104話 おっさんは金貸し業者になる
新市庁舎改め若木ビル。そのビル前は今まで以上の活気に満ちていた。以前以上の露店が数多く並び、ゴザを敷いて売り物を並べて売っている。もう冬も近く冬着の上に羽織るものが必要なぐらいの寒さになっているのに元気に買い物をするべく人々は集まっていた。
その中で遥ぼでぃになっているおっさんは銀行ルームの応接間にいた。高級感溢れるソファに深く座り込んで偉そうなエリートの演技をしていた。
本職の俳優が見たら才能が欠片も無いので、別の職業を勧められるレベルである。
しかし今までのバックボーンが対面に座る人々の目を曇らせていた。最早ラーメンを食べる際に曇る眼鏡レベルで曇らせていた。
「これで新たな生存者たちの受け入れは完了だ。口座も全員が作成した。そちらの護衛料も問題ないだろう」
豪族が嫌そうな声音で厳しい表情をしながら眼光鋭く遥に話しかけてきた。
そう、対面に座る人物は豪族とナナである。おっさんぼでぃだとナナが冷たいので寂しい遥であった。
「そうですな。こちらの護衛料一人50万、そちらの生存者への補助手当一人50万、正しく新しい生存者全員の借金として登録されました」
遥はニコリと冷酷非情な感じで笑い、契約成立を喜ぶフリをした。
今回のオアシスコミュニティの生存者は若木コミュニティとほぼ同数である。そのため、多少の補助金で暮らしができるわけもなく、全員ヘタダで金を渡すことは若木コミュニティにはできなかったのだ。
そのため、遥は若木コミュニティに提案を出した。補助ではなく、人々に金を貸したらどうかと。その中にはおっさん少女軍団の護衛料も含めたのである。
せっかく手に入れたセイントマテリアル中を一個も使って、砂上専用輸送艦を作ったんだから、それぐらいは良いと思ったのだ。おっさんは貴重なアイテムを使うことに関しては常にケチなのだった。
勿論、若木コミュニティが金を出すわけではない。そしてそんな金を出せるほど余裕も無い。
金を出すのは遥の銀行ルームである。形式上は若木コミュニティに遥の銀行ルームが金を貸す。若木コミュニティはその金をオアシスコミュニティの生存者に渡して新生活のための資金にしてもらう。
そうして大体4年と少しのローン払いで若木コミュニティは生存者に借金を支払ってもらうというかたちである。最後に若木コミュニティが返してもらった金を銀行ルームに返金するという流れだ。
これならばどこからも無理は出ない。資金の融通がいい加減な遥の銀行ルーム以外は。本来の銀行なら私的な金貸しでおっさんは捕まるレベルである。
だが、財団法人大樹なら問題無いのである。何しろ物資は全部遥が掴んでいるので、金を使うのも遥の物資経由となるのだ。最終的に全ての金は遥のもとに来るのである。
コミュニティの経済を支配している独占禁止法も真っ青な経済支配であった。
むぅと口を尖らせて不満顔なナナである。何か言いたいことがあるのだろう。視線を向けてみると不満を口にした。
「全部大樹の補助で生存者を助ければ良かったのではないでしょうか?」
相変わらずの善人なナナの予想通りの言葉を口にしたことに対して遥は苦笑した。
「むむ、何か可笑しいところがありましたか?」
遥の態度に不審を持ったのだろう、問うてくるナナ。冷たい視線を向けて返し、丁寧に説明をして教えてあげる。
「これは必要なことでした。新しい生存者は多すぎる。このまま補助を受けて暮らすなど、今までの人々に不満を持たせるだけでしょう。彼らは格差を受けないといけなかったのです」
今までの人々は苦労をして、このコミュニティを作ったのだ。それがいきなりきた人間が補助を受けて悠々と暮らすなど不満は確実に出る。ゲーム感覚でアイテムを集めて、苦労をしないで基地を作ったおっさんがそう教えてあげた。内情を知られれば、おっさんは怒られただろう。
僅かな借金であるが、それでも今までの人々は溜飲が下がるだろう。借金持ちとして下に見るだろうからだ。借金持ちな新しい生存者は大変だと優越感を持ち、同情もして優しく接してあげようとするかもしれない。
なので、彼らのスタートダッシュは苦労してもらおうと思う。普通に暮らしていれば、無理ない返済ができるはずである。そこで苦境になるやつは知らんと遥は考える。
