145話 おっさん少女とお金持ちのお嬢様
積雪の中でも元気よく港に集まり拡声器を使用して、クルーザーを停泊させるように叫ぶ女の子と他面々。
埠頭はフェリーの乗り入れに使われるので、クルーザーも喫水線は問題あるまい。問題は銃持ちがいて怪しすぎる人々だけだ。
「レーダーを見るとゾンビはこの周辺はいないようです、レキお嬢様」
シノブがレーダーを見ながら、その様子を報せてくる。どうやら考えなしにあの港の人々は拡声器を使用しているわけでもないらしい。
「確かにゾンビは1キロ範囲にはいないみたいね。排除したのかな?」
「銃持ちがいるんですもの。ゾンビ程度なら楽勝でしょう」
静香の言葉に、ふむふむ確かにと、頷く遥。アサルトライフルならばゾンビは楽勝であろう。ただ量が凄いのだ。ワラワラと津波のように襲いかかってくるので、みんなはやられていくのである。銃だけでは倒しきれないのだ。
倒すにはナパーム火炎瓶とか、近接爆弾が必須だろう。銃だけだと対応しきれない。数に押されて、あっという間に、ボコボコ殴られてゲームオーバーとなる。大群は厄介すぎるのであるからして。おっさんはゲームでは大群を倒すたびに、手持ちのアイテムがすっからかんになって絶望したものである。
「さて、こちらも返答するわよ? いいかしら」
そう言ってマイクのスイッチをオンにして、静香は話し始めた。
「こちらは、ちょっと旅行を楽しんでいるものです。補給は問題ありませんので、停泊する予定はないわ」
平然と旅行であると、嘘ではないが、真実でも無い言葉を吐く自称女武器商人。
それを聞いた摩耶が激昂したように返答を大声でしてくる。
「私たちは船が座礁して困っていると言ったでしょう? 聞こえてなかったわけ? いいから、さっさと停泊しなさい!」
「あれだけ巨大な豪華客船でしょう? いやでも目に入ってくるし、座礁したのは見えているわ。海上保安庁にご連絡することをお勧めするわ。これで解決ね?」
怒声を受け流し、連絡ができないとわかっているのに、連絡すればと伝える鬼畜な静香である。もちろん返答も予想通りであった。
「こちらは通信手段が何故か使えないの! だから助けをよぶこともできないのよ! 連絡はこちらがするから、いいから停泊しなさい!」
「なるほど。わかりました、それならば私たちが連絡をしておきますので、安心してください。停泊は遠慮するわ、貴方たち凄い怪しいのだもの。それではさようなら」
自分も凄い怪しいくせに、それを棚に上げて、あっさりと話し合いを終わらす静香。あまりに早い話し合いの終わりに、あららと遥も問いかける。
「交渉しないのですか? なんか交渉らしきものはなかったように思えるんですが? 単に相手をからかって終わりのような感じがするのですが」
凄腕交渉人じゃないの? と疑問顔になる。それに対して静香もニヤリと笑って教えてくる。
「まぁまぁ、落ち着いて。相手が全く情報を出さないから、ここは一旦話し合いを終了するのも手よ」
「はぁ〜。そんなもんなのですか」
「交渉なんて、最初はそんなものよ。相手の手札を調べないとね」
なるほどと頷く遥。相手の手札を調べるのか、勉強になりますと納得する。常に相手の手札を破りながら突き進む脳筋なおっさん少女では無理な話である。
「わかって貰えたなら、一旦ここを離れましょう。島から30キロは離れて夜まで様子見ね。あぁ、もちろん相手から見えない場所へと移動よ?」
「ん〜、わかりました。とりあえずは静香さんの言うとおりにしましょう。ミナトさん、ここから離れてください。それと見つからない方法は簡単です。離れた後にステルスモードへと切り替えてください」
静香の言葉に了承して、移動をミナトに命じる。
「了解です。エンジン始動。この島から離れます。離脱後ステルスモードへと切り替え実施します」
ミナトが凪と共に運転を再開し、港へ向けていた船首を旋回させ離れていくように操作する。
それを見た摩耶たちは慌てて制止するように声をかけてきた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 言っておくけど、ここ以外で停泊しようなんて思わない方が良いわよ! 危ないから! ちょっとまちなさ〜い!」
島から離れていきながら、その怒声を受け流すおっさん少女御一行であった。
ステルスモードは、もはやこのレベルの機動兵器にはデフォルトで搭載されている。看破レベル2は必要なステルスだ。それ以上のステルスレベルが必要な場合のみ、付属としてつける。
まぁ、ぶっちゃけると、雑魚との戦いをスルーできますよというゲーム仕様である。そのため、グールレベルまでであれば気づかれない。もちろん人間にも気づかれない。レーダーにも映らないのだ。
そんなステルスモードを使って、島へと接近する二人。クルーザーではなく、バイクで移動中だ。もちろんバイクにもステルスモードはついている。海まで移動するのに使わなかった理由は雑魚でも倒せばマテリアルになるよね、もったいないもったいないのおっさん精神からである。
