137話 極限戦線にておっさん少女はお別れをする
世界は轟音の中に存在して、静寂は彼方にあるであろう。昔の詩人がそう言っていたと呟きながら、遥は今の戦場を見て詩人のように思う。
実はちょっとかっこいい詩が浮かんだので呟いたが、自分が今創作した詩だとバレたら恥ずかしいので誤魔化したけどバレないよね、サクヤさんやネットで検索したら嫌だよと内心で呟きながら。
現在、継続して撤退中の砂上戦用輸送装甲艦である。長ったらしい名前なので、略して装甲艦だ。
昔の小説家も言っていた。私はなんちゃらの使い手のなんちゃらですと、幼女に近いメロンパンが好きな女主人公が名乗りを上げるのにいつも書いていたら、編集から字数稼ぎは止めてくださいと怒られたそうな。なので、装甲艦で良いだろうと、考えるときは略すおっさん。舌を噛みそうだし長ったらしい名前は苦手でもあるのだ。
その甲板の上で絶賛彼方から飛来する砲撃を迎撃中である。おっさんなら飽きそうな集中力が極めて必要な繊細でありながら単調な迎撃だがレキは思考を乱さずに冷静に対処をしていた。
そのため、空中では激突した弾同士の破裂音と衝撃波、着弾地点を逸らされて遠くに着弾してクレーターを作る炸裂音が響き渡っている。
そして、トドメに装甲艦には数多のゾンビやグールが貼り付いており、懸命に超電導砲と超電導バルカンで撃退中だ。
そうして、雪積もる世界は本来の静寂は無くなり、争い響く音の世界と成り果てていた。
ゾンビたちの撃退にはおっさん少女は加わらない。先程よりも高速で接近しつつある要塞ダム軍の軍勢に対応するために、迎撃しつつも疲労を回復している最中だ。
積雪の中で白い息を吐きながら、僅かにレキは疲労を感じている。額を汗が一筋流れ落ちて、常日頃ならあり得ないが、今は極限の集中力にて飛来する砲弾を迎撃しており、終わらない苦行に疲れを感じ始めていた。
迎撃中の僅かに、開いた時間で静かに深呼吸をして息を整える。銃を構える体勢を僅かに楽にして身体を休めていく。
たったそれだけでも休める、超人のぼでぃを持つレキだからこそできる休憩である。
「ツヴァイリーダーより司令へ報告いたします。敵のトレインタンクがスズメへと砲撃を開始。それにより被弾率が増加しておりシールド減少率が上昇しています」
苦渋の表情でツヴァイリーダーが髪につけている金色のヘアピンを片手で弄りながら報告を告げる。いつもはビシッとして礼儀に厳しいだけに不安と悔しさを表していることがわかった。
「くぅっ! トレインタンクはスズメの撃退に向かったか! 敵も考えたな!」
気配感知では確かにトレインタンクはスズメの方に向かい、トレインタンクの中にいたであろう二匹の強力そうなサルモンキーは徒歩でこちらに向かっている。
迂闊であったと悔やむ遥。ゲームなら全てがこちらに向かってくるはずだった。
しかし現実では要塞砲がなかなか当たらないスズメに業を煮やして、強力な砲を持つ列車のような巨大な戦車を向かわせて、近距離攻撃で仕留めにきたのだ。
なんと小癪な敵だ。最近のAIはおっさんよりも頭が良くていけない、いつも私より巧妙に行動するんだからと悔しがる相手をゲームキャラと混同するおっさん少女。そろそろ現実とゲームは違うと誰かが諭さなくてはいけない時期かもしれない。
「シールドが半分になるまで、あとどれくらい持つ?」
遥が予想シールド減少時間をツヴァイリーダーに尋ねる。こちらも優秀なAI搭載のマシンドロイドなのだ、その戦略眼は負けていないはずである。もちろんおっさんは知力が無いし説明書を読まないので、戦略眼に期待してはいけないことは当たり前なので、自分で考えないで周りに頼る遥。なので、ツヴァイリーダーにその予想シールド減少率を尋ねた。
