135話 極限戦線にて避難民を集めるおっさん少女
砂色の装甲艦が森の木を砕き、狭い道路を無理やり拡げて移動を開始する。ゴゴゴと無限軌道が回転して、その巨体を移動させていく。
上空では白光と巨大な砲弾が行き交い、迎撃された砲弾が周囲を轟音と共に更地にしていった。
もはや轟音と砲撃音で戦場となった奥多摩である。砲撃戦にてクレーターができて更地が増えており、雪に覆われた森も畑もなくなり、もはや平和な世界はどこにも無かった。
「ツヴァイ、中にいる刈谷のお爺さんと間宮さんに時間はそれぞれ15分だけ待つと伝えるんだ。それ以上は待たないと!」
子猫を想起させるちっこくて愛らしい体躯と眠そうな目にいつもは可愛らしい微笑みを浮かべる少女はウィンドウに映るツヴァイデザート班に珍しく怒鳴るように可愛らしい声音で指示を出していた。
現在、今までにない撤退作戦を遂行中なおっさん少女である。
常日頃は余裕感満載で、ホイホイとゲーム感覚でクリアしてきたおっさん少女であるが、今回はちょっと様子が違うのである。
今回は難易度の高い条件が揃っているのだ。
格上の油断しない強力な敵。守らなければいけない人々。もう面倒で帰りたい中身おっさんなどである。
敵が多すぎるのだ。要塞ダムからは戦闘車両に強化兵。空を飛んでくる戦闘ヘリ。そして砲弾が絶え間なく飛来してきており、その轟音に釣られたゾンビたちも集まってくる。
もう家に帰ってジャグジーバスに入ってから、ナインお手製のご飯を食べながらお酌をしてもらい、ゆっくりと寝たいおっさんなのだ。いつもならそうしているはずであった。こんな場所は早々エスケープな危険地帯だ。
だがコンティニューできない現実世界なので頑張っているのである。レキが大部分を戦っているような気がするが、頑張っているのだと言い張るおっさんだった。
積雪を舞い上げながら装甲艦は、まずは、同じように森の中にひっそりと隠れるようにあった刈谷コミュニティの家々にと辿り着いた。
刈谷コミュニティの人々は、まだ砲撃の音のみであり、敵の姿が見えないために、何が起こっているのかわからずに、外に出て様子を見ている人も目に入った。
「ハッチ開放! 15分待機して、次の場所へ移動します!」
遥は到着したので、すぐに次の行動に移った。撤退戦闘なら数多く経験があるのだ。もちろんゲームでだが。
その際は護衛対象はヒットポイントが1残るか、1人生き残れば良いよねというスタイルだったことは、この避難民たちには知られない方が良いだろう。
重々しいハッチが開き始めて、転がるように飛び出てきた刈谷の爺さんグループは急いで周りに説明をするべく走り寄った。
「急げ! 皆、周りの奴らも急いで船に乗るんじゃ! ここから逃げるぞ!」
「お祖父ちゃん。どうしたの? これはいったい何が起こっているの?」
「とにかく急げ! 時間が無いんだ! お前らも早く乗るんだ!」
「身の周りの物を」
「駄目だ! 時間が無いんだ! 早く乗るんだ!」
喧々囂々と大騒ぎになり、人々を避難させようと刈谷グループは頑張って叫んでいるが、説明を求めて動こうとはしなかった。
「ツヴァイ、艦外放送を行うんだ。ただ残り時間を説明すればいいよ」
そう遥は言い放ち、また飛来した砲弾に向けてレキがレインスナイプを撃ち込んで着弾点をずらす。
「ツヴァイデザート班了解しました。艦外放送を開始します」
すぐさまツヴァイが放送を全員に聞こえるように開始した。
「砂上戦用輸送装甲艦からお知らせします。この艦は約12分後に避難民収容を終えて移動を開始します。繰り返します………」
ナイスだツヴァイよと、その放送内容を聞いて遥は称賛する。
