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第三話 不良JK現る

 高校生にとっては昼休みと放課後が、やはりゴールデンタイムだろう。前者の今、教室内はかなり騒がしい。

 前方にあるスピーカーからは、昼の校内放送が流れていた。

 最近話題のJ-POPが流れている。その曲は流行りに疎い俺でも知っているくらい。


 俺がこの学校に来て、もう六日ほど経った。今日は初めての木曜日。

 学生生活はまだ四日目だが、俺はすでにクラス内での地位を確立しつつあった。

 隅っこで目立たない生徒。それなりに勉強はできそうなやつ、くらいの立ち位置だ。

 とっくの昔に転校生ブーストの効力は切れていた。

 

「――ということがあってだな」


 よく話すのは前の席の河崎くらいだった。

 なんとこの男、見た目がかっこいい奴にも関わらず中身もできているのであった。いつも誰にでも分け隔てなく接している。

 他のクラスメイトは、その場限りのコミュニケーションをとるくらいだ。

 つまりは元いた高校の時とほとんど変わりはない。相変わらず交友関係はとても狭いまま。


「へー、それで?」


 母さんが作ってくれた弁当に箸をつけながら相槌を打つ。

 イケメンとは話まで面白いのか、この男色々な引出しを持っていた。

 聞いている方が楽な俺としてはものすごい助かる。


「池本のやつ、名指しで怒られてたよ。そりゃ、解答欄全部自分の名前で埋めたらそうなるよな」

「ある意味では天才の発想だな、それは……」


 あるクラスメイトが世界史のテストの時にやらかした話を聞いた。内容としては、すごく単純でありきたりなものだったが、彼の話し方はうまいものだと感心していた。

 

 その後も適当に会話をしていく。俺たちの話題と言えば、テレビとかネットとかゲームの話。

 この男も意外とそっち方面には詳しい様だった。

 人は見かけによらないというか……まあ話しやすくて助かるんだけれど。


 弁当を食べ終え容器を鞄にしまい込む時、右隣の席が目に入った。

 その席は今日も空のまま。今まで一度もその主を見たことがなかった。

 廊下側の壁に取り付けられた再度黒板に目をやると、欠席の欄には不破という文字がずっと残っている。


「ん、ああ――そうか、まだ大翔は会ったことないか」

 俺があらぬ方向を見ているのに、河崎も気づいたらしい。

 彼もまた左の方に顔を向けた。


「ずっと休んでるみたいだけど、身体が弱いとか?」


「不破トモリ――この学校きっての素行不良女だよ。遅刻上等、こうしてサボりは多い。勉強も真面目にやってるのを見たことない。課題は未提出、宿題は無し、そしてテストの成績は下から数えた方が早い」


