131話 ネゴシエーターなおっさん少女
バタバタといつもと違う急ぎ足音が聞こえる。ワイワイと大勢の慌てる声が響き渡る。おっさん少女が廊下に出ると、人々が忙しなくしながら門の方へと走っていた。
「どうやら他のコミュニティの人々が来たみたいですね」
「そうね、早苗ちゃんは裏表が無い性格だから、ミステリアスな謎の少女が来た影響を得意満面に話していたからね」
遥の呟きに、予想通りねと嘆息しながら蝶野母が言ってきた。確かに早苗は物資がたくさん手に入ったとベラベラ話していたお調子者である。あれは自慢するのが大好きなタイプなのだろう。黙ってはいられないのだ。
「わかってたなら、どうして早苗さんをリーダーに?」
この人々の慌てようを見て、非難の目を蝶野母に向けながら問いただす。せめてお調子者じゃなく慎重さを持つ人間をリーダーにしてほしかったと思う。
あの娘は姉御肌だ。確かに頼りになるだろう感じがする。きっと平和な世界ならば、その正しさと行動力で皆を引っ張っていけるだろう。この間の生徒会長と一緒のパターンだ。
だが、過酷な状況でのリーダーは務まらないと遥は可哀想だが判断していた。この環境下では、騙し合いや殺し合いが日常になる可能性もあったのだ。他のコミュニティが不干渉を選んだからこそ、まだこの牧場コミュニティは存在しているのである。
「それを言われると厳しいわね。私たち大人は皆自分の子供を抱えているの。それだけが答えね」
罪悪感をもっているのだろう。気まずさで喋りにくそうに答えてきた。
まぁ、そうだろうねと遥は理解する。リーダーとなれば物資調達や街への偵察などの行動をもってその地位を示さないといけない。そして姉御肌でなければ、リーダーは務まらなかったのかと得心する。仕方ない選択だったのだろう。あの女学生の中では一番年上だし、選択肢がなかったと思われた。
みーちゃんは他人から見ても可愛いし、親から見たらかけがえのない子供である。蝶野母は死ぬかもしれないリーダーになどなる気にはならないだろう。他の親子だって、多かれ少なかれ同じ考えのはずだ。
その結果、蝶野母は相談役には入れたものの、発言権はほとんど無かったと思われる。他の大人は言わずもがなだ。
「レキちゃんにはわからないかも。でもこの選択を反省はしても後悔はしないつもりよ」
「たまに映画や小説で、そういう言い方をする人がいますが、反省と後悔の違いが私にはよくわかりませんね。反省をしたら必ずその中には後悔が入ります。後悔をすれば必ず反省もすると思うのです」
軽く息を吐いて、この場合のわかりやすい解答の一つだと思われるものを伝える。
「子供が大事なのでごめんなさいで、終わりで良いと思うのです。後はリーダーを押し付けられた早苗さんが許すなり、怒るなり、憎んだりすれば良いと思いますよ。このコミュニティの当事者同士の問題なので、私自身は部外者なのでお好きにどうぞという感じです」
眠たそうな目を向けて、平然と口調も変わらず遥は答えてあげた。
それを聞いて、キョトンとした顔になり苦笑をしながら蝶野母は視線を返して返答した。
「あらあら、レキちゃんは牧場コミュニティの仲間だと信じていたのだけど違うのかしら」
「違いますね。ここに来たのはストレンジャーな少女だったのです。私は所属しているコミュニティがありますので」
冷徹な答えながらも、正直に答えた。牧場コミュニティは自分のコミュニティではないのだ。
私のコミュニティはメイドが二人いて、可愛らしい美少女が住んでいる場所なのだ。絶対にそれは譲る気は無い。豪邸に住んで、メイドにお酌をされながらお酒を飲んで、ジャグジーバスで疲れをとったあとに寝るのだと内心で答えるおっさん少女。
内心が聞こえたら激怒するかもしれないが、テレパシーは無かった蝶野母はやっぱりねと、想定していた通りだと動揺もせず頷くだけであった。
遥も今のやり取りはカッコ良かったよねとドキドキしながら頷いた。そして今のやり取りをカメラ撮った? とわくわくしながらサクヤに視線を送る。
「バッチリ撮りました。ご主人様」
サクヤがもちろんですと、親指をグッと立てて答えてくれるので、やったね、後で見せてねと喜びお願いする。
厨二病ではないし、映画の主人公ぽいやり取りだったので、お気に入りのシーンになるだろうと考えたのだ。
