117話 おっさん少女は東京の神と対峙する
砂漠のど真ん中に開いた大穴から、ぞろりと這い出てきたミュータント。長い胴体をくねらせてまるで蛇のようだ。這い出してきて、周りの砂を吹き飛ばしながら空中に躍り出てくる。
しかし、そのミュータントが蛇ではないと、すぐにわかる。緑色の金属胴体。光り輝くガラスの瞳、金属にはありえない半分生体である証拠とばかり口を開けてチロチロと鎖のような舌を伸ばしていた。
それが八体、一体一体が大穴から這い出てきた。中心の一体だけは白色の金属胴体をしている。まるで不気味な柱のモニュメントがそこに生まれてきたようだ。
「ご主人様、あれは山の手の大蛇と名付けました!」
グッと親指を立てて、ふんすと鼻息荒く頬を紅潮させて告げるサクヤ。この間からなかなか気の利いた名付けである。
「まぁ、見た目、そのまんまなんだけどね」
目の前の大蛇は全長200メートルはあるだろう緑色の電車であった。半生物化している様子である。その真ん中には他と色が違い白色の流線型胴体。即ち新幹線であった。
新幹線だけは胴体が長そうで400メートルはあるのだろうか、すべての大蛇は地面に潜っている胴体に繋がっており、ちらりと東京駅と書いてある看板がついているのが見えた。
即ち、7体の山手線電車と新幹線が駅を中心に融合生物化したものが目の前の山の手の大蛇なのである。
「やれやれ、ダンジョンになっていないと思っていたら、駅がそのままミュータント化していたのか」
肩をすくめて、やれやれを行うおっさん少女。渋いおっさんではなく、可愛らしい少女がやれやれをやると、そこはかとなく退廃感が漂う感じである。
もちろん、おっさんがやれば肩でもこっているんですかとスルーされることは間違いない。
「ではでは、新装備を使用しますか」
巨大な大蛇を見ても怯みもせずに、恐怖に震えることも無く、余裕な態度のおっさん少女。
そうしてわくわくと胸を躍らせながら、自らが新しく作成した装備であり、今回着こんできた装備を見る。装備作成レベルを上げていないので、そこまで性能が上がってはいないが、効果的な装備である。
装備しているのは、ちょっと前が尖っている流線型の額あて。額あての真ん中には蒼いクリスタルが光っている。そしてハーフプレートアーマーのような青い色の装甲外装である。滑らかなすべすべとした外装であり、胸を覆う装甲、腕や脚、腰にはスカート型装甲を付けている。そして各所にクリスタルがはめられて輝いている。背中にはバーニアが搭載されており、弱点であった空中機動も可能である。
遥はこの間のガンシリーズとの戦闘で反省をして、新型機動兵器を作ったのである。性能はこんな感じである。
トリニティシステム搭載式装甲外装(H)(青色のハーフプレートアーマー)(防御力90)(空中機動可能)(トリニティシステムで3分のみステータス倍増、その後10分間ステータス半減)
ガンシリーズ撃破時に手に入れたトリニティマテリアルを使用した半機動兵器である。密着型の鎧のような小型の強化外装という燃料をあまり消費しないタイプだ。
ケチであるおっさん的には、常時燃料を消費する機動兵器の中でも一番消費の少ない物を作成したのであった。後、体術スキルをメインとするレキの邪魔をしない装備として選んだのである。
「スズメは敵の攻撃が届かないように後退をしてください」
そっと目を開け閉めした後には、瞳に強い光を灯すレキとなっていた。スズメでは、あっさりと蛇にパクリと喰われてしまう恐れがある。
せっかく新造した戦艦が一度の出撃で撃沈は勘弁してほしいおっさん少女。何しろロード機能は無いのであるからして。
「了解しました。司令も武運を祈ります」
