第七話 ファミリーレストラン攻防戦 中編
「へー、中学でもクラス委員やってたんだー。えらいねぇ」
「でも不破さんだって、小学校の時はそうだったじゃないか」
「そりゃ、あの頃はね~」
がつがつとパフェを攻略しながら、彼女ははにかんだ。コーンフレークと一緒にクリームを掬い取ると、ぺろりと口の中に収める。それはとても子供っぽい仕草だった。
しかし、それでようやく半分くらいか。出てきた時には、そのサイズ感にびっくりしたものである。ただ、二人とも知っていたのか、平然とそれを受け止めていたが。
「俺としてはまだ信じられないけどな。二人して、俺を担いでんじゃないだろうな?」
「どうしてそんなことする必要あんのよ。あんたをからかっても仕方ないじゃない」
「どーいう意味だ、それ!」
「まあまあ河崎、落ち着いて。あんまり大声出すと、周りの迷惑になるからさ」
「周り、ねえ」
彼は面白くなさそうな顔で周囲をぐるりと見まわした。そして、一つ鼻を鳴らす。そして、ちょっと変な間をおいて口を開いた。
「ガラガ――」
「それ以上、いけない」
俺は彼の言葉をピシャリとシャットアウトした。そして、呆れたように首を振る。
確かに、お世辞にも繁盛しているとは言えない。しかし、それはこんな中途半端な時間であって、第一お客さんが他にいるのは事実だ。
変なこと言って、店員にでも聞かれたら面倒くさいことになりかねない。制服姿の今だと、あらゆることがすぐに高校に直結するだろう。
そのようなことを河崎に力説してみせた。彼は苦笑いしながらも、聞き流したりはしなかった。
「真面目だねぇ、大翔くんは」
そんな俺たちを微笑まし気に眺めながら、彼女はパフェを頬張り続けている。
「まあしかし、信じるしかないか。真柴が嘘つくはずないし。不破はともかく。ま、違和感しかないけどな、やっぱり」
「ちょっと、前半部分に穏やかじゃない言葉があったんですけど!」
「訊き間違いだろ、たぶん」
「ち~が~い~ま~す! どうして転校してきた大翔くんより信用ないのよ、あたし!」
「それは自問自答か? 面白いこと言うじゃねえか」
確かに、それは自明の理というか。河崎の中で、彼女のイメージはきっとろくでもない女子なんだろう。そりゃ、なかなかなあ……。
「あっ! 大翔くん、今笑ったでしょ!」
「笑ってない、笑ってない」
俺は大慌てで否定するものの、彼女は訝しんだまま。
「ウソよ、ウソ! あたしにはわかるもん」
「真柴もきっとお前のだらしなさに呆れ切ってるんだろうさ」
「……ほんと?」
「いや、それは……」
彼女は身を乗り出すようにして、ぐっと迫ってくる。そして、眉間に皺を寄せたまま、首とちょこんと傾けた。生半可な答えは許さないぞ、そんな目をしている。
俺はちょっと考えるふりをした。実際、どうやって表現しようか、慎重に言葉を選んでいるわけだけども。短い沈黙の後、再び口を開く。
「まあだいぶ変わったなぁ、と思うのは事実だよ」
「……こういうあたしは嫌いですか、大翔くんは?」
不破の声のトーンが一気に下がった。そして、ちょっとむくれたような顔をするぐっと姿勢を正す。そのまま、やや上目遣いに不機嫌そうな視線を送ってくる。
「え? なに、いきなり?」
「はぐらかさないで、答えて!」
「おっと、これは俺、邪魔者みたいですなぁ」
はっはっはとわざとらしい笑い方をして、河崎はグラス片手に席を立った。
咄嗟に俺はその腕をつかんだ。
「待て待て待って! このまま二人きりだなんて、気まずくて死んじゃう!」
「いや必死過ぎんだろ、真柴……。ほら、お前もいつまでからかってんだ」
「あはは、バレたか。ほんの意趣返しですよ、意趣返し!」
悪戯っぽく笑うと、彼女は再びスプーンを持つ手を動かし始めた。とても楽しそうにその残りを頬張っていく。
冗談だったのか……全く性質が悪い。まだ心臓がバクバクしている。残り少ないアイスコーヒーを俺は一気に飲み干した。
「ほんと、とんでもない女だな。ほら、真柴。ついでだから、なんか持ってきてやる」
「えっとじゃあお茶で」
「あいよー」
軽く受けると、彼はそのままドリンクバーの方に向かっていった。
結局、不破と二人きりになる。周りに人がいると言っても、ちょっと緊張してしまう。早く、河崎戻ってこないかな。手持無沙汰で、机の上に残してあったストローのごみを適当にいじってて遊びする。
「ねえさっきの話なんだけどさ」
おもむろに口を開いた彼女の目はこちらを向いていなかった。
「失望したでしょ、今のあたしに。あの頃とは、まるで正反対だもんね~」
「いや、そんな失望だなんて……ちょっと驚いただけだよ」
「自分でもね、不思議なんだ。なんで、あんなに小学校の頃は頑張ってたんだろうって。張り切るポイント完全に間違っているよね」
アハハ、その笑い声はちょっと弱々しい。から元気というか……どこか寂しげに見える。スプーンは完全にフレークの山に刺さったまんま。目線はテーブルの方に向いている。
しかし、俺がじっと見てることに気が付いたのだろう。顔を上げると、ニコッとわざとらしいような微笑みを浮かべた。
「何かあったのか?」
「別に何も。ほら、中学デビューとか、高校デビューってやつだよ~。珍しいことじゃないでしょ」
その言葉をとても信じる気にはならない。明らかに、本当のことを言ってない顔だ。
果たして深堀りしていいものか、少し逡巡する。昔なら、まだしも今の俺と不破――きっちりの関係は浅い。おいそれと、プライベートに足を踏み入れるのは……。
でも、はっきり言って放っておけなかった。そんなに欠席や遅刻を繰り返していたら、いつか取り返しのつかないことになる。それが心配だった。
「なあ、本当のことを――」
「ありゃ、飲み物無くなっちゃった。ちょっと取って来るね~」
意を決して話しかけようとしたら、彼女はわざとらしく席を立ちあがった。やや足早にその背中は遠ざかっていく。
背筋をピンと伸ばして奇麗な足の運び――昔と全く変わっていない姿がそこにある。それが尚更、俺の中の彼女への興味を大きくするのだった。