どうやら映画俳優を目指し始めたらしい。これまで暇あらばサクヤから撮影内容を見せられてきたので、かなり頭を汚染されている模様。
蝶野母も、まさかこんなアホなことを考えながら会話をしていたとは思うまい。それがわかるのは、仲が良すぎて遥のことがわかりすぎるメイドたちのみであるからして。
門前に遥たちが到着すると、緊張で体は強張り、不安が顔に表れている人々が集まっていた。牛舎を掃除するためのデカイフォークや棒らしき物を持って、外とのやり取りを聞いていた。
見ると監視所には、早苗が立っており怒声を外に向けていた。
「だから、アタシたちは灯油の貯蔵場所なんて知らないって言ってるだろう! 何回言えば良いんだ。あれは全部車のトランクに入ってたんだよ!」
おぉぅ、どうやら外の人々は直球で灯油の場所を聞いてきたらしいと遥は気づいた。気配感知では50名はいるだろう。この積雪の中寒かったろうに、かなりの本気度が窺える内容だ。
間宮の家で聞いたとおり、暖房のための燃料が足りないだろうことがわかる。
「ふざけるな! 車のトランクに入っていただと? そんな戯言を聞いて納得する人間がいると思うのか!」
門の外からもっともな返答が、やっぱり怒声と一緒に返ってきた。
ゲームではトランクに入っていても誰も不思議には思わなかったけど、さすがに現実だと少し無理があったかもとウンウン頷く諸悪の根源であるおっさん少女がここにいた。
しょうがないなぁと、監視所の梯子にその可愛らしい小柄な体でよじよじ登り、早苗の隣につく。
早苗は隣にきたおっさん少女をチラリと横目で見るが、再び外にいる人々に視線を戻した。
監視所で見ると疲れ切った表情の男性たちが年齢もバラバラで集まっていた。それぞれ何かしらの武器となるバットやらゴルフクラブを持っていて、人数が多いこともあり恐怖感を煽る集団だ。
隅っこの方に項垂れながらも参加している刈谷の爺さんもいた。
ゲームなら、門を守れ! というクエストが始まり、銃を撃ちまくるパターンだ。そして外の人たちはバタバタと倒されていくのだが、そもそも銃も無いし、撃たれたら包帯巻いて回復しましたとはいかないのである。というか現実だとかなり非情な対応方法だ。
「本当なんだって! たまたま灯油を見つけんだよ!」
一生懸命に説明するが、不審しか煽らないであろう早苗の弁である。
この人はちょっと正直すぎではないかと思う態度だ。自分でも話している内容に無理があるとわかっているのに、それでも説得しようとしている姉御。
多分早苗の心のカードは表しかないのであろう。
ちなみにおっさんは裏しか無いどころか、袖にイカサマ用のカードも忍ばせている。社会は甘くないので仕方ないのだ。そうしないと出世はおろか、手柄にならない仕事まで押し付けられるのだと言い訳をするイカサマ師なおっさんであった。
このままだと話はいつまでたっても平行線だねと、紅葉のようなちっこいおててで、早苗の袖をクイクイと可愛く引く。振り向いてなんのようだと早苗が見てくるので、上目遣いでウルウルおめめで見つめてみる。
おっさん少女の可愛さは常に上昇中の模様。
「早苗さん、これでは話になりませんよ。もっと建設的な内容を話し合いましょう」
うっ、と子供に諭されてひるむ早苗。同じことしか答えてないことに思い当たったのだろう。
「でも、どうすればいいんだい? あいつらは車のトランクに灯油があったといくら話しても聞いてはくれないんだ」
ひるみながらも、早苗はどうするか聞いてくるが
「大丈夫です。私の言うとおりに話してください」
ふふふと自信満々な表情で微笑むおっさん少女の言葉についつい頷いてしまう早苗。こんなに簡単に言い含められるとは将来に悪徳商法に引っかからないか不安な姉御である。
「わかった。それじゃ、教えておくれ」
「それじゃ、アドバイスしますね。小声で伝えるのでその通りでお願いします」
遥も頷いて早苗へと指示を始める。第三者が見たなら危ないからやめときなさいと止めるだろうが、監視所には残念ながら、早苗と遥しかいなかった。後は門の内側で待機している状態だった。
「わかった。信じられないなら、実際に探索すればわかるだろ!」
先程と違う内容を早苗が話し始めたので、ようやく教えるのかと強い視線を男たちは早苗に向けた。
