第三十話 過去からの……
号令係が帰りのホームルームの終わりを告げた。それでバラバラと、クラスメイトたちは着席する。俺もまた腰を下ろす。隣の席は最後まで空っぽだった。その主は結局姿を見せなかった。
「あいつ、今日はサボりみたいだな」
「そうだね。なんとなく、予想はしてたけど……」
昨日の今日で、顔が合わせ辛いんだろう。またしても一つ、不破が遠のいていってしまった気がする。
「そうだ。連絡とれた?」
「いやダメだ。どうやら俺もブロックされたらしい」
「徹底してるね……」
「ったく、子どもっぽいマネしやがって」
相変わらず、俺から彼女にメッセージは届かないようだったから、河崎に代理をお願いした。まあ、それも徒労に終わったみたいだけど。
二人して、この事態に頭を抱えていたら、暗い表情をした綾川がこちらにやってきた。もちろん彼女にも、不破への連絡を頼んでいたわけだけど――
「ごめーん、ましばっち! 咲の方もダメだったよ……」
「綾川もか」
「もって、かわさんも?」
その問いに、彼は黙って頷いた。またしても空気が重くなる。ただでさえ悪天候のせいで、教室内の湿度が高くてじめじめしてるというのに。
本当に、今日は授業に身が入らなかった。何度か自分が当てられたことに気付かずに聞き返すくらいに。どれだけ恥をかいたことやら。
「だけど困ったねー。このまま、不破ちゃん、二度と学校に来ないつもりだったりして」
「いや、さすがのあいつもそれはねーだろ。欠席日数もそろそろギリギリだしな」
「ケータイの番号も知らないんだよね?」
ぶんぶんと首を振る二人。このご時世、メッセージアプリ一つあれば事足りる。特に学生は……俺はついこの間まではあんまり活用してなかったけど。
「正直自分の番号さえ曖昧だからねー」
「確かにな。使う機会、ほとんどないし。メールとかもそうだよな」
「そうそう。一昔前までは、そっちが主流だったなんて、信じらんないよねー」
勝手に盛り上がる二人をよそに、俺は何かが引っかかっていた。メール……そうか、一つだけ、俺はあいつの連絡先を知っていたじゃないか!
「どうした、真柴? そんなびっくりした顔して」
河崎が怪訝そうな視線を俺に向けてくる。
「いや、ちょっと。悪いけど、俺、すぐ帰るよ。じゃあね、二人とも、また明日。本当にありがとう!」
挨拶の言葉を口にしながら、机を後ろに下げて、俺は慌てて教室を飛び出した。二人は最後まで、わけがわからないといった表情をしていた。
そんなこと、毛ほども気にならない。俺の頭の中は、彼女に送る文面のことでいっぱいだった。早く帰らないと、逸る気持ちで廊下を早足で駆け抜けた。
*
「ただいま」
とりあえず形だけ声を出して、すぐに靴を脱ぎ始めた。
「にい、おかえり~。今日は早かったんだね」
いつものように迎えてくれるのはユウだけ。
「ああ、ちょっとな。またすぐ出かけるけど」
俺がそう言うと、妹はとても残念そうな顔をした。そのまま、部屋の中に引っ込んでいく。もしかしたら、遊びたかったのかもしれない。
ちょっと罪悪感を覚えながらも、俺は自分の部屋へ。手早く制服を着替える。
前に一度取り出しておいたのが功を奏した。その際に、あまり深いところにしまい込まなかったから、あの時よりも容易く目的のものは取り出せた。
小学校の卒業アルバム。裏表紙を開いてすぐのところ。寄せ書きのページ。きっちりからのメッセージの最後に記してある文字列を、慎重にスマホの画面に打ち込んでいく。
『きっちりへ
ちゃんと話しておきたいことがあるんだ。高校近くのあのファミレスで待ってるから。
大翔』
考えあぐねた挙句、俺はあんまり凝ったメールをしないことに決めた。とにかく会って――面と向かって話したい。ただその一心だった。
ファミレスを指定したのに、特に理由はない。ただ他に場所が思いつかなかっただけ。……どれだけ、寂しい学生生活を送ってるんだか、俺は。
そのまま黙って家を出た。朝の激しさはどこへやら、すっかり雨は小降りになっていた。流石に傘を差さずに、というわけにはいかないが。
時々うちの高校の制服を着た学生の姿を目にしながら、雨の中を小走りに進む。すぐに来るとは思ってない。それどころか、そもそも圧倒的に来ない可能性が高いことはわかっている。でも、もう俺にはそれしか手がないと思ってた。
ウエイトレスに、後から一人で来ると伝えて、適当なボックス席に案内してもらった。ちらりとスマホを確認する。メールの返信はない。もちろん、メッセージアプリも。
とりあえず、ドリンクバーを頼んでホットコーヒーを持ってきた。恐る恐る一口すする。熱い液体が口内を満たす。飲み干せば後に残るのは苦みだけ。
ふと周りを見ても、男一人というのは俺だけだった。居心地の悪さを覚えるけれど、仕方ない。ただじっとスマホを握りしめて彼女のことを待つ。
不安ばかりが募っていく。何をするにしても落ち着かない。ぼんやりと、ポータルサイトのニュースをチェックする。内容は全く頭に入ってこない。
暇潰しに本でも持ってくればよかったか。でもきっと同じだ。来るあてがない人を待つというのが、こんなに心細いことだというのを初めて知った。しかしそれでも、ひたすらに一心不乱にきっちりを待つ。
――どれくらい時間が経っただろうか。窓の外はすっかり暗くなっている。自意識過剰か、そろそろ店員の目がきつくなってきた気がする。
やっぱり来ないよな。そもそもあのメールを今も彼女が使っているのすら不明だし。一応、送信はできたけど。
ドリンクサーバーがカップにコーヒーを淹れ終わった。これが何杯目なのかわからないそれを手に、俺は自分の席へ――
「き、きっちり……!?」
「どうしてびっくりしているのかしら。呼び出したのは、他でもないあなたなのに」
そこには冷ややかな笑みを浮かべた少女が座っていた。
昨日よりもかなり短くて申し訳ありません……
まだ数話続けようかな、と思ってます。
ただあまりにもコンセプトから逸脱しそうなのが、少し怖いですが。
展開的には次がラストととなります(予定)




