142話 おっさん少女の雪遊び
若木コミュニティ。新たに大樹所属となった人々である。その人々は今、若木ビル内に大勢詰めかけていた。
受付ロビー内は人々の熱気に包まれて暑い。外は一面雪景色で寒風吹きすさぶ寒さだが、寒さなど気にしてられないと、今日この日を逃したら大変だと集まっていた。
何のイベントで集まっているのかというと、簡単な話で農家の募集と、役所関係としての人々の雇用、そして今までは安全宣言が出たビルは日雇い清掃が雇われており、その後は各自バラバラに物資回収を行っていたのだが、それらを正式に雇用するための募集である。それは雇用された場合、自分たちが福利厚生を受けることも示している。大樹は福利厚生が手厚そうだし、今まではそれすらも無かったから、人々が必死になるのは当たり前であろう。
そして土地の正式な権利は一時的に全て大樹へと移り、その後に人々が買い求めるなどの色々な内容も説明されていた。区画整理が行われて、大規模な建設などもある予定だ。一軒家に住んでいた人も保証と共に移ってもらうなど、大量の変化が始まったのだ。
落ち着いたら税金も発生するが、とりあえずは三年は無税となっている。店も今のところ自由だが、登録だけは必要だ。
税金やら何やら面倒だねぇと人々はお互いに話し合いながらも、崩壊前の本当に嫌がってきた素振りはあまり見られない。どことなく嬉しそうでもある。以前は何に使っているかもわからない税金であったが、今は庇護を得るための物だと痛感しているからだ。
なぜならば、平和を甘受しているのは若木コミュニティの中だけであり、外には危険な化物たちがうようよと徘徊しているのを人々は知っているからである。
もしも自分が外に取り残されていたらと思うと、背筋が凍るような恐ろしいものがあると、人々は身体を恐怖で震わせるのだった。
そうして、自分たちの幸運さを噛み締めながら、集まっている人々である。
「農家は大変な苦労がありますので、数年は南部アドバイザーが皆さんを手伝います。また、大樹の農業用機械もレンタル予定です。清掃及び物資回収の方々は………」
ウィッグをつけて偽装スキルにて別人に見えるツヴァイが説明をしており、他の雇用を求める人々の面接なども受けている。極めて忙しそうだが、教育が終わったら若木コミュニティの人々に変わる予定だ。
のんびりと玄関前の花壇に座りながら、正直大変そうだと、遥は見ていて想う。受付ロビーが見れる外から眺めているだけだが。忙しそうに見えるが、手伝う気は全く無い。仕事は嫌いなおっさんだからして。
もちろん、雪景色の中でおっさんが外にいるわけは無いので、レキぼでぃへと変更してある。
黒髪黒目のショートカットの眠たそうな目をして、ピンクの可愛い小さい唇、子猫を思わせる庇護欲を喚起させる小柄な美少女レキならば、羽毛のように体は軽く、ほいっと空中に跳んで、バク宙やら何やらも簡単だ。思い通りにまるでアニメのキャラのように動くので凄いと感心するし、物凄い楽しい。さすが、超高性能美少女ぼでぃである。
なので、おっさんの身体に戻ると、まるで重力100倍で修業だ! みたいな重い身体となるので、あんまりおっさんぼでぃにならないとギャップが凄い。なので、なるべく家ではおっさんぼでぃに戻る遥。
あんまり動くとすぐに疲れるので、アイテテ、腰が痛いかもと言って、常にナインの優しい手つきでマッサージを受けるおっさんである。世のおっさんがそれを聞いたら血涙を流すのは間違い無い。さすが、超低性能草臥れたおっさんぼでぃである。
そんなおっさん少女は忙しそうな皆を尻目に雪遊び中である。なにせ大雪も大雪、雪国ならばたいしたことは無いよと言われるかもしれないが、関東である。積雪は積もりに積もって、もはや雪かきをしても、一メートルは積もっているのだろうか? 道路は全く見れない。春までこのままであろう。
そして若い身体である。若い美少女の身体だ。もはやこの雪で遊ぶしかあるまいと童心に返るおっさん少女。常日頃から童心しかないかもしれないが気にしてはいけない。
そういう訳で、まだまだ遊び盛りの他の子供と遊んでいるのだ。具体的には二人の子供たちと。
遊んでいる若い子供たちに平気な顔をして混ざるおっさん少女であった。
「リィズお姉ちゃん、みーちゃん! これからかまくらを作ります!」
そう宣言して、両手に腰をあてて、無い胸をはりながら、のたまう中身おっさんな少女。実に楽しそうだ。ワクワクと顔を輝かせている。
