119話 おっさん少女の冬休み
地平線は見えないが、薄っすらと高層ビルが遠くに見える肥沃そうな草原。地面を覆う草は青々としており、元気そうにミュータントが闊歩していた。
その草原をドカンドカンと荷電粒子砲の白い光でクレーターを作りながら進む空中戦艦スズメ。ひっきりなしに鉄サソリを吹き飛ばして、砂トカゲを肉片として、空を飛ぶ風コウモリ達を超電導バルカンでタタタと撃ち落としていた。
現在空間拡張が無くなった東京砂漠。いやもうすでに草原であるが、そこにはうじゃうじゃとミュータントが集まっていた。
空間拡張していたからこそ、縄張りを広く持てたミュータントたちは、今や満員ラッシュの山手線並の押せや詰めろやのミュータントだらけとなっていた。
「駅が無くなった後に、満員ラッシュかよ。おかしいでしょ。敵多すぎでしょ!」
大蛇戦から連続戦闘なおっさん少女である。念動雨も使い、容赦無く敵を倒して減らしていくが、まだまだ半分近くは残っているミュータントたちである。
「しかもなんでダンジョンをクリアしたことになっているわけ? 宝は? 私の宝箱はぁ〜」
悲しそうな情けなさそうな表情で、泣きそうな声音で叫びながらスズメの船首にて、敵を殲滅するためにひたすら戦い続けたのであった。
一週間後、ようやく東京砂漠の敵を大体は殲滅した遥。戦いに疲れたので身体を癒やすため、今日は休日だねと若木コミュニティに遊びに来ていた。
確かに雑魚を範囲攻撃で倒したのは遥である。超能力をほいっと使い、ESPが尽きたら後はレキに任せていたが、疲れたと言い張るおっさんである。
おっさんは疲れたのだと、ちっとも疲れていない遥は久しぶりの休日だと、崩壊した世界となったために現在は無職で全休日なことを忘れて若木コミュニティへと顔を出してみた。
崩壊後の悲惨な新市庁舎はその姿を変えて、若木コミュニティとして聳え立っている。窓ガラスは割れていた物は取り払われて、新しい窓ガラスに代わり綺麗に光っている。
以前に窓ガラスの破片が飛び散らないようにと、べとべとと窓ガラスに貼られていたガムテープは取り払われていて跡形もない。
そのビル内にとどまらず、周辺を含めてオフィス部屋は表札を掲げた団地へと変貌していた。自分の家がわかるように、人それぞれに壁紙を貼ったり、表札に彩色したりと凝り始めている。
家と化したオフィス部屋からは明るい声での話し声や、子供を叱る怒鳴り声も聞こえてきていた。
そろそろ一軒家やちゃんとしたマンションも安全宣言がなされ、余裕がある家族が大八車に家具をのせて、嬉しそうにこれからの生活を話しながら移り始めている。
平和が訪れ始め、復興が芽吹き始めているのであった。
そんな若木ビルの正面玄関の元受付は防衛隊の受付となっていて、ゴツい筋肉のゴリラと見間違うような防衛隊員が座っており、人々の陳情書などを受け付けていた。きっと陳情書を受け取ってもらうには、あのゴリラに勝たなければならないのだろうとか思う。
今も何かの陳情書を提出して殴り飛ばされそうな若者がいた。
陳情書とでっかく書かれたA4ぐらいの紙を持っている。裏には受付は可愛らしい女性が良いですと書いてあった。
というか、生徒会長たちであった。何やら取り巻きたちと受付を囃し立てている。
「受付は美少女、もしくは美女にしろ〜! ゴリラは動物園に帰れ〜!」
と、みんなで快活に笑いながら受付のゴリラをからかっていた。凄い勇気である。若者ならではであろう。おっさんが若いときも、皆と色々したものだ。海に行ったり火山を登ったり、氷原を踏破したものだと、うんうん頷く。
おっさんの思い出はゲーム限定らしかった。いつものことである。
「よし、お前ら! 今日はせっかくの休日なのに、訓練をしたいとはなかなか根性があるな! そこで待っていろよ!」
ニヤリとゴリラが笑いながら、筋肉でできたような腕で受付の机を飛び越えて生徒会長たちにドスドスと足音をたてながら走り寄っていく。
逃げろ〜と生徒会長たちは一斉に逃げ始めるが、哀れ生徒会長がまっさきに捕まりヘッドロックを受けている。ギブギブ、罰ゲームだったんですと言いながら訓練場へと連行されていくのであった。
「随分変わったのですね、あの人」
