109話 おっさん少女と新たなる組織
雑居ビルの屋上は重い緊張感に包まれていた。先程までの子供たちを相手にしていた、どこか気の抜けた雰囲気が一人の女性により緊張感に包まれた空間に変わっていたのだった。
ガシャンと何もないはずの空間から現れたパワーアーマーを見て、素早くアサルトライフルを構えて警戒する防衛隊。
呆然と座りながら、自分の後ろにいたという女性を見る道化の生徒会長。
そして眠そうな目で平然と女性を見る小柄な可愛らしい少女。
ここにいる全ての人間の注目を受けているのはセミロングの天然パーマ、美しい切れ長の目をして異性を魅惑する唇を持った、常に男物のトレンチコートを着ている五野静香である。
静香の右にはメカニカルな軽装のプレートアーマーのような、鋭角なフォルムを持つ三メートルの黒き金属の光沢を太陽の光で輝かせている胴体。そして背中にはウィング展開できそうなパックも装備しており、頭は軍隊で被るような丸いヘルメットタイプにバイザーがついた顔を隠す完全なカメラアイ型ヘッドのパワーアーマーっぽいやつが立っている。
その左手にはバックラーらしきものをつけているが、盾の中心に菱形のクリスタルが嵌め込まれており、ビームシールドとかできそうである。
右腕には長大な長さの槍と見間違うようなスナイパーライフル。腰にはサブマシンガンらしきものを付けていた。スナイパーライフルはかなりの高威力ではないだろうか。高速移動をメインとしているタイプらしい。
静香の左には同じくメカニカルな重装甲であろう分厚い金属の塊を感じさせるフルアーマーを胴体にして、肩にはキャノン砲を搭載しており、頭もずんぐりとしたやはり完全に顔を覆うごつい角張った形のカメラアイ型ヘッドである。そして同じく背中にはウィング展開できそうなパックもつけていた。
左手にはタワーシールドっぽい、分厚い金属の塊のような盾をつけてあり、その盾の後ろにはガトリング砲が二門つけられているのが見える。
右手にはバズーカを持っており、腰にはどでかいハンドガンをつけていた。どうやら防御と高火力をモチーフにしているようだ。
そして静香の後ろには装甲の前面が左右に分かれており、中にはスポンジらしきものが緩衝材になっているコックピットが見えた。恐らくは静香が乗り込むのだろうパワーアーマーである。
左右の黒きパワーアーマーとは違い、紅い色に黄金のラインが入ったパワーアーマーである。細身でありやはりそのフォルムは鋭角的な胴体。頭もスリットが入ったバイザーに一本の角が生えているカメラアイ型ヘッドである。左手には真ん中にクリスタルの嵌まったカイトシールド。右手にはビームライフルらしきものをつけている。背中には分裂し飛翔しそうな細長い排熱板が羽のようにたくさん背負われている。
おっさん少女はステルス系の力で隠れていただろう、そのパワーアーマーたちを見て驚愕して、ポカーンと口を可愛く開けて、目を輝かせて視線を固定した。
「フフフ、驚いた? これは我が武装組織宝樹の最新機動兵器よ」
静香が腕を軽く組み、おっさん少女を見ながら妖しく薄っすらと口元を微笑みながら告げてくる。
「驚きました! 気配は確認していましたが、予想外です」
うんうんと頷いて、驚愕して感心しながら答える遥に、フフフと唇を歪め笑う静香。
「かっこいいです! 私にも一機下さい。どれが良いかな? う〜ん、迷いますね。紅いのもかっこいいですが、重装甲も好きなんです。ちょっと選ぶので待ってくださいね!」
キラキラと瞳を輝かせて、静香に答えるアホなおっさん少女の遥。なんでこのおっさんが美少女を操作しているのか、かなり疑問である。レキだけで良いのではないだろうか。
静香が持ってきた乗り込み型の大型パワーアーマーは遥は作ったことが無い。アイン達のは着込むタイプのパワーアーマーである。そのために外見もかっこいいし、どれを選ぶか迷うおっさん少女。すでに静香が話してきた内容は忘れていた。
