105話 冬至りておっさん少女は店をやる
若木ビル前には、活気に満ちて人々が露店を開き、買い物客で賑わっている。ガラクタから日常品、嗜好品まで様々な売り物が置いてある。
既にこの広場は若木市場と人々は呼んでいると、ナナから教えてもらった遥である。そんな市場で人々は皆、厚着をしていた。
吐く息は白く、寒さで霜ができ始めている冬の到来である。今年は例年にない早さの冬が到来したらしい。崩壊の影響もあったと思われる早さの冬到来だ。やはり人が少なくなると環境も変わるのだろうか。
都内に近いこの場所も、もしかしたら大雪も降るかもしれないと遥は店の中で準備をしながら、レキぼでぃでぼんやりと思った。
「レキ、リィズの方は準備ができた」
声をかけられたので、その方向を見るとリィズがその小柄な体に可愛いフリル付きの白いエプロンを着て立っている。
「ありがとうございます、お姉ちゃん。こちらも準備は大丈夫です」
遥は寒くなり始めたので、今日はバラックの小屋の中でおでん屋をするつもりなのである。やっぱり寒くなったらおでんでしょうといつもの謎理論だ。
リィズはお手伝いさんである。後、お姉ちゃんと呼ばないと、顔を俯けてむくれるので仕方なくお姉ちゃん呼びになったのだった。
「はぁ、貴方この店を見て何とも思わないわけ?」
そこにキツめな声音で開店もしてないのに、店にさっきから居座っている褐色少女が肘をカウンターについて、呆れた表情で聞いてくる。
なんのことだろうと、不思議そうな表情でリィズと二人で首を可愛く傾げたところ、叶得はカウンター席のテーブルをバンと両手で叩き、顔を紅潮させて怒鳴った。
「この数秒でできた店のことよ! どうなっているわけ? 物理法則はこの世界から家出でもしたのかしら?」
カウンター越しに体を厨房へと乗り出して、遥に問い詰めてくる。
なので、遥も笑顔を浮かべて当たり前のように疑問など持っていませんという顔で返答する。
「原理は知らないです。財団の人にお店をやってみたいと話したら、簡易展開型木製小屋をくださったんです。もう冬だから外では寒いだろうと」
そして模型みたいな小屋のミニチュアを地面に置いて使用しますか? とウィンドウに出たので、ハイを選択したら、ミニチュアが光に包まれて数秒でこの小屋ができたのだ。さすがのゲーム仕様である。作られる過程を一緒に見ていた叶得が怒鳴るのも当たり前であろう。尚、リィズは超常の力を見せられても、凄い凄いと興奮するだけであった。さすが厨二病である。
四人がけのテーブル席が六卓、カウンター席が八席となかなか大きい店だ。隅っこには昭和時代に使われていそうな石油ストーブに一見見える謎のゲーム製ストーブが、ヤカンを乗せて部屋を暖めていた。
赤熱するヤカンが、カンカンと湯気を吐き出しており、いかにもな、どことなく郷愁感のある雰囲気のおでん屋を演出していた。
「はぁ、貴方の所属している財団は色々おかしいわよって、今更ね。私も充分おかしな物を作っているわけだし」
電気や水が使えるとは思っていなかった。まさか物資が充分にあり通貨が使えるなんて想像もしていなかった叶得だ。
そう言って、ゴソゴソと床に置いていた鞄からコートを取り出した。
革でできている冬には少し厳しそうな革の厚さが薄いコートである。茶色であり、本皮っぽいから高価そうだ。
「なんですか? それ。冬用のコートでも作ったんですか?」
遥が叶得の持っているコートを見て、そう聞く。冬用のコートを売り出すつもりなのだろうか?
