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第三十七話 友達

「――で、お前ら実際どこまでいったんだ?」


 女子たち二人が部屋を出て行くなり、いきなり戸田が尋ねてきた。わざわざ丸テーブルに身を乗り出してきて。その顔は好奇心を微塵も隠そうとしていない。


 あの後、各自昼食を取り終えて、再び学校に集合した。そして改めて河崎邸へとやってきたわけである。道中どこかで食べる案もあった。しかし、さすがに制服姿だということ。そもそも俺みたいにすでに親に昼食を用意してもらっているパターンもあったから、そんな回りくどい方法を取ることにした。

 智里はわざわざ俺の家までついてきて、持参した弁当を食べていたけど。曰く『ママ的には別にこっちの方が楽なんだってさ』とのこと。毎朝毎朝、子どもの弁当を作るなんて大変だと思うけど。こういう時、うちの母親だったら大喜びする。


 ともかく河崎の家は確かに大きかった。住宅街の一角にある立派な一軒家。俺たちを優しく迎え入れてくれたお母さんはとても優しそうで上品そうな女性だった。ザ・上流階級の奥様、みたいな感じ。完全にイメージだけど。

 彼の部屋もまた、俺や不破の部屋なんかよりもずっと広かった。設置してあるテレビも大きかったし、ベッドもなんだかふかふかそうだった。


 そして、放課後の時みたく勉強を始めたわけである。明日の科目は化学と数学、それに家庭科という厄介な科目ばかり。実を言うと、俺はあんまり真面目に実技科目の勉強をしたことはない。だから、必死で教科書を読んでいた。


『咲たちには足りないものがある!』


 順調に時間を消費していたら、いきなりトラブルメーカー綾川が叫び出した。ばしんと軽く机をたたいて、すっと勢いよく立ち上がる。そして、ふんすと鼻息を荒らげて。

 ここ人の家なんだけど、とはたぶんの彼女以外全員の総意だ。だって、みんな迷惑そうな顔をしていたから。特に、智里はげっそりと。


 その後、お決まりのコント見たいなやり取りがあって、結果お菓子を買いに彼女たちは出かけたわけだった。『うちにあるけど』と河崎が申し出たものの、そこまで至れり尽くせりはよくないと、綾川が固辞したのだ。……ほんと、よくわからない人だな。


「いや、どこにも……」

「まさかのそのまんまの答えが返ってきたな! おじさん、びっくり!」

「うるせーぞ、樹生みきお! まったく、綾川みたいなことをお前までするなよ……」

「いやぁ、すまんすまん。でもさ、男同士でしかできない話って、あると思うんだ!」

「そんなことしてる余裕はあるのか? 明日、お前の苦手科目のオンパレードだろ」


 河崎の冷静な指摘に、うげっと顔をして戸田は引っ込んだ。力なく腰を下ろし、少しがっくりと肩を落とす。そして、じっと目線を下に向けた。

 ええ、そこまでへこたれることなのか……。俺はその変わり身の早さに、かなり驚いていた。

 しかし、河崎の方は一瞥しただけですぐに顔を戻した。冷静な反応、おそらくこの感じが戸田樹生、という男の本質なのかもしれない。賑やかしなところは綾川と似ていると思う。


 しかし、その戸田はいきなり顔を上げた。何かに気付いたようにはっとしている。そして、目を細めると口元をニヤつかせながらなぜか河崎の方を見た。


「そっかぁ、耕太としてはそういう話聞きたくないわけねぇ」

「……よし、樹生表に出ろ! お前は一度()っておかなきゃなと思っていたんだ」

 