こっそりと、夜になってから移動中。昼に人々が集まっていた埠頭に到着した。
ここでも積雪はかなりあるので、吐く息は白く、体は夜もあいまって日差しが無い空気は冷たく寒い。そんな埠頭へとバイクを止めておっさん少女と女武器商人は降り立った。
「さて、まずは情報収集から始めましょう。見張りがどこにいるかわかる? お嬢様」
静香が尋ねてくるが余裕であると、得意げに教えるおっさん少女。
「埠頭から少し離れた小屋に二人。二人共銃持ちですね。アサルトライフルに腰にハンドガン、ナイフも持っている完全装備の人たちです」
元は監視員か何かのいた小屋なのだろう。そこにストーブを使いながら完全武装の二人がいた。
「OK。それでは、様子を見に行くことにしましょうか」
二人して、凍った雪の上をザクザクと踏みしめて移動する。物音がするが、気配感知で気づかれないとわかっているし、多少の物音は雪が吸収してしまうので安心だ。
そうして、コンクリートでできた小屋まで到着する。看板には漁業組合所と書いてあった。
「では覗いてみますか」
隠蔽を使った堂々と目の前を通り過ぎる作戦は静香がいるので使えない。そのため、こっそりと可愛い小柄な体躯を乗り出して覗いてみる。二人はストーブにあたりながら、ボソボソと会話をしているようだ。超ステータスの効果でボソボソ声でも余裕で聞き取れるので、耳をそばだててみる。しばらく聞いていると、雑談から面白そうな話へと移行し始めた。
「ここでの生活も終わりか? なんか昼にクルーザーが来たらしいじゃないか」
「あぁ、俺はその場にいたから見れたんだが、金持ちのクルーザーだったな。この寒いのに旅行とか言ってやがった。金持ちのやることはわからんな」
金持ちとはおっさん少女たちのことらしい。まぁ、あれだけ豪華なクルーザーだ。金持ちであることは容易に想像できる。本当は金持ちというか、単にゲーム仕様なだけなのだが。
「それが本当だとすると、やっぱりゾンビがいるのはここだけか? もう本土は騒ぎから解決したってことだよな?」
「そうなんだろ。クルーザーで旅行にくる金持ちがいるぐらいだ。そもそもここ以外でそんな騒ぎあったのか? ゾンビたちがうろついているのはここだけなんじゃないか?」
「ここだけの騒ぎだとすると、マズイかもしれねぇ。ならいっそうのこと、さっさとここを脱出したいな。ここの暮らしは退屈で仕方ねぇ。娯楽もないし、女もいないしな」
兵士の一人が肩を竦めて、銃を弄びながらつまらなそうに言った。
「女なら社長令嬢がいるじゃねえか? あれは駄目なのか?」
はぁ? と呆れた表情になり、もう一人の兵士の言葉へ苦笑しながら答える。
「おいおい、団長が言っていただろ? これは一時的な混乱だから、すぐに脱出できると。その時は守った謝礼金や期間内での契約金をぼったくると。民間軍事会社の社員を長期間雇ったんだ。たっぷりと取れるから、ボーナス期待しとけと言われたじゃねぇか。それを無にする行動をしたら、次の日には海に死体となって浮かんでいるだろうぜ」
「確かにな。もう冬になるから、本当に助けがくるか疑問に思う奴らも増えてきたが、あのクルーザーが来たことで不安は払拭されたしな」
もう一人の兵士の言葉に頷きながら、納得する兵士。
「それに………。団長は怖いぞ。逆らう発言もアウトだろ? まぁ、まだまだ酒も食い物もある。助けが来るまで待とうぜ」
ワハハとお互いに笑って雑談へとまた移行し始めた兵士たち。
「聞きたいことは聞けたみたいね、お嬢様」
こっそりと覗いていた静香が、小声で遥へとここを離れるわよというジェスチャーをしながら声をかけてくるので、コクリと頷き、その場を離れるのだった。
再び、凍った雪の上をザクザクと踏みしめながら移動する二人。静香が顎に手をあてて、遥へと視線を向ける。
「あの話を聞く限りは、彼らは傭兵ね。オイルタンカーでも守っていたのかしら? 日本まで、あの武装で? 怪しいと思わない?」
「そうですね。銃の規制が厳しい日本にあれだけの完全武装でオイルタンカーに乗ってきたのでしょうか? ちょっとおかしいですよね」
傭兵がどうやって暮らしているかはわからないが、それでも銃の持ち込みが原則アウトな日本へあれだけの武装で来られるのだろうか? 普通は他の国で武器を預けたり、自分たちも降りるのではなかろうか? 海賊は中東付近だと聞いている。ここらへんでは無用の長物だろう。
う〜んと、ちっこいおててを顎にあてて、遥も考える。現実的思考はおっさんには無理だなと。ゲーム的な思考ならいくらでもあるから、そのパターンに合わせれば良いが、今回は違うみたいだ。難しい法律とかも必要そうである。
なので、遥はすぐに考えを終えて決意した。
おっさんには無理な思考だから、静香に任せようと!