ウィンドウ越しにツヴァイリーダーが、ビシッと敬礼をして、スズメが逆噴射もしてないのに後退を始める。多分、コントローラのレバーを下に引いただけであろう。
後退するスズメに合わせてバーニアを吹かせて、甲板を軽く蹴り空中に躍り出るレキ。
「祈りは不要です。私が信じる者は旦那様と」
ぎゅっと可愛い紅葉のような拳を握り、山の手の大蛇を見ながら、強く告げる。
「私のこの身体のみ。いきます!」
背中のバーニアから青く輝く粒子が噴出され、巻き起こされる突風に髪をなびかせて、その粒子の尾をひきながら、スカートを翻し、カメラドローンも通り過ぎて、レキはその小柄な体躯を加速して空間を引き裂いて山の手の大蛇へ接近を始めた。
なにか余計な描写が入ったような感じだが、きっと気のせいである。
敵と考えていた巨体の空中戦艦スズメがあっさりと戦いもせずに下がり、比較にならない小粒な生命体が接近してくるのを見た山の手の大蛇は、フッと呆れたような息を吐き、そのガラス状の瞳は無謀な者を見る態度になり、撃退するべく一体の首がレキに向かって飛んできた。
山手線大蛇の突撃は建物があれば、次々となぎ倒して瓦礫と化していただろう、地下であればその図体で回避がしきれないほどの空間を埋めて相手を潰していただろう一体の電車型大蛇が頭をバクリと開けて襲い掛かってくる。その口はトラックすらもかみちぎれるほどの大きさと迫力を持っていた。
口の中はどす黒い色の血の混じったような肉と元は電車であった跡であろう、金属の皮膚が見えている。そして金属でできている牙がギザギザに生えていた。胴体の鱗は緑色の金属皮膚に、やはり不気味な黒い血交じりの肉が筋肉繊維となり覆っていた。本来の電車の窓ガラスには人々の遺体が埋め込まれるようにびっしりと苦しみぬいた苦悶の表情で張り付いていた。
不気味なる崩壊後の邪なる電車であった。
それを見てもレキは動揺せずに、いつもの眠そうな目を向けて近づいてくる金属の大蛇を見ていた。
「まずは一体ですね。獅子の手甲展開」
頼りになる黄金の装甲が右腕を覆っていく。そしてそのまま肉迫する大蛇を回避もせずに、黄金の粒子を右拳にためていく。
「超技レオブロー」
空間が揺らぎ、周辺がその黄金の光に包まれていく中で、右拳をレキは繰り出した。
放たれた黄金の渦は、大蛇の口に入っていく。驚いた大蛇が口を閉じるが、既に遅い行動であった。
口の中から黄金の光が漏れ始めて、頭を吹き飛ばすと、そこから首を順々にドカンドカンと内部から爆発させていく。その威力によりただの金属の欠片と肉片と化して宙に散らばっていく大蛇。
その爆発が蛇の首を破壊し、東京駅であろう胴体に近くなってきたところで、その首を切り離したのだろう。ガチンと大きく響く金属音がしてその首が切り離された。
そして、跡形もなく吹き飛ぶ切り離された大蛇の首であった欠片が空中に散らばっていく。
「確か30000の力を持っていると思ったのですが、期待外れだったのでしょうか」
空中に浮きながら、今倒した敵など雑魚であるという態度と共に、ボスと思われる真ん中にいる白い頭に向かって涼やかな声音で冷たい視線を向け、問うレキ。
「おのれぇぇぇぇ、我こそがこの東京砂漠を支配する神である! この無礼者が!」
新幹線の頭が大きく口を開けて、怒気がこもった声で叫んだ。その声だけで衝撃が発生し、空気が震え砂が吹き飛んでいく。
「新幹線だから、神なの? 神幹線なの? あほっぽい神様だなぁ」
突如新幹線大蛇からの怒声を聞いても、威圧されるでもなく呆れた表情で新幹線の大蛇をみて、腕を組んで煽る遥である。
「許さんぞぉぉぉ、神を侮辱した者よ、天罰を受けるがよい」
煽られ耐性が低いのだろう。怒気を声音に混ぜて新幹線大蛇が叫ぶ!