量産型っぽいのも好きだしなぁ、コロニー独立戦争ゲームで宇宙軍が使用していた最初の機動兵器が凄い強くて、それ以来量産型も大好きになったのだ。シリーズが続くごとに弱くなっていったのが不満であったが。
そのため、顎に紅葉のような可愛いおててを握りしめて当てながら、うんうんと唸り迷うアホ可愛いおっさん少女となってしまっていた。
その姿を見て、静香は苦笑いをして、軽く嘆息して話を続けようか迷う。
だが、おっさん少女を放置して、アサルトライフルを構えながら警戒して静香に豪族が話しかけた。
「おいおい、五野よ。お前のコミュニティの名前を初めて聞いたな、おい。もしかしてタカラと書いてキと書いて宝樹か?」
その言葉に妖艶に微笑み、頷く静香。額に血管を浮かばせて、怒鳴りながら聞き始める豪族。
「俺はその名に似た財団名を偶然にも知っているんだがな。それも偶然にもお前らと同じような超技術を使うやつらの集まりだ」
「フフフ、そうね。その財団には武装部門があったのかもしれないわね。そして、もしかしたら崩壊した世界だから好き勝手にやりたいと考えて、その財団を抜けた武装部門がいるかもしれないわね?」
その言葉を聞き、現実に戻ってくる遥。やっぱり新白い悪魔とクローンライバルの機体のいいとこ取りをしているような静香の機体を譲ってもらおうと決意した。二人の言葉は全く耳に入っていなかった模様である。
「なるほどな、どうして大樹がお前らを放置しておくか、ずっと不思議だったんだ。てめえらは同じ穴のムジナだったわけだ」
チッと舌打ちをして納得したように豪族が叫ぶ。
その返答を聞いて腕を組みなおして、かすかに体を傾けて静香も答える。
「そうね、本当はその武装組織はこのまま好き勝手やって崩壊した世界を謳歌していたのかもしれないわね。まさか復興を始めることができるレベルまでになるとは思わなかったの。しかも聞いたことがある財団主導でね」
「だから、潰そうというわけか? ここで戦い打ち勝とうと? そんなはた迷惑な考えを持っていると?」
豪族がその返答に、やはり怒鳴りながらアサルトライフルを静香に微動だにせずに向けながら聞く。
「いいえ、それこそまさかよ。そこまでその財団が弱いとは、その武装組織も考えていないわ。つまりね、その財団が主導権を握った世界になると、そこを抜け出して自由を謳歌していた武装組織は居場所が無くなるでしょう? だから復興を始めているこの状況を見て、困った上層部は抜けた財団に戻ろうと考えたのかもね」
「あ~ん? それと今の状況が結びつかねぇな? それなら謝罪をして戻ればいいんじゃないのか? 土下座でもして謝ればいいだろう」
首を僅かに傾げて、疑問の声音で不思議そうに豪族が聞く。
「それだと下っ端はともかく、抜けていた責任を取らされて上層部は更迭されちゃうかもしれないでしょ? 良いところ、権力を失くして窓際族になるのかもね」
そして、静香はおっさん少女に再び視線を面白がるように向ける。
「だから上層部は考えたのよ。その財団最強の生体兵器を打ち破る我らの機械兵器の力を見せれば対等に迎え入れてくれるんじゃないかって」
ひょいと肩をすくめて、全ての話を終えた風な感じを出す静香。
「な! そんなことでレキちゃんと戦おうと言うんですか? そんな馬鹿な考えをする上層部が権力を守るためだけに? 静香さんも戦うんですか?」
それを聞いたナナが激怒して、強い口調で静香を問い詰める。
「そうなのよね、私も嫌なのよ? ナナちゃん。でも下っ端はどこでも辛いのよね、嫌な仕事でもやらないといけないのよ」
そう言って、バッと今まで脱いだことの無かったトレンチコートを脱ぐ静香。空中に飛んでいくトレンチコート。そして脱いだその下にはメカニックな金属光沢で輝く紅いレオタード風のパイロットスーツが着こまれていた。
「そういうわけなの、ごめんね。私も悪気は少ししかないのよ」
話しながらも余裕そうに後ろの紅い機体に手をかけて乗り込もうとする静香。
「のほほんと乗るのを見逃すかっ!」
