103話 褐色少女はオアシスを去る
ガタンゴトンと金属でできている床が揺れる。最低限の明るさで点けられている蛍光灯が周りを照らしている。多くの人が床に座り込み、または寝転がっている。大きな倉庫みたいな輸送用の保管部屋に皆が閉じ込められている。
叶得は壁にもたれかけながら、その人々を見ていた。まるで監獄に送られる囚人みたいな雰囲気である。
周りもこれからの生活を考えて不安な表情を隠せないで小言でぼそぼそと話している。
銃を持った威圧感をどうしても感じてしまう兵士が壁脇に立っており、なんか自分たちは戦争に負けた捕虜みたいだなと苦笑する。
「何かおかしいことがあった?」
その苦笑を見られたのだろう、正面に座っていた子供と言っていいだろう金髪の少女が話しかけてくる。
「ううん。私たちはまるで捕虜か囚人みたいだわって、思ったのよ」
結構な大声で答えたせいだろう、近くにいた人が、ぎょっとした表情になり叶得を見てきた。壁脇にいる兵士も声が聞こえたのだろう苦笑をしながら叶得を見てくる。
その態度にまた口元を歪めて苦笑してしまう。自分の悪い癖だと思うが治らないのだ。正直に思ったことをついつい言ってしまう。
そのおかげで、友人は片手の指の数より少なかった。
「そんなことは無い、リィズたちは今無事なコミュニティに向かっている」
何を言っているの? と不思議そうな表情で、わかりきったことを口にするリィズ。その近くにいた人も、うんうんとリィズの言うことに同意して頷いている。そうしないと不安だろうことが簡単にわかる。
「それに妹が紹介するコミュニティがおかしなところのはずがない」
ふんすと鼻息を荒らげて、リィズはレキのことを信頼しきった表情で返答してくる。
この子は父親であった無上と呼ばれていた化け物がいなくなり、今は天涯孤独である。その不安を感じさせない態度であった。
しかしよく見ると、瞳は不安で揺れている。それはそうだ。リィズの歳で一人で生活など不安しかあるまい。
家族が全員いる恵まれた自分とは違うのだ。考えなしに言ったことを後悔する。
謝罪しようとしたところに警戒を示す赤いランプが天井に点いた。これで4度目である。
「鉄サソリだ! 見てみろ!」
人々が壁にある小さな丸い窓から外を見る。撃退できるとわかっていても怖いのだろう。
私も窓から外を見てみる。この輸送艦に向けて尻尾の針からレーザーを撃ちまくっている数体の鉄サソリの姿が見えた。
ドンドンと輸送艦に取り付けられた砲台から砲弾が飛んでいく。その攻撃に耐えながら鉄サソリは輸送艦に食いつかんと移動しながら、レーザーを撃ち続けている。
頭のいいやつだ。輸送艦の前に回り込み、逃げられないように移動しながら攻撃している。
砲弾も命中するが、数発当てないと撃破できないのだろう。鉄サソリは気にしないでこちらに来る。
だが、これは何度も見慣れた光景である。近づいてきた鉄サソリの体の上に影が生まれる。鉄サソリがその影の正体を知ったときは、口の側に着地しており、それを見た鉄サソリは口を大きく開けて、その中に超能力だろう攻撃を受けて砕け死んでいく。
朝倉レキと名乗った小柄な愛らしい少女だ。だが、彼女は驚愕するレベルの超能力といった崩壊前なら鼻で笑われた力を行使していた。
数分後に鉄サソリは全て撃破され、赤いランプは解除される。人々は安心の表情になり自分の座っていた場所に戻っていく。
「むふぅ、私の妹はやはりすごい! 恐らく凄い強化されている。私もあのような力を使いたい」
オアシスを抜けたリィズは全く超能力が使えなくなったらしい。どうやらレキの言った概念という事象を変異される効果は本当にあるみたいだった。
「貴方じゃ、あんなの無理でしょ。もう超能力だって使えないんでしょう?」
つい憎まれ口をたたいてしまう。そんな気はないのだが、すぐに口にでてしまうのだ。
そう言われたリィズは怒った顔になり抗議をしてきた。
「むぅ、まだリィズは力を使える。これを見て」
スプーンをポケットから取り出してくる。そうして得意顔で私に見せてくる。
「で、何を見せてくれるの?」
目を細めて見てみるが、何を見せてくれるというのだろうか?
