123話 おっさん少女は奥多摩に行く
暗い夜に積雪の中、歩いている人影たちがあった。
文明の灯火は無く、窓は割られドアは傾き血の染みが広がっている家々の間を恐る恐る移動していた。
時折、どこからから呻き声が響いてくるのが恐怖を誘う。
家々の間を塀伝いに隠れながら、キシキシと積もった雪の中を踏み歩き移動している人影たちの中で先頭の人物が何かに気づいて、そっと片手を上げた。
ぴったりと塀にへばりつき、そっと陰から先頭の人物が見てみると徘徊している異形がいた。ウロウロと白目で周りをキョロキョロと見渡している。血の染みがべっとりとついており顔や腕などは肉が削がれて異様なモノ。すなわちゾンビである。
先頭の人影は指で違う道を指差して、他の人影も頷いてそっと移動をして離れていくのだった。
大きく大回りをして、積雪の中を黙って移動して、木や草が繁茂している森の小道へと街から移動して山の中に入っていくと、元は牧場であろう今は板や鉄板でバリケードが築かれた場所に到着した。
「開けておくれ! 今帰ったよ!」
先頭の人影がバリケードの横にある監視所の人に向かって声をかける。
「あ、了解です! お帰りなさい」
返答がありバリケードの扉がガラガラと少しだけ開けられていく。
僅かに開けられたら隙間から滑るように身体を差し入れて人影たちは中に入っていく。
殆ど真っ暗闇の中で人影たちは移動をして、合宿所のような大きな建物に到着して中に入っていった。
中に入った人影たちはようやく安全な場所について、被っていたパーカーを脱いで声を発した。
「皆、よく頑張ったね、お疲れ様」
周りを見渡して、リーダーのような人が労りながら皆に声をかける。
「特にレキ。アンタは初めての探索だったのにパニックにもならずによくついてきたもんだ」
そして、声をかけた子供の髪をぐしゃぐしゃにして、荒っぽく撫でてきた。
「はい、私も緊張しましたが上手くいって良かったです」
そうニコリと笑って答えるのは、黒髪黒目のいつも眠たそうな目をしている子猫を思わせる愛らしい子柄な美少女朝倉レキである。思わず頭を撫でたくなるのは仕方ない。
おっさん? なんの話だろうか。いたいけな美少女を操るおっさんなんかいるわけない。きっと気のせいだろう。
おっさん少女が現在いるのは、奥多摩の元牧場兼体験合宿所がある場所を拠点にした牧場コミュニティである。
この周辺は人々が少ないこともあり変異したミュータントも少なかった。
そして強いミュータントは軒並みダムに集まっていることが調査でわかっている。その結果、いたとしてもほとんどグールレベルのエリアしかない。
奥多摩の山奥には何箇所かの生存者たちのコミュニティが存在しており、その中の一つに遥は入り込んだのである。
相変わらずの懲りずに反省しないおっさん少女。またもや演技をして拠点に入りこんだのであった。
但し、いつもと違うところがある。それはいつもなら即バレしてきた不思議なるアホなおっさん少女だが、今回はなんと不思議なる少女であることがばれていないのだ。アホであることは恐らくはバレている。
一人で孤独にひっそりと生きてきた少女が拾われたという位置に上手くついていた。本人はそう強く信じている。
演技ができないおっさん少女に何が起こったのかというと、簡単な話である。
レベルが大量に上がった結果、手に入れた多くのスキルポイントを使い、スキルを取得したのだ。銃術lV7、気配感知lv5、物理看破lv5、超術看破lv5、装備作成LV7、調合LV7、建設lv7、偽装lv2を取得もしくはレベルアップしたのだ。スキルコアも全て使い、綺麗に残りスキルポイントは0である。
まずは戦闘スキルの銃と気配系をレベルアップ。そして今まで死にスキルであった調合をレベルアップして、回復アイテムを大量に作ることに成功。
まぁ、大量に作ることができるようになっただけで実際は必要そうな薬品をいくつかと安い回復アイテムを大量に作っただけだが。ケチなおっさんなのであるからして。
装備作成と建設で新たなる装備と施設を作ることができたのである。施設は全てレベルアップしておいた。都内での殲滅戦は物凄い量のマテリアルを手に入れたので楽勝に作れたのだ。
全ての施設名の前に上級がついて、宙を浮くマニュピレーター付きボール型ドローンやUFOキャッチャーのようなクレーンが空を飛び、金属の柱からもマニュピレーターが内部から出てきて、様々な機械群が大量に動作して作成を手伝ってくれるようになった。
また、銀行もカード決済可能になったり、マシンドロイドの兵舎は最高級SFチックなホテルのような豪華さになった。おっさん少女の家は変えていないので、どちらが豪華か迷うレベルだ。
運営は上級と名前の頭につけとけばいいだろという洋ゲーあるあるな適当な名前である。
まだ機動兵器は改修も建造もしていない。さすがに空中戦艦を作ったばかりなのに改修はもったいないと思ったのである。そして、装備もまだ作ったばかりなのでもったいないと思っている遥である。
