第十八話 成績向上作戦 そのいち
「ふーっ! 今日もよく頑張ったぜ、あたし!」
隣で明るい茶髪の少女が一人で盛大に騒いでいる。長い緊張から解放された余波か、ぐでーっと机に伏せてしまう。
俺はそれを呆れた気持ちで横目で眺めていた。何を疲れたことがあるのかと、白い目を向ける。それを言葉にする代わりに、盛大にため息をついてみた。
「わかってないなぁ、大翔くんは。このあたしが、朝からちゃんと学校来たんだよ! それだけで、重労働なんだよ!」
俺ががっかりしたことに、彼女も気が付いたらしい。顔だけこちらを向けると、そのまま畳みかける口調で熱弁してきた。
「不破、それ普通の高校生にとって当たり前だから」
「あたし、ふつーじゃないも~ん」
おちょくるように言い放った後、不破はそっぽを向いてしまった。
「しかし、あれだな。真柴が迎えに行けばちゃんと来るのな」
「それは俺も驚いてる。起こすのは苦労したけどね」
俺たちは短く言葉を交わして苦笑しあった。そのままやるせない視線を、ぐったりする同級生に向ける。
昨日約束したように、俺は今朝も彼女の家を訪れた。雨は降っていなかったので、ささーっと自転車で。
いつものように、彼女の部屋に入り、何とかその目を覚まさせ。そして、すかさず例のガムを食べさせた。効き目はばっちり。二度寝、三度寝と、睡眠を繰り返すことなく、難なく制服を着た彼女と合流できた。相変わらず、どこかだらしない着こなしだったけれど。
「ねー、不破ちゃん! 机、下げらんないんだけど!」
声の主は、彼女の前の席の人間――金沢さんだった。
「ずずずず~、ともりはねてまーす」
「バカなこと言ってないで、さっさと机下げろ!」
俺は未だ机に伏し続ける彼女の頭を軽く叩いた。そして、その椅子をガタガタと揺すってやる。
すると、彼女は向くりと起き上がった。髪が顔に少し纏わりついて、ちょっと不気味で不機嫌そうな雰囲気を醸し出している。
「しょーがないなー」
「別に、不破ちゃんが全部やってくれてもいんだよ?」
そういう彼女の後ろには、やれやれといった表情を浮かべるクラスメイトの姿。みんな、不破のことを待っている。
「アハハ~、今からやりますってば~」
そこから先の動きは素早かった。パパっと荷物を纏めると、凄い勢いで席を立った。そして、あっという間に椅子を上げて机をずるずると引きずった。
それを見て、満足そうに金沢さんも机を押し込んでいく。ちょっとの間できていた渋滞はすぐに解消されることになった。
「さて、帰ろうか、大翔くんと……オマヌケ?」
「ヌは要らねえ! そうだったとしても、オマケってなんだ、オマケって!」
「河崎、うっさい! こちとら、眠いんだよ、わかってる?」
「いや、知らねーよ!」
「でも不破、授業中もたくさん寝てたよね……」
一時間目から、六時間目まで。隣で俺はずっとその姿を見ていた。おそらく、起きていた時間を数える方が容易そうなほど。
それでもまた眠いとか。いったいどの口が言うのか。愛想は尽き果てて、一周回って尊敬の念すら覚えていた。
「逆に聞きますけど、お腹いっぱいでもデザートは食べられるよね?」
「何言ってんだ、こいつ?」
「さあ?」
俺と河崎を困った表情で顔を見合わせる。その意図は全く不明。
「真面目に答えて!」
そもそもそっちが真面目じゃないだろ、となぜか不満げな不破にツッコミを入れようとしたら――
「あの~、お三人方。どいてもらえないと、まとめてゴミとして掃き出すよ?」
ブラシを持ったクラスメイトに話しかけられた。その顔は見覚えがあるものの、名前は知らない。――人の顔は覚えるのが苦手だ。ただでさえ、女子は接点がないし。
とにかく彼女は困ったような顔で俺たちのことを見てくる。周りを見ると、掃除係が胎動していた。確かに、これはお邪魔である。
「とりあえず廊下に出るか」
友人の提案により、俺たちは荷物を持って移動した。教室側の壁にそれぞれ鞄を置く。そこにはすでにいくつか並んでいた。
「で、さっきの続きだけど――」
「何の話だっけ?」
「好きなデザートは何ですか、みたいな……俺は柏餅だな」
「あんたそれ、本当に言ってるのなら渋いチョイスね……」
不破はげんなりした様子で呟いて、首を軽く左右に振った。
「そうじゃなくて、お腹いっぱいでもデザートは食べれるでしょって!」
先ほどとは違って、ちょっと語勢は強かった。ムッとした表情をして、ぐっと上半身を前に突き出す。
俺たちは気圧されながら、おずおずと消極的に頷くしかなかった。それでようやく、彼女の顔が満足したものに変わる。
「それとおんなじよ。授業中の睡眠はベツバラみたいなもの。いくら寝ても寝足りないの!」
「とんでもない理論だな……」
「説得力の欠片もないね……」
「うるさいな~。とにかく、あたしは帰って寝ますので! ほら、行くよ」
そう言うと彼女は鞄を持って歩き出そうとした。
俺は慌ててその肩を掴む。
「待て待て、テスト勉強は?」
「やだな~、大翔くん。まだ二週間、あるじゃない」
「あの点数の人間が言っていいセリフじゃないよ、それ……」
「じゃあなに、あなたはあたしに残って勉強していけ。そうおっしゃるので?」
「昨日、勉強見るって約束しただろ。明日から土日入っちゃうしさ」
彼女は忙しなくコロコロと顔を変える。眉を顰めてみたり、目を大きく見開いてみたり、下でほっぺたに瘤を作ってみたり……必死で、状況を飲み込もうとしているのはわかった。
「しょうがないな~、大翔くんがそこまで言うんなら付き合ってあげるか!」
「なんでお前が面倒を見る立場なんだよ……真柴、俺も一緒していいか、実はちょっとわかんないことが」
「もちろん。じゃあ、掃除が終わったら頑張ろう」
と、言うことで彼女の成績向上キャンペーンがいよいよ幕を開けるのだった。
とりあえずまた新しいエピソードの始まりです。
長さは前と同じかちょっと長いかな程度を予定してます。




