128話 おっさん少女とそれぞれのコミュニティ
倒し終わったベレーモンキーはセイントマテリアル(小)とポイズンマテリアル(R)を落とした。これはあいつら雑魚が15000の報酬をもらえるボスと同等の戦闘力をもっている可能性があるということだ。
これは面倒だなぁと遥は思いつつ、とりあえず放置することにした。今の気配感知はかなりの範囲をカバーできるが、他に斥候を感知しなかったからだ。
そのため、まずは3つのコミュニティの現状でしょうと、ゆっくりと確認をすることしたのである。
夕方の薄闇が広がりかけている中、雪をキュッキュッと踏みながら牧場コミュニティの面々は物資調達に再び街へと繰り出していた。
道路にはゾンビがちらほらと見えているが、そこまで多くはない。だが、女性で構成されており碌な武器もないこの集団では厳しい相手だ。
その為、昼ではなく夜に入る寸前に行動をしている牧場コミュニティ。暗くなる寸前に逃げなくては自分たちも帰れなくなるので速足で移動している。
「また車だよ。レキちゃんよろしくね」
放置されている車が道の横にあるのを確認した女の子がおっさん少女にお願いしてくる。
「わかりました。開けますね」
ナイフをゴリゴリと差し込んで少しの時間がたち、がちゃりとトランクが開いた。中を確認すると灯油が入っている。なぜナイフで簡単に開けられるかは不明である。一つ言えることはゲーム仕様の解錠術だからだ。
「わっ、やった、また灯油だよ。レキちゃんが開けると高確率で良いものが入っているね」
周りの面々も灯油を見て喜ぶ。この新人はなんなんだろうかという疑問は内心に隠しながら。
何しろ、この数日間の探索でこの少女が探索すると何かしら役に立つ物が見つかるのだ。
今日も灯油は4缶目であるし、無人の家にお邪魔して中を探索すると汚れの見えない段ボール箱が見つかるのである。
中身は米や醤油、味噌、傷薬、ついには蓋を開けるだけで温かいご飯とおかずとなるインスタントフードといった物まで見つかるのだ。
不自然極まりない。明らかに異常であるために、さりげなくこの少女を監視しているが、何かしている様子はない。
偶然ではないが、この少女のおかげなのかも判断がつかない。どう考えても真っ黒ではあるのだが。
仕方ないので、現状は我慢をしている面々。そもそもこの少女は愛らしいと誰もが思うだろう可愛い少女ではあるが、何か力があるとも思えない。ひ弱そうな細い腕、コンパスの短い脚。脆弱そうな小柄な身体、アホな思考能力である。
とすると別の力なのかとも思うが、アホな自己紹介が頭に残っているので判断が曇ってしまっている。たぶんこの寒さで曇る眼鏡並みに曇っているのだった。まさか超常の力をもつチートな美少女レキとはさすがに誰も思いつかなかった。
「よし、これでかなりの物資が集まったね。そろそろ帰るよ」
早苗が皆に小声で伝えて、移動を開始する。もう日が落ちるのでゾンビに注意しながら帰宅するのであった。
えっさほいさと山道を登り、森の奥の牧場まで到着する。門が見えてきて安心する人々はいつもとは違う出迎えがあることを知った。
門前に刈谷コミュニティの面々が立っている。いつもの面々だが、刈谷の姿が見えない。こちらをジロジロと見ている。いや、正確に言うとこちらのリュックの中身を見定めるように見ていた。
「なんだいなんだい? うちに用かい? 仲間に加わって奉仕しろとかいうなら勘弁だね。うちらはしっかり生活できているんでね」
刈谷がいないことは気になったが、いつもの勧誘だろうと早苗が挑発気味に声をかける。
刈谷コミュニティの面々は沈黙で答えた。なぜかいつもなら騒ぎ立てる若者たちも声を発しないで、こちらを硬い表情でじっと見ている。
いつもと違う雰囲気に眉を顰めて、戸惑う早苗。
前に立っていた猟銃をもっている爺さんがようやく言葉を発した。
「十勝、そのリュックの中身は灯油なのか?」
なぜか思いつめた表情でリュックの中身を詮索してくる。ポリタンクがリュックから覗いているので灯油だと想像がつくのだろう。
「そうだよ。そこらへんにある車とかから拝借してきたのさ。まさか盗みは許さないとか言うんじゃないだろうね?」
にやりと口元を曲げて、答える早苗。今更そんなことを言われてもやめる気はないし、助けがまったく来ていない状況だ、もう政府は無いと思っている。
かぶりを振りながら老人は早苗をじっと見つめて話を続ける。
「そんなことを今更言ってどうする?こんな状況だ。責めるやつなんぞおらん。それより、どこでそれを見つけた? 儂らも探しているが見つかったことは無いぞ?」
