107話 おっさん少女は花びらと戯れる
元警視庁。崩壊前は犯罪から守る守護者の砦であった。だが、崩壊後の今は砂漠に埋もれかけているビルとなり、ごつごつとした石灰岩で覆われており、窓も血の染みがついている鉄格子がついている。そこに守護者の砦の面影は感じられなかった。
その最上階でレキはダンジョンと化した警視庁のボスと思われる敵と戦闘を開始していた。弱そうと遥が迂闊にも発言をして、フラグをたててしまった相手である。
サクラレシアは細長いスリットの入ったカメラアイをウィーンと光らせて、レキを見る。
メカニカルなピピッという音がして機械音声がサクラレシアから出てくる。
「侵入者を発見しました。これより攻撃を開始します」
サクラレシアはレキを捕まえるんじゃなくて、殺すつもりのようである。
カチャッと周りの壁や床から何かの機械音がする。それと同時にレキは身体をぶれるように揺らす。そのぶれた身体をレーザーが通り過ぎていく。
周りを見てみると周辺から機械のコードが飛び出ており、先端にガラスのような丸く赤いカメラアイが取り付けてある。どうやらそこからレーザーを射出した模様である。
「そういうのは野菜屋さんのライバルの修業部屋だけで良いと思うんだけど? 私は修業が嫌いだから遠慮したいのですが」
努力、修業、パワーアップの三つが強くなる過程だが、遥はパワーアップだけで良いです。と常日頃思っている年齢不詳のおっさんなのである。きっと修業したら、すぐに足が痛いとか、仕事があるんでお先に失礼します。とか言って逃げるだろうことがわかる。
遥の馬鹿な呟きを敵は無視して、次々とレーザーを撃ち込んでくる。弾丸タイプではない、射出したら薙ぎ払うこともできる短時間のレーザーの軌跡を維持するタイプである。
そのレーザーをスイッと腕に当たりそうなら、腕をかすかに動かして回避し、足を斬ろうと薙ぎ払うレーザーならば、足を後ろに少しだけずらす。頭を傾げて、通り過ぎていくレーザーを見ながら、胴体を斬ろうとしたレーザーが来た時に、レキはジャンプをして身体を捻り回避していった。
「おぉ、バイオ的なレーザー回避術! 凄いぞ、レキ!」
その回避っぷりに感心してしまう遥。
見切りが得意なレキならではの技である。
ただ映画版のバイオ的な物語だと隊長が最後に網の目のようなレーザーにやられて死んでしまうんだよなぁ、あの隊長かっこよかったのにと、戦闘中に余計なことを考えるいつものおっさんである。レキがいなければ、何回死んでいたかわからない。
網の目みたいに来るとヤバイねとか、余計なフラグを考えていたせいだろうか。レーザーが回避不能の角度にそれぞれ撃ち込まれてきて、網の目みたいに囲んでレキを薙ぎ払おうをする。
「念動障壁」
おっとと、やばいやばいと遥はポチッとなと超能力をボタンを押すみたいに発動させた。薄い蒼色の水晶みたいな壁がレキの周辺に現れる。
レキを囲むように射出されたレーザーはそのまま壁に当たり、じりじりと貫こうとするがびくともしない念動障壁である。雑魚のレーザー如きに貫かれる柔な壁ではないのだ。
バイオ的な隊長と同じ結末にならなかったレキは周りを無視して、サクラレシアを見る。
周辺のレーザーによる効果が無いことを確認して、花の如く開いていたサクラレシアは自らの花びらを震わせる。
花びらはみるみるうちに赤く灼熱していき、エネルギーが貯蓄されているのだろうことがわかった。
そうして、満タンになったのであろう、極太のレーザーとなりサクラレシアはレキに向け焼き殺さんと射出をした。
キュィンと空気を震わす音がして、赤きレーザーが絨毯を焼き、空気を熱してレキに射出されてくる。
「念動障壁とどちらが硬いかは確かめる必要はないですね」
眠そうな目で冷静にレキは呟き、そのレーザーを確認して、腰を落としてすぐに右拳を構えた。