 彼は苦笑いしながら教えてくれた。


 俺は言葉がなかった。そんなやつがクラスに、しかも俺の隣にいるとは……。

 中学の時には、そういう不真面目なのは何人かいたけど…………前の高校にはいなかった、と思う。

 学年全体のことをよく知っているような情報通じゃあないから全く自信はない。

 そもそも、今は一年の九月。リタイアするには、ちょっと早いような気もするが。いや、別にこの時期だったらいいとかっていう基準はないけどな。


 俺は単に意外に思った。こんな自称進学校にもそんな生徒がいるんだな、と。落ち着いた校風と聞いてたんだが。

 みんながみんな、真面目で勉学や部活に一生懸命だなんて思っちゃいない。

 高校生にもなれば多少はっちゃけることもあるはず……ちょっと度は過ぎてる気はするが。

 ただ他人は他人、人に迷惑をかけていないんじゃいいと思う。妹のこともあるし。俺はただかかわらないようにするだけさ。


 しかし、トモリ、か。奇しくも、きっちりと同じ名前じゃないか。変な偶然もあるもんだ。

 でも名前は同じでも彼女とはまるで正反対な人間らしいな。

 それはとても当たり前なことなんだけれど、俺はとても不思議で面白く感じてしまった。


「どうした? 何か面白いことでもあったか?」

「え? いや、別にないけど……」

「気のせいか。心なしか、ちょっと楽しそうな顔をしてると思ったんだけどなぁ」

 河崎はどこか照れくさそうに笑った。


 自分では気が付かなかったけど、少し顔に出ていたのかもしれない。

 きっちりと過ごしたあの日々は俺にとってかけがえのない日々だ。女々しいな、と思われるかもしれないけれど、今でもたまに思い出す。

 別にあの頃に戻れたら、とか。あいつにもう一度会いたい、とかそういうことではないんだけど。


「昔のことを思い出しててさ」

「そういえば住んでたんだっけ」

「ああ。違う区だけど」

 俺は彼にその名前を伝えた。


「そっちの方だと、こっちまで来る奴はいないだろうなぁ」

「だよな。無駄に広いもんな、この街」

「確かに、()()()、な」


 俺と河崎はちょっとだけ笑った。

 ついでとばかりに、話題が街のことに変わる。

 中心部は結構様変わりしているらしい。まあ、三年もあればそうか。


 今度、ユウでも誘って映画でも見に行こうか。

 俺とあいつが好きな話題作がそろそろ封切になるはずだ。

 たまに外に出してやらないと、あいつ一人じゃ絶対どこにも出かけないだろうし。


 教室内には、今日も穏やかな時間が流れている。

 一週間もすれば、色々なことに慣れてきた。

 転校の余波はすっかり収まっている。

 このまま何事もなくうまくやっていく。そう思っていたら――


 ガラガラ。教室前方の扉が開いた。

 角度的に俺の目には、ばっちりそれがわかる。

 しかし、誰もそれを気にした様子はない。室内の時間は淀みなく流れている。

 昼休みに誰かが入ってくるなんて、珍しいことじゃなかった。それに教室は、オープンな雰囲気に満ちているし。


 俺もすぐに視線を戻そうとしたんだが、その異様な姿がそれを許してくれなかった。

 つい本格的に、そちらの方に顔を向けてしまう。


 入ってきたのは、明るい髪色をした派手派手しい女の子だった。

 右手には、スクールバッグを提げている。どうやら、この人は今登校してきたらしい。

 ほどよくウェーブしフワッとした長い髪を胸元で揺らしながら、彼女はこちらに向けて歩いてくる。


 ブレザーの前がだらしなく開いて、胸元にリボンタイはない。

 さらに白いセーターの裾からはブラウスがちょっとはみ出てる。

 スカートは短くて、膝頭がばっちり露出していた。


 明るい茶髪、その服装、どれをとっても校則からは大きく逸脱している。

 そして、今は昼休み。もちろん遅刻。

 今日朝からいないのは、不破ともり一人だけ。

 導き出される結論は――


「おー、不破。今頃来たのかよ」

「不破ちゃん、ほんと不真面目だよね~」


 彼女が通り掛かると、近くのクラスメイトが声をかけた。

 しかし、言葉は返さず曖昧に笑うだけ。

 

 ――不破ともりは女だったのか。てっきり、男かと思っていた。ともり、という名前だけだと男女両方あり得るわけで。

 しかし、智里という知り合いがいるにもかかわらずなぜそう思ったかと言えば、河崎のぞんざいの口調からだった。


 そのままマイペースに通路をとって、俺の隣の席に座った。

 不思議そうな顔がこちらを向く。

 たれ目がちで、気怠そうな印象を与える顔立ち。奇麗というよりは、可愛いという言葉の方が適切そうだ。微笑んでいるが、それは妖しい感じがした。


「あれ、あなた誰? 初めて見る顔……だと思うんだけど」

 今度は河崎の方を見た。

「転校生だ」

「そうだよねー。いやぁ、ろくに同級生の顔なんて覚えてないけど、やっぱりそうだと思ったんだー」


 彼女はからからと楽しそうに笑った。

 身体が小刻みに揺れて、香水のような化学的な匂いが鼻に刺さる。


「名前、なんての?」

「ええと、真柴大翔です……」


 ちょっとどぎまぎしながら答える。いきなり親し気に話しかけられて、ドキッとしてしまった。

 すると、彼女の表情ががらりと変わる。何度か瞬きを繰り返すと――


「マシバヒロト……あっ! もしかして、大翔くん?」


 一際眩しい笑顔を浮かべるのだった。感激したように一つ手を叩く。


 俺はただただ呆然とすることしかできなかった。不破智里なんてやつ、知り合いにいた覚えはないぞ……。

  

「うわー、わかんないかー。ちょっとショック……」


 彼女は寂し気に笑った。なんとなくその華やかな見た目にはそぐわないと、俺は思ってしまう。

 そして、ちょっと姿勢を正したと思うと、真面目な顔で俺の瞳を見つめてきた。


「あたしだよ。吉津智里……ううん、きっちり、って言った方がいいかな?」

 

 そう、彼女はニコッと笑った。

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