「まず、探索はゾンビに見つからないように移動すること! 隠れながら移動するんだ」
何を当たり前のことをと思ったが続きがあるのだろうと耳をすます男たち。
「ゾンビが通りを塞いでいたら、石とか瓶を投げて音をたてて注意を他にそらしましょう! ん? これでいいの?」
横にいる遥へと話の内容に疑問に思い早苗は顔を向けるが、これでいいんですと遥は、うんうん頷いてつづきを指示する。
「車のトランクにはアイテムがあることがあります。なので注意して開けましょう。時折、盗難防止のアラームが鳴るので、鳴ったらすぐさま止めましょう。ゾンビが集まってきます」
う~んと微妙な内容に渋い表情になる男たちだが、まだ灯油の場所を教えてもらっていないので、我慢する様子。
「車のトランクには探索に役立つアイテムが入っていることがあるので、それを持って逃げましょう。以上! え? 以上なの?」
「以上ですよ。これで彼らも灯油が手に入るはずです。探索チュートリアルの説明は終了しました。後は実践あるのみ」
むふぅ~と得意気に息を吐いて、平坦な胸をそらして、初心者に教えてあげたぜとベテランプレイヤーの優越感に浸るおっさん少女である。
初心者は探索の手法を知らないことがネットゲームではよくあったので親切に教えてあげたのである。初心者に丁寧に説明するのは優越感もあって好きなおっさんであった。
「さっきと言っていることは同じじゃないか! 馬鹿にしているのか、十勝!」
ますます怒って殺気立ち男たちは怒鳴り始めた。まぁ、当然だろう酷い話の内容であるからして。
「どうすんだい? 全然聞いちゃくれないし、このままじゃ危ないよ?」
おろおろする早苗。メンタルは高くても、こういった時は役に立たないらしい。
おらぁ、ちゃんと答えろ! ふざけんな! とますますヒートアップするので答えてあげる。
「今までは牧場コミュニティを無視して、お二方だけで生活のやり繰りをしていたのではないですか? 今更助けてくれとは酷いことです」
おっさん少女の可愛らしく澄み渡る声は、うるさい怒声の中でも妙に響いて、男たちは沈黙した。
「ん? あっちは交流があったのかい? あの暴虐な刈谷の若者たちがいるグループと間宮のあの強制労働みたいなことをしているグループが?」
隣で遥の話した内容を聞いて、不思議そうな表情で早苗は視線を向けてきた。
「その通りです。彼らは牧場コミュニティをいないものとして扱うことで、自分たちは物資のやり取りをしながら生活を今までしていたんです」
その言葉に絶句する早苗。今まではバラバラにコミュニティは暮らしていたと思っていたのだから当然の反応だろう。
「あの二つが? だって絶対にトラブルになるじゃないか?」
早苗の言葉にふるふると首を横に振り否定をしてあげる。
そして、早苗の言葉が聞こえたのだろう。男たちの中から若者が前にでてきた。顔を真っ赤にして、もう我慢しきれないという表情だ。
「はっ、おめでたい奴だな! 俺らのお前たちに対する態度はなぁ、演技だよ! 俺らがこんな状況になったから、好き勝手できると思ってあんな発言をしていたと本当に思っていたのか? 俺には恋人もいるし、ちゃんと生き残ってもいる! 迷惑なお前たちが合流しないようにしていたんだよ! あんな演技をすれば合流しないだろうと考えてな!」
「なっ、本当なのかい? それは?」
その若者の話を聞いて、今まで考えたこともなかったと、信じられない表情で早苗は何故か遥に視線を向けるので、肯定の意味を込めて頷いてあげた。
うそ……。え、本当なの、それ? とお互いで呟きあい、門の後ろにいた女学生もその言葉に動揺している。今までの大前提が崩れたからだ。もしも苦境に陥っても合流をすればいいと思っていたからである。
まぁ、若いんだし甘い考えをするのも仕方ないかな。と遥は動揺していない奥さんグループを見ると、いたたまれない表情で女学生を見ていた。
ちゃんと慰めてくださいよと蝶野母を見ると、苦笑と共に頷かれたので、後は任せたよと放置するおっさん少女。
おっさんが少女を慰めるなんて不可能である。近づいて、おっさんが慰めてあげるといっただけで犯罪臭がプンプンするだろうことは間違いない。語尾にウヘヘとか付けたら通報確定である。