「この攻撃による減少率も含めますと15分が限界かと」
「わかった。それじゃ10分で撤退行動に移行。すぐさま敵の拠点と思われるエリアから脱出してください」
その命令にぎょっとした驚愕した表情を、ツヴァイリーダーは浮かべる。
「司令、スズメは15分は戦えます! ギリギリまで戦わせてください!」
スズメが退却すると、全ての攻撃がおっさん少女に集中するとわかっているリーダーは珍しく必死な表情でお願いをしてきたが
「社会人の5分前行動は当たり前だよ。命令を遂行せよ!ツヴァイリーダー!」
スズメにも搭乗しているツヴァイたちにも壊れてほしくない、特にツヴァイたちは家族であるのだからと決心した表情で遥は微笑むのであった。
その決意が伝わったのであろう、ツヴァイリーダーは悔しそうな表情で敬礼をする。
「ハッ!スズメは10分後に撤退行動に移ります!」
ウンウンと頷いて、ツヴァイリーダーとの通信が切れるのを遥は見ていた。
「よろしいのですね、マスター? 彼女らは作り直せる存在ですよ? 使い捨てにするのが正しい選択です」
非情にして、当然の選択をナインが勧めてくる。その表情は心配気で曇っている。
「ダメダメ。彼女らには心があるんだ。直せるから、疲れないからと奴隷扱いする気は無いよ」
決意の視線を込めて、ナインに宣言する遥。それにマスキングされた個体別の溜まった経験値や好感度があるはずだと固く信じているのだ。また初回からとかやってられないです、と充分に内心は非道なおっさん少女だった。
「かっこいいです!ご主人様! これはレキ様の恥態の中でも、ベストシーンとなりますね!」
遥の内心には気づかずに、常にシリアスな雰囲気を破壊する過去クール系無口キャラであったと言い張る銀髪メイドが、デヘヘと口元を緩ませて頬を紅潮させながら口を挟んできた。
「あぁぁぁぁ! それに今気づきました! ツヴァイリーダーはあの巨大戦車に私の許し無く勝手に名付けをしていました。仕方ありません。海よりも広大で寛大な私が許します! あれはトレインタンクと名付けましょう!」
名付けの権利を気にする水溜りよりも狭い心のサクヤが吠えたが、もうスルーすることにしたおっさん少女であった。
しばらく装甲艦はその巨体を全速で移動させて、要塞ダムからの砲撃は問題無く撃退できていた。地上にはまだいくらかの小走りゾンビが残っていたが、グール以外は装甲艦に追いつけなくて引き離されている。そしてグールも装甲艦の攻撃で撃ち倒されていた。
しかし、その攻撃音が止むときがやってきた。要塞ダムからの砲撃は終わり、迎撃の轟音は終わりを告げていく。
「はぁ、迎撃の方がパターン化して楽なのかなぁ…………。でもレキも迎撃も大変だよね。お疲れ様。もう一踏ん張りだ」
アイテムポーチから、最後の万能エネルギー回復薬を出して、可愛らしい小さなおくちで、コクコクと愛らしさを感じさせる小動物を思わせながら飲み干す。
各種回復薬を1ダースずつ用意したが、これが最後で50%全てのエネルギーを回復させるとって置きであった。
調合スキルを上げとかなかったらやばかったと思うが、まだ過去系にするのは早いかと思い直す。
轟音が途切れたのは、敵が諦めたからではない。フレンドリーファイアを恐れたからだと、わかっているからだ。
「旦那様、安心してください。私が万難を排して道を作り上げます」
平静な声音の中でも強い意思を感じさせるレキに遥も答える。
「レキさんや、夫婦だから共同作業でいこうよ」
