢様? この、BGMは何かしら?」
静香は、アチャー! やっちゃったわねという表情で周囲を見渡す。通路にはレストランで聞くようなクラシックな音楽が流れている。しかも全ての電灯がついたのであろう。そこら中煌々と光っており、外の人間が気づくことは間違いなしである。
「あぁ、電源入れたら敵が出始めるイベントだったのか」
船内のあちこちから、呻き声や走る音が聞こえ始めてきた。ゲームあるあるなイベント開始の模様。
仕方ないなぁと、おっさん少女は体を半身に構えて、迫り来る敵に対して待ち受けるのであった。




