第八話 ファミレス攻防戦 後編
「いやぁ、あれはビックリしたわ。転校生がバリバリの茶髪で、自己紹介はアホっぽいし」
「そうだったっけ。覚えてないや」
「『不破智里です~。趣味は寝ることとサボり。よろしくお願いします~』みたいな」
河崎はバカにしたように、薄気味悪い裏声を使って、不破の口調を真似た。かなりデフォルメが効いている。
それを耳にした不破の顔はみるみるうちに曇っていく。眉間に皺が寄って、ちょっとむくれたご様子。
「あたし、全然そんな感じじゃないんだけど!」
「的を射てると思うがな。妙に馴れ馴れしくて、すぐにクラスに溶け込んだっけな」
「馴れ馴れしいていう言葉は、どーかと思う」
「まあ誉めてはいるんだよ。今も俺に対して気さくに接してくれてるし」
「そりゃ、小学校の知り合いだからもあるし。今さら、他人行儀になんのも変じゃん」
本人にその気はないんだろうけど、なんとなく俺への当てつけのように思えた。どうにも一クラスメイトの女子だ、という感じが未だに拭えていない。
まあ時間が解決してくれるか。それでも少しは今のきっちりに慣れてはきている。
「それ以上にびっくりしたのは、その翌日にはもう平気な顔で遅刻してきたことだけどな。大した奴が来た、とみんなしてビビってたわ」
「いやぁそれほどでも~」
「そっちは褒められていないぞ、不破……」
その後も出るわ出るわ、不真面目エピソードのオンパレード。
やれ一週間全部ちゃんと来たことはないだの、定期テストにすら遅刻しただの、長期休みの宿題を一度も提出しなかっただの。
「そういえば、あの時はお前、かなりヤバかったんじゃないの?」
河崎が言っているのは、中三時の話。ある日、不破は担任に呼び出されたらしい。このまま休みがちだと、高校に行けないぞ、と脅されたとか。
「べっつに~。必要出席日数は計算はちゃんとしてたからね~」
「計算って……そこまでするくらいなら、ちゃんと来た方がは早かったんじゃ?」
「んー、だってさ毎日毎日学校行くのしんどくない?」
「いや、それは真理だけどな? それでよく高校来たな」
心底呆れ返っている河崎。俺も同意見ではあるので、うんざりした表情をしながら頷く。
しかし、当人は照れ臭そうに笑うだけ。
「さすがに中卒はヤバいと思ったからね~」
「そんなんでよくこの高校に来れたな。成績的な意味で」
「こう見えても、中学の勉強はできたから、あたし」
「そうそう。みんな、不思議に思ってたわ。授業とかろくにでてない癖に、実力テストの点はいいから」
「ま、それも昔とったなんとやら。今じゃ、ついてけてないけどね」
「そんなんで大丈夫なのか?」
「なんとかなるって~」
からからとのんきそうな笑い声をあげた。そして、彼女はストローを口にくわえてオレンジジュースを飲んでいく。そこに危機感というものはないらしい。
まあまだ一年生だから、あとからなんとでもなるか。いや、今の段階で躓いている挽回するのに苦労しそうだが。本人はそれをわかっているのかいないのか。
しかし、、ここまでの話を聞いた感じ、不破が変わったきっかけは小学校卒業から転校するまでにあったらしい。河崎が出会った時には、すでに今の彼女が出来上がってたみたいだから。
何が引き金になったのか。本人は中学デビューだの、もっともらしいことを言っていたが。結局、それを訊けるタイミングはなかった。
「っと、そろそろいい時間か?」
河崎に言われて、俺は腕時計に目を落とした。時刻は五時半を過ぎた頃。おおよそ、二時間くらいずっと話し込んでいたわけになるのか。……まあ、二人の話に耳を傾けていたのがほとんどだったけど。
本当に不思議だ。学校帰りに、クラスメイトとこうして寄り道してるなんて。いつもはまっすぐ帰ってゲームするか勉強するか。あるいは、ユウに付き合うか。
あいつ、今頃怒ってたりして。以前、帰る時間を間違って伝えた時はかなりムスっとしていたからな。あの時は、放課後講習のことをすっかり忘れてた。
「えー、まだいいじゃん! 全然、話足んないよー」
「何言ってんだ、ずっと喋ってたじゃないか。なあ、真柴?」
「俺もそろそろ帰らないと、かな。それにしても、不破もずいぶんおしゃべりになったなぁ」
「物静かな文学少女時代は終わったのよ、大翔くん。てなわけで――」
すかさず、メニューをとろうとする不破。しかし、その前に河崎がそれを取り上げた。
ぶーっと子どもっぽく口に出しながら、彼女は唇を尖らせる。むすっとした顔で、そのまま腕を組んだ。
「そんなに話したかったら、明日ちゃんと学校来るんだな」
「めんどくさいな~、もう。しばらく朝しっかり起きてないから、ビミョーだよ」
「とても高校生の発言には思えない……」
「まあ、大翔くんがいるんだったらちょっと頑張ってみようかな、なんて」
彼女はそういうと、悪戯っぽく微笑んだ。
*
「ただいまー」
玄関の扉を開けると同時に、ばたんとリビングに一番部屋のドアが開いた。ユウが首だけ突き出してくる。
「にぃ、遅かったんだね」
「ちょっとな」
「講習?」
「いや、クラスメイトとファミレスに」
「へ~、友達いたんだ……」
「なんだ、その反応は」
ちょっと拍子抜けしながらも俺は靴を脱いで中に上がった。しっかりと、脱いだ靴を揃えて置く。そして、ある事実に気が付いた。
「母さんは?」
「パートだって。今日かららしいよ」
「はあ、パートねえ」
「六時までには帰ってくるって」
「ふーん」
興味なさそうに返事をして、俺は自室に入ろうとする。まだユウはこっちの方を向いていた。
「どうした?」
「着替えたらあそぼ」
それだけ言うと、彼女は扉を閉めてしまった。俺の答えは必要ないらしい。難儀な奴め。その強引な感じに苦笑いしつつも俺は部屋の扉に入った。
久しぶりに一人になって、ふーっと長い息を吐く。色々なことがありすぎて、少し気疲れをしたのは事実。でもそれ以上に楽しかった。
実はついさっきまで二人と一緒だった。マンションの入口まで、見送ってくれたのだ。
『いいなぁ~学校に近くて』
『お前毎日来ないんだから関係ないじゃん』
と、意味不明な問答をして、ようやく別れた。
不破智里……きっちりがまさか同じクラスだったとは。明日も彼女に逢えるだろうか。昔を懐かしみながら、俺は上着を洋服掛けに吊るした。