「そうでした。ならば、私たちにて万難を排して道を作り上げましょう」
遥の答えに頬を染めてレキは嬉しそうに微笑みを返すのであった。
気配感知にて、接近するのはたった二匹のサルモンキーらしい。しかし、その力はボスクラスであろう巨大なダークマテリアルの力を感じさせた。恐らくは、雑魚では倒せないし損害もでかいと予想してと思われるが、こちらにとっては助かる話だ。
すぐにおっさん少女は目視にて道を高速で移動するサルモンキーが見えた。身体を前傾にして陸上選手さながらの腕を振りながら走ってくる。積雪の中でも足跡を残さず、また土を舞い上げることもなく、装甲艦に追いすがるソンビたちの間を触れることもせずに縫うように近づいてくる。それだけで、高レベルの体捌きを想像できる相手であった。
「装甲艦はそのままソンビたちを狙って攻撃。あのサルモンキーたちには効かないでしょうから」
遥は命令した後に、瞼を閉じる。そうして再び瞼を開いた時には強い力の籠もった光を宿すレキへと主導権は完全に移行した。
レキはリキッドスナイパーを肩にかけて、身体を半身に構える。
巨体にもかかわらず土を舞い上げずに、接近してきたサルモンキーたちはフワリと甲板の上に着地した。
三メートルはありそうな大柄な巨体。祭りの浴衣のような和服を着ており、金色の毛皮と青色の毛皮をそれぞれしており、胸には装甲がつけてある。顔にはスリットの入ったバイザーを装備している。そして金色の猿は身体から雷光がバチバチとはしっており、青色の猿は僅かに風が纏わりついて毛が浮いていた。
多分背中には、風とか雷とか書いて有りそうだと遥はサルモンキーたちを見て、ありがちな敵だなぁと思った。
着地した二匹はレキを質量をも感じそうな鋭い眼光で見やり、大口上を上げる。
「我こそは風神モンキー」
「我こそは雷神モンキー」
「超技サイキックブロー」
口上を待たずに攻撃する非情なるレキが先制攻撃を加えた。右拳から撃ち出された衝撃波は空間を歪ませて、雷神モンキーへと接近していく。
その攻撃を見た雷神モンキーは慌てずに両手を前に掲げた。超常の力が即座に集まり雷光を発する。
「ぬぅぅん、雷光壁!」
両手の前に雷光が収束された壁が現れ、サイキックブローと激突する。激しい光と共に一瞬雷光の壁は歪んだが、ただそれだけで空間の歪みは抑えられ消えていった。
ふふんと得意げな笑みを浮かべて雷神モンキーがおっさん少女に視線を向ける。
「戦場の名乗りを待たぬとは」
「小娘なれど習わしを知らぬ無礼な奴よ。我らが力を思い知るが良い!」
「ご主人様! あの猿たちは風神モンキー、雷神モンキーと名付けました!」
風神雷神それぞれがバラバラに話を繋げてくる。最後も多分猿たちの発言だからスルーします。スルーされて、キーキー言っているので猿の仲間に間違いないだろう。
「申し訳ありません。すぐに死体へと変える貴方たちの名前を覚える気はありませんので」
レキが眠そうな視線を風神雷神に向けて、平然と煽る言葉を発する。というか、多分本心からなのだろう。素直な娘だからして。
「小癪な!」
「いくぞ!」
レキの言葉を聞いて、怒気を声音に混ぜながら床を蹴る風神雷神。床を蹴り迫りくる姿は風を巻き、捉えることが難しい高速移動である。
そして、こちらに肉迫して風神は左腕を、雷神は右腕を振り上げて、それぞれレキの片腕を狙って手刀を作り、突風を生み出しながら振り下ろしてきた。
小柄な体躯に驚異の力を秘めたレキへと油断せずに攻撃をしてきたのであった。
レキはその意図を察して、風神の腕へと自分の腕を絡ませて螺旋の動きで捌き、受け流した。そのまま身体を風神の横へと滑り込ませて右脚からの槍のような蹴りを繰り出す。