「あぁ、それは探し方が下手じゃないのかい? うちらは丁寧に探すから見つかるんだろうね」
最近入った少女のおかげかもとは思うが、確信が無いので伝えないし、伝える気もなく早苗は答える。
「……。そうか、わかった。儂らも注意して探すとしよう……。それじゃぁな」
それっきり声を誰も出さずに、ぞろぞろと刈谷コミュニティの面々は帰っていった。
それを見送った早苗は拍子抜けな表情になる。若者たちもまたゲスなことを言ってくると身構えていたが何も言わなかった。周りの女性の面々も静かすぎてびっくりだったねぇ~とお互いで気楽に話している。
「なんだいなんだい? あのクソガキどもが、また騒ぎ立てると思ったのに、拍子抜けだね」
「もう騒ぎ立てる必要はなくなったか、それとも既に騒ぎ立てるレベルではなくなったかですね」
その早苗の言葉を聞いて眠そうな目で帰っていく人々を見送りながら、真面目な声音を混ぜて答える遥。
「ん? どういう意味だい? どちらも同じように聞こえるけど。レキはたまに難しいことを言うね」
ニカッと笑い、遥の言葉を気にせず、快活に家に入るよと声をかけて、早苗は皆を連れて中に入っていく。
遥もチラリと帰っていく刈谷コミュニティに視線を向けた後に中に入るのであった。
食堂はわいわいと賑やかな声が響き渡っていた。最近は寒さに耐えなくていいし、ご飯も温かいのでかなり生活が楽になったこともあり賑やかである。
そもそも小さい子供はいつも騒いでいるし、女学生も普通ならお喋りが大好きな年ごろだ。
遥も若い時はゲームや漫画の話なら饒舌になっていたのだ。それとあんまり変わらない年ごろだねと思っていた。オタクは自分の領域のみお喋りとなるので、それを比較するのは間違っていると思われるのだが、ツッコミ不在なので仕方ない。
今日のご飯は白米、なめこの味噌汁、インスタントフードの豚肉の生姜焼きだ。ホカホカあったかで美味しそうな夕飯である。
実際に味もそこそこ美味しいので、みんなでいただきまーすとぱくついて食べ始める。
遥も、小さいお口をあ~んと開けて、ちょこちょこと可愛く食べる。見ている人が愛らしいなぁと思う振る舞いをしているおっさん少女。
ついにレキの小柄な愛らしい体躯を極めるために、食べ方すらも研究の末、愛らしく食べ始めることに成功した遥である。無駄な才能この上ない。
「美味しいね、おねーちゃん」
隣に座ってニコニコと微笑み、パクリとご飯を口に運ぶみーちゃん。久しぶりの温かい食事が続き嬉しいのだろう。その姿を見るだけでも癒される。良い子だねと、思わず頭を撫でてしまう遥である。
「本当ね、ここ最近は急に生活が楽になってきたわね」
おっさん少女の顔を窺うように、からかうような声音で視線を向けながら、蝶野母が返答する。
「これなら何とか冬は越えられそうだね。本当に助かったよ。このままではやばいところだったし、刈谷コミュニティに入ることも検討しないといけないところだったよ。あの最低のエロ男たちのいるところにね」
口にご飯を運びながら、本当に良かったと言いながら、声音を重く発言をする早苗。それを聞いて蝶野母の顔が僅かに陰るのが見えた。
その蝶野母の態度を見て、遥は早苗さんよくぞピンポイントの発言をしてくれましたと内心で礼をする。聞こうと思っていたことが今のでわかったと思うからだ。
「ねぇ、レキちゃんは救援隊が来ると思うかしら?」
蝶野母が話を変えるように遥に聞いてくる。
「どうでしょうか。そもそも今までは救援隊なんか見たことも無いんですよね?」
「そうね、たとえ存在しても来られないかもしれないわ。あの要塞のようなダムがある限りはね」
遥の言葉に対して、ため息を吐きながら自分の予想を告げる蝶野母。
「あの要塞ダムはなんなんだろうね。遠く離れたここからでも、うじゃうじゃと化け物が集まっているのが見えるよ」
うんざりした感じをだす早苗である。たしかに、ここからでもうっすらとはダムを見えるのだ。城が建っていたり、巨大な要塞砲があるのが確認できる。その佇まいは異常としか思えまい。
「なんとかここを脱出する術を見つけないとまずいかもしれないわね」
食べながら蝶野母が不安そうに表情を変えて話を続ける。
「確かに脱出は考えないといけないとは思うけど、今は冬だし無理でしょ? それにこの大人数を連れてゾンビから逃げ出しながら移動は無理だよ。どこか生き残れるあてがあるかもわからないしね」
