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第十三話 早起きキャンペーン そのさん

 キキーっ、ブレーキがけたたましい音を立てて、自転車がぴたりと止まる。曇り空の下、少し古びた雰囲気を醸し出すアパートを俺は力なく見上げた。


 現在時刻は七時半。他人の家を訪問するには、非常識な時間帯。しかし、仕方ない。一応彼女にはそれを伝えてはあるが――


「はーい、大翔くん。いらっしゃーい」


 ちゃんと伝わっていたらしい。インターホンを鳴らすと、昨日とは打って変わって満面の笑みを浮かべた不破のお母さんが出てきた。


「おはようございます。あの念のために訊きますけど、不破は……」

「寝てるわ、見事に」


 呆れたように首を振ると、彼女は扉を大きく開けてくれた。


 おじゃまします、小さく呟いて中に入る。靴を脱ごうか迷ったものの、お母さんが躊躇いなく前に進んでいったので、後に続く。


「さあどうぞ。後は任せたわよ」

「えっ、おばさんは……?」

「リビングでやることあるから。何かあったら声かけてね~」


 軽い感じで、彼女は突き当りの扉の奥へと消えた。開け放たれたままで、その様子はここからでもよく見える。しっかりと片付けられているようだった。


 ぽつりと、俺は不破の部屋の前に一人残される。逡巡すること、数秒。他に選択肢はないのだと、覚悟を決めて、ドアをノックした。


「不破、迎えに来たぞ!」


 ……返事はない。やはり夢の中にいるらしい。


 俺は心底呆れかえっていた。顔が曇っていくのを止められない。腰に手をついて、一つ大きく息を吐いた。


「起きろ~、不破」


 さっきよりも強く叩いてみるものの反応なし。まあわかってたことだけどね。


 途方に暮れる俺。このままやっても無駄に時間だけが過ぎていくばかり。……あの方法は気が引けるんだよなぁ。昨日と違って、一人だし。


 だが――


「おーい、起きないんなら、入るぞ!」


 俺は一つ息を吸い込んで、一際大きな声で呼びかけてみた。まあ、結果は案の定。俺はちょっと気まずい感じに俯く。


 ちょっとだけ考えた末、ドアノブを動かしてみた。そして、力なく扉が開いていく。

 

 カーテンが閉まっているので、部屋の中は薄暗い。やはり、足元は散らかったままで、そろりそろちと歩を進めていく。


 やがて、眠り姫のいらっしゃるベッドの枕元に立ち――


「起きろ、不破っ!」

 

 顔を近づけて、近距離で大声を浴びせてやった。


 すると、きつく閉じられていた瞼がびくりと動く。遅れて、彼女は寝返りを打った。そして、その顔を布団にすっぽりと治める。


「……起きてますよね?」

「ねてま~す」

「ずいぶんとはっきりした声が聞こえてきたんだが……」

「してませ~ん」


 もぞもぞと身体が蠢く。なかなかふざけた真似をしてくれますなぁ。


「おい、遅刻するぞ」

「いいも~ん」

 そろそろイラついてくる。

「よくない。何のために俺はここにいると思ってんだ」

「夜這いするため」


 とんでもない言葉が放たれて、俺はドキッとしてしまった。一瞬怯んで、言葉を失う。上がる心拍数。


「違うわっ! それに今は朝だ」

「でも、乙女の部屋に無断で立ち入ったのは事実でしょ~?」

「……うっ、いや、まあそれはその」

「な~んてね。大翔くんだったら、いいよ?」


 不破はどこか甘えるような声を出した。そして、目元だけ布団から出すと、挑むような目つきで俺を見上げてくる。


 冗談だとはわかっていても、つい呆気にとられてしまう。かつてないほど、動悸は激しく、顔がどんどん熱くなっていく。


「照れてる~」

「あのなぁ……!」

「ごめん、ごめん、からかってみただけ」

「シャレになってないことはやめてくれ……」

「あながちジョーダンでもなかったりして」

 彼女はまだ懲りていないらしく、おどけた風に肩を竦めた。


「とにかく、早く起きて準備してくれ。今なら全然間に合うから」

「えー、めんどっちいなぁ~。あたし、正直まだ眠いんだけど……」

「何時に寝たんだ?」

「午前二時、踏切ま――」

「変なことを口走るのはやめなさい」

 くだらないボケに付き合ってられなかった。ここまででも時間を浪費してるというのに。


「ほら、さっさと布団から出て! 学校行くぞ」

「はいはい、わかりましたってば。大翔くんがそこまで言うんなら、仕方ないな~」

 

 とてもうんざりしているようだが、それはこっちの気持ちだというか……。それをぐっとこらえて、彼女を待つ。


 しかし、なかなか彼女は動き出そうとしない。ただもぞもぞと動くだけ。いったいどうしたことだろう?


「どうかしたか?」

「そうしたいのは、やまやまなんだけど~」

 不破は意味ありげに俺の顔を見つめてくる。さっきのように、おちょくってる感はない。

「なんだよ?」

「……大翔くんは、あたしが着替えるとこ、みたいのかな?」

 かすかに見える彼女の頬は少し赤い。


 ……俺は少し閉口したまま、まばたきを繰り返す。ようやく理解が追い付いた。


「わ、悪かった。すぐ出てくから!」

「別にいーのに」

「俺がよくないの!」


 アハハ、そんな彼女の悪魔みたいな笑い声を聞きながら、俺は素早く部屋を後にした。


 そのまま廊下で待つこと、数分。一向に彼女は出てこない。俺は腕時計に目を落とした。気が付けば、あれから十分近く経とうとしている。しかし、扉を開けるわけにもいかないので、呼びかけてみることにした。


「おい、まだか?」


 ……返事がない。まさか、あいつ――


「入ってもいいか?」


 一応断ったということで、俺は中に踏み込むことに。すると……。


「すー、すー」

「何寝てるんだよ、不破っ!」


 あいつは、俺のことなどお構いなしに二度寝をしていた。しかも今度はなかなか寝覚めが悪い。


 ……この日もまた、彼女だけが遅刻したことは言うまでもない。

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