ずんと右脚は風神の身体に足首までめり込んでいき、更なる攻撃にてトドメを刺そうとしたところ、風神の身体が歪み、雷神へと入れ替わり右脚を掴もうとする。
以前に戦った三人組と同じ入れ替えの超能力である。すぐさま、状況の変化に対応すべく左脚を浮かせて、床を蹴り後ろに下がるレキ。
足首を掴みそこねた雷神はそのまま手に巻いてあったしめ縄のような縄を解き、叩きつけてきたが既にその場所からは退避していたレキである。
だが叩かれた床には雷光が走り、床を伝わって広がってきた。一瞬の雷光であったが、レキは軽く飛翔しあっさりと雷光は通り過ぎていった。
「我が雷光鞭を喰らわぬとは幸運な」
「そして、ケホッケホッ。ちょっとたんま………」
続けて雷神と場所を入れ替えた風神が話を繋げようとしたが、レキの攻撃は効いていたようで腹を押さえて苦しんでいる。
チラリと後ろの風神に視線を向けて、軽くため息をして雷神がそのまま話を続ける。
「そして我らの守備も完璧よ! お互いの」
「その回避術はお互いが遠距離攻撃を主としなければ使い物になりませんね」
雷神の言葉に被せてレキは過去の強敵を思い出す。視線に威圧を込めて雷神に教えてあげる。
「貴方たちより巧みに使う敵と以前戦いましたので、その口上は、いりません」
ぬぐっとうめき声をあげて、息を呑む雷神。愛らしい身体のレキの隠された力の片鱗に気づき、その巨体にもかかわらず僅かに後ずさる。
相手の怯えを感じたレキはすぐに雷神へと駆け寄り懐に滑り込もうとする。ブレるような消えてしまうような速さでレキが近づくのを見た雷神は身体に纏わせた雷光を解放した。バリバリと音をたて、光を発して周囲に広がっていく。
範囲攻撃はさすがにレキは防げないが、一人で戦っているわけではないのだ。ほいっと遥が自分の分担の超能力を発動させる。
「念動障壁」
薄い蒼色の水晶のような壁が空間より生み出されて、焼き尽くさんと接近する雷光を防ぎ、バチバチと火花が散る。
「風乱鞭!」
その障壁をみてとった風神が自らの鞭を振り下ろしてレキの周りに竜巻を作り上げた。多分切り刻まれるのだろう風に刃を付与した竜巻である。その竜巻は障壁を切り破らんと削るが、亀裂もできずにびくともしなかった。
いかなる攻撃も念動障壁の前には無駄である。過去、この障壁を破れた敵はいないのだと遥は内心で自慢する。そしてすぐに、やばいフラグをたてたかもと焦り始める。
この防御を破られたことは無いと偉そうに語ると、大体敵の次の攻撃で破られる運命なのだ。でも言葉にはしていないから大丈夫。ノーカン! ノーカン! と内心で叫ぶおっさんであった。
竜巻が止むと、風神雷神はレキの前後に挟むように立ち位置を変えていた。どうやら今の攻撃はこちらの動きを封じて、前後からの攻撃を行う心積もりだったようだ。猿のくせに頭が良い戦法だ。
二匹は毛皮に覆われていても、簡単にわかるはちきれんばかりの筋肉に力を込めている。ミシミシと筋肉が波打ち、その体躯から生み出される恐ろしい破壊力を物語っていた。
かはぁと息を吐き、拳法のような構えをした風神雷神はレキへと肉薄して攻撃を繰り出す。
大木すらもなぎ倒し、分厚い鉄すらも貫通できるだろう巨腕から、空気を切り裂く音を鳴らしながら、拳を放ってくる。
レキが雷神の繰り出す右拳からの正拳突きを、そっと手のひらを添えて、身体をずらし捌き避けると、風神がその隙を狙い、その健康的な細い脚を狙い、ローキックを放つ。巨体からの大木のような太い脚からのローキックだ。当たればレキの脚は砕けるどころか、引き千切られるかもしれない威力である。トンッと少しだけ身体を浮かせてレキはその脚へと足を乗せて滑らすように移動する。