豪族がアサルトライフルの引き金を引く。タタタと軽い音がして静香に弾丸が飛翔して撃ち殺そうとする。
ガンっと地面のコンクリートをパワーアーマーの足で叩く金属音がして、すぐに横にいた重装甲のパワーアーマーがスライドするように静香の前に移動してくる。そしてその重厚な盾に阻まれカンカンと軽い音をたて、放たれた銃弾はあっさりと防がれる。
「すまないが静香殿を攻撃するのは止めてもらえると助かるのだが」
渋いダンディなおじさんの声が重装甲パワーアーマーの中から聞こえてきた。
「おいおい、殺していいのか? こいつら静香姉さん」
ちゃらい若い男の声が軽装甲のパワーアーマーから聞こえてくる。
ウィーンと装甲が閉まる音がして、静香が紅いパワーアーマーに覆われていく。
「ダメよ。そんなことをしたら、命令違反になってしまうわ」
装甲に包まれたにもかかわらず、静香の機械越しの声はくぐもることなく、はっきりと生の声が紅い機体の中から聞こえてくる。
「ごめんなさい。百地さん、攻撃は止めてもらえるかしら? あなたたちを攻撃するのは命令違反になっちゃうのよ」
相変わらずの飄々とした人を小馬鹿にした声音で話しかけてくる静香。
「あぁ、自己紹介をしておくわね。重装甲がガンアベル、軽装甲がガンカイン、そしてこの私の機体がガンリリスと言うの。最新鋭機だから高価なのよ。お嬢様も黙ってやられてもらえると嬉しいのだけど?」
フフフと笑いを含めて静香が聞いてくる。
「残念ながら、あなたたちの試みは失敗すると予想します」
それをじっと聞いていたレキが答える。目が強敵だろう出現に高揚して光っているように見える。
「そうかしら? 生体兵器なんて、一から育てないといけないから合理的、効率的ではないと思うの。機械兵器の方が断然優秀なのよ?」
「それは、この後の戦いでわかることだと思います」
身構えようとするレキを阻み、遥が静香に問いかける。
「ここから離れて戦うんですよね? このコミュニティを巻き込まないように」
なんだか色々とこちらを巻き込む設定の話をしていたようだが、何を考えているのだろうと思いながら尋ねる遥。
「そうね、ここから離れた場所に移動しましょう? 私たちが戦うと、周りの被害が凄いことになるものね」
ガンリリスから静香が言う。わかりましたと頷く遥。
「いいですよ。案内してください。多分伏兵がいると思われる場所に」
よくあるパターンだよ、この真の問題児めと思いながら、平然と遥は答える。
「アハハ、だから貴方のことが気に入っているのよ、私。その可愛い性格が良いと思うの」
静香が笑いながらそう言って背中のバーニアが黒い光で輝き、爆発したようにその黒き粒子を噴出させてガンリリスは飛翔して、あっという間に遠くなっていく。
「ふむ、少女よ。申し訳ないが、我らの戦いに付き合ってもらおう」
そう言ってガンアベルも同じように黒い光を噴出して、その重装甲に似合わない速度で飛翔していく。
「本当に、こんなガキが強いのかぁ? まぁ、ついてこれるならついてきな!」
ガンカインも同様に二機を追って飛翔していく。
「ご主人様、彼らはガンリリス、ガンアベル、ガンカインと名付けました!」
ふんふんと鼻息荒くサクヤもそのパクったアホな考えを飛翔させて伝えてくる。
「行っちゃ駄目だよ! レキちゃん。罠があるんでしょ?」
豪族がこちらを睨み、防衛隊もこちらに視線を向けている。そしてナナがおっさん少女を止めようと叫んでくる。
「ナナさん、我らが財団最強を見せつけよと、たった今指示が入りました。指示通りあの機体群を私は破壊してきます」
決意ある視線をナナに向けて、これで話は終わりと答える遥。
「権力争いのために、レキちゃんも静香さんも戦うっていうの? そんなの馬鹿げているよ!」
ナナが必死の形相をして、おっさん少女を止めようと怒鳴る。
「大丈夫です。この戦いが終わったらおでん屋に帰りますので待っていてくださいね」
ニコリと可愛く微笑み、ガンシリーズを追跡するためにビル群を移動し始めるおっさん少女であった。