まぁ、無理もない。都内近くに住んでいればかまくらなど、アニメとかテレビでしか見たことない。雪が積もって大雪だと騒いでも、所詮次の日には溶ける程度の積雪であったのだ。
なので、遥もかまくらを一度は作ってみたいと憧れていた。確かにスキーなどで雪国へ行くことは今まで結構あったが、それはスキーに行くのであって、かまくらを作る時間などないからして。
そのために暇そうなリィズとみーちゃんの二人を誘ったのである。水無月のおでん屋も今日は休みだと言っていたし。どうも店の登録やらなにやらで忙しいらしい。
街づくりも最初はアパートからで、お店も小さい店からでしょと、結構酷いことを裏で考えているおっさん少女である。
「ん、リィズもかまくらを作る。一度作ってみたいと考えていた。楽しみ」
拳を握りしめて、無表情そうなのに口元を緩めて微笑むリィズは凄い可愛い。
「みーちゃんも、みーちゃんもかまくら作る!」
かまくらが何かを理解しているのだろうかと不安になるが、ぴょんぴょん飛び跳ねて楽しそうだと全身で表しているみーちゃんも凄い可愛い。
「私が作るからには凄いかまくらを作ります。芸術的で皆が感動しちゃいますね」
ワクワクと頬を興奮で赤く染めて、かまくら作りを楽しもうとするレキも凄い可愛い。
可愛くないおっさんなどはこの場にいないのである。そうすることに決めた。
「あ、その前にお姉ちゃんもみーちゃんもこの塗り薬を塗っておこうね」
おっさん少女が得意満面な笑顔でヒョイヒョイ取り出したるは、なんとかエモンが出しそうなスーパーアイテム。
「ん? 何それ」
「おくすりなの?」
首を傾げる二人へと説明しながら蓋を開ける。見た目は軟膏のような物である。もちろんおっさん少女が持ってくるものなので、見た目だけで中身は普通ではない。
「これはですね。耐寒用クリームなのです。耐寒用なので、寒さに伴う地形ダメージや状態異常を防ぎます」
もはや説明がゲームのアイテムの内容なゲーム脳に完全侵食されているおっさん少女。普通にしもやけや凍傷を防ぐと言えば良いものをアイテムの説明文通りに、地形ダメージとか、状態異常とか言っているし。まぁ、いつも通りと言えば、いつも通りなおっさん少女であるが。
「おぉ〜! リィズにもつけてほしい」
「痒いの無くなるの、みーちゃんもつけるつける!」
二人共大はしゃぎである。早く塗ってと、ちっこいおててを差し出してくる。
「もちろんです。はい、ヌリヌリ〜」
ニコニコ笑顔で頷いて、おっさん少女はリィズとみーちゃんのおててに自分の紅葉のような可愛いおててを使ってヌリヌリしていく。
「くすぐったい〜」
「ん、ひんやり気持ちいいけど、塗った後に手がポカポカしてきた」
みーちゃんは塗られて、キャッキャッとくすぐったいみたいで笑っている。リィズは不思議そうに塗られた手を見ていた。
おっさんだと、ヌリヌリ〜とか言って少女の手に塗っていたら、いつも通りの通報コースだろう。まぁ、そもそも親が塗らせないことは間違い無い。何を塗ろうとしているの、この変態! だ。
そして、このクリームは子供にとっては夢のアイテム。雪の中でいくら遊んでも風邪はひかないし、しもやけにもならないという完全無欠のクリームである。
「あら、良いものを塗ってもらったわね。美加。お姉さんにも塗ってもらえるかしら?」
蝶野母がこちらを少し離れて見守っていたのだか、クリームを見て、興味深げに近寄ってきた。もう30代ですよねと内心で思う遥。まだまだ若いですね、お姉さん呼びは当然である。
よくあるもう30代ですよね、お姉さん呼びはきついんじゃは若い人の見方。おっさんから見るとまだまだ若いのだ。普通に20代後半ぐらいの若く見える女性だし。
「はい、どうぞ。ヌリヌリ〜」
蝶野母にも耐寒用クリームを塗ってあげると、その効果を感じたみたいだ。何か人妻にやってはいけない感じもするが、この身は美少女レキなのだ。多分全く問題は無いので、陳情は受け付けない。
「レキちゃん、これは薬局で売るのかしら?」
塗られた手のひらを触りながら、大樹が建設予定の医者を滅亡させる薬局のことについて聞いてくる。ちょっと本気度が高そうで聞いてくる低音の声音が怖い。まぁ、これは水仕事などにも使えるからして、その使用方法にすぐに思考が行き着いたのであろう。一度塗れば三時間効果が続く無効化攻撃を受けなければ水に濡れても落ちないクリームだし。さすが主婦ならではの発想というやつだ。
