第十話 そして俺の闘いは始まった
「……あのさ、大翔くん。張り切ってるとこ、悪いんだけど、ちゃんと説明してくれるかな?」
ほんの少し、奇妙な静寂が俺たち三人の間にできていた。それを不破が破る。
そして、彼女ははどこかひいたような表情をして首を傾げた。怪訝そうな顔で、河崎も俺のことを見ている。
そんな二人の困惑ぶりを目の当たりにして、さすがに、俺もそこで冷静になった。
つい熱くなってしまったことを反省して座り直す。確かにあまりにも脈絡が無さすぎた……若干気まずい。
「あのですね、やっぱり不破の今のままの生活って、良くないと思うんですよ」
俺はおずおずと口を開く。
「え~、そうは言ってもね~」
「俺も真柴に同意だな。お前、このままいくと二年に上がれないんじゃね?」
「アハハ、ソンナコトナイデスヨー」
口調はぎこちないし、目線は泳いでいるし。そんなあからさまに動揺した姿を見せる不破。嘘が下手なのは相変わらずらしい。
「とりあえず、朝からちゃんと来よう! 遅刻が続くのはよくない」
「えー、めんどっちーなー」
「みんなそう思ってるけど、頑張って来てるんだ」
「他人は他人。あたしはあたし。我が道を征くって、素晴らしいことだと思わない~?」
「思わない!」
少し強めに言うと、彼女は明らかに不服そうな顔をした。口をへの字に曲げて、子どもっぽく頬を膨らませてみせる。
「あたし、実は吸血鬼なの~。だから、朝はダメなの~」
「まーた始まったよ。不破の意味不明な言い訳シリーズ」
「何言ってんのさ。小学校の時は、元気に毎日誰よりも先に来てたじゃないか」
「忘れちまったよ、そんな昔のことは」
おどけたように肩を竦める不破。
「なぜやさぐれ口調……しかし真柴、お前の言うことはもっともだが、こいつをなんとかするのは難しいと思うぜ?」
「でも、俺は今の不破を……きっちりしてないきっちりのことを見てられないんだ」
前の席の男が吹き出した気がするが気にしない。言ってて、俺もどことなくバカらしい感じはしたけれど。
「むぅ、そう言われてもね~」
不破はため息をついた。そして、心底うんざりした顔で首を左右に振る。その仕草も、過去とは違って、かなり気怠そう。そしてそのままそっぽを向いてしまった。
たとえ、嫌がられたとしても。拒絶されたとしても。俺は、彼女に手を差し伸べ続けようと思っていた。昔、彼女が誰かにそうしたように、根気強く。
俺たちの沈黙は少しの間、続いた。教室の喧騒は変わらず。窓際後方のところで、起きている異変なんて誰も気に留めない。
なおも彼女は俺の方を見ようとしない。それでも、こっちは本気だぞ、とそれを示す意味でも強くその横顔を見続ける。
やがて――
「大翔くんって、そんなにお節介だったかな?」
再び不機嫌そうな表情のまま、彼女はこちらを見てきた。
「不破が変わったように、俺も変わったってことさ」
「なにそれ、かっこつけちゃって……そういうのは、こいつの得意分野じゃない」
「いやいやあのな……それどういう意味だよ」
河崎の呆れたような口ぶりに、彼女が久しぶりに口元を緩めた。穏やかな笑みが広がっていく。
「で、具体的にはどうするつもり? いっそのこと、毎朝、あたしの家に迎えに来たりしちゃう~?」
不破はイタズラっぽく笑った。顔を少し机に近づけて、挑むようにこちらを見上げてくる。
しかし俺は――
「いいな、それ。採用!」
「そうよね~、そんなことでき――って、えっ!?」
その言葉を真正面から受け止めた。
実はどうすれば、彼女の遅刻癖を無くすことができるか思いついていなかった。しかし、そこは渡りに船。言われてみれば、それ以上にいい方法はない気がする。
墓穴を掘った形の不破は見るからに狼狽えていた。目を白黒させて、口はポカンと開いたまま。すっかり背筋は伸びている。
俺が乗ってくるとは、全く思ってなかったらしい。俺の情熱もずいぶんと甘く見られたものだ。
「……あのそれ、本気で言ってるの?」
「言い出しっぺは不破だろ?」
「そうだけどさ~。でも、そんな小学生じゃあるまいし」
「でも小学生だってできることを、お前はできてないじゃないか」
河崎の鋭い援護射撃がやってきた。ありがたし。
「さっきからあんたはどっちの味方なのよ!」
「どちらかと言えば真柴だな。そっちの方が面白そうだ」
はっはっはっと、彼は豪快に笑い飛ばした。
「面白いって、あんたね。他人事だと思って」
「実際関係ないしな」
それは至極もっともだ。俺も黙って頷く。
「ぐぬぬ……」
「で、どうする? 早速、来週の月曜日から行こうか?」
「追い討ちをかける真柴選手! 果たして、不破選手はこれにどう応じるのか?」
「河崎、うっさい!」
苦悶に満ちた表情で、彼女は実況を窘めた。
またしても、静けさが訪れる。彼女は必死になにかを考え込んでいるようだった。
うーん、とか、でも、とか、意味をなさない単語が、その可愛らしい口から漏れていく。
「わかった、わかりました! 言い出しっぺはあたしだもん。望むところよっ!」
「なんか変な方向にハジけてるな……」
「だね……」
その口ぶりはまるで勝負を挑まれたプロレスラーみたいだな。見た目、全くパワフルじゃないけど。むしろ真逆。
「やれるもんなら、やってもらいましょうよ、大翔くん! あたしはいつでも立ち向かってあげるわ」
「じゃあ来週の月曜日から、早速行くな」
「ええ、もちろん。じゃあ、今日の放課後、一緒にかえろーね」
こうして、俺と彼女の第一ラウンドのゴングが鳴ったわけである。
「一応言っとくが、自転車使うつもりなら、手続きしとけよ?」




