141話 復興の挨拶を聞く人々
寒空は変わらず、積雪も溶けることは無く、静寂な世界である冬の世界。
寒さにもかかわらず、人々は若木ビルに、また、それぞれのビルにあるロビーなどに集まっている。
エアコンがガンガン利いているうえに、大勢の人が集まっているので熱気が凄い。この冬なのに汗をかく人もいるが、部屋を出ていくこともなく、真ん中に置かれた5メートルはある水晶のモノリスのような物の前に集まっていた。
ワイワイとお互いで話し合いながら、その水晶のモノリスを見ている。モノリスは大樹から配布され設置された通信モニターである。モニターには時間が表記されており、人々はその前に12時になることを待っているのだ。
期待と不安で人々がモニターを見上げていたら、時刻は着々と過ぎていき、12時へと変わった。
変わった途端に水晶のモニターは変化し、どこかの大統領が記者会見するような舞台を映し出す。
そこには舞台にがっちりとした体格のロマンスグレーの60代の渋そうな老人が背筋を伸ばして、隙がみえない鋭い目つきで立っていた。鷲のような鼻に意思が強そうな唇。皺が衰えではなく威圧感を見る人に与えてくる。
後ろには幹部なのだろう、10人ほどの男女がやはりびしっと立っている。その中にはいつも若木コミュニティに来るナナシと名乗る人も見えた。
「諸君。初めましてというべきだろう。私が文明復興財団大樹代表である那由多 英雄だ」
外面にあう渋い重々しい声で挨拶をする初めてみる大樹の代表者に、人々はどよめく。この一年は大樹の世話になっていたのだが、初めてその財団の代表や幹部たちを見ることができたのだ。驚きもひとしおである。
若木コミュニティが大樹に所属を求めたことを受領されて、代表の挨拶と所信表明演説を行うとのことで、各所にこの水晶型モニターが設置されたのだった。
そして、今日この日12時にその所信表明演説が始まると教えられて集まったのだ。このコミュニティの未来を担う人を見定めようと、あるいは不安からすがれる人を見ようと。
「まずは謝罪をしておこう。我々がまったく外にでなく僅かな人材しか出さなかったことに対して」
頭も下げずに全然謝罪感を出さずに片腕を掲げて、強く語り続ける那由多代表。
「しかし、外は極めて危険であり、我々は文明復興のため、その貴重な人材をおいそれと危険にさらすわけにはいかなかった。その為に現状で多様な危機に対処できる最高の人材のみを調査に向かわせた次第だ。そして危険にさらさなかった結果は諸君もわかっているとおりだ。豊富な物資に強力な武力。新技術の発明による様々な機械。どれも役に立つものばかりであるとわかってもらえると思う」
傲慢であるが、魅力的な老人である。手振り身振りで発言を強調するように上手く会話をしている。
「そうして、手助けをしてきた君たちのコミュニティも大きくなった。そろそろ次の変革の時期に入ったのであろう」
一息をついて、ますます視線を強くして那由多代表は叫ぶ。
「そこで、我々は君たちのコミュニティを我らが大樹管轄として入れることを決定した。これからの活動において、充分な活動ができることを確約しよう。防衛隊の警察区分、荒須総合エネルギー会社への投資に伴う更なるインフラの復活。そして、オフィス部屋ではなくしっかりとした住宅の建設をしていきたいと思う。雇用も考えることを約束しよう。君たちはこれからの行動は全て大樹に所属していると意識を持ち、考えて行動をしてほしい」
ワッと喜びの歓声に包まれる。その発言を聞き、ようやく大樹の所属となれるのだとの人々の喜びだ。
「これからは、正式に君らのコミュニティは大樹所属若木コミュニティと名乗ることになる。代表者は若木コミュニティから選出を行い、こちらの決定事項などを話し合いの中、決めていこうと考えている。約束しよう。文明は復興をすると!」
以上だ。と言葉を締めくくり、人々の歓声の中でモニタに映るあちらは消えた。大樹の力はよく知っている人々だ。明るい未来がくるかもしれないと、人々は喜び涙を流すものもいる。安心や平和が訪れ始めたと感じているのだ。それだけ那由多代表が安心感のある人物であるということもある。
ざわざわとざわめく人々に対して、次々と用意されていたお酒や食べ物が配られていく。今日は若木コミュニティ所属記念日として祭りへとそのまま続行して騒ぐ予定なのだ。
もちろん、食料やお酒は大樹からタダで提供されたものだ。太っ腹な大樹のやることだ。無くなることはなく、充分な量が用意されていた。冬の雪降る寒い中、鬱屈した日々となっていた人々はそれを忘れるように、記念日を祝ってどんちゃんと大騒ぎをしていく。