「そうですね。そんなに高価な物ではないので、売りに出されると思いますよ」
軽々しく答えたら、ガシッと両肩を掴まれた。ちょっと驚いたら、蝶野母の顔が目の前にあった。
「レキちゃん。このクリームの値段がわかるかしら? それほど高くなかったら予約お願いできるかしら」
凄みを感じさせる主婦の問いかけには、コクコクと頷くしかない遥であった。
かまくらとはどう作るのであろうか? 多分雪を集めて山にして、そこからくり抜くようにすれば、かまくら? 作り方は多分これで合っているはずだ。
そう考えながら、出来上がったかまくらを見る。五メートルはある大きさで、シャベルでペシペシと雪を固めて作ったのだ。子供たちで、キャッキャッと楽しみながら、周辺の雪を集めて作ったのである。
我ながら傑作と言えると思う。
「でも、これは少し違う感じがしますね?」
首を捻って考え考え呟くように二人に問いかける。
「ん? リィズはちゃんとかまくらだと思うよ」
「かまくら楽しそう!早く中にはいろ〜」
二人揃ってかまくらだと言うので、かまくらなのだろうと納得しようとしたところ、呆れた声音を蝶野母が発した。
「レキちゃん、これはイグルーね。エスキモーの人が作るお家よ」
おぉと、可愛いおててをポンと叩いて思い出す。
「確かにそんな感じですね。ちょっとイグルーに近いかも」
「いえ、レキちゃん? これはかまくらではないわ。何故、シャベルで叩いていただけで、雪が透き通る氷になるのかしら? あと、なんだか作っている最中にシャベルがキラキラと氷粒を放っていたような感じがしたんだけど?」
「そうですか? 寒いですし、シャベルに雪がついたんですね。そうに違いありません。氷になったのは三人のパワーですね」
「子供三人で叩いて、氷になるとは思えないけど、はぁ、まぁいいわ、深くツッコむのはやめましょう」
目を泳がせて、ワタワタと可愛く慌てるおっさん少女をみて、苦笑いをしながらも、問いただすのをやめた蝶野母に対して、ほっとする。
途中から、エンチャントアイスをシャベルに付与すると固くて崩れないかまくらができると思って試したのだ。あまり活用しない氷念動なので、遊びに使ってみたのだ。
まさか、こんなになるとはねと目の前にできたイグルーを見る。氷をブロックにして積み上げたわけでもないのに半透明感のある氷のお家。即ちイグルーができていた。
もしかしなくても建設スキルのおかげもあるだろう。ステータスボードにイグルー完成! とか耐久力が表示されていることからして、このお家は春までに溶けるか物凄い不安な物となってしまった。なにせ特殊能力に積雪時に耐久力回復と書いてあるのだが、おっさん少女は目をそらして見なかったことにした。
見てみぬふりは、おっさんには必須の能力だから得意であるのだ。怖そうなお兄さんに絡まれている少女がいても見てみぬふりをしてしまうだろうと思われるが、現実ではそんなイベントにすらあったこともない脇役レベルをカンストしているおっさんでもあった。
まぁ、いいや、特に気にすることも無いだろう。ちょっと問題は高さ五メートル。広さ30畳ぐらいなところだろうか、あと地味に若木ビルの玄関横に作ってしまったが、冬景色の一つとして見逃してくれるだろう。きっと見逃してくれる。だって可愛い三人の女の子が作ったのだ。壊したらギャン泣きしてやると心に誓うおっさん少女。もはや中身の年齢は問うまい。
クイクイと袖を引っ張られたので、そちらを見ると瞳を輝かせながらリィズが早く入ろうと表情で語っていた。みーちゃんもそわそわと入って良いよと言われるのをワクワクしながら待っている。
「よし! 入りましょう!」
「ん、秘密基地に入る」
「かまくらだ〜」
無邪気にイグルーにパタパタと駆け込む三人の子供の姿は、周りがホンワカする風景であった。
テコテコ中に入った三人は予想外に綺麗なイグルーにびっくりしたり、氷の壁を珍しげにペタペタ触ってみる。何しろ氷の家なのだ。テレビでも見たことが無いキラキラと日差しを受けて幻想的な家である。
「おぉ、凄い! 冷たいのに溶けていない!」
壁をペタペタ触って、リィズが口を大きく開けて驚くので、遥も触ってみるとひんやりと冷たいのに、溶けていない。
「これは凄いですね。はぁ、これがイグルーなんですか。かまくらも作りたかったのですが、これも良いですね」