そのまま床へと降り立つレキへ今度は左拳をフック気味に雷神が繰り出してきた。すぐに身体を沈み込ませ回避する。風神がそれを見てローキックで泳いだ足を返しがてら蹴りを入れてくる。さすがに回避しきれないと悟ったレキは右腕をあげてガードする。触れれば折れるかと思われた細身の腕に蹴りが入るが、返しがてらの蹴りは威力は無く、レキは少しだけ身体を後ろに押しやられたのみで、完全に受け切った。だが、その攻撃で僅かに間合いが開く。
自分らの連携攻撃を凌がれた風神雷神が構え直し驚愕の顔を浮かべてきた。
「なんという小娘よ」
「脆弱に見えて鉄芯より堅き身体と柳のように柔らかな体捌き」
風神雷神が感嘆したようにレキを称賛する。
「ご主人様が鉄芯より硬い? ふざけているのですか、この猿たちは! モチモチほっぺで、腕も脚も平坦に見える胸も桃より柔らかで触り心地最高な身体なんですよ! ご主人様! この猿たちには天誅です。さっさと天誅を与えてください!」
敵の称賛を侮辱と捉える変態銀髪メイドの言がこれである。プンスカと顔を真っ赤に怒りに染めて叫んでいる。
サクヤの常にシリアスを破壊するいらない発言はカットできる設定は無いか探したいおっさん少女である。
風神雷神の攻撃は僅かながら纏った風と雷により回避してもダメージが入る。ゲームで言う、ダメージゼロでも追加ダメージは別ねの論理である。どんなに硬い敵でも付与した効果により追加ダメージが入り、その攻撃が蓄積されて倒せるのだ。
そのため、レキは僅かにダメージが入っていた。相性の悪い敵である。
おっさんは大体そんな地味に時間がかかる戦闘は勘弁してもらいたいので、魔法使いを揃えてガンガン倒していき、また物理メインの敵に変わったらパーティーを変えて突き進んでいったのだが。
そのため、地道に倒すより人数を揃えないといけないパーティーの強化に物凄い時間をかける本末転倒なスタイルであった。仕方ないのだ、クラウンを大量に作らないと勝てないのだもの。
そして、サクヤの変態発言が聞こえない風神雷神は急速に気配を変え、力を集めて始めていた。
いつもならそんな隙を見逃さないレキであるが、それぞれの連携が巧く攻撃の隙が無いので攻めあぐねていたため、それを防ぐことはできなかった。
「かぁぁぁ、風神体!」
「ふぉぉぉ、雷神体!」
二人が叫ぶと共に、周囲を巻き上げるほどの暴風を風神は纏い、装甲艦の装甲タイルを立っているだけで傷つける激しい雷光を雷神が纏った。
「まじか、もしかして付与による追加ダメージ大幅アップとステータスアップか………」
急速に相手の気配が強くなったことを感じて遥が呟く。追加ダメージが大幅アップは極めてまずい。戦いが長引けば殺られるのはこちらである。しかも装甲艦にも継続ダメージが入っているぽいのだ。短期間で戦いを決めるしかないと決意する。
「仕方ない。もはや後から来る敵のために余裕は無いか。フルパワーで倒すよ、レキ!」
「了解しました旦那様。新婚パワー全開でいきます!」
むふぅと息を吐いて興奮する無口系戦闘民族朝倉レキである。
まぁ、気合が入れば良いかと、遥はレキの言葉に照れながらスルーする。
「全力全開だぁ、念動体!」
「トリニティシステムオープン」
風神雷神へと対抗するために一気に限界を超えるレキ。念動が細胞に浸透し、身体を指先から足のつま先まで体内から強化していく。自らの身体が別の物に変化したような驚異の力を与えてくる。
