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第十四話 早起きキャンペーン そのよん

 河崎たちと別れ、俺は一人マンションの建物内に入っていく。オートロックを抜けて、俺はエレベーターのボタンを押した。


 はあ。結局今日も失敗だった――上からエレベーターが降りてくるまでの短い時間に今日の反省をする。


 これで二日連続あいつは遅刻。初めて会った日から数えれば、四日連続か? そろそろ、やばい気がするんだが。それを指摘すると――


『だいじょーぶ、だいじょーぶ。夏休み前の貯金があるから!』


 不破はそんなわけのわからないことを言っていたが。


 うんざりした思いで、俺はエレベーターに乗った。七階のボタンを押して、少しずつ身体に重力を感じ始める。


 河崎の証言からも、ここまで欠席や遅刻が続いているのは珍しいと言っていた。それまでは、中学の時も含めてそれなりに疎らだったとのこと。


『朝からちゃんと来ようって思う日は基本徹夜だね~。気合と根性で乗り切ってました!』

『それはなんとも身体に悪いことを……』


 さらに――


『夏休み挟んで、生活リズムが完全に狂っちゃったんだよね~』


 彼女はそんな風に他人事みたいに笑っていた。……まだ高一なのに、なかなか大変なことになってんな。


 というわけで、その自堕落な生活が今も続いているらしい。それならそれで、改善しろよと思わないこともないが。


 苦笑いしながら、俺はエレベーターを降りた。短い廊下を通過して、我が家の玄関の戸を開く。


「ただいまー」

 ガチャ――すぐに近くの部屋のドアが開いて。

「おかえりなさい。にい、今日は早いんだね」

 いつも通りに、ユウに迎えられた。相変わらずどこか不愛想。


「まあな」

 短く答えて靴を脱いで、端に寄せておく。

「暇なの?」

「暇だ。後で、部屋いくよ」

「は~い」


 流石にその声はちょっと嬉しそうだった。ちょうど、自分の部屋に入りかけてるところだったので、その顔は確認しなかったけども。


 雨は降っていないものの、朝からずっと曇り空が続いている。だから、窓から入ってくる光の量も少なくて、俺は電気をつけた。

 そのまま手早く制服を脱いでいく。ちょっと明日のことを心配しながら。


 予報だと雨ではなさそうだから、例にもれず迎えに行くわけだが。流石に三日目。そろそろ結果を出したいところ。


 昨日の失敗は、あいつの準備時間を考えていなかったから。それは今日、クリアできた……ことにする。実際、途中までは順調だったわけだし。


 問題は、俺がいるにもかかわらず睡眠を繰り返しやがったこと。それは昨日はなかったことで、もちろん俺はそのことについても尋ねてみた。


『昨日はさ、いきなりでびっくりしちゃったんだよ。だってさ、起きた時に大翔くんがすぐ近くにいるとは思わなかったからさ~』

『……お前、どれくらい近づいたんだ?』

『誤解だ、誤解! それに、あの時はお母さんも一緒だったし』

『うわ~お母さんと一緒に来るだなんて、マザコン!』

 視線に強く軽蔑の念を浮かべる不破。


『不破のだよ! っていうか、知ってるよね』

『なに夫婦漫才してんだか……。とにかく、眠気が吹っ飛ぶほどの衝撃だったってことだろ?』

『そうそう、それそれ。河崎も、ごくまれにいいこと言うね~』

『ごくまれに、は余計だ!』


 結局、睡眠不足が最大の課題らしい。それと、それに纏わる寝覚めの悪さ。前者は、不破自身に何とかしてもらうことにして、後者こそ俺の腕の見せ所……だったんだけど。


 正直、俺自身朝起きるのに困ったことがなかった。それは河崎も同様ならしく、全くいい案は思い浮かばず。こうして、失意のまま帰宅した、というわけである。


 部屋着に着替え終えて、制服もしっかりラックにかけ終えた俺は部屋を出た。


「入るぞ~」

「うん」


 ユウの部屋はよく片付いている。どこかの誰かさんとは大違い。


 廊下側の壁にテレビが置かれ、窓際の大きな机にはパソコンのモニターが二つ置かれている。手前側にベッド、そして奥は収納スペース。後は、部屋の隙間を埋めるようにして、たくさんの詰まった本棚。


 彼女は座椅子に座って、中央でテレビと向かい合っていた。ゲームのコントローラーを握って、忙しなくボタンを押したり、スティックを回したり。


「今日は何すんだ?」

「昨日の続き」

「へいへい」


 俺は軽く調子を合わせて、その隣に座った。手近なところにあったクッションを下に敷く。


 とある格闘ゲームのストーリーモード。これは二人でもプレイできる奴で、俺とユウはせこせこと発売日から協力して進めているわけである。無論、昨日もさっさと家に帰ってプレーしていた。

 妹は、やっていた別のモードを終了すると、俺にもう一つのコントローラーをくれた。そして慣れた手つきで目的のモードを起動する。そのままマップ上を彼女のキャラが動いていく。まだ終わってない戦闘マスへ。黙って、戦闘が始まるのを待つ。

 

「最近のにい、なんか楽しそうだよね」

 バトルが始まって、彼女が話しかけてきた。

「そうか……?」

「うん、生き生きして見える。――そこ、来るよ!」

「あいよっと」


 慌てて、ジャンプボタンを押した。危うく致命的な一撃を食らうところだった。俺の操作キャラの髭のおっさんは未だに元気。


「実はさ、高校に小学校の時の友達がいて」

「へー、すごい偶然」

「そいつが朝ものすごく弱くてな、その手伝いをしてんだけど」

「うんうん……あっ! だから、最近朝早いんだ」

「そんなところさ。――ふぅ、いっちょあがり」


 ようやく一戦目が終了。夕食の時間までに、いい感じに進めればいいんだけど。


「そういや、お前も朝弱いよな?」

「ユウの場合はほら、遅くまで起きてるから」

「でも毎朝、必ず見送ってくれるよな?」

「うーん、あれは身体に染みついた習慣というか……――そこ、落とし穴」

「え?」


 しかし、一歩遅かった。見事に、パイプ修理屋のおっさんはステージの床に埋まった。必死にレバガチャする。


「ふんっ――起きたはいいけど、どうしようもなく眠い時とかないのか?」

「あるよ、しょっちゅう。だから――」

 彼女はポーズボタンを押した。立ち上がって、机の方へ。

「これ、使うの」


 彼女が見せてくれたのは、黒いパッケージのガムだった――

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