「獅子の手甲展開」
カチャカチャと黄金の手甲が右腕を覆う。そしてすぐに黄金の粒子が集まっていく。
「超技レオブロー」
レキは黄金の光を拳に乗せて、すぐにレーザーに向けて解き放つ。それは黄金の極太のレーザーのような力となり、空中を切り裂いていく。
赤きレーザーと黄金のレーザーはぶつかり合い、周りの空気を衝撃で震わせて、床の絨毯は消失していき、どちらの力が強いか押し合うように砕け散っていく。
だが、その押し合いは黄金のレーザーの方が強かったようである。少しの間だけ、押し合いをしていた黄金のレーザーは赤きレーザーを撃ち貫いて、消失させながらサクラレシアに迫っていく。
ズズンとその禍々しい機械のコードで形成された花に命中し砕けさせんと破裂する。
だが、サクラレシアはその体を震わせ、機械でできた花びらが一枚不自然に焼き焦げて床に落ちるのみでその威力は終わったのであった。
「むむ、そういう敵か。レキ、あの敵はダメージを与えると花びらがどんどんと落ちていくタイプだ。多分総ダメージを超えないと倒せないボスだね」
レキに忠告する遥。あんなボスは今までたくさん戦ってきたのだ。無論ゲームの中であるが。ああいうタイプはHPが高くて、しかも花びらが落ちていく毎に強くなるタイプじゃないかと警戒もする。
遥の忠告を受けて、レキは可愛い小首を頷かせて、サクラレシアを見る。
「なるほど、花びらを全て落とさないといけないのですね」
周りには床や壁から現れている機械のコードが未だにレーザーを撃ち続けている。全て念動障壁に防がれているが、面倒でうざい敵である。
「ならば、桜の花びらは全て落としてしまいましょう」
獅子の手甲にまたも力を籠めるレキ。再び黄金の粒子が生まれて手甲に超常の力が集まっていく。
瞬間、レキの姿が何重にもぶれる。床がその高速の身のこなしでじりじりと摩擦が発生して焦げ始める。
「超技黄金剣の舞」
空間に敵のレーザーのお株を奪うように黄金の線が網の目のように生み出された。
そしてその光の軌跡は床も壁もそこに生えていた無数の機械のコードをも一瞬で全て切り刻んだ。
そうして、雑魚が全て片付いたと確認したレキは、再びサクラレシアに接近するべく床を蹴る。
その姿を消すようにレキは高速移動を行い、サクラレシアに迫っていく。
再びの赤い極太のレーザを放つサクラレシア。キュィンと音を立ててレキに飛来する。
「サイキックレーザー」
遥が対抗するべく再び超能力を発動させる。見えない無色のレーザーである。ただ、そこにあるとわかるのは空間を歪ませながら突き進む軌跡が見えるからである。
赤きレーザーは先程と同じようにサイキックレーザーとぶつかり合うが、やはり先程と同じように貫かれて砕け散り、サイキックレーザーはサクラレシアにぶつかり命中する。
またも同じように花びらを一枚落としダメージを無効化しようとするサクラレシア。
しかし、今度は同じようにはいかなかった。その衝撃をサクラレシアが受け止めている間に小柄な少女が肉薄してきたのである。
対抗しようと花びらをほどいて機械のコードからレーザーを放とうとするサクラレシア。花びらを形成する機械のコードがほどかれてレーザーが射出されていれば、無数のレーザーが生まれただろう。
無論、ほどかれていればである。その隙を見逃すほどレキは優しくはない。
「超技黄金剣の舞」
再び無数の黄金の軌跡が空間に生まれる。音もなく全ての機械のコードが切り裂かれて床に落ちていく。
空中に切り裂かれていく機械のコードが散らばっていく。花芯のみとなるサクラレシア。
「超技獅子の牙」
とどめとばかりにレキは黄金の矢のような牙を繰り出した。周辺はその黄金の光に包まれていき、サクラレシアの花芯はその牙に砕かれて亀裂が入り、あっさりと砕け散りバラバラになるのであった。
