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第十二話 早起きキャンペーン そのに

「はははっ! それでこんなギリギリになったのかよ」

 

 話を聞き終えた河崎は大爆笑。大きな笑い声をあげて、パンパンとそれに合わせて手を叩く。

 あと数分もすれば、朝読書の時間だ。にもかかわらず、教室内は騒がしいまま。そんな彼の大げさな反応も淀みなく周囲に溶け込む。


「笑い事じゃないよ、全く」

「ま、ミイラ取りがミイラにならなかっただけよかったじゃないか。巻き込まれてたら、本末転倒だったぜ」

「今日はやたらとかっこいい言い回しするね、河崎……」

「国語の宿題、そういう語句調べだったろ」


 確かに週末課題はそんな内容が出てたっけ。金曜日の夜、早々に片付けたからどういう風に仕上げたか、全く覚えてない。


 とりあえず、一息ついて机の中に教科書類を入れていく。一時間目は、世界史か。ちゃんと、あいつは間に合うんだろうか。ふと、不破のことを思い浮かべる。


 部屋に突入した、俺と不破母は無事に、彼女を目覚めさせることに成功した。しかし、その後がひどかった。


『ごめんね~、まずシャワー入らないと……』

『いやいや、お前、遅刻するぞ?』

『とてもじゃないけど、このまま学校行くのは、イヤ!』

『で、でもなぁ……』

『まあまあ。ほら、大翔くんも一緒に入る?』


 ――とにかく、朝シャンに始まり、着替えて、髪をセットして、身だしなみを整えて、朝ごはんを食べて、と。彼女にはやるべきことが山積みだった。

 そこで初めて、自分の目論見の甘さを自覚させられた。


『あたしは置いてって。不破智里はこの先の闘いについていけそうにないから』

『有名なセリフをパロディできる程、余裕あるじゃないか!』


 まあしかし、あのままだと間に合わないのは自明の理。というわけで、彼女を置いて俺は一人登校したわけである。ギリギリまで待ったんだけどなぁ……。


「おっ、先生の方が早かったか」


 やがて担任が教室に入ってきた。つかつかと教卓へ。そして、手に持っていた出席簿を教壇にそっと置いて、ぐるりと室内を見渡す。


 それが合図だった。一気に静まり返る1-1の教室。かすかな物音がして、次々と朝読書が始まっていく。俺も黙ってそれに続く。

 相棒に選んだのは、科学系の新書。勉強にもなるが、なかなかページが進まないのが、逆にこの時間にぴったりだと思う。


 続く静寂の時間。朝からドタバタの連続で平静を失っていた俺に、落ち着きを取り戻させてくれる。ページを捲ること三ページ目。


 そして――


「さ、ホームルーム始めるぞ」


 教師の言葉で、号令係が決まり文句を発した。それで、ライン作業のように、席を立って礼をして着席するという動作をする。


 まず出席を取り始める教師。次々にクラスメイトの名前が呼ばれて、簡潔な返事が起こる。それを幾度となく繰り返す。当然、不破の返事はない。

 それから、彼は朝の連絡事項を抑揚のない声で述べていく。特に重要な情報はないが、しっかりと俺はそれに耳を傾けていた。


 そして、号令係が終わりを告げる。なんのことはないただのルーチンワーク。それを小学校の頃から、俺たちは繰り返しているわけだった。

 俺はそう感じたことはないけれど、退屈に思う気持ちはわかる。不破は疲れてしまったんだろうか。そういう、当たり前を生きていくことに。空っぽの席を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。






        *






 俺は河崎といつものように昼食を共にしていた。教室はいつもより静か。

 というのも、四時間目は体育だった。みんながみんな、早着替えが得意なわけじゃない。女子なんか、特に身だしなみに気をつけてるだろうし。


 一時間目の途中に現れた不破も例にもれず。まだ戻ってきていない。隣の席は空いたまま。


「河崎って、サッカー上手いんだね」

「まあな。中学の時やってたから。高校はめんどくさくなったから、入んなかったけど」


 まあ、そういう話はよくあることだ。俺も噂話程度にみみにしたことはある。

 しかし、万年帰宅部の俺には関係のない話。


 次第に、教室に活気が戻っていく。女子の集団、あるいは男女の巨大グループが、その主たる要因だ。

 不思議に思うのは。この見た目良し。中身良しの好青年が俺なんかと仲良くしているという現状。ありがたいことこの上ないのは、間違いない事実だけども。


「ちょっとくらい待っててくれても【or待ってくれてても】よくない?」


 文句を言いながら、不満顔の不破が戻ってきた。ふてくされたように席に着くと、弁当袋を取り出した。朝、彼女の家のリビングで見たものだ。


「のろのろしてるお前が悪い」

「うるさいな~。あたしにはクラスメイトと親交を深める義務ってもんがあるの」

「じゃあそのクラスメイトのとこ、行きゃいいじゃないか」

「そこまでの仲じゃないので」

 しれーっとした顔で彼女は答えた。そのまま弁当を開け始める。


 正直、彼女の交友範囲というものを、俺は未だ測りかねていた。小学生時代は、誰とでも仲が良く、彼女の周りには同級生が絶えなかったものだが。


「なあ河崎は前から昼、不破と一緒だったの?」

「いや、全然。それこそ、お前が転校してきてからだな」

「……もしかして、不破、俺に気を遣ってる?」

「キヲツカウ……? なにそれ、どういう意味?」


 首を傾げるその表情はとてもとぼけているようには見えなかった。

 ……俺の考え過ぎか。自意識過剰ともいえそう。


「別に他の仲いい友達のところに行ってもいいんだよって」

「ああ、そういうこと。あたし、前からちょっと浮いてたからね~。あたしみたいなの、クラスに一人いるかいないかって感じだし」

「そうか? お前、結構誰とでも仲良くしてたような……」

「真実は人の数だけあるのだよ、ワトソン君」

「だれがワトソン君だっ!」


 脈絡なく意外な事実が明らかになったものの、彼女に気にしている素振りはない。不破智里は、どこまでいってもマイペースだなぁ、と思う。

 

 とにかく、彼女がここにいるなら丁度いい。移動教室が多くて、ろくに話ができてなかった。もちろん、今朝のあのドタバタについて。


「あれでも素直に起きた方なんだけどな~」

「参考までに、どんな起こし方したんだ、真柴は?」

「すっごいんだよ~。大翔くん、寝ている乙女の部屋にずかずかと入ってきて。もう大胆なんだから~」

「誤解を招くようなことを言わないでくれ!」

 

 しかし、不破は気にも留めない。からからと、底抜けに明るい笑い声をあげる。

 俺の方は気が気でない。さっと周囲に視線を這わせるが、誰にも聞こえていないようだった。とりあえず、一安心。


「その後だよ、あれこれと準備して」

「でもさ、そのどれも欠くことのできない大切な事なんです」

「真柴がもう少し早く行くしかないんじゃねーの?」

「やっぱりそうなるよな……」

「明日も頑張ってね、大翔くん!」

「頑張るのは、不破の方だろ! 明日こそ、ちゃんと起きてくれよ……」


 結局ろくに文句も言えず。対策も浮かばず。……はあ、明日こそはと俺は強く決意を固めるのだった。

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