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第二十八話 意志

 どれくらい俺は呆然としていただろうか。とにかく、教室に戻ろう。次に頭に浮かんだのはそんなことだった。こんなところにいつまでいても仕方がない。

 踵を返してとぼとぼと歩く。すれ違う人は、何事かと驚いたような顔で俺を見てくるが、そんなの至極どうでもよかった。ただひたすらにしんどかった。身体が、自分のものじゃないと思えるほどに重い。心の中では、ぴたりと表現できない感情がぐるぐると渦巻いていた。それが枷のように、俺をギリギリと縛り付けている。


「どうだった……って、聞くまでもないか。この世の終わりみたいな顔してるぞ、お前」


 部屋に入るなり、声をかけてきたのは河崎だった。行儀悪く机に座っていた彼は、すぐさま立ち上がった。一瞬はっと目を丸くするが、すぐに険しい顔つきになるとそのまま口を閉じる。

 俺はそんな彼を一瞥して、とりあえずさっきまで自分が座っていた席に腰かけた。当然、その真ん前に先ほどまでいた彼女の姿はない。ただ痕跡だけが残っている。不自然に机と椅子の間に隙間ができていた。


 教室内は不気味なほど静かだった。出て行った時には、かなり騒がしかったと思うが。そして、俺が入室する直前も。後方の扉を開けた瞬間、そんな喧騒はぴたりとやんだ。


「ごめんなさい! 咲が余計なことを言わなければ……」


 今度言葉を発したのは綾川だった。両手を自らの顔の前で固く閉じ合わせ、瞳をぎゅっと閉じている。口元にはかなり力が入っているようだった。少し背中を丸めている。


「綾川さんは別に。そりゃ、ちょっと突っ込んできすぎだろとは思ったけどさ。過程はどうあれ、悪いのは俺だ。嘘でもあんなこと口にしちゃダメだった……」

「そ、そんな落ち込むなよ、真柴。不破に何言われたか知んねーけど、あいつのことだからしれっと明日遅刻してくるって」

「そうだぜ。明日もほら、迎えに行くんだろ?」

 河崎の発言に、そうだそうだと、戸田が明るい表情で頷く。


 俺はその指摘に力なく首を振った。彼女にはきつく拒絶された。あれを何とかできる気はしない。無理矢理押し掛けたところで、不破は相手にしてくれないだろう。


「明日から来ないでくれって。もう二度と話したくないとも言われた」


 みんなの方を見ず、俯いたままで答えた。感情を剥き出しにした言葉……あの時のことを思い出して、また一層気分が落ち込む。そのまま机に両肘ついて手を組んで、その上に額を載せた。強くきつく瞼を閉じる。


 俺は一度ならず二度までも、()()()()を傷つけてしまった。そのことに、ほんのついさっきまで気づいていなかった。

 そんなに重大なことだとは思っていなかった。何も言わずに、彼女の前から消えてしまったことを。再会した時もちょっとちくりといわれたが、冗談めかした風だったし。その後、特に何の軋轢もなく日常を共にしてきた。

 自分の楽観具合に腹が立つ。……ただ再会できたことに舞い上がっていた。彼女の変貌に驚くことしかできていなかった。


 もし、あのときちゃんと別れの言葉を告げていたら、あるいはもう一度巡り合えた時にちゃんと謝っていたら、他人の余計な詮索をちゃんと躱すことができていたら……後悔は雪のように積もっていく。

 俺はいつも肝心なところで間違える。それに深く鋭く気付かされた。こんなにも打ちひしがれるほどに、俺は()()()()()()()()()()()。しかしそれはどうしようもなくて、俺の言葉はもう彼女には届かない。


「おい、しっかりしろ、真柴。なに落ち込んでるんだよ」


 誰かに肩を強く揺さぶられた。煩わしくて顔を上げる。そこには俺を心配するような顔の河崎がいた。どうして、彼がここにいるのか、一瞬わからなかった。彼はまっすぐに俺の目を覗き込んでくる。