借金は大嫌いでクレジットカードも滅多に使わないおっさんだったのだ。遥なら頑張って一年で返すレベルの僅かな借金である。家族持ちが少し大変だろうがそれでも問題はないと考える。返済が苦しければ、そしてその主張が真っ当ならば延長も認めるつもりだからして。
ネットゲームだってβ版からしていた人間はある程度優遇されているのは当たり前である。金のマスクから金塊をサクサク作って大金を初期プレイヤーは手にいれられるのだ。おっさんが始めた頃には修正されており、初期からやっていればと歯噛みしたのだ。
「相変わらず、金を稼ぐのが上手ですな。儂らも借金で首輪がつけられてしまった」
豪族が相変わらずの間違った考えをしてくるが、予想済みである。ニヤリと冷たく笑い、私の手のひらで皆さんは踊ってくださいという感じをだしてあげる。これで益々、遥は恐れられて嫌われるだろう。
はぁ〜と内心で溜息をつくおっさんだった。これでは友人は作れそうにない。
まぁ、仕方ないか。私にはナインとサクヤやレキがいるから我慢しようと思い、次の話題に入るためにナナを見た。
「この話はこれでおしまいですな。次にナナさんは本当に発電機の追加。そして浄水場の設置を求めるのですかな?貴方の稼いだ貯金が殆ど無くなりますよ?」
ナナの顔を窺い決心が変わらないか聞いてみる。まぁ、勿論無駄ではあったが。
「はい、全て私の要望通りでお願いいたします。後、申し訳ありませんが私の名前呼びはやめていただけないでしょうか? 銀行と癒着しているとは思われたくありませんので」
レキぼでぃの時の呼び方でついつい呼んでしまった遥に対してキツイ一言を言ってくるナナである。
レキぼでぃの時はあんなに優しいのにと内心苦笑して涙が出そうである。おっさんと美少女の格差がありすぎだ。まぁ、普通に考えても妥当な格差かもしれないが。
「それは申し訳ない。わかりました荒須社長。ご要望通り発電機の追加、浄水場の設立。発電機が10台で10億、浄水場の設置でもう10億の計20億を荒須社長の口座から引きます。設置はすぐに終わりますので問題ありません」
冷たく淡々と取引額を伝える遥。これでナナの貯金はすっからかんだ。後3億程度しか残っていない。個人的にはおすすめしない取引であったが、ナナはあっさりと了承した。
はぁ〜と、また内心で溜息をつく遥。人々が増えたことで電力が足りなくなったので、追加設置したのだ。
後の浄水場は遂にというか予想通りというか、復旧させた浄水場が動きを止めそうなのだ。ナインが気を利かせて教えてくれたのだ。整備も碌にしていないのによく頑張ったとも言える。
そして、その予想結果を若木コミュニティに伝えたところ、それを聞いたナナは新たに浄水場の設置を求めたのである。
幾ら干ばつでも水が全く減らない不思議なシム製貯水池はすでにあるので問題はない。その隣に浄水場を設置すればいいだけである。これで2万人までは水を使い放題である。
シムな力をこちらが持っているからこその要望だが、ゲーム的パワーに慣れすぎだろと、自分のことを棚に上げておっさんは思う。
「おめでとうございます。これで荒須社長は電力、水と二つのインフラを使うことができましたな。水道料金もカード払いに変えておきますので大丈夫でしょう」
荒須財閥でも作れそうな勢いである。さすが主人公な女性だと感心する。
そして恐らくはコミュニティの大人全員が銀行カードを持ったのだろう。どうやら身分証明書にもなるし、お金も預けられるし、死亡していないかの確認やら、その他諸々の補助があるのに皆気づいてカードを作ったのだ。
そういう使い方は予想していなかったと遥は思った。自由なネットゲームに有りがちな運営が予想していない使い方である。ゲームと違い修正もかけるつもりは無かった。テレポート屋は良い稼ぎになったのに修正しやがってと、やっていたゲームを恨んだこともあるおっさんなので下方修正は嫌なのだ。
豪族が深くソファに座り直し、ナナを見ながら話す。
「やれやれ、荒須がこんなにもコミュニティの重要人物になるとはな。本当に防衛隊を辞めないのか?」
「またそれですか? 私は辞めませんよ、総隊長!」
口を尖らせて、目には強い意思を宿らせてナナが答える。主人公なナナである。人々を救うのに頑張るのだろう。だが、ナナの周りは同じ考えでいられるのかと少し思った。
どう考えてもナナは重要人物だ。防衛隊の中でお客様扱いになってしまうのではなかろうかと思ったが、それを否定する発言を豪族がした。
