132話 お話しあいをするおっさん少女
積雪の中で元気よく塀を乗り越えようとする男たち。武器は乗り越えるのに邪魔だからと地面に置いて登ろうとしている。中は女子供ばかりだから楽勝だと考えているのだろう。
それに女学生の皆は乗り越えられたらどうしようと慌てるばかり、奥さんグループも硬い表情で身構えているが戦えなさそうだ。
早苗はどうするのかなと、遥は様子を見ていたが唇を噛み締めながら指示を迷っている。ゾンビならともかく塀を乗り越えてきた人間を殴れとは命令できないことは、辛そうに迷っている表情を見ればわかった。
まぁ、塀は乗り越えられないけどねと、遥は監視所から外へと、とぉっとジャンプで飛び降りた。
ズサッと積雪を踏みしめ着地したおっさん少女をびっくりした顔で周りの男たちが見る。何故子供が降りてきたのか理解不能な表情だ。
「謎の美少女エージェント、朝倉レキ、イッツショータイム!」
謎と言いながら、自分の名前を名乗り、両手を持ち上げて、グモモ〜と口から擬音を発する残念美少女であった。
この子はアホそうだなと皆が共通認識に至ったが、おっさん少女が移動し始めて、その認識は覆った。
遥は周りを見渡すと瞬時に雪を蹴り、一番塀を乗り越えそうな男に一足飛びで近づく。
「にゃ~ん」
子猫を思わせる小柄な愛らしい体躯で、わざわざ猫の鳴き声をしてから塀に取りついている男の足を掴んだ。
塀を登ろうとした男性はぴょんと子猫の如く、足にしがみついてきた美少女が可愛いなぁと呑気に思っていた。グイグイ引っ張っても無駄だよ、お嬢ちゃんと教えてあげるつもりであった。
だが、次の瞬間自分の視界は空中にあった。あれ? と視界が変わったことに戸惑いを覚えたのもつかの間、背中に凄い衝撃がはしってきたのである。自分が塀からはがされたと気づいたのは咳き込みながら離れた場所に塀が見えたからであった。へ~。俺は引きはがされたんだと座布団一枚持っていかれる勢いな冗談も内心で湧き出した男性である。
もちろん、周りの面々は子猫がじゃれるような愛らしい行動だなぁと思っていた。
恐らくは一生懸命に足をぐいぐい引っ張って登るのを防ぐつもりなのだろう。非力でも頑張るつもりだなと敵にも拘らずホンワカ気分でそう思っていた。
だが、少女がグイッと足を引っ張るとあっさり男は塀から引きはがされて、ポイっと数メートルは離れた地面に背中から叩きつけられた。積雪のために叩きつけられた衝撃は緩和されたが、それでも辛そうに、ゴホゴホ咳きこみ始める。
そうして、次から次へとにゃんにゃんと口ずさみながら脚を引っ張り、投げ飛ばしていく少女。引っ張られるとわかり、塀に頑張って張り付こうとした男も、他と変わらずに引っ張られて投げ飛ばされていった。
この少女は子猫に見えてジャガーであったかと驚く人々。
じゃれつかれるのはどうやら、子猫ではなくジャガーであったみたいだ。引っ張って落とすだけなら、なんとかできるかもしれないが、そうではない。足にじゃれついて、引っ張ったと思ったら数メートル先まで投げ飛ばすのだ。
しかも力を入れているようには全然見えない。軽く何かゴミでも拾い投げるようにポイポイと投げ飛ばしていく恐ろしい怪力であった。
どう見ても、そのような怪力をだせる腕には見えない。触れたら折れるのではと思うほど子供らしく華奢なのだ。静寂な小柄な体躯。華奢な腕に健康そうな脚だが、力が無さそうな感じである。
「このやろう! なにしやがる」
その様子を見た男性が慌てておっさん少女を捕まえようと、両手でつかみかかってくる。
ひょいと遥は両手を潜り抜けて、体を僅かにずらして男の横に掻い潜っていき、そのまま背中を押してあげる。
ぐいっと背中を押された男は非力と思われた少女の力で思い切り頭から積雪の中に突っ込んでいった。