 同じように、こちらを見つめる戸田と綾川。この二人は今日ちょっと多く話しただけなのに、どうしてそんな表情をしているんだろう。


「そんなの、お前が諦めなきゃいいだけの話さ。好きなんだろ、不破のことが」

「……そうだけど、もう無理だよ。俺と彼女の間にできた溝は深い。完全に嫌われたさ」


 もう二度と今までのようには過ごせない。それがわかっているから、こんなに辛いんだ。あの時も、本当はそうだった。ある日、父さんに言われた。少し真面目な顔つきで。その隣に座る母さんもまた、珍しく真剣な表情だった。


『転勤になった。こっちの中学には通えない。ごめんな』


 父さんは本当に申し訳なさそうな顔をした。日頃から、家族の会話が絶えない家庭だったから、二人とも子どもたちの交友関係はよく知っていたのだろう。だから、そういう思いに至ったんだと思う。


 そりゃ俺も初めはごねた。嫌だって、小学六年生になるというのに、ユウと二人大泣きした。それでも長い時間をかけて何とか受け入れた。生きていればまた会うこともあるか、なんて今にして思えばどれだけお気楽だよ、と思うけれど、別に永遠の別れじゃないと考えることにした。

 思い出はきれいなまま残しておけばいい。今の友達ともう一緒に過ごせない、ということは、逆に言えば記憶はどんどん純化されていくということだ。事実、あの頃よりも不破のことが強く気になっていた。


 だが、今回は違う。明確に突き付けられた、絶縁の意思。それこそ、子どもがやるじゃれあいじみた喧嘩の延長線上にあるものとは違う。俺たちはもう高校生だ。違うと言われるかもしれないけど、もう()()だ。


「――あいつ、中学の時にある男子に告白されてな。でもすぐに断ったんだ。他に気になる人がいるからって。その時はその場限りの誤魔化しかと思った。そんな素振り一度も見せたためしはなかったしな。でも真柴が来て違うってわかったよ。お前を見るあいつの目、キラキラしてた」


「あっ、それは咲もわかる。不破ちゃん、ましばっちと話してる時は本当に楽しそうだったもん。あの子、いつもけだるげだったのに。それでさ、つい、というか。好奇心に負けちゃって……羨ましかったんだよね、二人の関係が」


「うんうん、俺も二人と接したのは今日が初めてみたいなもんだけどよ、その仲の良さはかなり伝わってきたぜ。なんか息が合ってるっつーの」


 口々に好き勝手なことを述べるクラスメイトたち。他人から見れば、そんなにあからさまだったんだろう、不破の好意は。それに俺は気づいていなかった。いや、無意識に見ないようにしていたのかも。大切な感情きもちだったから。実らないなら、そのままでもいい。それは昔に決めたつまらない覚悟、決意。


「それは過去の話だよ。今はもう違う」

「まあだろうな。でもな、俺が言いたいのはそういうことじゃない。不破がお前のことをずっとずっと好きだった、って言いたいのさ。お前は、ちゃんとそれに真剣な答えを返したか?」

「それは――」


 何度も言おうとした。でも彼女は聞く耳を持たなかった。だから、()()()。いや、違うだろ。


「受け止めてもらえないのが怖かったんだ」

「……惜しかったな。ちょっと前なら、成功したのに。まあそれはともかく、少しは不破の気持ちがわかったか? ずっと不安定なままやってきたんだよ、あいつは。ずっと見てたからわかる」


 河崎の笑顔はどこか寂しげなものだった。でも、その強い目つきには勇気づけられる。


 ここがスタート地点。不破と同じ……なんて言うつもりは毛ほどもない。拒絶されても、伝えなくては。俺の気持ちを。真心を込めて――

本日もジャンル別日刊ランキング一けた、ということで本当にありがとうございます。

ブクマ、ポイント評価が創作の意欲になっています!


シリアス展開は、あと二話で抜ける予定です(たぶん

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