その言葉に従い、周りの山手線大蛇が一斉に口を開き、超常の力を集めていく。
そうして、凝集されたその超常の力を一斉にブレスへと変換して吐いてくる。ドドドドとまるで激流のように力あるブレスが吐き出されてくる。
それは雷光や氷炎、風や岩の塊、空間を歪める闇のブレスであった。全てを覆いつくすような一斉ブレスである。
それぞれが一気にレキを殺さんと、空気を震わせながら、あるいは燃やし、凍り尽くし、雷光を纏いながら小柄な少女へと近づいていく。
「念動障壁」
その攻撃をみた遥が、ほいさっといつもの防御障壁を発生させ、薄く蒼い水晶のような障壁が空間から生まれてくる。
水晶の障壁と激突して弾かれていくブレス群。様々な現象を巻き起こしながら、じりじりとそのブレスは続き、その威力が突風を生み出し、砂煙を巻き起こし、レキの姿を隠した後に大爆発が発生した。
「フハハハハハ、神を侮辱したことを後悔せよ! おっと、もう後悔もできんか」
レキが砂煙に巻き込まれて死んだと思い、調子に乗ってその口を大きく開けて笑う新幹線大蛇。
「小物っぽいなぁ、本当に30000なのか? いや、攻撃力は今までとは比較にならないよね」
砂煙から可愛らしい声が響き、新幹線大蛇の耳に入る。
「ぬぅっ。まだ生きていたか!」
その声を聞き、ぎくりと動揺の声を出し、砂煙の中を見抜こうと頭を持ち上げて睨む新幹線大蛇。
風がその砂煙を徐々に晴らしていく中で、小柄な少女が無傷で現れる。
「残念でした。相殺されて止まっているブレスなんか目を瞑っていても回避は簡単だよ」
ウィンクを行い、可愛く舌をチロッとだして教える遥。無論、レキならねと内心で続ける。おっさんでは、そこまでの回避能力は無いのである。
そして、レキ以上におっさんは可愛い行動をレキの身体で行えるのだった。無駄なスキルはレキ以上に使いこなせるみたいである。昔の厨二的行動を恥ずかしがっていたおっさんは、この崩壊した世界で死んだらしい。
神様がいたら今頃はその可愛さを目にして血涙を流し、悶えながらチェンジだ、中身はおっさんとチェンジだと叫んでいるだろう。
「ぬぅ! 小柄な身体に似合わぬ、その戦闘力。何者だ、貴様!」
新幹線大蛇がレキを睨みながら、油断せずに警戒した雰囲気を出して、問いかけてくる。
おぉ、と遥は驚いた。今までの敵で自分の正体を聞いてくる敵など初めてであるからだ。
「私は、新婚の奥様です。新婚のらぶらぶな新妻。朝倉レキです」
レキが平然と眠そうな目を新幹線大蛇に向けながら答える。
それはないよ、もっとかっこいい返答をしようよと、内心がっかりした遥であるが、まぁいいかと諦めることにした。
こんな展開も面白いよねと、人生の荒波に揉まれて遭難しているおっさんは思ったのである。
「馬鹿にしてるのか! ならば、新婚のまま死ね!」
その体を震わせて怒る新幹線大蛇。遥が次の敵ではかっこいい名乗りを考えておくからと内心で謝る。
「列車再投入!」
新幹線大蛇が超常の力を込めて叫ぶと、東京駅胴体から新たな山手線大蛇がバキバキと金属と筋肉が生まれてきて再生してくる。
「フハハハハハ、驚いたか! この身体は無限の再生力を持つ! 小娘よ。後悔しながら死んでいけ!」
再生した山手線大蛇がグネグネと他の大蛇に加わると、喜びと威圧を込めて新幹線大蛇が叫んでくる。
「あぁ、予想通りだから。というか、再生しなかったらがっかりするレベルだったから」
こちらも余裕綽々の表情でにやりと笑い、おっさん少女は山の手の大蛇と対峙するのであった。