「今年の冬は寒そうですから、ファーとかをつけてもっと暖かそうな物が良いのでは?」
崩壊前ならビジネスマンに売れそうだが、力仕事メインの今はダウンジャケット系の見るからに暖かそうな服の方が良いと思うのだ。
「フフン、そう思うでしょう? これはね、貴方が提供してくれた砂トカゲの革でできているのよ。なんとこの薄い厚さでも寒くないの! 暖かいのよ!」
両手を腰にあてて、大平原な胸を反らして、自慢げに説明してくる叶得。
「それが本当なら凄いですね! 軽そうですし、砂トカゲの革ならある程度の防御力もあるでしょう。防衛隊の冬装備として売り込めそうですね!」
感心して、叶得に遥は驚きの表情で答える。さすが物作りの天才だと考えもする。
「勿論、検証はしたわ! 温度計をコートの中に入れて冷蔵庫に入れても、全然温度が下がらなかったの。凄いでしょう!」
やけに雑でザルな検証方法である。しかしこんな世の中だ。検証しただけマシだろうと思うことに遥はした。
「それで、今日はそれを自慢しにきたのですか?」
小首を可愛く傾げて叶得に問いかける。そんな凄いコートならば自慢にもくるだろうと思ったのだ。
だが、それを聞いて叶得は何故か、もじもじとし始めた。
「ほら、最初にできた超常の力を持つ物は財団に渡す約束でしょう? あのくたびれたおっさんはいつ来るのかしら?」
チラチラとおっさん少女を見ながらそんなことを聞いてくる。
あぁ、そんな約束もしてたねと遥は納得した。適当に余った素材を渡せば、レアなアイテムを偶に作ってくれるキャラかもとゲーム脳な考え方をして、工房を用意してあげたのだ。
そしてたくさん余った素材をツヴァイ経由で渡していたのである。
納得した遥はそのちっこいおててをコートに伸ばして叶得から受け取ろうとする。
ヒョイと、その手を躱す叶得。ん? と遥がまた手を伸ばすと、また、ヒョイと躱された。
「叶得さん、私がそのコートを受け取って、財団本部に持っていきますよ」
そう言うと、何故か叶得は遥から目をそむけて答えた。
「やっぱり私の腕を見込んでくれた、あのおっさんに私自身の手で渡さないといけないと思うのよ。だからおっさんが来るまで待つわ」
えぇ〜、遥ぼでぃでここに来ると色々と面倒なのだ。陳情にくる人や、取り巻きの顔をして近づいてくる人。自分の地位が高いと勘違いして色目を使ってくる女性など、様々な面倒が舞い込むので勘弁してほしいのである。
そう思って叶得にいつ来るかわからないので、私が受け取っておきますよと言おうとしたところ、リィズがボソリと言った。
「叶得はおっさん趣味。あのおっさんに惚れた」
それを聞いて、叶得は顔を真っ赤にして焦りながら、怒鳴ってきた。
「ち、違うわよ! 私は単に腕前を評価して、高い報酬をくれた初めての人だから気に入っているだけよ! 惚れてなんかいないわ。何歳歳上なのよ、あのおっさんと!」
カウンターを両手でバンバン叩いて怒鳴る叶得。そうしてチラリと遥を見て小さな声で聞いてきた。
「それで、あの人は何歳なのかしら?」
それを聞いて唖然とした呆れた表情になってしまった遥である。いくらなんでもチョロイン過ぎはしないだろうか? 小説でも見たことのないレベルである。
その呆れた表情に気づいた叶得が、指を絡めてぽそぽそと話す。
「家族以外で物作りを褒めてくれた人は貴方とおっさんだけだったの。しかも工房も用意してくれたり、大金を払ってくれたりしたわ。他の人にはヘンテコな物をいつも作ってと思われていたわ」
はぁ〜と安心の溜息をつく遥。どうやら恋とかではなくて、単純に褒められたのが嬉しかったらしい。まぁ、さすがにそこまではチョロインではなかった模様だ。相手はおっさんであるし。イケメンならヤバかっただろう。そう、恋ではないのだ。ナインや、レキが怖いので、そう思い込むことにする遥である。