「俺らは今までお前らを見逃していたんだ! その恩返しとして灯油の場所ぐらい教えろ!」
動揺する早苗たちに暗い愉悦の笑いを口元に浮かべ若者が、怒鳴って聞いてくる。
「見逃していたから恩返し? 何か勘違いしていますね。何かしらの支援をしていれば恩返しをしなければと思うでしょうが、見逃していたのは貴方たちのただの選択に過ぎません。牧場コミュニティには、貴方たちに返すべき恩など欠片もありませんよ」
眠そうな目に冷たい視線をのせて、男たち全体に聞こえるように教えてあげる。筋違いも良いところだと。
「ふざけるな! 他の地域から来たお前らが今まで牧場に居座ることを許していたんだぞ! それが俺たちの優しさだ!」
郷田が集団から一歩前に出てきて怒鳴る。
「なるほど、居座ることを許したですか。では、この牧場の持ち主はそちらにいるんでしょうか? いたならお礼を伝えますので出てきてもらえませんか?」
そう答えて男たちの集団を見るが、誰も彼もお互いの顔を見合わせるだけで出てこなかった。当然だろう牧場主は死んだと思われるからだ。
「ぼ、牧場の奴らはいないが、俺らは地元民だ。だから」
「いないのでしたら、貴方たちが追及する権利はないですよね? それともこの場所は地元民なら誰もが所有書の権利を訴えることができる自由な場所なんでしょうか?」
郷田の声に被せて冷徹に伝える。地元民だからを理由にするなんて、なぜそんな理由で牧場の権利を持っているような話しぶりなのだと。
「ですが、こちらももちろん所有権なんかないです。ですが、この間言いましたよね? 勝手に物資調達で家とか車から持ってきても、こんな状況だ、問題は無いと。貴方自身がそう答えていたのを私は聞いています。なので私たちはこんな状況ですので、勝手にこの牧場に住んでいます。責められる謂れは無いはずです」
うぐぐと口をへの字へと変え、この間の失言を思い出したのだろう。郷田が顔を真っ赤にして俯ける。
「お前は何者だ! 新入りのはずだろう。なんでお前が代表面して話しているんだ!」
話がまずい方向に行っているのを危惧して男たちの誰かが遥に尋ねてきた。
また聞かれたよ。今度はちゃんと答えるよと、ふふふともったいぶって、腰に両手をあてて、胸をそらして得意満面な表情で教えてあげる。
「私は謎のネゴシエーターです。ここの交渉は全て私に任されました」
えっ、そんなことは一言も言ってないよと早苗が見てくるがスルーする。もはやこの場はネゴシエーター遥の出番なのだ。一度ネゴシエーターをやってみたかったのだ。美少女ネゴシエーター爆誕である。
「なので、提案です。これからは三者仲良く交流をしていきましょう。余裕がある物資をお互いに交換しあいましょう。こちらは灯油を用意できますよ?」
口元をニヨニヨさせて、男たちに提案してみる。車から灯油が見つかるのは牧場コミュニティだけである。というかおっさん少女だけなので、断る理由はないはずだ。というか物資は困っていないから牧場コミュニティが二つのコミュニティへ物資を分けてあげて少しずつ仲良くなる作戦である。これまでは仲良くなるどころか、交流すらもなかったわけなので。
素晴らしい完璧な交渉だと自画自賛するおっさん少女。もう断る理由はないはずだ。脳内の軍師も言っている。この交渉はうまくいくでしょうと。
「ふざけるな! もう我慢ならん。お前ら、門の横の塀を乗り越えて、こいつらを捕まえろ! 灯油のある場所を聞き出すんだ!」
郷田が周りに怒鳴って指示を出し、周りの面々も一部を除いて、おぅ!と叫んで門の横の塀を登り始めた。どうやら軍師は嘘を言っていた模様。知力ゼロの軍師なので仕方ない。
牧場は観光地にありがちな門は立派だが、塀はそこまで高くないパターンである。牧場の塀は3メートルぐらいしかないので、門の立派さに比べてあっさりと乗り越えることができるのであった。わいわいと塀にへばりつき始める男たち。
「交渉は失敗ですか……。こちらの交渉を聞かない輩には鉄槌を下さないと駄目ですね」
昔見たアニメでもネゴシエーターは交渉が決裂すると、ロボットを呼び出して相手を叩きのめしていたのだ。
私もそうしましょう、倒しましょうと塀を乗り越えようとする男たちを見るおっさん少女であった。