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第二十二話 成績向上作戦 そのご

 ひとっ走り高校の校門まで行くと、彼女は退屈そうにぼんやりとしていた。その傍らには、新品みたいなピカピカの自転車が停めてある。まだ俺の様子に気が付いた様子はない。


 白っぽいベージュのカーディガンに、ゆったりとした感じの深緑のスカート。その丈は脹脛の中ほどくらいまである……どうして、制服のスカートの方が短いんだろう?


 翌日の昼下がり。昨日と待ち合わせの時刻は変えず。今日もよく晴れていて、秋のよう気が心地よい。日中は少し薄めのパーカーを羽織るだけでも快適だった。


 昨日は家に帰ると、すぐに夕飯の時間になった。その席で、今日友達をうちに呼んでもいいかと両親に尋ねたところ、二つ返事でオーケーをもらった。妹はかなり不機嫌そうな顔をしていたけれども。


『大翔が家に友達を呼ぶなんていつ以来かしら』

『家で勉強会だなんて、いい青春を過ごしているじゃないか。なあ、母さん?』

『そうね~。昔が懐かしいわ~。懐かしいついでに、明日は二人でどこかに行きましょうよ』


 真柴家の夕食時の風景より抜粋。この後は、両親が二人でどこに行くかで盛り上がっていた。俺とユウはそれを冷ややかな目で聞きながら、黙々と食事する手を進めていたが。


 果たしてそれが、息子への気遣いか。はたまた、ただの思い付きなのか。二人の様子からして、後者っぽいのがまたなんとも……。


『晩御飯の時間までには帰るからね~』


 そんな二人は今朝、揚々と家を出ていった。俺は自室で粛々と勉強を、ユウもまた自分の部屋で執筆活動に勤しんでいるようだった。


 用意された昼食を妹と一緒に食べた。そのまま彼女のことを待つ心づもりだったのだが――


「おーい、不破!」


 まだ少し距離があったから、大きめの声を出してみた。 


「あ、大翔くん。こんにちは、だね」

「ああ、こんにちは」


 声をかけると、彼女はすぐにこちらに身体の向きを変えた。そして嬉しそうに大きくぶんぶんと腕を振る。


「ごめんね~。道に迷っちゃって……」

「いや、いいよ。この辺入り組んでるからわかりづらいよな」

「そうなの。どれも似たようなマンションに見えちゃてさ~」


 あはは、と彼女ははにかんだように笑った。気まずそうに、頬のあたりをポリポリと掻いている。


『学校まで迎えに来てもらっていいかな?』


 そんな連絡が入ったのは、ついさっきのこと。それで急いでここまでやってきたわけである。


 そのまま共に我が家を目指す。彼女は自転車を手で押しながら。外周をぐるりと進む関係で、校庭の賑やかな声がすっかりBGMとなっていた。

 人通りの少ない住宅街の舗装路をゆっくりと歩く。雰囲気が小学校の帰り道に似ているから、俺はなんだか懐かしい気持ちになっていた。


「いや~、楽しみだな~、大翔くんち」

「そんな面白いもんはないぞ」


 彼女の姿はとてもワクワクしているように見えた。何をそんな風にするところが思うところがあるのだろう。はたまた、謎である。

 

