102話 妹にされるおっさん少女
戦闘の終わったオアシス前の砂漠は静かに風が流れていた。そろそろ昼になるのだろうか。段々風が強くなってきている。日差しは変わらず強く焼き付けるようであり、ゆらゆらと陽炎が砂から立ち昇っている。
戦闘の余波を受けて、傍でうろついていた砂トカゲはこそこそと巨体に似合わない行動で逃げ出して、周りにあるのはサボテン群のみである。無上とおっさん少女の戦いを見て、自分たちが敵わないと理解したのだろう。
戦いが終わったその砂漠には黒髪黒目のショートカットの眠たそうな目で小柄な可愛い子猫のような体躯をもつ美少女が立っていた。名前は朝倉レキ。昼が迫ってきて、風が強くなってきたので、なびく髪をそっと手で抑えている。砂漠に立つその姿は絵画にある場面のようである。
グロい変身をしたバイオ的な博士と戦い勝利したのは、朝倉レキという美少女といらないおっさんの人格が入っているおっさん少女であった。
本当におっさんはいらないと思われるが、超能力を使い、少し役に立ったので仕方がない。名前は確かほにゃららである。別におっさんの名前はこれで良いだろうと思われる。批難の声もあるまい。
「レキさんや、旦那様って、なぁに?」
遥が恐る恐るレキと話す。二人は同じ体を使用しているので、お互いが口を開くのだ。
「旦那様から、共同作業をしようとプロポーズを受けました。認めます。結婚しました。もう離婚は認めません」
ふんすと鼻息荒く胸をはりレキが答える。どうやらこの可愛い子は遥のことが好きらしい。いつも頼りにしまくってこき使っていたのに、どこに好感度が上がる要素があったのだろうと考える遥であった。
「サクヤとナインは認めます。彼女らは大事な家族と旦那様は言ってましたし。後はアインとツヴァイシリーズも許しましょう。やっぱり家族と言ってましたし」
いつもの眠そうな目で、そう平静な表情で告げてくるレキ。
なんだか、ハーレムを許す本妻の発言である。しかしもう中年のおっさんである。好意を向けられるのは嬉しいが、行為を多数とするのは嬉しくない。そんなつもりもない。お互いホンワカなラヴで良いのだ。頭をなでなでできたり、膝枕をしてもらえるぐらいで良いのだ。
だってハーレムなんて面倒でしかない。異世界物の小説ででてくる主人公はハーレムをよく維持できていると思う。奴隷なハーレムなら相手の意思を無視しているのでわかるが、愛情が絡むとどうしても刃傷沙汰になりそうである。おっさんの繊細な精神ではそんなハーレムに耐えられないだろう。お互いが居心地がいい程度の関係で良いと思う。ヘタレというなかれ、自分の世界が完成しているおっさんだからして仕方ないのだ。後、普通にナインもレキも条例にひっかかるからと内心で思うのであった。
後で精神世界でお話の続きをしましょうと、この話題を終わりにするとレキは沈み込むように寝てしまう。まぁ、後で頭なでなでで良いだろうと遥は思い、戦闘が終了したレキが寝るのをお疲れ様、お休みなさいと心で告げる。
「ご主人様、なにか今不穏な話がありましたが、私はレキ様の体の時は、レキ様も遥様も大好きですので問題ありませんね。今回の結果をお教えします。あ、遥様のぼでぃのときも尊敬と忠誠は捧げておりますので」
右のウィンドウが開き、サクヤがそんないらんことを涼しい顔で言ってくる。相変わらずの自分に正直な態度に呆れて苦笑をしてしまう。だが、この正直さがクール系に昔は見えた銀髪メイドには合っていると思う。
「ミッション、オアシスを救え! exp20000及び報酬アクアエレメントクリスタル(R)が手に入りました」
真面目な表情でそうサクヤが告げてくる。どうやら褐色少女の母を救え! は発生しなかったが、より大きなミッションが隠れていたらしい。
無上を倒せなかったらクリアできなかったのだろう。普通の主人公ならクリアが難しかったはずの内容だ。遥が面倒がってストーリーを大幅カットしていなければクリアは不可能であったろう。
そして経験値も嬉しい。何と無上を倒した経験値は驚きの12であった。遂に二桁の経験値となったのである。あれだけ苦労して倒した結果の凄い大量の経験値に涙が出そうである。ミッションがなかったら不貞腐れただろう多さだ。
ステータスボードを確認するとミッションクリアによりレベルが25になった。ゲームなら中盤に入ったころのレベルであろうか。
それと無上はやはり砂漠のボスではなかった。まぁ予想はしていた遥である。だってオアシス概念の中にいたのだ、この砂漠を支配しているボスではないに決まっている。
「マスター。今不穏な話が聞こえましたが、お世話をするのは私です。問題ないと思います。私の勝ちです」
ナインも左のウィンドウからにこやかな笑顔で話しかけてくる。ナインも正直にレキに対抗する発言をしている。嬉しいがレキもナインも、遥からみたら子供である。後8年はたたないとそういう対象には見えないだろう。ホンワカラブで良いのである。
それがわかっているのだろう。ナインも口元を花咲くように綻ばせ、にこやかに微笑みを浮かべて話を続けてくる。
「あの無上という敵のドロップは、セイントマテリアル(中)、バイオマテリアル(R)ですね。どちらも強力なマテリアルです。おめでとうございます」
にこにこと拍手をしてくる可愛いナイン。可愛いその姿は常に癒されるのである。
マテリアルの使い方は、家に帰ったら教えてもらおうと、オアシスに戻ろうとする遥。
「ああああああああ」
そうしたら、サクヤが急に大きな叫び声を上げた。驚く遥。何かあったのだろうか?