玄関前の花壇にちょこんと座り、遥は少し驚いていた。豪族に蹴飛ばされた挫折した人間であったのに別人のようだ。
いや、本来の性格はあんなだったのだろうか。崩壊した世界で精神的プレッシャーに押しつぶされていたのだろうかと、ボンヤリと考える。
「まぁまぁ、青春なんだよね。良い変わり方だと思うよ?」
隣に座っていたナナが楽しそうな表情で、連行されていく生徒会長たちを見ている。
どうやらゴリラは仲間を呼んだみたいで、次々と生徒会長の取り巻きも捕縛されていく。人間ではゴリラに勝てないのである。
助けてぇと笑いながら連行されていく生徒会長たち。玄関前の若木市場で人々は買い物をしながら微笑ましいと、その寸劇を見ている。
「人って、そんなに変われるんでしょうか」
眠たそうな目で生徒会長たちに視線を向けながら、おっさんから美少女に劇的ビフォーアフターをした遥は呟くように聞く。自分が一番変わっているのは棚に上げているらしい。もはやおっさんの棚は様々な物をのせすぎて壊れそうな勢いである。
「もちろん! レキちゃんも変われるよ! 子供なんだから、未来は選び放題だよ!」
人懐こい表情で、聞いた人間が元気になるような快活な声音でナナが腕をガッツポーズにして叫ぶ。
頬杖をつきながら、未来ねぇと遥は今の現状を考察しながら呟いた。遥は崩壊前はダラダラと過ごす将来性皆無のおっさんであった。小金を多少持っているだけの草臥れたおっさんだったのだ。
今の自分は変わったのだろうかと自問自答する。
まず、美少女になったでしょ。そんでチートな力を手に入れたでしょ、メイドたちと同棲できているでしょと自問自答が本当に必要なのか疑問に思うレベルだが、遥は本気だった。
他人が聞いたら、変わるというレベルじゃねぇとツッコミを入れる可能性が高かった。
ハッと気づく遥。確かに変わった!崩壊前は厨二病なんて恥ずかしかったのに、今やレキの時は厨二病の塊である。しかも可愛らしい身体を可愛らしく見せるために演技にも磨きが入っていると驚愕する。
驚愕する箇所が一般人とは違うおっさん少女であった。
「確かに私も変わっているのかもしれません」
腕を組んで考え込みながら、このまま厨二病のおっさんで良いのかと頭を悩ませながらポツリと呟く。変人に変わっているのなら、元のままだから、気にするなとのツッコミももちろん無かった。
ツッコムどころか、その呟きを聞いたナナが顔を近づけてきておっさん少女に教え込むように視線をあわせて優しく口元を微笑みながら、話しかける。
「そうだよ。レキちゃんも変わっているんだよ!」
ニコニコ笑顔でご機嫌なナナである。厨二病になるのが嬉しいのだろうかと驚く。確かに色々変人な振る舞いはした自覚があるおっさん少女。
市場の人混みの中で、おっさん少女が厨二病になるのが嬉しいと叫ばないで、ナナは酒でも飲んでいるのかとアワアワするのであった。
恥ずかしいので移動しましょうと人々の視線から逃れるためにナナを引っ張って、テクテクとしばらく人の合間を縫って歩いていく。
そうして目的地であるレンタルをした簡易展開型木製小屋のガラス戸をガラガラと開けて店内を覗き込む。
「いらっしゃいませ〜!あれ、レキちゃんとナナさんじゃん」
元気な声で来店を歓迎する水無月晶。テーブルの間をちょこまかと移動しながら、中に入って入ってとおっさん少女の背中を押して、二名様ごあんなーいと叫んだ。白い割烹着を着ているが若いので元気な看板娘となっていた。
「あら、いらっしゃいませ。レキさん」
カウンターの向こうで、にこやかに笑うもう一人の看板娘が、グツグツ煮えるオデンをさいばしで掴んでお皿にのせながら歓迎してくれる。やはり白い割烹着を着ながら迎え入れてくれた。
大和撫子な水無月穂香である。艶やかな髪が裸電球に照らされて美しい。これぞ、純和風という感じだ。
この二人はオデン屋が楽しかったのか、やり甲斐を感じたのか、遥へ一生懸命お願いをしてきて、この小屋を借りてオデン屋を始めたのだった。可愛らしい姉妹の要求に勝てるわけないおっさんだ。
部屋の片隅には石油ストーブに見せかけた謎ストーブが、カンカンと水が沸いているヤカンをのせている。