そしてトリニティシステムによる機動兵器が蒼い光に覆われて限界を超えた性能へと変わっていった。
「いきます!」
眠そうな目に少しだけ力を込めた口調でレキが床を蹴り、爆発したような加速力で風神雷神に迫りくる。
風神雷神はその異常なる変化に眼を見開き驚愕した。自らの強化を上回る力を敵が持っているとは考えに無かったのだ。
しかし、すぐに拳をあげて構えを取り、レキへと相対する。
「むん!」
「けぇっ!」
風神が目の前に迫ったレキへと暴風を纏いし拳を振り下ろす。当たれば防げても、防いだ箇所がずたずたになる一撃である。ぶんっと風切り音をたてての攻撃はレキに命中したと思われた。しかし手応えはなく、そのまま身体を通過していく。既にレキはそこにはいなく残像であった。ただ移動したあとの残像がそこには残るのみである。
レキは風神の振り下ろされた拳を見切り鋭角に身体をずらし、対象を変えて雷神へと肉薄した。雷神はその動きを予想して左からのジャブを入れるが、やはり鋭角に残像を残しながら身体をずらし、懐に入り込む。
「超技獅子の牙」
黄金の矢が輝く右拳から放たれ胴体を貫かんとする。迫りくる必殺の攻撃を見た雷神は慌てて対応する。
「神技雷神歩」
その言葉と共に目の前にいた雷神の身体が一瞬輝きぶれて数歩離れた場所に移動した。命中せずに獅子の牙はその横を通過していく。僅かに眉を顰めるレキ。
そのレキへと後ろから風神が蹴りを胴体に入れてくるが、余裕で身体をずらし残像を残しつつ回避する。
風神雷神の近接距離から後方回転のジャンプをして、身体を翻し距離をとるレキ。
見ると雷神は胴体がまるで杭でも避けたように装甲は破れ肉が抉れており血を流していた。どうやら獅子の牙を完全には回避しきれなかったと思われる。
「まずいぞ、我らの方が力が劣っている」
「死地なれば奥義にて倒す他あるまい」
そう言うと風神は左腕に風乱鞭を巻きつけて、雷神は雷光鞭を右腕に巻きつける。
協力奥義っぽいけど、回避すれば問題ないよねと遥は想い、あっさりと回避不能となるフラグを立てた。
この考えはまずいぞと思った時には、時すでに遅し。風神雷神は空高く舞い上がり、二人の鞭を巻き付けた腕を合わせて掌を地上にいるレキに向けて叫ぶ。
「躱せば、下の艦が粉々になるであろう」
「卑怯なれども、是非もなし」
「受けよ、我らが封じ手風雷神掌!」
その叫びと共に異常な超常の力が風神雷神の掌に集まり、その周りは暴風と雷光に吹き荒れ地上のレキにまで、余波が届き始めた。
そうして凝集された暴風と雷光は掌から撃ち出されて二つは一つの力となり、空間を雷光により煌めかせ、暴風により震わせながら、竜巻のような攻撃となりレキへと迫りくる。
命中すれば粉々に暴風にて切り裂かれ雷光にて焼き尽くされるだろう。そして回避すれば真下の装甲艦が粉々になるであろう事は間違い無い。よく敵が使う後ろに庇う相手がいれば回避できない攻撃である。わかっていても防げない嫌な攻撃だ。
「撃ち出しにより敵の動きが止まりました。これで倒します」
その攻撃を見て冷静なる美少女レキはこれを逆にチャンスと受け取った。
「超技サイキックアッパー」
超常の力による空間の歪みを発生させながら、迫りくる風雷の竜巻へと激突する。空中で激突して吹き荒れる暴風と雷光、押し曲げんとする空間の歪みで、離れていてもその衝撃波で身体が煽られる。
しかし、力が足りないのであろう。サイキックアッパーは僅かに風雷神掌を押し返すのみで貫き通すことはできていない。
それを理解したレキが寂しそうな悲しそうな顔となり。ポツリと呟いた。
「お別れです。誇り高き獅子よ」
その呟きと共に更に力を集めていく。