「ご主人様、あの敵は無上と名付けました! あぁぁぁ、忘れていましたーーー」
どうやら流れるように戦闘にはいり、しかも結構苦戦したので、名づけをすっかり忘れて応援していたらしい。しくしくと嘆き崩れ落ちて、両手を地面についてサクヤが凄い落ち込む。
勿論、おっさん少女はスルーをしてオアシスに戻るため、駆けるのであった。
オアシス門前に丘を登り戻ると大勢の人間がいた。呆然としている者、恐れる者、何か変化があると信じてこちらに視線を向ける者、様々な人間がいた。どうやら騒ぎを聞きつけて集まってきたらしい。
その人々の中からリィズが硬い表情でおっさん少女に近寄ってきた。
近寄るリィズの表情から気まずくなる遥。まぁ、曲がりなりにも父親を殺したのだ。もしかしたら殺そうと攻撃してくるかもしれないと警戒する。まだ、オアシスの概念は存在しており、リィズはその影響を最も強く受けているのだ。
「おかえりなさい……。無上は、いいえ、父さんは死んだの?」
恐る恐る緊張した硬い表情で尋ねてくるリィズ。
「はい、殺しました。彼は私にとっては邪魔な存在だったのです」
もう死んでいたとか、エゴに飲み込まれて人でないと言い訳はしない。責めたければ、責めれば良いのだ。レキの精神力はそれぐらいでは落ち込むだろうが、すぐに立ち直れるステータスを持っている。
「父さんは良い親じゃなかった。崩壊前も母が死んでから酒浸りの生活だった。私が超能力を持っているとわかるとそれに夢中になり、仕事もしないでいつも何かぶつぶつと家で言ってた」
ぽつりぽつりとそして淡々とリィズが話す。遥はそれを静かに眠そうな目を向けて聞く。
「崩壊時に、この皇居にきたのも、単なる偶然だった。なんかよくわからない企業に私の超能力を売り込みに行って失敗したから、皇居の観光場所でぶらぶらと時間を潰していたの。なんの博士号もないし、本人は高卒で日雇い仕事ばっかりしていたのに。良かったことは母さんと結婚できたぐらいだと思う。その母も病気で亡くなってからは父さんは完全にダメになったけど」
重い話である。そしてあのバイオ的な博士は結婚していたのかと驚く。どうやらリィズは養子ではないらしい。ハーフなのだろうか。たしかに遥は今思いだしたが、日本の養子制度は未成年の場合は凄い大変だった記憶がある。両親ともにそろっていること。収入に不安がないこと。他にも親の方に性格に問題がないこととか、多種多様にあったような気がするのだ。
漫画やアニメみたいにマッドサイエンティストが引き取れる孤児なんていないのである。漫画やアニメじゃないんだからと、皆に言っておきながら、しっかりと漫画やアニメに精神を侵されていたおっさんであった。
ツツッとリィズの目から涙が流れていく。それを周りの人々は同情の溢れる表情で見守って話が終わるのを待っていた。無上と呼んでいたが、それほど父親を悪くは思っていなかったのだろうか。
リィズはそのままおっさん少女をぎゅぅと抱きしめてきた。平坦な胸なのでごつごつして痛い。褐色少女もリィズも胸はレキと同等である。そう思ったら叶得からなんだが怖い視線が飛んできた。彼女は胸のことになると超反応でもできるのだろうか。
そしてリィズは力強い声で、おっさん少女に声をかけた。
「これからは姉妹で強く生きていこう。リィズのことはお姉ちゃんと呼んでね」
そして、またぎゅぅぎゅぅと力を込めて、おっさん少女を抱きしめる。
ん? と首を傾げる遥。なんか変なことをリィズは言ったような気がする。これからは強く生きていこうかな? 言い間違えたのかな? それともまだ妹がいたのかな? と聞いてみる。
「お姉ちゃん? だれか妹がまだこのオアシスにいるんですか? リィズさん」
涙を引っ込めて、ふんふんと鼻息を荒くして、頬を紅潮させて、強い視線を遥に向けて答えるリィズ。
「レキは作られた存在。恐らくは私の細胞を使用して作られたと思われる。だから、私がお姉ちゃん。これからは二人で生きていこうね」
なんと、想定外の想像をした模様。もはや想像というより創造に入っていると思う内容である。そして涙があっさりと引っ込んだことを考えると、父親のことはどうでもいい模様である。
「レキが鉄サソリに振動系の超能力を使用したときに、私はわかった。同じ血を引く姉妹だと! 恐らくは、そっちの財団が密かに私の細胞を採取して作ったのがレキ。今までよく頑張ったねレキ!」
よしよしと頭も撫でてくるリィズである。ポカーンと口を開けて唖然とするおっさん少女。振動系? そんなの持ってはいないよ。持っている攻撃の超能力は念動と氷念動だけである。
どうやら鉄サソリを殴ったときの衝撃を振動と勘違いしたみたいだ。確かに威力がありすぎて、普通に殴ったとは思わないだろう。
なるほど厨二的想像である。確かに小説やアニメではありそうな話だ。自分のクローンが何万人もいたりするのだ。あれは可愛い少女を作成できたことで成功で良いと思う。電撃を使う力なんて二の次だと思うのだ。我が家にもちゃんと育てるから一人欲しいと読んだときに思ったものだ。
レキが何も言えないのを、姉と出会えて感動して声も出ないと思ったのだろう。またぎゅぅぎゅぅと抱きしめてくるリィズ。
どうやらおっさん少女は天然の超能力者の妹になったみたいである。