 不気味な笑顔を浮かべて、彼はぽきぽきと指を鳴らした。凄みがある。なにかこう、赤黒いオーラが見えるというか……


「ハハハ、イヤダナー、コウタクン。ジョーダン、ジョーダン」

「ったく、ろくでもないこと言いやがって。――真柴も、大翔も余計な気遣ったりしなくていいからな。俺は二人のこと応援してんだから」


 河崎はとてもさわやかな笑顔を浮かべた。きらりと、白い歯がよく輝いている。……彼の言うことはいまいちわからなかったから、おずおずと頷き返しただけだが。


 そして――


「たっだいま~、あれちょっとシリアスな感じ?」

「咲、少しは荷物持ってよねー……って、どうして戸田は土下座してるわけ?」


 がちゃと扉が開いて、タイミングよく智里たちが帰ってきた。目の前の謎の光景に、少し驚いている様だった。二人とも目を丸くしている。


 その姿を見て、俺と河崎はどちらからともなく笑い出してしまった





        *





 智里の家の前に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。まあ元々、耕太の家を出た時にはすでに陽が沈んでいたんだけれども。

 二人は同じ中学校だから、その家もそんなに離れているわけではなかった。帰り道、ということもあるが、そこはやはり恋人なのでしっかり送っていくことにした。


「ありがとね、大翔くん」

「これくらい当たり前だろ」

「そっか、当たり前か……」


 オウム返しで呟くと、彼女は嬉しそうに笑った。

 誰もいないアパート前。すでに彼女は駐輪場に自転車を置いていた。対して俺はサドルに跨ったまま。片足を地面について、倒れないように支えている。


「……ねえ、あたしと咲が出かけてる間、何の話してたの?」

「別に、大したことじゃないよ」

 

 ただ戸田が俺とお前の仲をいじってただけ、という言葉は飲み込んだ。揶揄いの種を彼女にまで与えることはない。


「ほんと~? だって、河崎、大翔くんのこと名前で呼んでたし」

「それくらい仲良くなったってことさ」

「ふうん、男の友情ってやつね」

 智里も嬉しそうに笑った。


 実際のところ、何がきっかけだったかはよくわかっていない。気が付いたら、向こうが俺の名前を呼んでいた。だから、俺もそうした。別に咎められなかった。こっちの高校に来て、初めてできた友達だからなんとなく嬉しかった。

 彼だけではなくて、それなりに交友関係が広がってきた実感がある。智里のこともあるし、これからの学生生活を楽しく過ごせそうな気がしてくる。


「じゃあ俺、帰るよ」

「えぇ~、ちょっと寄ってけばいいのに」

「夕飯に遅れるから」

「そーですか。大翔くんは可愛い彼女より、ごはんの方が大事ですか」

 ぶぅ、と彼女は語尾を付け加えた。

「拗ねないでよ、そんなことで……」

「えへへ、ごめんごめん。呆れないで?」

 かわいらしい仕草で、智里は俺のことを見上げてきた。


 そういう風にされると、俺としては帰りづらいというか。誘いに乗ってしまいたくなるというか。とにかく、その姿は蠱惑的だった。

 智里はそうした振る舞いが得意だ。事ある毎に、俺をからかってくるというか。どこまで本気かわからない。これから徐々に慣れていければいいかな、とそう思う。


「じゃあまた明日な、智里。ちゃんと勉強するんだよ」

「わかってますってば。なんたって、デートがかかってるんだからね!」

「それ、本気だったんだ……」

「逆に大翔くんは本気じゃなかったんだ……」


 智里はあからさまにため息をついた。がっかりしたところを全面に出している。一度、かぶりを振ると、少しふくれっ面で睨んできた。

 

 いや、そんな顔されても……。デート、デートかぁ。どうすればいいか、全然わかんないや。しかし、智里はどうも本気のようだし。俺も行きたくないわけじゃあないんだけど。


「とにかく! あたし、頑張るからね。ちゃんと考えておいてよ」

「わ、わかったよ……」


 そう強く念を押されると、俺は首を縦に振ることしかできない。……まあ全てはテストが帰ってきてからの話、か。その時が待ち遠しいような、来てほしくないような。

 そんな複雑な思いを胸に、俺は自転車にペダルを踏む足に力を込めた――

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