122話 元女警官は人々を守る
ガチャリというノブを開ける音がして、昼ご飯のトレイを持った同僚が現れた。
「どうよ? 何かいたか?」
トレイを受け取りながら、以前は生活安全課に配属されていた私はいつも通りの返答をした。
「何もいませんよ。化物以外はね」
期待もしてなかったのだろう。
同僚もそうかと言って隣で昼食を食べ始めた。
「でも、コミュニティ内はかなりの賑わいになりましたね」
雪が降り積もる監視所は寒い。灯油ストーブをガンガン着けて砂漠の少女が作った砂トカゲのコートを着込んでもまだ寒いので、手袋にマフラーもしている。ただし戦闘に影響が無いようにすぐに脱げるようにだ。
「そうだなぁ、この寒いのに皆たいしたもんだ。俺ならコタツでぬくぬくとしているね」
ニヤリと笑って同僚がバリケード外のビルを見る。
私も見ると人々が安全宣言のされた新しいビルを出入りしていた。
もはや放置されて一年近いビルは崩壊時の影響で窓ガラスは割れて、血が飛び散った跡がある。外から見ても薄汚れているのがわかる。死体が無いだけマシなのだろう。窓越しに机や椅子が散乱しており、パニックになった当時の記憶をまざまざと私たちに思い出させた。
だが、それでも人々は生き抜くために働いている。今年は冬の到来が早く雪すら降って積雪していた。白い雪をきゅっきゅっと踏みながら、人々はビルから様々な物を持ち出している。一部は自分で使うだろうが、後は大樹の資源回収隊に売るのであろう。
人々は吐く息も白いぐらいに寒いのに、引っ越し屋みたいに重たい荷物を持っているので身体からは汗が蒸発して湯気がたっていた。
「私たちはストーブのそばでぬくぬくですか」
少しの罪悪感で苦笑いをしつつ、ご飯を食べようと貰ったトレイを見ると、大樹のインスタントフードだった。なんと蓋を剥がすだけで、中のご飯やおかずが温かく食べられるという驚愕のお弁当である。これが大樹から持ち込まれた日には驚愕したものだと私は思い出し笑いをした。
人とはどんなに驚愕した魔法みたいな技術でも使っていれば慣れるもので、今は誰も驚かない。要は使い方だけわかれば、問題はないのだ。崩壊前だって、どんな技術で機械が作られているかなんて気にしたことは無い。
「あぁ、今日は豚肉のピカタかよ。俺、この豆類が苦手なんだよな」
スプーンで豚肉についている豆類をどかしながら同僚がぼやく。好き嫌いを言えるほどに今は豊富な食べ物がある。もちろん崩壊後での話だ。
以前は配給が減るから大変だとか、話していたような記憶があるので、クスリと笑った。
「うん? なんか面白いことでもあったか」
同僚がそんなナナに気づいて、豆類を一生懸命にスプーンでどけながら聞いてくる。
「以前は水の配給が減るとか話していたなぁって、思い出したんです」
それを聞いた同僚は豆類をどけていたスプーンをピタリと止めた。
「だなぁ、毎日毎日芋と水。しかも腹いっぱいにはならないときたもんだ」
ううむ、それを思い出すと食わないとなと、嫌そうな顔で豆類をスプーンにのせて食べ始めた。
そんな同僚を見ながら、以前とは比べ物にならないぐらいに私たちは恵まれているなぁと感慨深く私は思った。
しばらく二人でくだらないことを話しながらご飯を食べていると、近くから警笛が鳴り響いたのが聞こえた。
「おいおい、やっこさんたちも昼飯の時間かよ!」
同僚が冗談を言いながら、トレイを置いてアサルトライフルを構える。
私もすぐさまアサルトライフルを構え警笛のした方角を見ると、ビルの陰からゾンビがよろよろと歩いてくるのが見えた。
この寒いのに身体は凍りつくことなく、雪が身体に積もってはいるが動きに阻害はないみたいである。白目を剥き、歯茎が見えるほどに、顔の肉は剥がれて内臓をはみ出しているやつもいる。それらゾンビは涎をたらし、呻き声をあげながら人間を喰らうためにこちらへと、よろよろと歩み寄ってきていた。
何回見ても慣れることがない動く哀れなる死者、成仏できない不気味な死体である。およそ100体はいるだろう。
外で人々を護衛していた隊員がアサルトライフルを撃ちまくるのが見えている。ヘッドショットでもなければ、ゾンビは倒すのは難しい。一体に数発は撃ち込まないといけないのだ。
「右は任せた。左は俺がやる!」
同僚はすぐさまアサルトライフルを撃ち続けた。タラララと軽い銃声が鳴り響き狙った相手を次々と倒す。実戦を繰り返した私たちはベテランだ。命中精度も段違いである。