「もう使っている。振動系の超能力」
超能力? もう使っている? と、ハテナ顔になって、叶得はスプーンに顔を近づけてみる。
よ~くみると、スプーンがフルフルと震えていた。
ついつい立ち上がり、叫んで言ってしまった。
「わかるかそんなの! 手で震わせているか、超能力で震わせているか判断つかないわよっ」
ガーンという表情になりショックを表すリィズ。なんでこれでそんなに得意げになれたのだろう。それの方が不思議である。
この子はいつもこんなしょうもないことを親にやらされていたのだろうか。馬鹿にするより哀れさを感じてしまう。今までの教育が凄い悪かったことがわかる内容だ。
「大丈夫、きっと財団ならば妹みたいに超能力を増幅させる技術があるはず。私もそれを受けて妹と一緒に戦う」
胸をはり虚勢を張るリィズ。強化されればオアシスにいたような力を使えると信じているらしい。確かにレキは作られたと言われて、あぁ、そうなんだと納得してしまう何かを持っていた。
彼女は美少女すぎる。よくよく見るとしみ一つないし、日焼けもこれだけオアシスにいたのにしていない。そして貴重な回復薬を簡単に使ってしまう無知な行動と悪意に弱そうなお人好しな性格。そして圧倒的な力を持っているのに、驕り高ぶることもなく平然としている姿。
普通に生活していれば、ああはなるまい。無知であり指示に従いお人好しな性格。恐らくは作られたというのは本当なのだ。そう教育されたのだろう。
財団大樹とか言っていた。物凄い技術を持っているのだろうことがわかる。そして子供のような少女をそんな風に使うことに非道さを感じる。
だが、政府のような力を持っているのは本当なのだろう。この砂上戦用装甲輸送艦をポンと作るような組織なのだから。
そう思い私は輸送艦に乗っている人々を再び見る。この人たちはオアシスから脱出している人間である。
300人を定員とする海で言うフェリーみたいな艦である。砂漠をでても行動できるらしい。
私たちで輸送は最後である。まずは傷病人、次は女子供、そして私たちだ。数週間かけて輸送を何回も行い、ようやく私たちで最後の輸送になったのである。私はもっと先でも帰れたのだが、両親と一緒に帰りたかったのだ。
砂漠のエリアを抜けて、移動を続けるとこれから行くコミュニティらしい。財団本部には連れていってくれないらしい。管理しているいくつかのコミュニティの一つに運んでもらえるという約束である。
そんなことをつらつらと考えながら、数時間たっただろうか、また周りの人々の声が大きくなってきた。
何だろうと思ったら、今まで何度も思っていた内容である。ざわめきが大きくなり、誰かが叫ぶ。
「砂漠の外に出るぞ! 外に出られるんだ!」
そのざわめきを聞いて、私も両親もリィズも窓に張り付く。砂漠が終わり前方の空間が歪んでいるのが見える。
そうして待ち望んでいた砂漠からの脱出はあっさりと終わったのである。人々が何度も踏破しようとして死んでいった砂漠。自分たちが恋焦がれた外への脱出である。
空間の歪みに輸送艦が入りこみ、歪みからあっさりと外に出る。そして見なれた高層ビル街が見られた。おぉ~と歓声が上がる。自分たちが本当に砂漠を脱出できたことを実感したのだ。だが、その歓声はすぐに静かになった。
外は普通であると皆はどこかで思っていた。しかし外も悲惨な景色であった。砂漠よりも酷いかも知れない。
放置され錆びついた車、ビルや家の窓は割れて、ドアは傾き砕けているものもある。血と思しき地面の染みがそこら中に広がっている。そして徘徊している肉が腐り歯茎は見えて、内臓がえぐり取られており、体の各所で骨が見えているにもかかわらず、輸送艦を見つけて小走りで近づいてくるゾンビたち。
その酷い景色を見て外も同じく崩壊していたことを私たちは痛感した。この様子で目的地のコミュニティは大丈夫なのだろうか? 奴隷として運ばれているのではないだろうか? 今のシチュエーションと映画などで見た内容を思い出し不安になる。
「外にでた。これで後は財団管理のコミュニティに向かうだけ」
皆が落ち込む中でリィズが立ち上がり、ふんふんと興奮した様子で話しかけてくる。だが、それが虚勢であると目を見ればわかる。不安感は消えていないのだ。
でも、こんな子供が虚勢を張れるのだ。自分も張れるに決まっている。
「そうね、もうすぐ新生活ね! 楽しみだわ」
私も胸を張り、虚勢を張りながら大声で答える。
そんな私たちにパチパチと可愛い拍手の音が聞こえた。拍手の方向を見るとレキが女兵士と一緒に来ていた。
「さすが叶得さんとリィズさんですね。見ているとこちらも元気になります」