人間は時間制限があれば焦るに決まっているのだ。特に命がかかっている際は、聞き逃すことなど不可能である。
おっさんなら、あわわわと慌てて、すぐに飛び乗って壁の端っこに寄っかかり、あ〜疲れたと居眠りするだろう。乗り物に乗るとすぐに寝てしまうおっさんなので、間違い無い。そして撃沈される時にも寝ていて気づかずに死んでしまうところまでが役どころである。
刈谷グループの人々は爺さんたちへと説明を求めて詰め寄っていた。
だが、その放送を聞いて、救援隊は時間制限ありだと知って、人々は急いで家に入っていく。
急いで乗れと言ったのに、身の回りの物を持ってくるつもりなのだ。ギリギリの時間まで持ち物を持ってくるつもりなのだ。なんと、乗っていた爺さんグループの中にも一緒に家の中に入っていく人もいる。
くぅぅ〜、わかってはいたよ、人間だものと遥は思ったが、予想通りに動かれると頭にきてしまう行動である。
急いで下さい、頼むからと内心で思いながらも砲弾を迎撃していく。
「ご主人様。敵の地上の軍隊到着まで予想しますと約52分です。どうやら警戒しながら移動するようですね」
真面目な表情でのサクヤの報告に首肯する。ダムから来る地上の軍隊はうねった道に放置車両、トドメに荷電粒子砲が飛び交っているので、注意しながら移動しているのだと推察できた。
「よし、それならまだ大丈夫そうだ。このまま迎撃していくよ。後、その間に装備を着るよ。トリニティの方ね」
アイテムポーチから、トリニティ搭載式装甲外装を出して、うんしょうんしょと可愛らしい掛け声で、右腕の装甲つけて〜、脚の装甲も履いて〜、胴体鎧を着込み〜の、額あてをつけて〜とちっちゃな子供が頑張ってお着替えするように愛らしく着ていく。もちろんその間に砲弾も迎撃中だ。器用な美少女である。
というか、この着替えの仕方はなんとなく演技のような気がするが、気のせいだろう。まさか、おっさんが可愛らしい美少女の着替えの仕方など研究しているはずが無いのだ。
このなんとなく直視したら罪悪感が湧きそうな着替えは、肌色が無くても紳士諸君が撮影した動画を高額で買いそうである。もちろんカメラドローンは絶賛撮影中だ。そしてサクヤは感動して倒れ込み中だ。
この状況でも意外と余裕のありそうな面々であった。
着込み終わった遥は時間をみると、後7分であった。まだ余裕があるので、ツヴァイに命令する。
「ツヴァイ、もう時間切れだと教えて、少しだけハッチを閉めるんだ。急いでね」
口元に悪そうな笑みを浮かべて命令する。時間ギリギリの場合のパターンは体験済みである。
ゲーム脳なので、この場合の対応もバッチリだ。色々な経験をしているのである。
常におっさんの危険回避の知識はゲームや小説からなのだ。役に立っているので異論は認めない方向である。
「ツヴァイデザート班了解しました。ハッチ閉門始め!」
ツヴァイは素直に命令を聞いて敬礼する。
「こちらは砂上戦用輸送装甲艦です。これより当艦はこの地より移動を開始します。ハッチを閉めますので乗り込みたい避難民はお急ぎください」
放送が周りに響き渡ると同時に、ガォンガォンとハッチがスライドを始めて閉まり始める。
「待ってくれ! まだ時間はあるのではないか?」
既に乗り込んでいた刈谷の爺さんが慌てて聞いてくるが、無視をする。この期に及んで荷物を持ってこようとする輩には容赦はしない。ちなみにさすがに爺さん家族は既に乗り込んでいた。
「もう敵が来るので限界なのです。他の人々は諦めてください」
「だが、まだ時間があると放送していたではないか」
ハッチから乗り出して聞いてくるので
「まずい状況ならば撤退すると教えたはずです。まさか戦場で全てが時間通りに進むと?優秀な部隊でも想定していたより時間が経過していると反省するんですよ?」
