表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/42

第十八話 成績向上作戦 そのいち

「ふーっ! 今日もよく頑張ったぜ、あたし!」


 隣で明るい茶髪の少女が一人で盛大に騒いでいる。長い緊張から解放された余波か、ぐでーっと机に伏せてしまう。

 俺はそれを呆れた気持ちで横目で眺めていた。何を疲れたことがあるのかと、白い目を向ける。それを言葉にする代わりに、盛大にため息をついてみた。


「わかってないなぁ、大翔くんは。このあたしが、朝からちゃんと学校来たんだよ! それだけで、重労働なんだよ!」


 俺ががっかりしたことに、彼女も気が付いたらしい。顔だけこちらを向けると、そのまま畳みかける口調で熱弁してきた。


「不破、それ普通の高校生にとって当たり前だから」

「あたし、ふつーじゃないも~ん」

 おちょくるように言い放った後、不破はそっぽを向いてしまった。


「しかし、あれだな。真柴が迎えに行けばちゃんと来るのな」

「それは俺も驚いてる。起こすのは苦労したけどね」


 俺たちは短く言葉を交わして苦笑しあった。そのままやるせない視線を、ぐったりする同級生に向ける。


 昨日約束したように、俺は今朝も彼女の家を訪れた。雨は降っていなかったので、ささーっと自転車で。


 いつものように、彼女の部屋に入り、何とかその目を覚まさせ。そして、すかさず例のガムを食べさせた。効き目はばっちり。二度寝、三度寝と、睡眠を繰り返すことなく、難なく制服を着た彼女と合流できた。相変わらず、どこかだらしない着こなしだったけれど。


「ねー、不破ちゃん! 机、下げらんないんだけど!」

 声の主は、彼女の前の席の人間――金沢さんだった。

「ずずずず~、ともりはねてまーす」

「バカなこと言ってないで、さっさと机下げろ!」


 俺は未だ机に伏し続ける彼女の頭を軽く叩いた。そして、その椅子をガタガタと揺すってやる。


 すると、彼女は向くりと起き上がった。髪が顔に少し纏わりついて、ちょっと不気味で不機嫌そうな雰囲気を醸し出している。


「しょーがないなー」

「別に、不破ちゃんが全部やってくれてもいんだよ?」

 そういう彼女の後ろには、やれやれといった表情を浮かべるクラスメイトの姿。みんな、不破のことを待っている。

「アハハ~、今からやりますってば~」


 そこから先の動きは素早かった。パパっと荷物を纏めると、凄い勢いで席を立った。そして、あっという間に椅子を上げて机をずるずると引きずった。

 それを見て、満足そうに金沢さんも机を押し込んでいく。ちょっとの間できていた渋滞はすぐに解消されることになった。


「さて、帰ろうか、大翔くんと……オマヌケ?」

「ヌは要らねえ! そうだったとしても、オマケってなんだ、オマケって!」

「河崎、うっさい! こちとら、眠いんだよ、わかってる?」

「いや、知らねーよ!」

「でも不破、授業中もたくさん寝てたよね……」


 一時間目から、六時間目まで。隣で俺はずっとその姿を見ていた。おそらく、起きていた時間を数える方が容易そうなほど。


 それでもまた眠いとか。いったいどの口が言うのか。愛想は尽き果てて、一周回って尊敬の念すら覚えていた。


「逆に聞きますけど、お腹いっぱいでもデザートは食べられるよね?」

「何言ってんだ、こいつ?」

「さあ?」

 俺と河崎を困った表情で顔を見合わせる。その意図は全く不明。

「真面目に答えて!」

 

 そもそもそっちが真面目じゃないだろ、となぜか不満げな不破にツッコミを入れようとしたら――


「あの~、お三人方。どいてもらえないと、まとめてゴミとして掃き出すよ?」


 ブラシを持ったクラスメイトに話しかけられた。その顔は見覚えがあるものの、名前は知らない。――人の顔は覚えるのが苦手だ。ただでさえ、女子は接点がないし。

 とにかく彼女は困ったような顔で俺たちのことを見てくる。周りを見ると、掃除係が胎動していた。確かに、これはお邪魔である。


「とりあえず廊下に出るか」


 友人の提案により、俺たちは荷物を持って移動した。教室側の壁にそれぞれ鞄を置く。そこにはすでにいくつか並んでいた。


「で、さっきの続きだけど――」

「何の話だっけ?」

「好きなデザートは何ですか、みたいな……俺は柏餅だな」

「あんたそれ、本当に言ってるのなら渋いチョイスね……」

 不破はげんなりした様子で呟いて、首を軽く左右に振った。

「そうじゃなくて、お腹いっぱいでもデザートは食べれるでしょって!」


 先ほどとは違って、ちょっと語勢は強かった。ムッとした表情をして、ぐっと上半身を前に突き出す。


 俺たちは気圧されながら、おずおずと消極的に頷くしかなかった。それでようやく、彼女の顔が満足したものに変わる。


「それとおんなじよ。授業中の睡眠は()()()()みたいなもの。いくら寝ても寝足りないの!」

「とんでもない理論だな……」

「説得力の欠片もないね……」

「うるさいな~。とにかく、あたしは帰って寝ますので! ほら、行くよ」


 そう言うと彼女は鞄を持って歩き出そうとした。

 俺は慌ててその肩を掴む。


「待て待て、テスト勉強は?」

「やだな~、大翔くん。まだ二週間、あるじゃない」

「あの点数の人間が言っていいセリフじゃないよ、それ……」

「じゃあなに、あなたはあたしに残って勉強していけ。そうおっしゃるので?」

「昨日、勉強見るって約束しただろ。明日から土日入っちゃうしさ」


 彼女は忙しなくコロコロと顔を変える。眉を顰めてみたり、目を大きく見開いてみたり、下でほっぺたに瘤を作ってみたり……必死で、状況を飲み込もうとしているのはわかった。


「しょうがないな~、大翔くんがそこまで言うんなら付き合ってあげるか!」

「なんでお前が面倒を見る立場なんだよ……真柴、俺も一緒していいか、実はちょっとわかんないことが」

「もちろん。じゃあ、掃除が終わったら頑張ろう」


 と、言うことで彼女の成績向上キャンペーンがいよいよ幕を開けるのだった。

とりあえずまた新しいエピソードの始まりです。

長さは前と同じかちょっと長いかな程度を予定してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