130話 おっさん少女は牧場の真実を確認する
牧場コミュニティの場所は他のコミュニティより山奥にある。間宮も刈谷も森の中にコミュニティを作っているがもっと山奥である。
崩壊前はほのぼのとしていただろう牧場は今や門にはバリケードが作られ、監視所から常に異常がないか監視されていた。奥には牧場主の家とお土産屋、牛舎に鶏小屋が設置されており、少し離れた場所には200人まで収容可能な体験合宿用の合宿所が立っていた。バブル時代に建設したらしく無駄に豪華である。
経営者が優秀だったのだろう。いくつもの学校へと合宿所として売り込み提携を結び経営を行っていたらしい。
崩壊当時はちょうど半年分の飼料を買い込み、缶詰などの保存食料も他の学校から来る生徒たちが予定されていたので、大量にあったとの弁は早苗から聞いた。
崩壊時はまだ車が動いたので、牧場主は慌てた様子で牧場に異常を知らせに来た連中と街まで様子を見に行き帰ってこなかったと言う。
それはそうだろう。まさかゾンビ映画のようなことが起きているとは夢にも思わなかっただろう。おっさんだって危険とは思わないに違いない。そう思った結果、おっさんはゾンビに喰われたのだから間違いない。
そうして本来の持ち主はいなくなり、地元の人間にとっては他のどこともしれぬ遠くからバイトやらツアーやら体験合宿やらで合宿所に来ていた人間だけが残っていったのだった。
牧場のコミュニティを見て、間宮や刈谷のコミュニティの面々はどう思ったのだろうか。
最初は助けが来るだろうと、楽観的に女子供たちの集団ということもあり、居座っていても気にしなかったかもしれない。
しかし徐々に助けは来なく、政府は無くなり、自分たちだけで生き延びなくてはいけないと理解し始めた頃には認識は変わっていったのだろう。
ちょうどその認識が変わり始めた頃に、刈谷の爺さんもこれからの未来に危険を感じて牧場コミュニティを合流させようとしたそうな。まぁ、昔気質の善人であることは間違いない。
当時の申し入れがあった時、早苗たちはまだ助けが来ると信じていて断ったのが、それが他のコミュニティとの決別を表していた。
きっと早苗たちはその時に断ったことが決別を示していたとはわかっていないだろう。
だが、まだ余裕がある時に合流しなかった結果は、他のコミュニティとの決別だったのだ。
他の集団に溶け込めなかった牧場コミュニティは、間宮からはいないものとして扱われた。
刈谷からは刈谷の爺さんだけが合流させようと頑張るが、もはや未来の暮らしを想像できない刈谷コミュニティの面々にとっては迷惑な集団でしか無かった。
しかし、刈谷の爺さんはリーダーだし、女子供を助けたいという当たり前の正義感から発する行動のために牧場コミュニティの集団を助けるのは止めようと制止しにくかった。
そこで若い人たちに頼み込み、崩壊後のヒャッハー系な悪人を演じてもらったというわけだ。
若者たちのあの態度は普通に考えておかしかったが、崩壊した世界というフィルターが意識にかかった若い女性には普通に見えたのだろう。何しろ己の貞操がかかっているとあれば、切羽詰まらなくては合流は絶対にしないことがわかる。
若者たちの下手な演技は刈谷の爺さんも、その裏の目的もわかっていたのにもかかわらず、牧場コミュニティの集団をなんとかして合流させようとしていたのだから、リーダー失格である。善人であれば良いというわけではリーダーは決してないのだ。
リーダーはその集団を保ち安堵させないといけないのである。
若者たちも辛いし恥ずかしい演技をするのは大変だっただろう。あんな態度を他のコミュニティとはいえやっていたら、自分のコミュニティでも演技とわかっていても白い目で見られる可能性があるのだから。
現実はやはり映画とは違うのである。自らの保身、そのための演技。周りの人々の考え。それらは酷く現実的な行動を取らざるを得ないのだ。生き残ろうとすれば、そこに理性を無くした行動は決してないのであった。
早苗の主観では、他のコミュニティは酷いとの話だった。間宮は強制労働みたいな暮らしだし、刈谷は猟銃を持ち、自分たちを好き勝手にしようとする集団だ。
だが、視点を変えてみると、あら不思議。間宮は懸命に凍った畑からなんとかして作物を回収してリーダーは寒さで皆が凍えないようにと家を解体している立派な人だ。
刈谷はこの積雪の中でも、山に分け入り罠猟にて鹿やら猪を狩って、人々に貴重な肉を配っていた、これまた立派なリーダーであった。
牧場コミュニティだけが、大量にある保存食料、立派な合宿所、いざとなったら食べ物になる動物たちと恵まれた環境だったのだ。
何しろ厳しい生活と言いながらも、牛も鶏も食べないでいたどころか、その餌を心配するレベルの余裕があったのだ。他のコミュニティから見たら、これほど恵まれた環境であればふざけているのかと怒り出してもおかしくはない。
なんのことはない。これまで牧場コミュニティへと干渉しなかった他のコミュニティの方が、全然立派であったという皮肉な話。ただそれだけのことであった。
ハァと嘆息して、自分の考えを話し終えて相手を見る。
「そうですよね? 美佐江さん?」
食堂には自分と蝶野母しかいない。お昼ご飯を食べ終えたあとに、自分の考えが正しいか確認するために遥が呼んだのだ。
遥を見ながら困ったような表情で口元を苦笑させながら、蝶野母は頷いた。