そうしてメカらしく、周辺を巻き込むように大爆発が起こった。自爆機能もあったようである。
そのような攻撃を受けるはずもなく、爆発前にレキは後方に脚を蹴り素早く下がっていたのであった。
「桜花びらは散るときが一番美しいっとね」
「美しい花びらではありませんでしたが、旦那様と見る風景はどれも思い出になります」
腕を組んで、ドヤ顔で決めセリフを言う遥。それにレキが相槌を入れる。美味しいところだけをとろうとするおっさんである。そしてその黒歴史はしっかりとサクヤに撮られていた。後で何回も繰り返し見させられて、羞恥に染まることは間違いないだろう。
戦闘が終了したおっさん少女にサクヤが声をかける。
「ご主人様、おめでとうございます。警視庁ダンジョンを攻略せよ。exp15000、アイテム報酬スキルコアをクリアしましたよ」
ニコニコと笑顔で、やりましたねと教えてくれるサクヤ。これでレベルが26になったようである。
「マスター、アイテムドロップはセイントマテリアル(小)とパレスクリスタル(R)ですね」
可愛く拍手しながら、癒されるふんわりと口元を綻ばせて笑顔のナインが教えてくれる。癒されて可愛いので、後で帰ったらナインの頭をナデナデしようと遥は考えた。
「パレスクリスタルは希少なアイテムです。これならば、拠点を一気にレベル7に上げることができます。そこでできる内容も多いので楽しみですね。マスター」
ナインの教えてくれることにびっくりする遥。たしかまだ拠点はレベル5である。大分希少なアイテムみたいである。ちょっと使うのもったいないなぁと思ってしまうケチなおっさんであった。
そして拠点レベル7とはどれぐらいの凄さになるのだろうとドキドキでもある。どれぐらい広くなるのだろうか? また更地が増えるのだろうかと考える。
ふむふむ、帰宅するのが楽しみだねと考えていたら、ダンジョンから声が聞こえた。
「コアが破壊されました。機密保持のため、10分後にこのダンジョンは自爆します」
よく聞くアナウンスである。ゲームではああいう敵を倒した場合に多くあるパターンだ。
だが、この現実でやられると非常に困るのである。敵はまだまだダンジョンにたくさんいるのだ。
「レキ、脱出だ! ダンボールカー出動だ!」
焦りながら、遥がレキにお願いする。
「はい、わかりました。旦那様」
スチャッとダンボール箱にしゃがんで入るレキ。そのまま出発して、目の前の外壁をドカンと破壊して外に出る。
「ブースト展開」
脚の装甲を展開して、青い光を吐き出して空を飛んでいくダンボールカー。どうやら空も飛べる機能がついた模様である。随分高性能なダンボール箱になった。
そして、ゆっくりと警視庁ダンジョンから離れた場所に飛翔しながら着地をするレキ。
後ろでは警視庁ダンジョンがドカンドカンと爆発炎上しているのが見えた。そしてガラガラと崩れていき跡形もなくなっていく。
「そういえば、私らの力ならダンジョンの壁って破壊できてショートカットできたんだっけかね」
ダンボールカーでダンジョン内を走り回り脱出するつもりであった遥である。以前駅前ダンジョンで言われていたことをすっかり忘れていたのだ。
まぁ、知力の項目がステータスに無いので仕方ない。そして項目にないにもかかわらず、レキはそれを覚えていた。
「ダンボール箱被る必要なかったね」
突っ込んでくれてもいいんだよと遥は内心で嘆息した。
そんなコントをやっていたら、ナインが話しかけてくる。
「マスター、物資販売組のツヴァイから連絡がありました。どうやら若木コミュニティで反乱がおこっているらしいです」
ほぉ~、ありがちなイベントだねと思いながら、興味があるから見てみようとおっさん少女は若木コミュニティに行くことにしたのであった。