100話 おっさん少女とバイオな博士
静まりかえっているオアシスの門前である。多くの人々がいるにもかかわらず、誰も言葉を発しようとしなかった。ただチュインチュインと鉄サソリのレーザーの撃ち出される音のみが周りに響く。
赤きレーザーは、かすかに蒼い水晶のような壁に撃ち込まれていき、火花になって消えていく。それは線香花火の放つ火花のような美しさと脆さを見ている人々に感じさせた。
だが、その火花が脆くないことを人々は知っていた。砂漠化になった都内を大勢の人間が脱出する際に次々と撃ち殺されて焼死体となっていくのを見ていたからだ。また、遠くから砂トカゲを軽々とまるで兎を狩るように殺していたのを見たことがあるからだ。
そのレーザーは凶悪であり、どんな装甲も貫く極光と思われていた。
だが、その極光は子供みたいな少女の生み出した壁の前にあっさりと砕けていく。きっと何万発撃ち込んでも無意味だろうと感じさせる水晶の美しい壁であった。
鉄サソリは己の攻撃が通じないと理解したのだろう。今度は自らの肉体で倒さんと、多脚を激しく動かして暴走ダンプカーのような威圧感をもって少女に迫ってきた。
「獅子の手甲展開」
レキがつぶやくと同時に、少女の意思に従い輝く黄金の手甲が右腕を覆う。
迫りくる鉄サソリへと視線を向けて、右脚を軽やかに地面につけた。トンッと軽い音がした時には、人々の前から消えており、いつの間にかレキは鉄サソリの前に存在していた。
走る鉄サソリは突如目の前に現れた少女を喰らおうと大きく口を開ける。ぐわりと大きな口を開けていく。その中にはびっしりと細かい牙が生えており人間は喰われたら最後とわかる。
「どこまでいっても、所詮は虫ですね」
鉄サソリの走り寄る巨体を前に恐怖も見せず、また高揚した表情も無くレキは口に右拳を叩き込んだ。
鉄サソリの節約殺戮術である。右拳をくらった口から衝撃が発生し波動となり、鉄サソリの内部はブチブチと肉の裂ける嫌な音をたてながら破砕していった。
内臓を砕かれた鉄サソリはあっさりと体液を外骨格の隙間から垂れ流しながら、地面にヨロヨロと体を震わせて倒れ伏すのであった。
「何それ………。人工? 今の超能力は…」
唖然と口を可愛く開けながら、レキに助けられたリィズが呟くように聞いてくる。
だがその言葉を大声で遮り、憎々しげな表情で顔を憤怒に染めて無上が怒鳴ってきた。
「何だ今のは! あの壁は? 倒したのは振動? 近寄ったのはテレポートか!」
ずんずんとレキに肩をいからせて、狂乱の様子を見せて近寄ってくる無上。どうやら衝撃にて肉体を破壊したことを振動と判断し、目で追えない速度だったためにテレポートと勘違いしたみたいだ。
無上が怒鳴りながら言った振動という言葉を聞いて、ハッとした顔になりレキを驚愕の表情で見るリィズ。
リィズの驚きを無視して、無上は更に問いかける。
「人工? 人工と言ったな貴様! まさか私以外が人工の超能力者を作り上げたとでも言うつもりか! 答えろ貴様」
五月蝿く喚く無上を眠たそうな冷ややかな目で見るレキ。
「私も聞きたいことがあるんです」
無上に比べて大きな声でもないのに、その透き通るような美しい声はやけに人の耳に入っていく。
「どうして貴方は日焼けをしていないんですか?」
静かに、そう問いを発して、目の前の青白い皮膚をしたモノに、レキは小首を傾げて視線を向けるのであった。
一人の少女の言葉に鎮まりかえる日焼けした褐色の肌を持つ人々。誰も彼もが日焼けをしていた。それはリィズも例外ではない。日焼けをしないように家に閉じこもるなど不可能な環境だからだ。壁だって天井だって、そこかしこが崩れており強き日差しが入らないところなど無いのだ。
人々は自分たちの王様気取りをしていた人間が全く日焼けをしていないことに、今更ながら気づいた。
おっさん少女が全く日焼けしていないことに違和感を感じた叶得すら、今までに何度も顔を合わせていたはずの無上のおかしさに気づいていなかったのである。
それがレキの言葉で、皆は目が覚めたように違和感に気づいたのだ。
だが本人だけは気づいていないみたいである。何を聞いてきたんだという不思議そうな表情でレキを見ていた。最早本人には自らのおかしさを感じないのだろう。