ほ〜と、感心しながら頷くおっさん少女。普通のイグルーは積雪で耐久力は回復しないと思われる。
「きゃ〜、ちゅめたい! 雪のおうちだ〜」
みーちゃんも氷でできている周りを見て楽しそうにキャッキャッと無邪気に跳び上がって喜んでいる。
「はぁ、レキちゃん。ビルからこちらを覗いている人が、また何かやっているなという興味がある視線なだけで特に驚いてはいないのだけど、貴方はここでいつも何をしているの?」
半分感心して、半分呆れた感じで顔を手で押さえながら声をかけてくる蝶野母。確かにビルからの視線をチラチラと感じる。また何かやっているなという視線な感じなので、確かに言うとおりだねと、冷や汗をかくおっさん少女。
「ちょっとだけですよ。皆さん、この崩壊した世界でちょっとやそっとでは驚かないのです」
「本当かしら? 最初は無邪気な子供たちの遊びと思って見ていたけど」
ジト目で疑わしげにこちらを見てくるので視線は合わせない。だって身に覚えが無いのですから。記憶にございませんなのだ。
「さて、そんなことよりも、せっかくかまくらならぬイグルーを作ったんです。この中で何かご飯を食べましょう」
元気に声を出して話をそらして叫ぶ遥。かまくらの中で何かを食べるのは、普通の人ならば一度はやってみたい事だろう。そしてアニメとかでは簡単だが、現実では極めて難しい行為である。
そのため、期待に胸を膨らませてワクワクなおっさん少女。そのおっさん少女の姿を見て面白そうだと、リィズもみーちゃんもそばに来た。
ちょっと待っていてくださいねと、テッテコ外に一旦出て、商人係のツヴァイから受け取って戻ってくる。
「ジャジャーン!これです。豚汁!」
フフフと得意げに可愛く微笑んで、何人分あるんだという大きさの寸胴に入った豚汁を見せる。デカいコンロの上に置いてスイッチオン!煮えるのを待ちましょうの状態だ。持ってくる量がおかしいおっさん少女である。
「本当は餅が良かったんですが、それは正月を過ぎたらということで、ポカポカハフハフアチチな豚汁にしました!」
この寒い中ではベストチョイスだと、遥は信じて疑わない。おぉ〜と二人のお子ちゃまもワクワクと煮えるのを待ちはじめた。
そして、しばらく待った後にグツグツと煮えてきたので、別に用意したお椀に入れて、全員に配る。
「いただきま〜す」
寒い中での豚汁は、アチチで本当に美味しい。よく煮えた大根はホフホフで、豚肉は味が染みていて、ズズッと汁を飲むと身体がポカポカになってくる。
「ふわぁ、美味しいね。レキはナイスチョイス。お姉ちゃんが褒めてあげる」
「おいちい! みーちゃんも豚汁だいすき!」
ヨシヨシとお姉ちゃんぶりながらリィズがレキの頭をヨシヨシと撫でてくる。優しい撫で方で気持ちいいので撫でられるままにしておく。
それを見たみーちゃんも、私も私もとおっさん少女の頭を抱えゴシゴシと撫でてきたので、優しく微笑み撫でられてあげる。
「こうして見ると普通の子なんだけどねぇ」
蝶野母は頬に手を添えて、そのホンワカした子供たちを見ながら呟くのだった。
その後、豚汁の配布だねと、雇用手続きやらを終えた人から並び始めたので配り始めていたら、蝶野母がおっさん少女を見ながら尋ねる。
「レキちゃんはこの冬はどうするの? ゆっくりとするのかな?」
尋ねられても困ると遥は考える。常にいきあたりばったりの行動をするおっさん少女なのだ。とりあえず要塞ダムは撃破したいが、まだ時期尚早だ。
「ん〜。指示が来るまでは待機しています。だから予定と言われても……」
正直迷うと、豚汁を配りながら答える。何か面白いことでもないかしらん。
「面白いアイデアがあるわよ、お嬢様」
迷っているおっさん少女に声がかけられる。聞き覚えのある怪しい声である。振り向くと予想通りの女性が、立って蠱惑的に微笑んでいた。
五野静香は指を立てておっさん少女を見る。
「ゾンビ映画で人々が逃げる場所ってどこかしら?」
それはショッピングモールとかじゃないの? と答えようとしたが、静香がわざわざ声をかけてきたのである。何かあるのだろうと考えて、もう一つあると気づく。ゾンビ映画でよく人々が最終的に逃げる場所。
「フフフ、ちょっと旅行に行きましょう? お嬢様」
そう提案してくる静香を見て、ふむふむ、検討する価値はありそうだね、楽しそうだしとおっさん少女は考えるのであった。
 