もし雪が無ければ、傷だらけになっていただろう感じでズササッと地面に擦られて突っ込んでいったのである。
「こいつ!」「このガキ」「おとなしくしろ!」
そう言いながら突っ込んでくる面々をひょいひょいと身体を翻して、後ろに回り込み背中をトンッと可愛いおててで押すだけで吹っ飛んでいき地面につっこみ雪まみれになる男たち。
雪まみれになった人々は少女を囲みながら呆然とした表情で動きを止めた。この少女は何者だと思いながら。
「これでおしまいでしょうか? 痛い目にあったと思われたら再度交渉をしませんか?」
眠そうな目で周りを見渡して遥は小首を可愛らしく傾げて、ニコリと微笑んで提案する。少女の活躍を見て、もう塀を登ろうとしている人もいない。みんなはおっさん少女を見つめるのみである。
「だが、俺たちもひくわけにはいかん! このままでは冬を越せないんだ!」
「だから、灯油を提供しますので、これからはゆっくりと仲良くしていきましょうという提案をしているのですが」
わからない人だなぁと、呆れるように首を横に振り男たちを見る遥。そろそろ交渉を再開してくれないかな。凄腕ネゴシエーターが交渉をしてあげようとしているのだ。大丈夫、何の問題もない。おっさん脳の軍師も問題ないと私が保証しますと言っていると自信満々なおっさん少女。先程の軍師の活躍は既にデリートしたらしい。
交渉成功率は、最終的に殴って勝てばOKなんでしょうと、交渉成功率100%にする予定であり、肉体言語で話し合う気満々でもある。
最初の印象と違い、この強さと平然と話し合いを求める胆力をみて、この少女は見かけと違うと人々は理解した。
アホそうで眠そうな感じのする少女だが、あり得ない力を持っている。
その異様な能力を見て尻込みした男たちは顔を見合わせて迷い始める。
それでも猟銃を構えないのは、良い人たちですねと遥は男たちが迷う姿を見て感心する。猟銃を撃つぞと構えて脅そうとしてもおかしくない状況なのだ。まぁ、猟銃を構えたら容赦はしない予定だが。
おっさんならば、この状況なら確実に交渉を開始すると考える。もう揉み手をしながらその交渉を本社に持ち帰り考えさせて頂きますと答えて、上司に丸投げするだろう。
「そちらと交流を始めても俺らは……」
やはりダメそうな返答を郷田がしようとした時。
ガーンと銃声があたりに響き渡った。誰かが少女を狙ったのかと男たちは焦りながら見るが、きょとんとした表情で少女は無傷で立っていた。
なにが起こったのかと銃声のした方を見ると、刈谷のじいさんが空に猟銃を向けていた。
どうやら猟銃を空に向けて撃ったのであろう。刈谷のじいさんは子供が見たら泣き出しそうな眉を顰めて目は鋭く怖そうな表情で周りを見渡していた。その普通ではない刈谷の爺さんの姿を見て男たちは黙り込む。
「もう充分だっ! こんなことをしてどうなるというんだ。相手は女子供だぞ? そこの少女の言う通りに交流しようじゃないか。間宮の、そちらだって灯油は必要なんだろう? ならばおとなしくこちらの出せる内容を伝えて交流を開始すれば何の問題もない。引き取ろうなど思いあがって牧場のやつらを下に見ていた儂らが馬鹿だったんだ」
老人には思えないほどの大声で叫ぶ刈谷の爺さん。引き取ろうとしていたのは刈谷の爺さんだけと聞いていたんだけどと遥は思ったが、空気を読んで言わない。
「刈谷さん……。確かに言うとおりだ。馬鹿な考えより交渉のほうが俺も気が楽だ」
集団から間宮が出てきて答える。ぼりぼりと頭をかきながら、この流れに安心したような表情を浮かべて監視所で呆然と状況を見ていた早苗を見ると叫んだ。
「俺たちは男手も出せる。そちらも必要なら牛や鶏を出してほしい。もちろん灯油もだ。その代わりに俺たちは野菜なども提供するし物資調達の際の護衛も務めよう」