「答えられないようですね。では、次の質問をします。オアシスの定義とはなんでしょうか?」
答えようとしない無上を放置して、叶得へと視線を向けて答えを求める。
レキの視線を受けて、慌てて考える叶得。自信無さげに答えを口にする。
「えっと、水がある? 人が癒やされる? 暮らすこともできる?」
叶得の答えを聞いて目を閉じて頷くレキ。再びその眠そうな眼を開けて解答を教える。
「人が癒やされる。何の栄養も無い雑草を食べても生きていられるぐらいに」
雑草から変異したサボテンだ。最底辺の栄養がある? そんなものはあるはずはない。それでもそれを食べて人々は生き残っていたのだ。そう答えて次の言葉を口にした。
「人が暮らせるようになる。力をつけて小さな力しか持たない子供がまるでヒーローみたいな能力になるほどに」
ハラハラして発動しないのではないかと、遥が応援するほどリィズからはほとんど超常の力を感じなかった。それが発動と同時に強くなったのだ。目を開けて、遥はゆっくりとした口調で優しい笑顔をしながら叶得にオアシスの定義を教える。
「ですが、このオアシスには矛盾する概念があったのです。それは不可侵の力を持つということ」
遥はウィンドウに視線を向けて、サクヤに正解を教えてもらおうとする。
「その通りです、ご主人様。ここは聖なるオアシスの概念なのです。邪悪なる物の侵入を防ぎ、人々を癒し、力を大幅に上げるのです」
うんうんと頷きながらサクヤが答える。砂漠の概念は極めて普通であった。しかしオアシスの概念は普通ではなかったのだ。
「オペレーターが教えてくれました。このオアシスはミュータントを防ぐ超常の力があるそうです。そのために、人々は生き残れた」
再び無上に視線を戻して、遥はここの状況を皆に伝わるように大きな声で伝えた。
「一つ問題がありました。ここは不可侵なれど、最初から中にいた邪悪なる物には対応できなかったのです」
オアシスの概念形成時にいた者には無意味な概念であったのだ。不可侵の力は内部に入られたら無意味だったのである。
そうして、ちっこい可愛い右人差し指を邪悪なるミュータントの無上に指差しながら、教えてあげるのだった。
「なんだと? 私が邪悪? どういう意味だ? 意味がわからん!」
困惑した表情で、顔を真っ赤にして怒鳴る、この日差しの強い砂漠で日焼けもせずに、走っても汗ひとつかかない無上は自らの姿に違和感を感じずに、遥に詰問してきた。
その詰問を無視して、再び遥は皆を見渡して告げた。
「本来の効果である不可侵の力は、このミュータントの概念形成能力で消えるはずでした。しかし無上のこだわるエゴは超能力だったのです。なので、このオアシスの概念で超能力が強化されたリィズの力をみて、自らの超能力という研究成果が発揮されたと思いこみ、概念形成の能力の発動を無意識に止めていたんです」
叶得がわけがわからないという戸惑った表情で、両手を腰にあてて睨むように遥に聞いてくる。
「何それ? 概念? どういう意味? 意味がわからないよ!」
怒鳴るのがデフォルトの叶得である。それに遥の言っていることはわからないのは当然である。理解できるのは遥と今まで概念形成をしてきたミュータントと戦ってきた若木コミュニティぐらいであろう。一般人が理解できないのは当然である。
「変異した強力なミュータントは概念という自分の周辺の環境を変化できる力をもっているんですよ。叶得さん」
再び視線を叶得に向けて丁寧に答える遥。
「だけど、いくら概念形成を抑えていても、徐々にこのオアシスは侵食されていきました。恐らくは無上の言う超能力を使えるようになる薬の完成が近づくほど、オアシスの効果は必要なくなっていったんでしょう」
動揺する人々。意味がよくわからなくてもまずい状況に入っていたことが話す雰囲気でわかるのだろう。
「叶得さんは最近はミュータントの侵入が多いと言ってましたね? それが原因なんです」
伏線みたいに、ぼそりと叶得は言っていたが、遥はそれを聞き逃さなかった。どう考えてもフラグであるからだ。このような伏線は経験がたくさんある遥である。勿論ゲーム内であるが。大体このような呟きを無視して、後から、こんなことが原因だったのか!と人々は驚くのだ。