難しく考えるのはノーサンキューなおっさんである。何か楽しくなりそうな場面だけつまみ食いすれば良いや精神である。あとのつまらなそうなイベントはスキップスキップランランランであった。
そう考えたら、一気に気が楽になりスキップしながら静香へと視線を向かわせる。
「次はどうします? どこに行きましょうか」
その言葉に考え考え、迷うような、面白がるような表情で静香も問いかけてきた。
「次の候補は二つね。最初からこの島に住んでいた人の話を聞く。もう一つはあの高飛車な女の子の住んでいる場所へと向かう」
どうやら分岐パートに入ったらしい。ふむふむと静香の選択肢を考慮する遥。どちらを選ぶかを考慮しているわけではない。セーブ機能があれば良いのにと考えていたゲーム脳なおっさんなのだった。
分岐で手に入るアイテムがあって、その分岐を選ばなかったら手に入らないのは嫌なのだ。分岐両方にそこだけしか手に入らないアイテムがそれぞれ用意されていたら、一時間はどちらを選ぶか迷うおっさんだからして。
でもそこで遥は気づく、これは現実だ! だからさっさと片方を選んでイベントをこなせば、もう一つの分岐ルームへも行けるのではないかと。レキならばできるはずだ。それだけの高スペック美少女なのだから!
レキへと無理難題を押しつけようとするおっさんがここにいたのであった。
巨大な豪華客船。テレビやゲームでしか見たことが無い船。いつか宝くじで1等が当たったら世界一周旅行に行こうと誰もが一度は夢想したのではないか? そんな白亜に輝く巨大な船体がおっさん少女と女武器商人の前に停泊していた。
迷いに迷った結果、第三の選択肢を選んだ遥。現実なのだから、分岐に無いのを選べば、もっと凄いアイテムが手に入るかもと、現実準拠なのか、ゲーム準拠なのかよくわからない選択したおっさん少女である。
即ち、気になっている豪華客船を見に行こう。途中の会話イベントはスキップで!作戦だ。そのまんまなネーミングセンスの無い遥であった。
「どうかしら? この客船の中身はいったいなにがあるのかしらね?」
興味津々といった表情で豪華客船を眺める静香。
「クイーンマーヤ号………。趣味の悪そうな名前ですね。これあの女性の名前ですよね?」
「まぁ、金持ちの承認欲求はかなりのものがあるからね。あの娘もそんな感じなんでしょ」
遥が船体に描かれている船名を呟くと、静香も肩を竦めて呆れた声音で返答した。
自分の名前を船名に使うのは恥ずかしいと思うのだが、金持ちはちがうのかねぇ、と考える遥。そして気づいたことについても注意しておく。
「レーダーでは、客船内はゾンビや新種のミュータントで一杯です。怪しげな空間も解析された結果、映し出されていましたし注意しましょう」
「フフフ、私は復刻した豪華客船を調査する探索型のゾンビゲーム好きだったわ。アクションも好きだったけど、やっぱりあのゲームは探索型が一番よね」
「私もメイドさんに勧められてやったことがありますよ。ヘッドショットが致命打にならない敵が出てくるやつですよね」
「あら、やったことがあるのね。そうよ、最初は右腕が弱点とわからずに苦労したわ」
髪をかきあげながらの静香の言葉に、内心で攻略サイトを見ながらやったので、プレイヤースキルが無いこと以外苦戦しませんでしたと思う遥。静香はプレイヤースキルが高そうなので悔しい思いをしたくないので言わないが。
「さて、やったことがあるのなら、話は早いわ。ここには何があるのかしらね?それとさっき話していた兵士の会話内容も興味深いわ」
「あの会話内容だと、日本本土からの脱出ではなく、外国からここまで来たように聞こえましたね」
「そのとおり。だからね、この豪華客船には面白いギミックが、あると思うわけ」
スチャッと、いつか見たワイヤーガンを取り出して、妖しく楽しげに笑い船体に向けて撃つ静香。
ワイヤーが船体に取り付けられて、もう一度引き金をひくと、シャーとワイヤーが巻き取られて静香は船体へと飛んでいった。
「そこは私も一緒に連れていく流れではないでしょうか」
一人で飛んでいった静香へとぼやき、おっさん少女もついていく。甲板まで数十メートルの高さがあるにもかかわらず、トンッと軽く地面を蹴るだけで、ふわりと浮かぶように飛んでいき甲板へと、スタッと右足から地につけて華麗に着地する。
「相変わらずの人外の脚力ね」
ワイヤーを巻き取り、こちらもまた華麗に甲板へと足をつけて、静香が感心したような呆れたような声音でおっさん少女を見た。
「この船体の高さが低いだけですよ。少女でも簡単に乗れちゃう高さだったんです」
肩を竦めて渋いおっさんごっこをする可愛い小柄な身体のおっさん少女。
「そういうことにしておくわ。それでは中を調べていきますか」
「そうですね。願わくば面倒なミュータントではないように祈りましょう」
祈ると確実に願いが叶わないおっさん少女は、豪華客船の調査へと向かうのだった。