喜びに満ちる喧噪の中で、カンパーイとカチンと缶をぶつける音や、様々な料理を皿にとり、口へと頬張り笑顔で食べている子供たちも見えた。今ひと時だけは平和を甘受している人々であった。
若木コミュニティの大会議室でも、那由多代表の話が終わり、人々はざわめき思い思いに楽しそうに食事をしながら、お酒を飲みながら話し合っている。
「荒須総合エネルギー会社への更なる投資だって、そんな話あったの、荒須さん?」
どんちゃん騒ぎの中にナナも加わっていたが、ナナの同僚の女性が缶ビールを持ちながら尋ねてきた。
「うん。電気、水道を扱っているのだから、ガスも扱えって言われたよ。それで発電機も浄水装置も改修されたの。なんか複合機械とかで、電気も水道もガスも扱える凄い機械になったと説明されたよ」
ナナはあのスーツの男が現れて説明されたときには驚いたものだ。でも投資条件は利益の20%を10年間払うという極めて緩かった内容だし、ガスが使えれば、皆が自分の家でお風呂に入ることができる。仮設風呂を使わなくてもよくなるので頷いたのだ。
「あ~、荒須さんがどんどん遠くの人になる気がしているわ。独身の大会社の女社長! 羨ましい」
首を振りながら、缶ビールをグイグイと飲む女同僚。酒は高いのでこの機会にどんどん飲むつもりなのだろうことがわかる。明日は二日酔い確実だ。
「それで~? 社長はモテモテでしょう? このこの」
酔っ払い始めたのか、肘でつついてくるので、ナナはかぶりをふって苦笑交じりに否定する。
「あんまり男性にはモテてないような気がするよ。何故だろう」
自分でも好物件だと思うのだがと首を捻る。それを聞いて、女同僚は納得したように首を縦に振る。そして哀れみを含んだような、他の何か言えないようなことがあるような目を向ける。
「あぁ~、荒須さんは、そのレキちゃんが好きでしょ? それでリィズちゃんとも住んでいるでしょう? しかもレキちゃんにプロポーズしていることが噂になっているから、少女好きな、ほら、ね? ごにょごにょな感じ……」
「えぇぇぇぇぇぇ。そんな風に私思われていたんですか! それって、捕まえないといけない事案ですよね」
驚愕の内容である。それでは私は危ない人間ではないのか!事案発生が自分でしたとは笑い話にもならない。何しろ昔は警官だったのだ。自分で言っていて危ない内容である。ナナの立場なら崩壊前なら事案として逮捕に向かわないといけない。
否定しなければと、アワワワと慌てるナナに優しい表情で女同僚が慰めてくる。
「大丈夫よ、崩壊後のこんな世界ですもの、法律なんてもうないし、英雄は色を好むというし、二、三人の少女を囲っても金持ちだし、誰も気にしないわ」
慰め内容が酷いとナナは頭が真っ白になる。何だ、囲うって。しかも同性であるのが、もっと酷いような感じがする。そして大声で叫び否定しようと試みる。内心ではレキちゃんなら良いかもと少しだけ、本当に少しだけ思ったりしたのだが。
「え~! ナナさん、そんな趣味だったんですか!」
「ん、ナナはリィズとレキのことが大好き。リィズが保証する」
「貴方、そういう性指向だったのね。元警官って聞いたんだけど」
内心で少しだけ考えて、頬をすこし赤らめていたナナは、唐突な後ろからの言葉に驚いて振り向くと、椎菜、リィズ、叶得がそろってジュースをいれたコップを持ってきていた。どうやら挨拶にきたらしい。そして、椎菜は後ずさりをして信じていたのにと、呟きながらドン引きして、リィズはふんすと鼻息荒く、ナナに懐いているので肯定する。多分リィズは意味がわかっていない。叶得は疑わしそうな不審気な表情でナナを見ていた。
「違うんです! 違うんですったら! 確かにレキちゃんとは一緒に住みたいと告白しましたけど、いや違うんですって!」
慌てるナナをわかっているから、人の趣味をわかっているからと優しい笑顔を崩さない女同僚。それを前にナナは益々慌てるのであった。
少し離れた場所から大騒ぎをするナナを見て、百地は呆れた表情となる。
「酔うのは早くないか? あいつら。ここまで叫び声が聞こえてくるぞ」
「まぁ、また荒須隊員がからかわれているのでしょう」
元警官隊長の仙崎が苦笑しながら、騒ぎの方を見る。確かに荒須が叫んで、周りの人々はニヤニヤしている。明らかにからかって反応を楽しんでいる。
「はぁ~、何やっとるんだ、あいつは。ここでも有数の権力者のはずなのに変わらんな」
「そこが荒須隊員の良いところでしょう。あの変わらぬところが」
「そうだな……。他の奴らならあそこまで善良には動けまい」
その場合はまだインフラ関係も復興もせずに苦境にあったかもしれない。あの時は大樹はこちらへの支援は最低限であったからだ。