「そして、ここからは私の予想ですが、どうなるかは想像できます。もし私がこのまま無上を見逃して帰ると、私の超能力を見た無上は家に帰った後に、人工超能力者の研究に負けんと薬と自分では言っているものを使うでしょう。そうして完全体になった無上の力でオアシスの概念は完全に崩れ去り、傍にいたリィズさんや護衛官を殺害。オアシスの概念が消えたこの場所は外のミュータントがなだれ込んできて、皆殺しというパターンです」
うっすらと微笑みをして、ゆっくりと無上に話しかける。そんなパターンだと簡単に予想できるのだ。勿論ソースはゲームである。小説とかもある。
「そういうのたくさん見てきたんです。そうして私は皆の死体を見て悲しみながら、あなたと戦う。そんなルートがあったと思うんですよ」
ふふと可愛く笑い、話を続ける。多分この予想は良い線をいっているはずである。
「それであなたを倒して悲しみを終わらせるという鬱エンドですね」
後ろ手で無上を見上げてニコリと笑顔を見せて告げる。鬱エンドで終わるゲームは嫌いなのだ。苦労した主人公が全く報われないゲーム。世界をせっかく創造したのに、もうお前は必要ないからさようならとか、竜を使役して頑張って姫様を取り戻したのに、敵の将軍に寝取られるエンドなゲームは最悪であった。その結果に唖然としたものだ。神様を殺せるルートがあったら、絶対に倒しに行くし、敵の将軍は寝取られる前に殺す気満々である。最近はハッピーエンド以外認めたくない遥である。なんでカルト教団を倒せると思ったら、核が落ちてきて全滅するエンドなんだ、急すぎるだろと思ったものだ。
「でも、私はハッピーエンドが好きなので、申し訳ありませんが、このルートはお断りします」
その言葉を聞いた無上はますます顔を真っ赤にして怒りだした。もはや現実ではハッピーエンド以外認めない主義な遥である。勿論自分がハッピーエンドになるのだ。報われてメイドとイチャイチャ生活を続けるのだ。既にその理想は叶っている感じもするが。
「ふざけるな! 訳がわからん? お前の言っていることは、私が化け物だということだろう? ふふん。そんな言葉で騙されるものか! 貴様は私の研究結果を盗みに来たエージェントだろう! 私の超能力者になるウィルスを盗みに来たのだ! 私は騙されん!」
クククと笑い、遥の言うことを否定する無上である。どうやら、遥の超能力の凄さを見て、しかも人工超能力者と聞いて、その結論に何故か至った模様である。
「薬? そのポケットに入れているだろう、あなたのコアのことですか? 誰もあなたを見て不審に思わないなんて、貴方の人間形態は人への軽い幻惑効果を出すのでしょうか?」
政府のエージェントで超能力者。そしてそれをアドバイスする人間で白衣を着ている?
そんなものは、アニメや漫画のみである。現実でそれに疑問を覚えないで信じる周辺の人たち。日焼けしていないことすら疑いに持たないのだ。遥は一目見てダークミュータントだとわかったし、わからなくてもその不自然さを覚えたであろう。
「ふざけるな。護衛官、こいつを捕縛しろ! この私の研究成果を奪いにきた組織の人間だ!」
あぁ、この人はエゴにより壊れているのだなぁと、改めて思う。エゴが貴金属の静香のようにはいかないのだろう。あれは貴金属を集めるのみで周辺には影響が出なかったのだ。きわめて希少なタイプである。普通は自我を持っていたとしても、こうしてエゴに飲み込まれておかしくなるのだろう。
護衛官は遥の話を聞いて、無上に疑いの目を向けている。言われてみればエージェントなどと、なぜ信じていたのだろう。なぜこんな汚い白衣の人間の言うことを聞いていたのだろうと思いついた表情である。そこには幻惑が解けて理性を取り戻した警官の目があった。
「あぁ、その薬ですか? こんな環境で研究ですか? どのように研究をしていたんですか? アルコールランプもない研究などできない場所で」
壁も直せない。天井も崩壊しており今にも崩れそうな家に住んでおきながら研究などできるはずがない。からかうように遥が言うと、子供のような少女にからかわれたと怒りの方が大きくなったのだろう、無上はポケットから瓶をあっさりと取り出した。
「馬鹿にするな! 研究など、やろうと思えばどこでもできるのだ。見よ! このウィルスを! 私が研究した成果。私が始祖たるウィルスを作り出したのだ。このKTウィルスを!」