僅かに一つだけ作成した防具はかなり強力であるが、今のところ使う気はない。ピンチ専用である。後、かなりサクヤの趣味的なセンスが入ったので恥ずかしいせいもある。
まぁ、おっさん少女にとってはどんなに作成用機械群が存在しても、相変わらずの飾りなのだが。いつも通りポチッとボタン押下で終わりである。使うのはツヴァイたちにお任せである。
そして一番重要なのが偽装である。この偽装スキルのために皆に気づかれていないのだ。
一の差で大きく性能が変わるゲーム仕様である。一でも十分なのだ。ニであれば、絶対に普通の人間には気づかれないのだった。
周りには薄汚れている痩せた少女に見えるのであるからして、ようやく一般人のフリをして入り込めて、喜色満面小躍りレベルの嬉しさのおっさんであった。
但し、演技スキルは取っていないので、そこは注意が必要である。あくまで姿かたちと印象操作なのだ。一度演技などが失敗してばれると偽装は解けるので、注意しないといけない。まぁ、学芸会で劇を滅茶苦茶にできる演技ができるほどの才能の持ち主であるおっさんである。問題はあるまい。
なんと、この奥多摩は三つのコミュニティがあり、それぞれバラバラに暮らしている。100人から300人程度のコミュニティである。人が少ない場所ほど生き残りが多いことがわかる内容である。田舎はもっと生き残りがいるのではないだろうか。まぁ、食料問題などもあるので、数万単位は無理だと思うが。
最初にここの人たちに出会えたのは幸運だったと遥は思う。何しろ女子供ばかりの集団にして、三つのうち一番人数も少ないコミュニティなのだ。ありがちな大変そうなコミュニティである。
映画や小説であるような生存者は手を取り合って生き残らないといけないのに、それぞれが反目して活動をしているテンプレコミュニティの集まりなのだ。この人たちは映画でそういうコミュニティの結末を知っているのだろうかと、頭を疑うレベルだが状況が状況なので、そうせざるを得ないのだろう。
そこへ一番小さなコミュニティに加入したどこか謎の少女。そこから始まるアクションあり、涙ありの壮大な物語。
想像するだけでもわくわくドキドキと胸躍るような楽しさを想像させる。
まぁ、おっさん少女の場合は、笑いあり、コメディあり、コントありという矮小な物語になりそうではあるが。
果たして、おっさん少女は今までと違う方向にいけるのだろうか。おっさんが操作している以上、多分無理である。
狭い小屋の中でリュックにパンパンに入れてあった物資をみんなでそれぞれ取り出していく。みんな缶詰やら毛布やらである。積雪もあるほどの寒さを防ぐため防寒対策の類は必要なのだ。
遥もリュックから、ひょいひょいと取り出していく。灯油、塗り薬、缶詰、缶詰、灯油、不思議な砂色の毛布、おなじく毛布、灯油、灯油である。
なんだか小柄なリュックには入らなそうなリストである。特に灯油はポリタンクに入っているのに、リュックの空間を無視して入っている感が満載である。
「レキ、随分灯油を持ってきたんだね? 凄いよ! これで寒さをなんとかできるかも」
遥がリュックから出していた明らかな灯油の多さに疑問を持たずに、おぉ、凄いねと感心した笑顔で同年代の少女が声をかけてきた。
「はい。これでストーブで温まれます。みんなに配りましょう」
小首をかすかに傾げて、口元を微笑みに変えて返答する。だって、寒いんだもの。灯油は必須だよねと遥は思う。仕方ないのだ。リュックに入る量じゃないでしょというツッコミは止めてね少女よ。
「でもさ、なんか今日の物資集めは変じゃなかった?」
首を捻り同じく物資調達の班であった少女が不思議そうな表情でみんなに問いかけるような感じで呟く。
「確かに変だったね。どうして壁の上に包帯とか、車のトランクに灯油が入っていたのかな? 布切れとかも入っていたよね」
その言葉を聞いて、もう一人の物資調達班の子も答える。
「いいじゃないか、今日はツイていたってことで。奴らの罠でなければいいんだけどね」
力強い口調で両手に腰をあてて皆に安心させるように語り掛けるリーダー。考えなしの発言だが、状況的に助かっている内容なので考えるのをやめたと思われる。
そして、遥はやっぱりオープンワールドでの物資調達は車のトランクとかに色々入っているもんでしょと密かにツヴァイに命令して先回りをして色々入れてもらったのだ。相変わらずのゲーム脳である。
どう考えてもトランクに灯油が入っているのは不自然である。崩壊時は春であったのだ、なのに灯油を入れている車……。放火魔の車両が大量にあったのかと疑うレベルだ。
そんな考えなしの発言をしたリーダーを遥はそっと見る。名前は十勝 早苗、髪型はロングで後ろで編みこんでいる、いちいち行動が頼りがいがありそうな姉御気質な女性だ。背丈は170センチぐらいだろうか。今年畜産科の大学2年だと言っていたので19歳か20歳だろう。