護衛は五人もいるし、私たちも監視所から撃っているので、すぐさまゾンビは倒しきれた。しかしこれだけのゾンビが現れるのは異常事態である。
「私は監視所を降りて、救援に向かいます!」
そう伝えて、壁にたてかけておいた武士斬りの槍を手に取る。以前に武者ミュータントを倒して手に入れた超常の槍である。
ビルの五階に居た私は壁際に垂らしてあるロープを掴み、ダンと床を蹴り飛び出した。
すぐにロープがピンと張り、手首に力の反動が来るが気にせずに手袋がその摩擦で擦れるままに、手首を返してロープを引き戻す。
自分の身体が空中を泳ぎ、ロープを引き戻した反動で壁へと戻るが、すぐさま足を壁に着けて膝を曲げて引き戻された衝撃を緩和する。
ダンダンと壁を数回蹴り上げて数秒で私は雪が降り積もる地上へと着地した。
昔ならできない力技である。以前の自分が見たら何かのトリックか映画撮影かと疑うだろう。しかし今の自分なら苦もなくできてしまうのだ。
すぐに積もっている雪を踏み、戦っていた仲間の所まで走っていく。
「荒須隊員、来たか! 助かる。第二陣が来るぞ!」
護衛隊員の仲間が怒鳴りながら、ゾンビが来た方向を見ると小走りゾンビがやはり100体ほど走ってきていた。
「くそっ! 誰か物資を見つけに先走ったやつがいたな!」
そうなのだろう。そしてゾンビに見つかり逃げたのか、喰われたのかはわからない。最近チラホラと見られる光景だ。安全に慣れた人が密かに安全宣言されていないビルへと向かい死んでいくのだ。
恐らくはこの寒さでゾンビも動けなくなったと勘違いした人たちだ。だが、それは間違いだ。寒さに耐えて、暑さに怯まないのがゾンビたちなのだ。
「グールもいます!」
小走りゾンビたちの中にはグールたちもいた。ゾンビとは段違いの速さでこちらに近づいてくる。
小走りゾンビを追い抜いて、あっという間に積雪は踏み荒らされ泥と血に変わっていく。邪魔な放置車両はあっさりとその上に飛び乗り、その豪脚でフロントガラスは砕けて、車の屋根は潰れていく。物凄い脚力だ。人間があれの攻撃を受けたら、あっさりと引き裂かれるだろう。
「ランチャー撃つぞ! 冷凍弾だ!」
護衛隊員の一人がとっておきの冷凍弾をランチャーから撃ち出す。グールに対しては使わないと厳しいと判断したのだ。
カポンと空気が抜けるような音が聞こえて、シュルシュルと煙の尾をひきながら、グールの集団に着弾する。
ブワッと冷凍の煙が吹き荒れてグールは身体に氷柱を作り真っ白な霜がはり、あっさりと凍っていた。
好機とみた他の仲間がアサルトライフルを撃ち込み、凍ったグールを砕いていく。凍ったグールは弾丸を撃ち込まれた箇所から亀裂ができて砕けて地面にその肉片を散らばらせていった。
だが、凍結を免れたグールが怯まずに走ってくる。まだまだ距離はあるのに、ジャンプをしたと思ったらその距離をゼロにして距離を詰めてきて仲間の一人に襲いかかってきた。
襲いかかられ、どうっと倒れ込む護衛の仲間。マウントをとったグールが、ギエエエと不気味な叫びをあげて喰い付こうとする。
「頭を下げろ!」
襲われた仲間の隣の兵士が叫び、抵抗していた仲間が頭を下げる。兵士はすぐさまアサルトライフルをグールに向けて銃弾を叩き込む。
だが、当たる寸前で空気が歪み、銃弾が力を落とし小石の如く地面にポトリポトリと落ちていく。グールの障壁だ。高火力ではないと破れない銃弾を無効化する恐ろしい壁。
「クロスジャベリン!」
私は叫び、アサルトライフルを肩にかけて、持っていた武士斬りの槍の力を解放する。
超常の力が槍の尖端に集まり光り輝く十字の穂先と変じる。その光が自分の顔を照らし戦う力をくれることがわかる。
まるで羽毛のように軽くなった槍をグールの頭をめがけて右から横薙ぎに振り抜く。
グールは再び障壁を作るが、あっさりと障壁は光の槍に斬り裂かれ、その頭はくるくると宙を飛び、地面に落ちていった。そして頭を失くしたグールは力を失い襲い掛かっていた護衛隊員に寄り掛かるように倒れ伏すのであった。
すぐに周りを見ると、まだ小走りゾンビがこちらに近づいている姿が見えた。グールに比べると足は遅いがそれでも接近されるとまずい。
他の護衛隊員も隊列が崩れており、小走りゾンビを倒しきるのは無理そうだと今までの戦いの経験から判断できる。
「スロー!」
周りに聞こえるように叫び、未だに力が残り尖端が輝く槍を担ぐ。そうして槍投げの要領で小走りゾンビの集団に、腕を全力で振りかぶり投擲する。
投擲された槍は、飛翔する中で槍全体が輝き、光の流星となり集団に撃ち込まれた。