ニコニコと可愛い笑顔を見せながら近づいてくる。見た目は可愛い美少女だ。たぶん同年代にモテるだろう、愛らしい少女に見える。しかしその力は途方もないことを先ほども叶得は見ている。
それでも、そんなことは関係ない。私にとっては母の命の恩人で、友人と言えるだろう相手かもしれないのだ。とてつもない力を持っているぐらいで態度なんて変えてやらないのだ。
「ふん、こっちは座っているだけだから暇なのよ。レキは護衛は終わりなの?」
「はい、もう安全地帯です。私が護衛する必要はありませんね」
窓の外にはゾンビたちがうようよいても安全地帯なのかと、少し私の口は引きつった。これから行くコミュニティもこんな感じなのだろうか。
「レキ! 私のことはお姉ちゃんと呼ぶように言ったでしょ」
リィズも態度は変わらず、レキに話しかけてくる。妹説は絶対に捨てないみたいで呆れてしまう。スプーンを震わす程度の力と鉄サソリが砕ける力なんて比べようもないのに凄い少女である。
レキは困った表情になり、隣の女兵士に助けを求めて顔を向ける。
誰だろう? 人懐っこそうな人だ。私と反対の性格そうである。
「ふふふ、お姉ちゃんができたのね、レキちゃん。それなら大事にしないとね」
優しい慈愛を感じさせる表情をレキに向けて、からかうように言う。
むぅと口を尖らせるレキ。随分二人は親しいみたいである。
「そう、私も超能力者。これからレキと暮らすの」
リィズが決まったことのように女兵士に話しかける。
「残念ながら私は財団大樹本部所属なんです、リィズさん。私は本部に帰宅しないといけないので、リィズさんと一緒に暮らせないのです」
申し訳なさそうにリィズに謝るレキ。リィズが勝手に言っているのだ。謝る必要なんてないのに、優しい少女である。
そのレキの言葉を聞いて、しょぼんとした表情になり、顔を俯かせてリィズがぼそりと言った。
「それじゃ、私は一人で暮らすの?」
見ていて、同情を感じさせる姿だ。リィズ一人で暮らすなんて厳しいだろう。そう思っていたら、女兵士がリィズの目線までしゃがみ込み優しく話しかけた。
「初めましてリィズちゃん。私の名前は荒須ナナよ。リィズちゃんは私と暮らすことになるの。構わないかな?」
その言葉にリィズは驚き俯かせていた顔を上げて女兵士を見る。
「リィズと暮らす? どうして?」
疑問なのだろう。私も疑問である。何の関係もない女性だ、なぜリィズを引き取るのだろう。
「リィズちゃんみたいな子が親がいないことが一つ目の理由ね。二つ目の理由は私がお金持ちだから余裕があるためね」
にこにこと優しく笑いながら話を続ける女兵士。
「最後はレキちゃんにお願いされたからね。レキちゃんのお姉ちゃんなら是非とも一緒に暮らしたいの」
最後にそう話を締める女兵士。たしか今ナナと言っていた。レキに負けず劣らずお人好しそうだ。
「リィズと……。レキは一緒じゃないの?」
戸惑ったような嬉しいような表情が混ざりながらリィズはナナに聞いていた。
「私もレキちゃんと暮らしたいんだけどね。今はまだ無理みたいなの。だから私と一緒にレキちゃんが暮らすための準備をしておこう」
その言葉にリィズはまた別のことを聞く。
「リィズも財団に超能力を増幅してもらってレキと一緒に戦いたい」
指を絡めて、もじもじしながら、そう言うリィズ。まだ戦うことを諦めていないらしい。
「だめっ!」
思いのほか大きい声でナナは否定してきた。その大声にリィズも私も驚いた。そんな大声を出す女性とは思っていなかったのだ。
首をふりつつ悲しい表情になりナナはリィズの肩をそっと掴んで言い聞かせるように語る。
「力を持つことが正しいことじゃないのよ。それに財団は……」
そこでレキをチラっと見て濁らせるように話を変えた。
「財団は秘密主義だから、一般人は入れないわ。残念ねリィズちゃん」
無理やり話題を変えたのだろうことは子供でも分かった。でも、リィズはおとなしくコクンと首を縦に振った。
「でも、いつか役に立つようになる。リィズも頑張る」
強い意志を宿らせた目をしてリィズが宣言したので、ナナもその調子ねと笑顔で励ましていた。
私はこの人はレキのことを大事に思っているのだろうことがわかった。レキにも本当は戦ってほしくないのだ。でもこんな世界だ。あれほどの力を遊ばせておくわけにはいかないのだろう。それに財団へは警戒心を強くしておいた方が良いと思った。
「話が決まったようですね。リィズさん、ちょくちょく遊びに行くのでよろしくお願いしますね」
小首を少し傾けて笑顔をリィズに向けるレキは全く自分の立場に疑問を覚えない透明な笑顔であった。見ていた私たちの心が痛むぐらいに。
そうして私たちは若木コミュニティへと到達した。そしてそこでの生活は驚きの連続であった。