「良かったですね、マスター。友人ができそうですよ。ゆ、う、じ、ん、が」
何故か怖さを感じる笑顔でナインがウィンドウ越しに話しかけてくる。友人のイントネーションも変だと気づいたが、可愛い嫉妬をしてと、ホンワカする遥。そこでナインに口説き文句一つ言わないところが、おっさんらしかった。
「わかりました。次はいつ訪問するか聞いておきますね」
おっさん少女は可愛い笑顔で約束をする。
頼んだわよと頬を紅潮させた叶得の返答を聞いたところで、引き戸がガラガラと音をたてて開いた。
「おーい、外にだいぶ人が並んでいるよ〜? 入れてもいいの?」
快活で元気な声で僕っ娘な晶が聞いてくる。遥とリィズだけで店ができるわけもないので、ヘルプを呼んだのだ。
裏口のドアノブがカチャリと回り、もう一人のヘルプも入ってきた。
「レキさん、こちらも飲料系を持ってきました。入れておきますね」
見た目にそぐわぬ筋力で酒が入ったケースをヒョイと二つ重ねで持ってくる大和撫子な穂香である。相変わらず、清楚な楚々とした身のこなしである。
「わかりました。準備は完了したみたいですね。レキのおでん屋開店です!」
厨房に置いてあるおでん鍋もグツグツ煮えており、中身の具も味がよく染み込んでそうである。遥はお客様を入れ始めたのであった。
大根と卵ね、後はビール。私はこんにゃくとハンペンと魚河岸ね、それと日本酒! 開店と、同時に様々な注文が遥たちに言われてくる。
じゃんじゃんお客様が来るので、お金と引き換えに渡していく。会計は買った時なのである。おでんも酒類もジュースもご飯も全てオール百円なのだ。計算が面倒なので、そうしたのである。
商売? これは趣味ですと言い切るおっさん少女。利益は度外視なのだ。おっさん少女は渋いおでん屋を、やりたかったのだ。常に趣味を優先しているのである。
そのため、毎度の如くお客は遥の店に集まるのである。何しろ嗜好品は高く設定してあるので、通常の酒の価格はこれより軽く10倍はするのである。ジュースも同じ価格であるのだ。ちなみにタバコは遥が嫌いなので売ってない。店も禁煙である。タバコは外で手に入れるしかないのだ。
いつもの如く店は満員になり、外にもテーブルが置かれて、無くなりそうなおでん類はいつの間にか補充されているということがありながら、人々は乾杯の音頭をとり、コップをチンと鳴らして、おでんに美味しそうにかぶりつきワイワイと楽しそうに飲んで食べている。
その中でえっほえっほと一生懸命に働く4人組であった。
一段落したところに仕事を終えた椎菜たち銀行員と防衛隊の面々が入ってきた。
「こんにちは、レキちゃん。そのエプロン可愛いね。似合ってるよ」
ニコニコ笑顔でナナが言い、椎菜も可愛いねと褒めてくる。
そして豪族が後ろの隊員に怒鳴っていた。
「よし! 新米共、今日は俺の奢りだ! 食べて飲んでいけ!」
「はい、総隊長殿!」
背筋をビシッと伸ばして返事を大声でする兵士たち。よく見るとヒャッハー系の門番とかがいた。なんだか生傷だらけである。
遥の視線に気づいたのだろう豪族が教えてくる。
「コイツラは腐っていたからな! 儂が鍛え直しているのだ!」
ガハハと、笑い日本酒とおでんを頼む豪族。他の面々も色々頼んできた。
はい、かしこまりましたと、おでんを皿に乗せて、酒をコップに注いで持っていく。店には入れない人数なので、豪族と隊長さんにナナさん以外は外のテーブルなのだが、酒が入れば寒さなど気にしないのだろう。カンパーイとコップを打ち付け合い飲み始めている。どうやら無事に幻惑されていた理性が戻り、元気に鍛え直されているらしい。