眩しい光が着弾点で輝き、小走りゾンビたちをその輝きで照らす。その光と共に爆発音が起こり、小走りゾンビはバラバラの肉片となり吹き飛んでいくのであった。
「リリース!」
不可思議なる力で投擲した槍が、くるくると回転しながら私の手元に戻ってくるのを軽く受け止めた。
これこそ、クロスジャベリンの本当の使い方である。湯川戦で敵が使っていなかったので、最初はわからなかったが、この技名にはちゃんと意味があったのだ。投擲場所を爆発させて吹き飛ばすクロスジャベリン。そして投擲後も自分の手元に戻ってくるという超常の武器である。
ゾンビの群れを倒し、ナナの援護もあり隊列を整えた護衛隊員はアサルトライフルを各所に向けて、残敵がいないか確認する。少しして、クリア! と大きな声が聞こえて戦いが終了したことがわかったのであった。
「あぁ~、やっちまった! ワッペンが破壊されちまったよ。畜生!」
忌々しそうに寄り掛かってきたグールを横にどけて起き上がった護衛隊員がぼやき始めた。
見ると、確かに防衛隊の証明でもあり、自分たちの命綱である不可視の防御フィールドを発生させる若木ワッペンが壊れて貼っていた服の肩からボロボロと崩れ去るのが見えた。
「おいおい、ワッペンがなかったら、お前は今頃グールのお昼ご飯になっていたんだぞ」
近くの仲間がニヤニヤと笑い、起き上がった護衛隊員の肩を強めにバンバン叩く。
「おっと、完全に壊れちまったか」
叩いた拍子で残っていたワッペンの残骸も落ちていた。わざと肩をたたいたのだろうことがわかる。
「あ~! これ高価だから隊長にまた怒られるんだぞ。あぁ~、今月は大凶だ」
がっくりと肩を落として悲し気な表情になる護衛隊員。アッハッハッハと周りの皆が笑い、今日の夜は酒でも飲みに行くかと慰めている。
「おっと、荒須もありがとうな。命拾いした」
護衛隊員が頭を下げてくるが、私は慌てて手を顔の前で振る。こんなことは日常茶飯事なのだ。敵はいくらでもいて命はいくつあっても足りない戦いを私たちはしている。
「お互い様ですよ。今度は私を助けてくれれば、それで大丈夫です」
ニコリと笑い、お礼を受け取ったと態度で表した。
「あぁ、そうか。それならば俺より先にピンチになってくるときがあってくれよ」
頭を上げた護衛隊員がにやりと口元を曲げて笑うのだった。
ゾンビたちの死体を集めて燃やしていく中で武器を見て考え込んでいる同僚が話しかけてきた。
「やっぱり五野さんの言う通り、強化弾薬を買った方が良いのかねぇ」
う~んと、アサルトライフルを見ながら唸り迷っている。
「あの通常弾の10倍はする弾だろう? どうだろう。それならば冷凍弾か硫酸弾を買い込んでランチャーで使った方が良いんじゃないか? あれなら障壁を超えて継続ダメージが入れられるからな」
聞いていたもう一人が他の武器を勧めている。
「ランチャーは威力はあるが、攻撃範囲もでかいから使いにくいだろう? アサルトライフルなら、さっきみたいな時も問題ないからな」
確かになぁとお互いに悩み始める仲間たち。何だかゲームの話をしているみたいだなぁと考えるが、自分の武器が一番ゲームっぽいなと苦笑する。そんなことを考えながら、彼らを見ていたら、ふと視線が合った。
「そういえば、またお姫様に振られたんだって? 荒須」
護衛隊員の一人が急にとんでもないことを言ってくる。ぶっと息をだし驚いて相手を見る。この間の女子会の時の話だとすぐに分かった。
「振られていません! それに振られても、またアタックするからいいんです! 一体全体誰がそんなことを話したんですか」
焦りながらも、誰から漏れたのかと思うが、とりあえず反論する。
「俺はオデン屋で聞いたぞ? 水無月妹が感動したとか話してた」
「俺は水無月姉から聞いたぞ?」
「私はリィズちゃんから聞いたね。演技入りで教えてくれたわ」
仲間がそれぞれバラバラに情報のソースを教えてくれる。
どうやら情報を漏らしたのは、私以外の全員であるようだ。はぁ~と溜息をついて諦める。
「それに文明復興のメドが立てば、一緒に暮らせる日が来るかもしれません」
私の力はちっぽけかもしれないが、いつの日か、あの少女と分かり合えて笑いあえる日が来ると信じている。
私を尊敬していると話してくれた可愛らしい少女を想う。自分も彼女に尊敬されるように、このまま頑張っていくとあの時に決心したのだ。
次のお泊り会では何を話そうかと考えながら、肩に槍を担ぎなおし、再び監視所に戻る元女警官であった。