 いきなり、不破がこちらを見てきた。にやーっと、薄い笑みがその顔に広がっている。ろくでもないことを考えている。最近の付き合いで、少しは不破のことがわかってきた。


「エッチな本とかあるでしょ?」

「ないよ、そんなもん!」

「あ、DVD?」

 その声色はとてもおどけたような感じ。

「違います!」

「そっか。時代はスマホか、パソコンだもんね~」

「なんで、そういうのを持っている前提なんだよ……」

「興味ないの、そういうこと? 大翔くんのホントのキモチ、聞きたいな」


 いつの間にか、真顔に戻っていた。黒々とした純粋な瞳で、ただひたすらに俺のことを見つめてくる。とてもふざけているように思えない。


 しかし、そこは真柴大翔。中学以降の女子との接触は数える程。どんな返答をすればいいかなんて、全くわからなかった。

 そもそも顔がどんどん赤くなっていくのがわかる。心臓の鼓動は早くなっている。えげつないくらいに。すぐ隣にいる不破に聞こえてしまうんじゃないか、と不安になるほど。


 そのまま続く無言の時間。相変わらず、彼女は俺のことを無表情に眺めてくる。自転車を押す手を止めることなく。なかなか危なっかしいことをするもんだ。

 しかし、それを窘める言葉すら浮かばず。ひたすらに気まずさが募るばかり。


 その時――


「ぷっ、あはは~、大翔くん、顔真っ赤~! はー、おかしっ!」

 突然、不破は笑い出した。

「なになに? 真剣に考えちゃった~?」

「あのなぁ!」


 本当に、気が気でないことを言うのは止めてもらいたい。緊張し過ぎて、死ぬかと思った。


 今日、河崎がいないことが本当に不安だ。この後、ちゃんと勉強できるのだろうか……一抹の不安が俺の胸に広がった。





        *





「ただいま」

「お邪魔しまーす」


 玄関の扉を開けると、家の中の雰囲気はすっかり静まり返っていた。いつもとは違って、ユウは出迎えてこない。


『あたしは部屋に籠ってるから』


 さっき家を出る前に、あいつはそう言っていた。まあ兄の友人とは顔を合わせづらいだろうな。その心中は、少しは理解できる。


「誰もいないの?」

「親は出かけてるよ」

「妹さんは?」

「……よく覚えてんな、俺に妹がいること」

「まあね~。ゆうかちゃん。優しいに人偏に土を縦に二つ並べて、優佳ちゃん」


 名前だけでなく、漢字まで覚えているとは……。その記憶力に少しだけ舌を巻いた。そして願わくは、その能力を勉強の方に向けてもらいたいものだ。


「今は中学生かな?」

「ああ。二年生になった」


 学校にはほとんど行ってないけどな、とはとても言えなかった。俺が言うべきことではない。妹のこととは言えど、他人の事情。ユウも知られていい気はしないだろうし。


「で、優佳ちゃんもいないの?」

「部屋に籠ってるよ。ほら、あいつのことはいいから。さっさと行くぞ」

「もうっ、大胆なんだから~」


 おどける不破のことは置いて、俺はそそくさとリビングに向かった。少し遅れて彼女もついてくる。 


「へ~、ここが大翔くんの部屋か~。台所まであるなんて、すごいな~」


 中に入るなり、彼女はそんな不思議なことを言ってのける。俺の反応を待っているのか、ちらちらとこっちを見てきた。


 俺はスルーして食器から二つグラスを取り出す。そのまま冷蔵庫を開けた。彼女の意図はわかるが、あえて見過ごしてやることに決めた。


「無視すんな~」

「いや、だって意味不明なこと言ってるから。ここはリビングだぞ?」

「わかってるわよ、そんなこと! ボケよ、ボケ! そんなわけあるかいっ、ってツッコミ待ち! もう、全部言わせないでよね……」


 一人で盛り上がっている。興奮したり、落ち込んだり、騒がしい奴だな。流し聞きしながら、麦茶を用意した。それを食卓に運ぶ。


「ああ、そういうことか。ごめん、気が付かなくて」

「謝らないで。余計、悲しい気分になるから……」


 不破は入口のところで、とても気の毒そうな顔をしていた。はぁ、という深いため息がここまで聞こえてくる。


「まさか、そこまで堅物だとは……」

「いや、さすがにふざけてるって気づいてたよ? さっきの仕返しさ」

「な――っ! 大翔くん!」


 彼女は顔を真っ赤にすると、ぷくーっと頬を膨らませた。ムッとした表情で、眉を顰める。


 それを見て俺は、大笑いをした。彼女を翻弄できたことが、なんとなく嬉しかった。いつもいいようにやられているし……どこかの誰かに比べれば、マシだけど。


「とにかく座りなよ。早く始めよう?」

「もうっ、イジワル!」


 ぷんぷんと怒りながらも、部屋の奥にやってきた。そして、俺が引いてやった椅子に座る。高さのある洋風テーブル。ちゃんと奇麗に拭いてある。


「でも大翔くんの部屋じゃないんだね?」

「不破だって、リビングだったじゃないか」

「乙女の部屋にはね、おいそれと上がれないものなんだよ? ……誰かさんは平気で朝、忍び込んでくるけど」


 批難するように目を細める不破。酷い言い草である。だいたい、彼女が起きてこないのが悪いと思う。


「ちゃんと保護者には話しとおしてあるんで! ってか、単に汚いだけだろ? そろそろちゃんと片付けた方がいいよ」

「えー、めんどっちーなぁ。そだ、大翔くん手伝ってよ。あたしの世話焼くの好きでしょ?」

「乙女の部屋発言はどこに言ったんだよ……」

「もしかしたら、掘り出し物とかあるかもよ? あたしの、下着、とか?」


 俯きながら、上目遣いに彼女は俺のことを見てきた。その瞳の奥に揶揄いの色が浮かんでいるのがよくわかる。


 さすがにそれはわざとらしすぎて、毛ほども動揺しなかった。またやってるよ、と呆れて首を振る。


「アーハイハイ、ソーデスネ」

「無反応なの、すっごいムカつくんですけど!」


 とりあえず、謎のやり取りを経て、俺たちはようやく勉強を始めることにした。彼女はバッグから、勉強道具を出していく。


 俺のやるべきことはすでにそこに置いてあった。そりゃ、さっき家を出るまでここで勉強していたわけだから。

 そしてリモコンを操作して、テレビの電源を入れた。妨げにならない程度に手早く音量を下げる。こいつには、雰囲気を柔らかくする役割を期待していた。画面には、バラエティー番組が映し出されている。


 俺の部屋で勉強しない理由は、丁度いい机がないこと。そしてなにより、あの狭い空間で、彼女と二人きりになることがとても不安だったからでもあった――

すみません、遅くなりました。

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