「えっと、そうだね。それならば話し合いで決めようじゃないか」
ごほんと息をつき、早苗は落ち着いた様子をみて安心した表情になり返答した。
周りの面々も微妙そうで不満も見えるが仕方ないかという諦めの雰囲気に飲み込まれて交渉に文句を言うことはなかった。
やったね。交渉成功だと遥も内心で喜ぶ。これで最初のネゴシエーターの仕事は終わりだねと満足する。美少女ネゴシエーターは常に仕事を成功させます。次の仕事に向かいますかと既にここでの仕事は終わったと考えるおっさん少女。まぁ、次のネゴシエーターの仕事は今のところ、全くないが。
その話の流れでノロノロとした動きながら、平和になりそうな感じがしたので皆の肩から緊張が抜けていった。ここがどこなのかも忘れて。どういう状況下に自分たちは住んでいるということも思い出すことは無く。
「刈谷さん、猟銃を撃つのは久しぶりですか?」
そんな、人々の平和な空気が漂う中で、おっさん少女の空気を読まない質問に刈谷の爺さんは不意を突かれたような顔になったが、素直に答えてくれる。
「そうじゃな、弾も無限にあるわけじゃない。最後に使ったのは秋前だったと思うぞ。後は全て罠猟だ」
「他の人々も? 間違いない?」
「あぁ、そうじゃ。こんな状況になる前から使用した弾丸数などは管理する癖がついていたからな。他の人々も撃ってはいないが、なんでそんなことを聞くんじゃ?」
不思議そうにおっさん少女に聞き返す刈谷の爺さん。銃が怖かったのだろうか。銃声は一般人は滅多に聞かないだろうからなぁと、この少女には少し悪いことをしたかと罪悪感を持ってしまい苦笑いをする。
「そうですか。それならば今使って幸運でした。私がいない時に使えば死んでいたでしょう」
なんだか先程と違う印象の少女を見て、その発言を聞いて疑問に思った刈谷の爺さんはどういう意味か問いただそうとした。
だが、おっさん少女は空からリキッドスナイパーを取り出して空中に向けて突如撃ちだす。
シュィっと、いつもの静音での発射音がして空に撃ちだされていく銃弾は、空中の途中で大きな空気の破裂音をさせて砕け散った。
そして砕け散った際に射線をずらされた砲弾は大きく牧場から離れた場所に着弾した。
ドカーンと大きな音と、雪やら木を吹き飛ばしていく。
「なんじゃ、これは! 何事だ!」
刈谷の爺さんの叫びと共に、遠くからドーンと大きな砲撃音がようやくここまで届いてきた。
「要塞砲の攻撃ですね。どうやらベレーモンキーが倒されてから厳戒態勢を解かないで、ずっと異常がないか探索していたようですね。敵ながら素晴らしい対応です」
そう答えるおっさん少女の目には強い光が宿っていた。レキへと交代して要塞砲を撃ち落とすべく迎撃したが、所詮はスナイパーの銃弾である。銃術でいくら威力を上げてても限界があった。着弾点を僅かにずらした程度で終わったようである。
「ご主人様、続いて要塞砲からの攻撃がきますよ、注意してください!」
サクヤが真面目な表情で忠告してくる。真面目な表情の銀髪メイドは要注意の証拠だ。
「ゲームみたいに数分で厳戒態勢は解かれないのね。というか銃声を探知して攻撃とは気が短すぎるね」
はぁ~と溜息をつく遥。まさか、斥候を全然見ないと思っていたら、こちらの攻撃反応をずっと調べていたとは敵ながら恐れ入ると思う。
もしも猟銃をおっさん少女の前ではなく、他の鹿などを狩るために使っていたら、要塞砲で刈谷の爺さんたちは粉々になっていただろう。
ちょっと敵を過小評価していたと反省する。防衛とはただ要塞に閉じこもるだけではないようだ。
これは予定外の護衛クエストがはじまる予感だとおっさん少女は溜息をつくのであった。