「良し! そこまで言うなら儂はもう何も言わん! 特別扱いはしないからな、荒須隊員!」
ハイ!と嬉しそうな輝く笑顔で元気に返答するナナを見て、この人たちは本当に良い人たちなんだなぁと思った遥であった。
その二人を見ながら、何だか少しからかいたくなった遥は悪戯をすることにした。素知らぬ顔でナナに聞く。
「あぁ、そういえばレキから報告を受けたのですが、荒須社長の所には、天然の超能力者が暮らすことになったとか?是非私も挨拶をさせていただけませんかな?」
さり気なくそれを聞いて、ナナの表情が警戒した顔になる。リィズは孤児となった。意外かもしれないが、このコミュニティに中学生以下の孤児はいない。
いや、意外でもなんでも無いかもしれない。子供は孤児になる前に死んでいったからだ。
現実ではゾンビに襲われて子供だけで生き残ったのは、高校に立て籠もっていた高校生たちだけであった。あとは皆両親共々死んでいったのだ。これが崩壊時に休日でなければ話は変わったかもしれない。小さい子供は皆、親と一緒に生き残ったのだった。子供たちにとっては、それはこの崩壊した世界での幸運だったのかもしれない。
「申し訳ありません。彼女は父親を失くし、このコミュニティに一人できたので、まだ情緒不安定なんです。お会いさせるのは厳しいかと」
「そうなのですか? 超能力者ならば、我が財団が多少のお手伝いをできると思うのですが」
平然とした表情で問う。内心は上手く逃れたねとニヤニヤしていた。嫌われる演技ばかりしているのだ。少しぐらいからかっても良いだろう。
「大丈夫です! 本人も頑張っていますので問題ありません」
強い口調で遥を睨みながら、ナナはそう言ってくるのだった。
二人が帰ってから冷めたコーヒーをごくごく飲んで、ナインが淹れてくれる方が美味しいなと、遥が思っていたらドアがコンコンとノックされた。
入れと返事をしたら、失礼しますと声がして椎菜が入ってきた。
「頭取、光井様がいらっしゃいました」
どもらずに言えたので、椎菜も仕事に慣れてきたねぇと思いながら、案内してくださいと答える。
それから椎菜に案内されて、山賊と褐色少女が緊張して入ってきた。
「あぁ、お呼びたてして申し訳ない。どうぞお座りください」
大げさな素振りで座るように勧める遥。その姿は怪しい商品を売りつけようとするおっさんにしか見えない。
だが、高級感溢れる応接室。なんだかよくわからないけど、多分高価な落書きみたいな絵画。ふかふかの革張りのソファに木目が綺麗なテーブルがあるとおっさんもエリートに見えるかもしれなかった。
ペコリと二人は頭を下げてソファに座る。椎菜が少しして入ってきて、コーヒーとケーキを置いていく。
そのケーキを食い入るように見つめる叶得。まだまだケーキは高級品である。自前で作る人もいるだろうが、店を構えるほどではない。そしてこのケーキはナイン特製の生クリームたっぷりのほっぺたが落ちるほどに美味しいショートケーキである。
「どうぞお召し上がりください。このケーキはなかなかの味ですよ」
ナイン特製だから凄い美味しいよと内心で続ける。それを聞いて遠慮せずに、パクパクと食べ始める叶得。山賊は遠慮したのだろう、コーヒーのみに手を付けた。
「食べながらで結構です。我が財団の提案を了承していただけましたかな?」
二人に眼光鋭く聞いて見る遥。多分眼光鋭いと思われる。目が悪いのかなとは思われないはずだ。
「こちらは全く問題はない。あの契約で了承しよう」
山賊がこちらを警戒している表情で窺うように答える。
「私も問題はないわ。でもあんなボロい船を一千万で本当に買ってくれるわけ?」
ケーキを食べ終えた叶得が疑問の表情で聞いてくる。あと、口元にクリームもついている。山賊さん、注意してあげなよと内心でツッコミを入れるが、どうやら山賊は緊張でいっぱいいっぱいらしい。
「勿論です。あの砂いかだは我々が見たことのない力の素材でできています。あの値段は妥当でしょう。それと口元にクリームついていますよ。あぁ、ケーキのおかわりをお持ちしましょう」
インターホンでケーキのおかわりを持ってくるように指示して、遥はハンカチを叶得に渡してあげる。羞恥で頬を染めた褐色少女はハンカチを受け取りすぐに口元を拭った。
「それと貴方には小さいですが、工房を用意いたしました。二階建ての住居兼工房です。一階は工房、二階は住居としてお使いください。どうやら物作りに非凡な才能をお持ちのようですしね」