早苗も一応考えは持っているようだが、蝶野母の言う内容も、もっともだと遥は思う。
「それでも、万が一を考えておかないと。いつでも大丈夫なように皆には脱出の準備だけさせときましょう」
早苗をまっすぐに見て、提案する蝶野母。その真面目な茶化せない雰囲気に負けて早苗も頷いて、各自準備をしておくように言い聞かせておくと返答している。
「脱出なら段ボール箱ですね。敵に見つからないで移動できますよ」
ふんすと鼻息荒く、早苗たちに勧めるおっさん少女。何でこんなに段ボール箱推しなのかは不明である。
「まぁ、考えておくわ」
「困った時に頼るわね」
「みーちゃんも段ボール箱、使う使う!」
早苗と蝶野母は苦笑いをして返答を保留した模様。みーちゃんは興奮して、段ボール箱を頼る気満々なので、後で蝶野母は説得が大変そうだ。
話も終わり、ご飯も食べ終えてお風呂に入った人々は皆が早めの就寝をした。
その面々をよそに、こっそりと寝室から抜け出る遥。
「シノブ、あとは任せたよ」
「ハハッ、司令おまかせください!」
廊下に抜け出た遥の呟きにシノブが跪いて現れる。
「それじゃ、私は間宮コミュニティに潜入するかな」
そう言って、隠蔽スキルを使い、外にこっそりと抜け出すおっさん少女であった。
一寸先も見通せぬ暗闇の中でも気にせず疾走する遥。電気もつけず、月明かりは無く、またシンシンと雪が降り始めた。
だが、愛らしくもチートの塊のレキぼでぃである。気配感知を使えば楽勝である。ちょっとその情報量で頭が痛いおっさん少女は短時間なら問題など無いなと間宮の家を目指す。
繁茂する草木を揺らしもせずに疾走していく。そうして森をしばらく移動しているとぼんやりと遠目にもわかる炎の光が見えてきた。
「おっと、見張りをしているんだね」
立ち止まり見てみると、この寒さの中でドラム缶に薪を入れて燃やしながら二人の男性が見張りをして周辺を監視していた。
「大佐、こちら蛇なレキ。これより潜入ミッションを開始する」
ドラム缶に焚き火、そして雑魚っぽい見張りと素晴らしいシチュエーションだと感動し、またもやどこかのゲームキャラになりきり潜入を開始するおっさん少女。
段ボール箱を被り、身体を屈めようとするが、積雪で濡れてしまうことに気づいた。
濡れて寒いのは嫌だねと、テッテコ段ボール箱を被ったまま、身をかがめもせずに見張りに向かい歩き出す。
見張りのそばまで近づくと、ダウンジャケットを着ながらも寒そうにしている。片手に斧を持っているが不安そうだ。
「なぁ、刈谷のグループの奴ら、なんの用だろうな? また鹿肉を持ってきてくれたのかな? それなら久しぶりに肉にありつけるんだが」
「知るか。鹿肉を持っているようには見えなかったぞ。またぞろ、あの迷惑な牧場の奴らをこちらに押し付けようとかそんな話だろ」
遥は見張りの横まで段ボール箱を被り立ったまま、その盗み聞きをすると、変な会話がなされていると気づいた。
見張りはウンザリしたような表情で会話している。その中でも牧場コミュニティは迷惑な奴らだと思われているようだ。
牧場コミュニティを迷惑がっているのは刈谷コミュニティのみではないようだと得心する。遥は嫌な考えだったが、やっぱり予想は当たっていたらしいと嘆息した。
「刈谷の爺さんは正義感に熱いからなぁ。だが俺らだって限界だぜ? 今日も芋だけだったじゃねえか」
「そういや、今日は刈谷の爺さんはいなかったな? 郷田の爺さんたちしか来ていないよな?」
ん? 刈谷コミュニティの面々が来ているのかと、話の流れで遥は気づく。このタイミングかよと思うがそれだけ厳しい状況なのだろう。
「それよりも昼も夜もやばくないか? この調子で薪を使い続けたら、春までもたなくないか?」
「しょうがないだろ。畑を掘る奴らはほっとけば凍傷になっちまう。薪を使って温まるしかねぇ。それとも飯抜きの方が良いのか?」
それは嫌だなと話して、あとはくだらない世間話に移行したので、NPCの村人たちよ、重要そうな話をありがとうと、テッテコ間宮の家へと歩いていった。
隠蔽があるので、たとえ横を歩いていても一般人には気づかれないのだ。段ボール箱の意味は無いが美学なのである。
おっさんは、段ボール箱を被りながら歩いたり走ったりすることがゲームでは多かった。そして簡単に敵に見つかり、増援を呼ばれて、銃弾で蜂の巣にされるまでがいつものパターンであった。
まぁ、あとは家の中の人に聞いてみるかと、段ボール箱を被りながら間宮の家に入るおっさん少女であった。