第六話 ファミリーレストラン攻防戦 前編
高校のすぐ近くに大手チェーンのファミレスがあることは、俺も知っていた。しかし入るのは初めてである。
俺が歩きだったから、チャリ通の二人もそれを押してきてくれた。
店にはいると、壁際のボックス席に案内された。促されるままに、俺は奥へ詰める。隣には、河崎が座った。
あまった不破は一人向かい側へ。存分にスペースを有効活用している。
河崎が、間髪入れずに自分の鞄を彼女の隣に軽く放った。そして、俺の方に手を伸ばしながら「ほれ、寄越しな」と言ってくる。
少し狼狽えながらも俺は鞄を渡した。先ほどよりは丁寧に、やはり彼女の隣のあいているところに、彼はそれを置いた。
「大翔くんのはいいとしても、どうしてあんたの分まで……」
「いいだろ、そっち広いんだから。ていうか、さっきからやけに真柴のこと贔屓し過ぎじゃね?」
「それはだって、昔からのお友達だもん。友達は大切にしなさいって、ママに教わらなかった?」
オホホホ、と芝居がかった笑い方をする不破。それはとても茶目っ気に溢れている。
成長した彼女は、昔みたいな落ち着いたちょっと固い雰囲気をすっかり失っていた。明るくて親しみの持てる気さくな子だというのが、今日だけで十分わかった。
「さてと、どれにしようかな……」
「真柴は? なんか食うか?」
「いや、俺はいいよ」
「したら、俺と一緒でドリンクバーだけな。さっ、早く決めろよ、不破!」
「そう急かしなさんなって。せっかちな男は嫌われるわよ」
「それはそれはありがたいアドバイス、痛み入ります~」
「そうそ。素直に感謝しておけばいいのだよ~」
俺は二人の軽やかな言葉の応酬をただ黙ってみていることしかできなかった。口をはさむ余地がないというか……。
話せば話すほどに、記憶との齟齬が浮き彫りになって、ちょっと困惑するというか……。砕けた口調で話す不破に未だ慣れない自分がどこかにいる。
そんな風にちょっと呆気に取られていると――
「ん、どうかしたか?」
「え? ああいや、別に……ただ二人は仲がいいんだなぁと」
「はあ? 俺とこいつが! 全然、そんな関係じゃないから。こんな不良女、こっちから願い下げだ」
「そうだよ、大翔くん。別に同じ中学ってだけだから。あと、あんたは後で覚えときなさいよ?」
彼女は河崎のことをきつく睨んだ。しかしすぐに何か思いついたような顔をして――
「大翔くんの方が付き合い長いんだから、自信もっていいんだよ~」
と、また例のからかうような笑みを浮かべながら言ってくる。ちょっと顔をこちらに近づけながら。
俺はただただ言葉を失った。心がざわつくのを止めらねない。冗談だとはわかっていても……。
「あはは、大翔くん。かおまっか~。照れてる、照れてる~」
「ち、違う! そんなんじゃ……」
「真柴、一々そんなんに反応してたら身が持たないぞ? こいつは、こういうやつだ」
「どういう意味よ――っと、ボタン押そー」
川崎に食って掛かりなながら、店員を呼ぶボタンを人差し指で押す不破。なかなかに器用な真似を……
すぐに俺たちの会話を遮るようにブザーが鳴った。
――ほどなくしてやって来た店員に、俺たちは注文を告げた。ドリンクバー三つに、なんだかかんだかパフェ。
「大してカロリーも使ってないのに、よくもまあ……」
「うっさい! ずのーろーどーはよく糖分を使うからいいの」
いつ、そんなことしたんだろう。それはきっと、河崎も思ったことだろう。
一瞬いたたまれない空気がこの場に流れた。
やがて、ウエイトレスがドリンクバー用のコップを持ってきてくれた。
「何飲む? 取ってきてやるよ」
「いや、それは悪いよ」
「いいから、いいから。転校生殿を厚くおもてなししなければ」
恭しく頭を下げて、彼は冗談めかして笑った。
俺も頬を緩めて、ついにグラスを彼に渡した。素直に彼の優しさに甘えることに。
「じゃあアイスコーヒーを」
すると、もう一本手がそこに伸びてきた。
「あたし、リンゴジュースね。氷はいらない」
「待て待て。お前はなんだ?」
河崎は一瞬手を伸ばしたものの、すぐ引っ込めた。そして、中学からの同級生の顔をきつく睨む。
しかし、相手の方はまったく気に留めてもいないようだ。口元に余裕そうな笑みを浮かべたまま、ぎゅっと目を細めてみせる。
「いいじゃん、ついででしょ」
「腕は三本ない」
「そう言えば大翔くんは部活とかやってないんだ」
「話を聞けーっ!」
大きく叫ぶ河崎。しかし、観念したのか、コップを三つ持ったままついに席を立った。
「やっぱり俺も行くよ」
腰を浮かしかけたものの、手首をぐっと不破に掴まれる。それは女の子らしい小さくて柔らかい手だった。
「いや、平気さ。まあ二人は昔話に花でも咲かせててくれ」
そのまま彼は歩き出していってしまった。
「なにあれ? かっこつけてるつもりかな?」
「手厳しいね、不破さん……」
「もうっ! 不破さんじゃなくってきっちりでいいんだよ?」
「いやでもさ……」
「もしかして苗字のこと気にしてる? だいじょーぶだよ、なんとも思ってないから」
「それもあるんだけど、ほら、俺たちもうあの頃とは違うしさ」
「そう? 大翔くんは昔と変わらないと思うけど」
そう言うと、彼女はくすりと笑った。それはあの頃の時と同じ、静かで淑やかな笑い方。きっちりの姿がそこになんとなく重なった気がする。
しかし、不破にはどうしてそんなことが言えるのか。久しぶりの再会からそんなに時間は経っていないのに。彼女の目には今の俺の姿はどう映っているのだろう。それを心の底から確かめたくなってしまった――
長くなりそうだったので、ここでわけます。すみません。
追記:話数間違ってました、重ね重ね申し訳ありません。