天井には裸電球が侘びしさを感じる明るさで店内を照らし、ワイワイとボロい木のテーブルにオデンや飲み物をのせて人々がおしゃべりをしながら、それらをパクパクごくごくと食べて飲んでいた。
戦後間もない昭和期のような郷愁を感じる風景であった。
ギィギイと軋む音がする木の椅子に座り、カウンターに肘をのせて遥は周りの空気に感化されたように注文を頼む。
「ふっ、私には大根と卵。後は日本酒の熱燗を二合下さい」
我ながら渋いぜと思いながら、お玉と菜箸を持つ穂香に注文する。
「レキ、不良になるのはお姉ちゃんが許さない」
ん? と声をかけられた横を見ると、レキに負けず劣らずの小柄なリィズがおさげを揺らせながら腕を組んで遥を可愛い目つきで睨んでいる。ちっこい身体に白い割烹着を着ていて、お店ごっこを楽しんでいるような感じがして可愛らしい。
「プッ! 渋いおじさんごっこ遊びかな? レキちゃん」
アハハと笑いながら晶が遥の注文にツッコむ。見ると笑いを抑えるナナや口元を押さえてクスクス笑う穂香の姿があった。
しまった! この身体はレキだったと気づく迂闊な遥。
そろそろ迂闊=おっさんとなりそうな、常に迂闊なおっさんではあるのだが。
皆に笑われぷるぷると身体を震わせ、顔を耳まで真っ赤にして両手で隠す可愛らしい詐欺なおっさん少女である。
おっさんぼでぃなら、渋く決まったのにと悔しい遥。おっさんなら皆がその演技を見て渋い表情になるであろうことは間違い無い。
「はい、レキさんのご注文となります」
クスクスと微笑みながら穂香がカウンターにことりと注文の大根と卵がのっているお皿がのせてくる。
むぅと羞恥に染まっている顔を誤魔化すためにオデンに箸をつける。
まずは熱々の大根だと箸で少し割って、食べようとした。
だけど、オデンには必須があるよねと、口元を小さく笑いに変えてカウンターに備え付けられている小壺から辛子をえいっと、お皿にたっぷりとのせた。
「あぁ〜! レキちゃん、辛子をお皿にのせすぎだよ!」
その量を見て慌てるナナを尻目に、内心でフフフとほくそ笑み大根にペトッとたっぷりつけて、あ〜んと小さなお口を開けて放り込んだ。
「あちゃ〜。食べちゃったか」
顔を片手で覆って、呆れるような可哀想な子供を見る表情でおっさん少女を眺めた。
穂香も少し目を見開いて、小さな少女の暴挙に驚いた表情だ。リィズだけは、おぉと感心している。
皆が驚くのはいつものことである。遥は実はたっぷりと辛子をのせてオデンを食べるのが大好きなのである。子供の頃に辛子をいたずらでたっぷりのせられたオデンを騙されて食べた時以来大好きになったのだ。
激辛料理など食べられないし、辛い食べ物は好きではないが、辛さのあとをひかない辛子でオデンを食べるのは大好きなのである。
しかし、いつも大量に辛子をのせると、皆が驚くのでそれを楽しんでいる小物なおっさんであった。
熱々で汁気たっぷりの大根を、その小さなお口で咀嚼する。美味しいですよと平然な表情で皆に答えようとおもいながら食べていた時である。
いつもならツーンとした辛さと汁気がたっぷりの大根のコントラストが抜群な美味しさであったのに
「うぎゅ〜、からひ! からひでふ」
辛さが口の中一杯に広がって耐えられない。カランとカウンターに箸を落として、両手で口を押さえて椅子を降りて身をかがませて涙目になった。
なんでなんでと不思議な遥である。いつもと違うよと混乱する。
「はい、レキ。これでも飲んで」
トトトとガラスのコップにオレンジジュースをいれたリィズが手渡してきた。すぐに可愛らしいおててで受け取って、ごきゅごきゅと一息に甘いジュースを流し込んだ。
「もぉ、渋いおじさんごっこは良いけど食べ物を無駄にしちゃったら、駄目でしょ。ちゃんと美味しく食べないと」
おっさん少女の頭をナデナデといたわりながら撫でてナナが注意してきた。
なんと意外なレキの弱点が発見された瞬間である。いや、小柄な皆が目に入れたら愛でたいと思う美少女レキである。この弱点は当たり前なのかもしれない。弱点というよりも愛らしさを倍増させる可能性が高い。
初めてレキを上回る性能を持った遥ぼでぃである。おっさんぼでぃはレキぼでぃよりも辛子に強い。
おっさんぼでぃの凄い性能に嘆息したおっさん少女であった。