無上が取り出したその瓶を見て、皆唖然とした表情になる。どうやら勝利で頭文字をとってKTウィルスらしい。
無上の右手には粗末なワンカップの日本酒の汚れたガラス瓶が握られていた。
「ふははは、見よ! この美しい色を! 完全なるウィルスを! 進化の究極薬を!」
周りの唖然とした表情に気づかず、陶然とした顔で汚れたガラス瓶を掲げる。その中には赤く肉塊で囲まれた目玉が入っていた。瓶の中でぎょろりと目を忙しく動かしているのが見える。完全にエゴに飲まれているのだろう。彼には研究の成果で作られたウィルスに見えると思われた。
バイオなエゴに飲み込まれているようですねと、溜息をつく遥。本来のルートだとこのまま先程の鬱エンドになっていたのだろう。ゲームの主人公なら見逃していたパターンである。わかっていても様子を見るかとか言って、後で後悔するイベントが発生するのだ。
しかし遥はこのようなパターンを腐るほど見てきた。
無論、ゲームや映画の中である。村長が宝に魅了されて、村人を殺してしまうクエスト、哀れな子供が悪魔に騙されて悲惨な死を迎えてしまうエンド。その度に思うのだ。攻略サイトを見て、そのストーリー知っているから! 先に村長殺しておいていい? 悪魔は倒しておいていいよね?と。
なので、フラグがバンバン作られているこの環境を見逃すことは無かったのだ。おっさんの知力はステータス項目に無い。しかし年齢に沿った経験が腐るほどあるのだ。推理小説で飽きて最後から見てしまう。それはその作者の本を見すぎて、犯人が誰か前半でわかるからだ。怪しそうな神官がお願いをしてくる? それはそいつがボスだからでは? と同じようにいくつものゲームをやってきたのだ。このパターンに気づかないわけがない。
見逃して、のんびりとオアシスで遊んでいた場合はバッドエンドになるのだ。そんなストーリーは大幅カットする遥である。現実なのだ、自由自在にストーリーは進めるし、嫌ならカットするのである。
「ふははは、私の研究成果だ! 絶対に誰にも渡さんぞ!」
怒鳴り続ける無上に、話し合いが面倒になったので、えいっと遥は思いきり無上の腹に蹴りを入れた。
吹っ飛ばされて、ビューンとアニメみたいに飛んでいく無上。門を越えて、オアシスと砂漠の境界まで吹き飛んでいった。
そしてオアシスの付近に騒音で追い払われて、まだうろうろしていた砂トカゲにナイスキャッチと口を大きく開けられて、パクリと食われてしまう。そのナイスな行動はなかなかコメディアンの才能がありそうである。
無上が蹴り飛ばされて、砂トカゲに喰われたのをみて、叶得が驚き焦って遥に迫ってくる。
「ちょ、ちょっと、あれじゃ死んじゃうじゃない! どうするのよ!」
遥が化け物と言ってもピンとこなかったのだろう。まぁ、それはそうである。仮定を重ねた推論である。一目会ったときからダークミュータントとわかった遥とは違うのだ。普通の人間に対する正しい反応である。
「叶得さん、大丈夫ですよ。ほら」
ダークミュータントの力が急速に増大していくのを気配察知で遥は感じた。無上を喰らった砂トカゲをついっと指さす。
え?と叶得たちが遥の指さした砂トカゲを見ると、無上を喰らった砂トカゲは苦しみのたうち回っていた。そして腹がグググと盛り上がると、肉が裂けて肉塊と思われるほどグロいピンクの肉で覆われた腕が現れる。そして砂トカゲの腹を裂きながら、無上が這い出てきた。
急激に肉体が膨張している無上。膨張の仕方がピンクの肉がもりもりと盛り上がっていって、極めてグロい。右腕、左腕と肉が裂けて、血が飛び出ているにもかかわらず、その裂け目から新たな肉が生まれていく。増幅しながら、血まみれの爪が大きく尖り伸びていく。そして盛り上がった肉の各所に大きな目玉がぎょろりと現れて周辺を忙しなく見渡していた。
「私の研究成果はだれにもぉぉぉ、わたさなぁぁぁぁぁ」
もはや声帯もおかしくなったのであろう、無上は砂トカゲから這い出てきて叫んでいる。持っていたガラス瓶は割れており、コアと合体したことが分かった。
何段階か変身がありそうだねと思いながら、おっさん少女はバイオ的な博士を倒すべく、オアシスを駆け降りるのであった。