「レキちゃんの話した内容は大体あってるわ。私たちも刈谷コミュニティの若者たちの行動の意味に最初は気づかなかったわ。でもね、若者たちがいなかったら合流したのにと、愚痴やら不満を語っていた時に不自然さに気づいてしまったの。だって私たちの体を狙うなら、最初は紳士的な態度を取れば良いだけだもの」
顔を俯けながらも、蝶野母は静かに語ってきた。
「だから、気づいてしまったのよ。気づかなければ良かったと後悔したわ。自分たちが迷惑がられていて、合流を断られているなんてね」
顔を上げて肩を竦ませながら話す蝶野母に、そうだろうなぁと同意する。まさか、自分たちの身体を狙っている発言をしていた若者たちが。実際は遠回しにいらないですと言われているのと同義なのである。女としてのプライドもズタズタになるような話だ。
「この真実に気づいたら、間宮コミュニティがどうして不干渉なのかも、すぐに想像がついたわ。言ったでしょう? 私の夫は自衛官だって。このツアーに参加したグループは実は自衛官の奥さんの集まりなの。そういう裏の考えが籠もった話には敏感なのよ。だから若い娘以外は気づいているわ」
疲れた感じを見せながらも気丈にパチリとウィンクをして、蝶野母は雰囲気を柔らかくしようした。
「私たちはまだ良いけど、女学生たちがこの真実を知ったらメンタルがまずいわ。いつかバレるだろうけど、そのまま隠し通すしかないとの結論に至ったのよ」
ふぅと椅子に深く座り直し、背もたれによりかかり、顔を天井に向けて、ため息を蝶野母は吐いた。
「だけど、そろそろ限界がきていたわ。本当は私たちは誰にも望まれていないと知ったら、若い娘たちは狂乱するかもしれないわ」
そうして持ち上げていた顔を戻して遥に視線を戻してきた。
「でもね、状況が変わったの。いいえ、変わりすぎたわ」
そうして眼光鋭く、口元は微笑みながら蝶野母はおっさん少女に顔を迫らせて尋ねてきた。
「ねぇ、レキちゃんは何者なのかしら? 皆が尋ねたくて、でも尋ねて、期待している答えとは違う答えが返ってくるのを恐れているわ。でもそろそろ聞かないといけないと思うのよ。ミステリアスな謎の美少女さん?」
蝶野母に遥はいつもの眠そうな愛らしいおめめを向けて、穏やかな声音で返答した。
「救援隊が来るのではと思っているのですね?」
「そうよ、レキちゃんの歩き方って素人じゃないわ。まるで歴戦の兵隊さんみたいにきちっとしているのよ。それに体幹がぶれているところを見たことが無いわ。まるで子供のような小柄な体なのに、鉄でできているみたい」
ムゥとその表現を聞いて頬を膨らませて口を尖らして不満を露わにする。鉄とは酷い。この身体は可愛い可愛いレキなのだ。愛らしくて頭をいつまでもナデナデしたくなる美少女なのにと言葉を返す。
そして偽装スキルは見かけは誤魔化せるが立ち居振る舞いは誤魔化せないとわかった。恐らくは演技スキルに入るのだろう。
「鉄は酷いです。私は可愛くて脆弱なんですよ。心もガラスのハートなのです」
自分で可愛いと言うおっさん少女。心はガラスに見える丈夫な合金か何かでできているに違いない。
プッと吹き出して笑う蝶野母。そうしてお腹を抱えて笑い始めた。どうやらツボに入った模様。笑いすぎて目元に涙をためながら遥が続きを語るのを待った。
ハァと遥はため息をついた。どうしても続きを聞きたいのかと思う。
「はっきりさせないほうが良いと思いますよ? グレーで行きましょう、グレーで」
おっさんはグレーが好きなのだ。仕事でも白黒はっきりさせると経験上碌なことが無かったのだ。
「いいえ。私ははっきりと聞きたいの。誰にも今のところは広めないから展望だけでも聞かせてくれない?」
今のところはかよと、正直すぎる答えに苦笑いを浮かべてしまうが仕方ない。そこまで言うのなら教えてあげようと決心した。
「わかりました。では、一番聞きたい内容を答えましょう。救援隊は来られません」
蝶野母の顔をしっかりと見つめて遥は答えた。
「ここは、見かけと違い他の地域より断然危険度が高いのです。そのために車両などを入れることはできないのです」
「ダムの要塞砲ね。遠目からでもわかるんですもの。救援隊が砲撃されるかもしれないのね?」
ウンウンと頷く遥。要塞ダムを破壊もしくは他の方法を取らないと救援隊は入り込めないだろう。救援隊とはもちろん若木コミュニティの防衛隊のことだ。冷たいようだが、危険度の高い場所にアインやツヴァイを送り込むことはしたくないのだ。もしもやるなら防衛隊も巻き込む予定である。
「なので、しばらくは牧場暮らしを楽しんでください」
蝶野母は遥の言葉に頷かずに続けた。
「もしもの時は段ボール箱に隠れれば、娘は助かるかしら?」
真面目な表情で強い目力で聞いてくるので、母娘の情は強いねと、思いながらニッコリ微笑みながら教えてあげる。
「段ボール箱は最高の隠れ場所なんです。だからきっと大丈夫ですよ」
そう、と少し安心した表情になった蝶野母であった。
話し合いは終わりかなと遥が思っていたら、外が騒がしくなってきた。何だかバタバタ走っている音がする。
バタンとドアが開けられて女学生が汗をかきながら入ってきた。
「大勢が門前に集まってきたんだ。何の用かはわからないけど、こちらも人数を揃えるよ! 手が空いている人たちは門まで来て!」
遂に来たようだと思いながら、門まで向かうおっさん少女だった。