「連続超技サイキックレオブロー」
サイキックアッパーを撃ち放ち耐久の限界へと届きつつある黄金の手甲へ更に力を加え超常技を発動させる。
黄金の粒子が集まり、再度撃ち放たれた超技は黄金の光を周囲に広げながら、空間を歪ませ風雷神掌へと激突した。そしてそのままあっさりとその暴風と雷光を撒き散らし貫きながら四散させ、その威力を以って黄金の歪みは風神雷神へと迫っていった。
「ば、バカな!」
「恐るべし、恐るべし小娘!」
風神雷神は迫りくる黄金の粒子を纏う空間の歪みに巻き込まれ、その強靭な肉体は燃えるように消えていき、空間の歪みにてその身体は消失していった。
ズズンと衝撃波が発生し、風神雷神は空中にて消えていく。それを見終えたレキは右腕の黄金の手甲へと視線を送る。
黄金の手甲は限界を超えた超技の重ねがけにより、亀裂がピシピシと入っていき、パラパラと砕け散って甲板に落ちていったのであった………。
「さようなら、今までありがとうございました」
その悲しげなレキの呟きと共に。
「レキさんや、黄金の手甲の欠片は回収しておこう。次の装備の素材にして新たなる武器とするんだ」
「はい! 旦那様!」
遥が慰めの言葉をかけて、いそいそと散らばった欠片をレキは拾い集める。壊れた愛用の武器が新たに生まれ変わるのはお約束だからと内心で頷く遥であった。それにレキの泣き顔はNGな甘やかすタイプのおっさんでもある。というか美少女は甘やかさないといけないのだ。
でも、トリニティシステム搭載装甲外装も火花が散っているんだけど? 装甲も歪んで今にも爆発しそうなんだけど? と突っ込みたいが、レキは気にしていないらしい。まぁ、確かに全然使っていない装備だ、愛着も薄いのだろう。
「アーマーパージ」
遥の発するコマンドと共に装甲外装はガチャガチャと外れて、床に落ちていく。結構重い音がドゴンドゴンしたが、レキは全くの無視で、わくわくしながら黄金の欠片をひょいひょいと拾っている。ちょっと可哀想なアーマーで嘆息する遥であった。
「ご主人様。奥多摩の暴風唸る森エリアを解放せよ、exp30000、報酬スキルコア。奥多摩に陥る雷光光る平原エリアを解放せよ。exp30000、報酬スキルコア。風神雷神を同時に撃破せよ、exp40000、報酬風雷の宝珠が手に入りました!」
おぉぅ、奴らはそれだけの強敵だったかと驚愕する。まぁ、確実にやられるかもしれなかった相手だ。多分トレインタンクも本来はセットだったかと思う。常に万全の戦いはできないので、こちらに利があったのだ。各地域がエリアによる概念化していないのは要塞ダムに徴兵されたからだろうと推察する。
ドロップアイテムはなんとセイントマテリアル(大)二個で山の手大蛇と同じであるがレアが違った。山の手大蛇はオロチマテリアルだったが、風神、雷神は風妖精のマテリアル。雷妖精のマテリアルだったのだ。なんと横文字では無い特別感溢れる素材である。
ステータスボードを見るとレベルは36に上がっていた。どれだけ適正レベルを中ボスを倒しただけで超えていたのかわかる内容なので冷や汗をかくおっさん少女であった。
トリニティシステムの効果が消えていき、ズシンと身体が鉛になったように重くなる。使用した反動のステータス半減である。エネルギーも尽きかけており、次に来襲する敵へはかなり厳しい。
「ツヴァイリーダーから司令へ報告いたします。ご命令の時間が経過しましたので、これより撤退いたします」
悪いことは重なるものだから仕方ないが、タイミングが悪い報告だ。スズメを引き止めたいと強く思う。そうすれば敵の圧力は減るはずである。