おっさんなら仮病を使い、休むレベルの絶対に嫌であろう豪族の訓練だ。物凄い厳しそうなイメージがある。まぁ、元気そうで良かったねと他のお客におでんを持っていくのであった。
しばらくして、豪族が相変わらずの厳しそうな表情で、遥を見て問いかけてきた。
「それで、砂漠は解放できそうなのか? こんな所で店をやっているようだが」
ウッと動揺するおっさん少女である。思わず、持ち上げていた大根をお鍋にぽちゃんと落としてしまう。
「あれ? レキちゃん、上手くいってないの?」
不思議そうに晶が聞いてくる。人外の力を持つ少女だ。まさか上手く探索が進んでいないとは思わなかったのだろう。
おっさん少女の動揺を見て、あらあらと頬に手をそえて、おっさん少女の顔を伺うように、穂香も聞いてきた。
「珍しいですね。レキさんが苦戦するなんて」
「そうだね? レキちゃんが苦戦する様子が想像できないんだけど」
と、びっくりした表情で椎菜も言ってくる。
「当然でしょ、こいつがいかに強くても砂漠の環境は極悪よ。そんな簡単に探索できるわけ無いじゃない」
「ん、砂漠は厳しい環境。リィズにも力があれば手伝えるんだけど残念」
砂漠の環境を身を以って知っている叶得とリィズが話に加わる。
皆がどうなの?という表情で、おっさん少女を見つめる。
そこでダンとコップを壊す勢いでカウンターにナナがコップを置いた。
「良いんです! レキちゃんはここでずっとお店を姉妹仲良くやっていけば良いんです。問題ありません!」
赤ら顔で、大声で叫ぶナナ。どうやら酒に弱いらしいことが判明した。カウンターからおっさん少女に手を伸ばして、レキちゃ〜んと言って抱きしめようとしてくる。
「そうは行きません。砂漠の解放をしないと都内の本格的な探索ができませんからね」
ナナをよしよしと労るように言う。
「まぁ、実際に探索が難しいので財団も、焦らずにゆっくりとやるつもりだと指示を受けています」
あの砂漠はとてつもなく面倒なのが判明したのだ。まず空間拡張が行われているだろうこと。広すぎるのだ、どう考えてもレキの高速移動ならばマップを制覇できるはずなのに、一向にマップが埋まらない。
そしてエンカウント率が高すぎること。数歩歩けば鉄サソリやら夜には風コウモリやバレー蜘蛛が襲いかかってくるのだ。
ちなみに風コウモリは叶得が前に言っていた二メートルはあるネズミの図体に数十センチの小さな羽なのに飛べるコウモリ。バレー蜘蛛は、バレーのボールみたいな丸い体に蜘蛛脚が、生えているミュータントである。
そして最後に歩き回ればボスが出てくるんじゃと思っていたのに、全く影も形も見えないことである。
警視庁ダンジョンは見つけたので、次に行く場所は決まっているが、どうも警視庁ダンジョンには中ボスしかいないのではと警戒している。
「ふむ、儂らに手伝えることがあれば言ってくれ。できる範囲で手伝おう」
豪族が助けることを提案する。ありがとうございますと返答はするが、豪族たちの助けはいらないだろう。
「私も。私もレキちゃんとおでん屋やって暮らす!」
ナナはもう酔っぱらいなので、まともな返事は無いみたいである。
「砂漠の概念を形成しているボスが見つけられれば、どうにかなるんですが」
困った表情で皆を見渡しながら、そう告げる。
「地下じゃない?」
ん? と皆で声のある方を見ると、叶得が箸で皿の上の大根をつつきながら、こちらを見てきた。
「だから、地下じゃない? ほら都内って、地下は元々ダンジョンみたいだったでしょう」
注目されたために、顔を赤くして怒鳴るようにそう言ってきた。
なるほど、そういえば砂漠のインパクトで忘れていたが、元々東京駅はダンジョンになっていると遥も思っていたのだ。
おっさん少女は警視庁ダンジョンをクリアしたあとは、地下への入り口を探すことに決めたのだった。