「それより、百地隊長。若木コミュニティ代表就任おめでとうございます」
にやりと口元を笑いに変えて、仙崎が嫌なことを言ってくる。
「へっ、今は人がいないから俺が若木コミュニティ代表になっただけだ。すぐに政治に強い奴らが表舞台に立つだろうよ」
「あの大樹代表はいかにもな威圧感がありましたからな。ですが、若木コミュニティにそんな人物がいるでしょうか?」
「いなければ、育てれば良い。頭のいいガキや人望厚い人間がどこかにころがっているだろうしな」
その未来を見据えた言葉に仙崎も頷く。ようやく未来を考えることを、先のことを考える余裕ができたことに。
「そうですな。私たちはそれまで頑張ればいい」
そうして、お互いに笑いあい、乾杯をするのであった。
南部でも社務所に置かれたモニターを見終わって、人々が祭り騒ぎに移行していた。
「ほえ~。なんかすごそうな人だったね。ねぇ、僕たちも若木コミュニティ南部となるんだよね? お爺ちゃん」
人々の騒ぐ喧騒の中で、相変わらずの巫女服を着た晶が感心した風に一緒に聞いていた祖父に問いかける。和服姿であぐらをかきながら、腕を組み重々しく頷く祖父の志朗。
「そうだな。儂たちは若木コミュニティ南部区域となることが決まっている」
「お爺様は南部区域代表ですわね。おめでとうございますで良いのでしょうか?」
皆に飲み物を配りながら、たおやかに声をかける穂香。代表となったことが良いことなのか判断がつきかねるからだ。
「そうじゃな……。まぁ、時世が時世だ。儂の他には代表を務めることができる者はおるまい。落ち着いたら、バカ息子。お前の番じゃぞ?」
先の未来を考えながら、息子を睨んで頷く祖父。資産も潤沢にあるのは水無月ファミリー以外は南部ではいない。だからこそ代表者も決まっている。そして、この崩壊した世界では権力者とは危険なものでもある。南部で立場を譲る気は毛頭無かった。
「権力者としての争いは勘弁ですが、せいぜい頑張りますよ」
はぁ~と溜息をつきながら、いまいちやる気のない息子の発言を聞いて、口元を歪めて再度志朗は頷くのであった。
五野静香は、その挨拶を別のビルで聞いていた。若木ビルまで登るのが面倒であったし、近場の方が面倒くさくなくてよいと考えたからだ。
「ふふふ、随分と私のボスは凄そうな人なのね」
ワイングラスを片手に消えたモニターを見続ける。
「店長は大樹に戻られるのですか?」
武器店に雇った店員たちが不安そうに聞いてくる。戻られるとしたら、自分たちの職を失うかもしれないので、死活問題だからだ。
若木コミュニティに武器店を用意されたので、そこで商売をするように命令された静香。今までの数十倍の値段での販売は禁止され7倍程度におさめられている。まぁ、あんな騒ぎをした後だ。仕方ない。用意された武器店も住居は前と同じかそれ以上の豪華な家であるし文句は多少しかない。
若木コミュニティへは、自分たちの価値を見せることができなかったが、それでも再雇用されたので、宝樹の本部はそのままで、自分は支店として若木コミュニティに住むことになったと説明していた。大樹も特にそこらへんの説明は気にしなかった。静香は、そこまで若木コミュニティに興味をもっていないのだろうと判断している。
財団が何を目指しているのかは不明だが、それに乗り遅れないようにしないととは考えている。若木コミュニティには本当は興味を持たない財団だ。何か壮大な目的があることは容易に想像できる。
そして、あのボスは人類を一つにするとか意味のわからない目的などは持っていないだろう。目を見れば、傲慢な話し方から評価をすれば、あの男が力を、権力を、金を信じているのだろう俗物的な男性だと、これまた簡単に判断できる。
即ち、財団の目的も俗物的なものであろう。きっと自分たちだけリゾート地のような場所で楽に暮らしていけるような目的ではないだろうか。恐らくは平民をこき使い、自分たちは好きなように生きれる貴族のような生活を目指しているのではないだろうか。多分、この予想は大体当たっていると静香は推察する。
「残念ながら、大樹への帰還はまだまだ先でしょうね。貴方たちの仕事がなくなることは無いわ」
面倒であり、力が貯まらないようにある程度の武器は作成して武器屋に置いてある。防犯は完璧だと、あの怪しいスーツの男が言っていた。確認するのは怖そうだとそれ以上静香は尋ねることをやめた。
そして、武器を置くことになったので、ゲーム仕様の凝った少し強力な物も置き始めたのだ。強化弾薬に特殊効果のあるランチャーなどである。