合流時はレベルを上げた気配感知に従い、テクテクと歩いて近づいてさりげなく見つかった遥。その遥を助けてくれてコミュニティに案内してくれたのである。
見つかった当時、寒さに耐えるために、ぶかぶかの砂トカゲのコート、身の丈に合わないリュックを背負い遥は歩いていた頑張って生きていますという感じを出した生存者風を装った。
そこの子! まだ生き残りがいたのかい。ちょっとおいで、うちにはご飯もあるし、人々もたくさん住んでいると誘われてホイホイとついていったのだ。誘拐犯にあっさりと誘拐される子供を思わせる行動である。
その無防備さに早苗は苦笑いをしていたが、子供だからだろうと思ったみたいである。何しろこんな世の中なのだ。普通にリュックだけ奪われる可能性もあるし、子供とは言え美少女なのだ、貞操も危ないかもしれない。簡単についてくるなんて無防備すぎる。
だが、早苗は遥が今まで一人で生き残っていたことを評価した。そのため、一緒に物資調達にと誘われて参加したのである。
その際の会話はこんな感じである。
「レキ、あんたの一人で生き残ってきた才能を見込んで一緒に物資調達に来てほしいんだ……。怖いと思うだろうがお願いできないかい?」
頭を俯かせて、罪悪感に包まれながら少し小声で早苗が聞いてきた。
「勿論です。みんなで物資調達もネットゲームのパーティーみたいで楽しそうですよね。喜んで参加します。私は前衛ですか? 後衛? 斥候係?」
わくわくしながら答えたアホな発言をするおっさん少女に、この子は大丈夫なのだろうか、なんだ前衛、後衛ってゲームかよと不安感いっぱいの表情となった早苗である。
そうして不思議な少女という印象はなかったが、アホであることはすぐにばれたおっさん少女。
というか最近の遥はどんどんアホになっている感じがする。おっさん脳が崩壊した世界に適応した結果がこれなのだろうか。自由気ままに生きている弊害であろう。超高性能なレキの身体なので、ますます油断と慢心でいっぱいになり、おっさんぼでぃの時のように考えるのをやめている疑いがある。
何にせよ、新たなる生活が始まる予感だ。
その後はみんなで缶詰のご飯を食べて、おやすみなさいとストーブをつけて何枚も毛布をかけて、大部屋で雑魚寝を始める。みんなのすやすやと寝息をたてる音が聞こえ始めた頃に、むくりと遥は起きた。
皆を起こさないように隠蔽を使い、廊下にでる。
「シノブ、きている?」
そう呟くと空間が歪みツヴァイが現れて跪く。頭にでっかい手裏剣の形をした髪留めをつけており、この寒いのに、ミニスカ、胸ははだけて見えそうなえぐいカットの青色のくノ一の忍者服を着ている。白い肌は寒さにも耐えており肌荒れも見えない。いかにもなくノ一である。
「ツヴァイシノブ、ここにおります。司令」
なぜだか、頬を紅潮させて答えるのは新たに改修したツヴァイである。
バイオマテリアルはないが、それに似たアイテムを作成できたのだ。それは調合スキルで作成した生体細胞作成ケミカルだ。
調合スキルは遥は考えもしなかったが、回復アイテム以外にも装備や建設にと色々な素材として利用できる薬品も作れるのが判明した。というかナインが優しく教えてくれたのだった。
そこで、新たなる探索のために改修したツヴァイ。名前はそのまんま忍者だからシノブである。手裏剣の形をした髪留めをプレゼントしてわかりやすくしている。
こんな感じである。隠蔽と偽装を取りいれて忍者タイプとしたのだ。
ツヴァイシノブ
マシンドロイドB
筋力:25
装甲:25
器用度:30
超能力:15
精神力:25
スキル:体術LV3、銃術lV3、気配感知LV2、機械操作lv2、氷念動LV1、隠蔽lv2、偽装lv1
一般人では偽装レベルが一でも気づかれないだろう。そしてシノブは普通の名前っぽい。選ばれるために壮絶なるツヴァイ同士の戦闘があったような感じがしたが、おっさんは見て見ぬふりをした。シノブに改修すると宣言した後、基地内から戦闘音が聞こえてきたのであるからして。
シノブの役割は牧場コミュニティの面々が物資調達に向かう際に、物資を先行して置いておくこと。そしてもっとも重要なことは
「それじゃ、私はファストトラベルで家に帰るから。夜はよろしくね」
「ハハッ。お任せください。このシノブが完全に司令のフリをしてみせます」
歓喜に満ちておっさん少女と同じ服を着て偽装を使用して、そっくりさんに変わったかもしれないシノブ。看破があるのでおっさん少女には効かない偽装だが、一般人にはそっくりに見えるのだろう。
きびきびとした声音で答えるシノブを横目に、ほいっとなとファストトラベルを使用して我が家に戻る遥。
ただいま~と言って、お帰りなさいとメイドたちに迎え入れられて、ジャグジーバスに入って体を磨かれて、ご飯を食べなおしてふかふかのベッドで寝るのである。
サバイバルな暮らしはノーサンキューなおっさん少女であった。