眠そうな視線を刈谷の爺さんに向けて、感情の籠もらない淡々とした声音で伝える。
それを聞いた艦に乗り込んでいた人々は慌てて叫ぶ。
「皆、ハッチが閉まり始めとるぞ! 急ぐんじゃ!」
「急いで!出発するみたいよ。置いていかれるわよ!」
「早く! 皆早く来て!」
必死な叫びが聞こえたまだ荷物を持ってこようとした人々は慌てて荷物を投げ捨てて艦に駆け寄ってきた。
「置いていかないで!」
「待ってくれ!乗る! 乗るから」
「乗ります! 乗るわ!」
阿鼻叫喚の大騒ぎの上に全員慌てて、艦に乗り込むのであった。
気配感知にて誰もいないことを確認できた遥は上手くいったとほくそ笑んだ。さすがに今まで生き残ってきた生存者たちだ。いざ集まると行動は速かった。確実におっさんなら置いていかれる速さである。即ちおっさんは生き残れないことを示している。
「良し! 2分節約できた。出現だ、出発せよ!」
予定時間より2分早くて良かったと思いながら、間宮コミュニティへと移動を開始するのであった。
もちろん、本当に15分待つつもりであったが、集合時間=行動開始だと勘違いしている人間は、少なからず存在するのだ。映画でも最後まで合流しないで、トラブルになるパターンが多い。大体ハッチが閉めることができなくなって、その隙間からゾンビが入り込んできて、全滅するのである。
なので、社会人の心得である5分前行動をするように、優しく教えてあげたのだ。その結果素直に人々は集まったのであった。余計なイベントはスキップ確定なおっさん少女である。
まだまだ敵は遠くにあり、余裕である。再び移動を開始して間宮の家に向かい始めたのであった。
ゴゴゴと轟音をたてながら装甲艦は間宮のコミュニティへと向かう。
しかし、間宮のコミュニティは余裕ではなかった。既に集まり始めたゾンビたちが、白目を剥いて、歯茎が見える不気味な口から呻き声をあげて、家々に襲いかかっていた。
ガンガンとドアや窓を叩いているゾンビたち。まるで崩壊当時にあったであろうシーンだ。秋葉原に行ってなかったら、おっさんも同じように閉じ籠っていたかも知れない。久しぶりにゾンビに対して恐怖を少しだけ持った遥である。
だが、崩壊当時と違うのは人々はゾンビの対応のためにバリケードを築いている。そう簡単には破られていない。
「アイスレイン」
遥の呟きにより、超常の雪が舞い上がる。久しぶりに使った氷念動はゾンビを相手にせず、その氷粒にて触れた全てを凍りつかせていった。
気配感知にてゾンビが全滅したことを確認したので、すぐに合図を出す。
そうして、ハッチが開き始める。先程の刈谷の時間割りを覚えていた間宮グループは、ハッチが開く時間も惜しいらしく、開いている隙間から体を割りこませて出ていく。
急いでドアを先程のゾンビと同じく、いやそれ以上に猛烈に叩き中へと呼びかける。
「おい! 救援隊が来た! 急いで外にある艦に乗るんだ!」
「いそげ〜! 急いで出るんだ!」
「ここにいたら死ぬぞ! 出てきてくれ!」
皆必死に叫んでいる。あれだけ騒がれるとゾンビと、間違えられないかなと不安にも思ってしまった。
おずおずとドアから顔を覗かせた住人を男たちはひっぱり出して、急いで船に乗るんだ、もう安心だと説得して連れ出していく。
続々と乗り込んでいく人々を見ていると、どうやら時間内に間に合いそうだ。
「旦那様、こちらに対する砲撃が収まりました」
いつもの平然とした声音でのレキの忠告で気を引き締める。
フレンドリーファイアを恐れたのだとすぐにわかった。それが何を示しているかも。
まずはヘリ戦かと、上空から近づいてくるヘリを見て、銃を構えるおっさん少女であった。