そして自分で売ること以外にも大樹が価値を調べた貴金属の値段による武器の販売が行えるようになったので店員にある程度任せることができるようになった。
「でも、財団は本当にあったのね」
誰にも聞こえないように呟く。姿を現さない財団に対して、実はまだ少し疑っていたのだ。しかし、傲慢な俗物的である、ご立派な代表や他のエリートそうな面々も現れて、その懸念はかなり解消された。後は大樹本部を見てみるぐらいであろうか。是非一度その威容を見てみたい。そして、私も大量の貴金属を持っているのだから、それを使えば壮大な目的とやらに一口乗れるかもしれない。貴金属も大事だが安楽な生活も理想なのだから。
「フフフ、面白い話には是非加えてもらわないとね」
そして、怪しく蠱惑的に微笑みワインを飲み干す静香であった。
人々が新たな時代の幕開けに喜んで乾杯をして祭りを楽しんでいる頃、ある家のリビングルームではおっさんとメイドたちが密談をしている。密談というアホ談であるが。
リビングルームはどこかの大統領の記者会見場所に改造されていた。
「あぁ、これ片付けるの大変だねぇ」
遥は改造したリビングルームを見て嘆く。
「ツヴァイリーダーが報告いたします。司令、大丈夫です。私たちがすぐに戻しますので」
ツヴァイリーダーが片付けると提案してくれるので、安心して息を吐く。掃除とか片付けるのは必要だとは思うが面倒だし。
「はい、掃除しますよ。パッパッと片付けましょう」
ナインがパンパンと手をうちながらツヴァイたちに指示をだし、テキパキと皆はサクサク片付け始める。それはまるで舞台が終わったので、小道具を片付ける人々そのまんまの風景である。
「ご主人様、どうですか? 私の人形繰りの巧さは!」
ドスドスと眼光鋭い老人、先程は那由多英雄と名乗った人物が近づけてきて怖そうに笑う。そして後ろに控えていた男女もテクテクと歩いてきた。
「あぁ、なかなかだったと思うよ? あとでさり気なく若木コミュニティに印象を聞いてみよう」
「そうですか、そうですか! まぁ、当然なのですが。そろそろオスカー賞も取れますね。あ、背中のチャックを下げてもらえますか? もう脱ぎたいので」
へいへいと老人の背中にあったファスナーを下げると中からサクヤが、よいしょと出てきた。サクヤが出てきた途端に、へニョへニョとただの布の塊に戻る不思議なるキグルミ。
さすがに遥がボスとして会見するのはおかしいし、そろそろ他の人物も出しますかねと作り上げたキグルミ君だ。着込めば、あら不思議、そのキグルミは本物の人間に見えるのである。
他の男女も見てみると、中からツヴァイたちがそれぞれ出てきた。人形繰りは人形作成スキルにも依存しているので、楽々操作だ。まぁ、あんまりジロジロ見られるとバレるかもしれないが。体温も無いので触れられたらアウトなキグルミでもある。
これからは小道具のウィッグや小物をつけたツヴァイたちを若木コミュニティで使う予定である。皆に偽装スキルをつける予定なので、別人が大樹から派遣されたと思うだろう。皆女性だがどうせ数人の派遣だ。そこまで気にしないと信じる。
「これにて街づくりゲームが若木コミュニティでできるわけだ。わくわくするかも」
ふふふとほくそ笑み、若木コミュニティの人々が聞いたら怒るだろうことを口にする遥。だが、自分の趣味優先なので、そこらへんは考慮しない。
「おめでとうございます。マスター。どういう街にするんですか?」
ナインが口元を嬉しげに綻ばせて微笑む。癒やされる笑顔だと、ヨシヨシとナインの頭を撫でながら答える。撫でられて嬉しそうに目を瞑るナイン。
「ネット、テレビは原則禁止。昭和初期の映画館に人が多数入り、ケーキを贅沢品だと喜ぶような、紙芝居に子供が集まるような、人との触れ合いが大事な、そしてイベント盛り沢山な面白い街にしてみたいね」
まぁ、今思いついたことなので、後から変わる可能性は高いけどと、楽しそうに笑いながら考える。
もはや、誰も私が黒幕だとは思うまい。ただのキグルミを自分たちのトップだと考えるだろう。実は密かに怪しんでいる人間がいそうな感じがしていたのだ。多分静香あたりである。あの人は若木コミュニティに対する大樹の興味の無さを悟っていると思われる。それとなんとなくだが、執拗に絡んでくる叶得も自分がボスではないかと怪しんでいる感じがしたのだ。まぁ、常に私しか顔を見せないのだから当たり前だ。だが、それも今日で払拭をされるだろう。
しかして、本当の黒幕は私なのだと考えるだけで面白そうな感じがする。
これからは黒幕と疑われることも無く、より自由に行動できるだろうと笑いながら、街づくりゲームを楽しもうと考えるおっさんであった。