遥のその言葉を聞いて叶得は嬉しそうな表情で答えてくる。
「フン! 私はこれでもなんでも作れるように頑張ってきたの。だから有り難く工房を使わせてもらうわ」
物作りが大好きな褐色少女だ。上手く使ってもらえるだろうと遥は話を続ける。
「しかしタダではありません。超常の力を持つ素材を使用した物は我が財団に先ずは納めるようにお願い致します」
真面目な威圧感溢れる目つきと表情で叶得に言う。多分威圧感溢れていると思う。小物のおっさんには見えないはずだ。
「ええ、わかったわ。私の才能を見抜くなんて財団もやるわね。あなたなんか、くたびれたおっさんにしか見えないのに」
叶得の言葉にギョッとした焦った表情になる山賊。ちょうどケーキのおかわりを持ってきた椎菜も叶得の言葉を聞いてびっくりしている。
「アハハハハ、私がくたびれたおっさんですか」
遥は笑いすぎて流した目元の涙を指で拭いながら、この子はなかなか見る目があるなと感心した。バックボーンを意識しないで素直に遥の人物評価ができるのであろう。珍しい人物だ。
だが、山賊はそれを聞いて真っ青な顔になり立ち上がり、申し訳ないと頭を下げてきた。叶得も立たせて頭を下げさせてきた。
遥は笑いながら手を振って謝罪を受け入れた。
「あぁ、気になさらないでください。では叶得さん、これから、どうぞよろしくお願いします」
握手を叶得とするために、手を差し出す。
「任せなさい。私に工房を与えたことを後悔はさせないわ」
叶得が得意そうな満面の笑みで返答する。そうしてお互いに握手をして、光井親子との会談は終わったのであった。
ちなみに、叶得は名前呼びでいいらしい。遥が褒めたときも随分嬉しそうな顔をしていたし、ちょっとチョロインの素質がありそうな娘であった。後、しっかりとおかわりのケーキを食べて帰った褐色少女であった。
光井親子も帰り、遥は顎に手を添えてこれからのコミュニティのことを考える。ちょっとシムなゲームをしている気がしてきて、面白くなってきたのだ。責任は背負わず、街を育てるのはなかなか面白いと考えるゲーム脳なおっさんである。
テーブルを片付けに来た椎菜に目を向けて、気になっていることを聞いてみる。
「織田君。ハンターギルドはどうしている?」
問いかけられるとは思っていなかったのだろう。驚きで多少どもりながらも答えてくれた。
「えっと、あの馬鹿の、いえ、ハンターギルドはオアシスコミュニティの人々に熱烈な勧誘を行っているみたいです」
「そうだろうな。借金をした人間に、一獲千金のハンターギルドは魅力的だ」
答えを聞いて頷く遥。ただし、借金の金額が僅かであることがネックになるだろう。ローン返済もきつくないし、人々が命をかけるまでではない。
だが、遥の考えは椎菜に伝わらなかったのだろう。否定の言葉を発してきた。
「いえ、勧誘は上手くいってないみたいです。皆、自分の生活周りを作るのに大変ですし、人が砂漠でミュータントに殺されるのもたくさん見てきたみたいなので、乗り気ではないみたいです。それに装備も悪い性能の銃だけみたいですし」
椎菜の言葉を聞いて頷く。確かに車すら無いギルドである。遥は死人を作るために霊柩車を貸し出すつもりは無い。そして元盗賊のアジトから戦車など現実では見つからないのだ。
静香はあくまでも手に入る貴金属の対価として銃を供給しているはずだ。碌な活動もできないハンターギルドが手に入れる貴金属など、たかがしれようものである。しかも自分の死亡も自己責任でやっていくブラックギルドだ。
冷静さと自分の命を天秤にかければ、今まで砂漠の過酷な環境で生きてきたオアシスコミュニティの方が、若木コミュニティの人よりハンターギルドをシビアな目で見るであろう。
オアシスコミュニティの人々がハンターギルドに入らないとわかれば、それを挽回のチャンスと考えていた生徒会長はどうするのだろうと少し気になった。
でも、そんなことを遥が気にしても仕方ないと考える。そのような面倒事は豪族たちに任せておけばよいのだ。
ありがとう、残りのケーキは君たちで食べてねと椎菜に伝えて、目を輝かせて、ハイ、と答えて嬉しそうな表情で椎菜が戻る姿を見ながらそう考えた。
主人公なナナもいるし頑張ってねと、相変わらずの他人任せにして基地に帰るおっさんであった。