「よろしい。お疲れ様でした。退却してください」
だが遥は内心で歯を食いしばりながらも、笑顔でツヴァイリーダーたちをねぎらうのであった。方針を変えるつもりは無いのだ。
そうして最後の手をうつことにすることに決めた。絶対に嫌だったが、ゲームにおいて、セーブをしばらくするのを忘れてロード地点まで戻るのはかったるい時にピンチに陥った自軍を助ける方法だ。鋭敏過ぎる要塞ダムなら絶対にひっかかるはずの戦法である。
「支援要請、強襲揚陸艦及び戦車隊全て!」
悔しいけど仕方ないと、現存する戦闘車両を呼び寄せる遥。支援ボタンをポチポチと押していく。
支援要請に従い、時間も距離も無視して大型機動兵器輸送用ヘリに連結された強襲揚陸艦が現れる。安心のゲーム仕様だ。少しして戦車隊も運ばれ始めた。
「ツヴァイ戦車隊到着いたしました。司令」
ウィンドウにツヴァイが映り敬礼をするが、悔しげに遥は命令をする。もう仕方ないのだ、うぐぐと内心では泣きそうだが、もう仕方ないと諦める。既に行動に動き出したのである。
「各戦車隊は大通りに強襲揚陸艦を中心に布陣。布陣後、空に向けて一斉射撃。後に搭乗員は車両を廃棄して装甲艦に合流せよ!」
その命令に驚くツヴァイ。想定していた命令は大通りを死守せよとの命令だと考えていたのだ。
「復唱せよ! そして速やかに敵が来る前に作業を終えて装甲艦まで合流するように!」
いつもは眠そうな目に暗い悔しい心を宿して遥は命令する。拒否は許さない構えだ。
「ふ、復唱いたします。各戦車隊は強襲揚陸艦を中心に大通りに布陣。後に空へと一斉射撃をした後に車両を廃棄して装甲艦へ合流いたします!」
いつもの笑顔が無い司令に驚愕しながらも、命令を受領して敬礼するツヴァイ。
これで要塞ダムのエリア範囲から脱出できるはずだと、おっさん少女は甲板に大の字にコテンと疲れて寝っ転がるのであった。
しばらくして、離れた場所から砲撃音が聞こえてきて、ツヴァイ戦車隊の面々が甲板に集まってきた。どうやら無事に合流できたようで、ホッとする。
そんな大の字に寝そべりながら疲れを癒やす司令を、ツヴァイたちは心配気に見ている。
既に敵の砲からの範囲は脱出しており、要塞砲は撤退するスズメを追撃するべくトレインタンクと共に撃ちまくっている。
そして最後の難題であった要塞ダム軍は装甲艦への追撃を止めて、大通りに布陣する強襲揚陸艦と戦車隊と戦うべく、自分たちも布陣を整えていた。
そうだろう、そうだろう。無視して装甲艦へは追撃はできまいと遥は想定通りの敵の動きに満足した。ゲームでは、少数の兵を囮にして、敵をひきつけて本軍は逃げる戦法である。強襲揚陸艦は立派な図体をしているし、その中心に戦車隊が布陣していれば、その脅威を考えて絶対に敵を撃破せんと追撃を止めないといけないのだ。
そうして時間がどんどん過ぎていき、装甲艦は要塞砲からの射程範囲からも抜けたと思われる場所まで移動した。ようやく積雪が美しい景色へと抜け出したのである。まぁ、ゾンビたちは相変わらず追いかけてくるが相手ではない。
安心する遥は、気配感知にて囮に使った強襲揚陸艦と戦車隊が敵の砲撃を受け次々と撃破されていくのを感じ取っていた。ドカンドカンと敵の砲撃を受けて穴だらけになっていき爆発炎上していく。
迎撃もできずに、操作をする者もいなく撃破されていく戦車隊。それを目の当たりにしながら助けることも操ることもできない自分。
寝そべっていた身体をがばりと起こして、ウヌヌと怒りにより遥は叫ぶ。
「必ず戻ってくるからな! 私はこの地に必ず戻ってくる!」
目元に涙を溜めて、おっさん少女は咆哮するのであった。