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プロローグ 真面目ボーイと不真面目ガール

 小学校の時一人はいただろう。とても真面目な女子。ちょっと男子~、みたいなのを地で行く様な奴だ。


 誰よりも早く教室にいて、静かに本を読んでいる。リーダーシップを発揮して、女子からは慕われ、男子からはちょっとからかわれる様な子。


 それが俺にとっては吉津智里よしづともりだった。三年生の時から卒業までずっと一緒だった。


 男子の中に、特に漢字に詳しい奴がいて、それが『きっちり』とも読めることを教えてくれた。以降それが、俺たちの中でのあいつのあだ名になった。


 女子はそんなアホな呼び方に難色を示しながらも、『ともり』とか『ともちゃん』とか親しみを込めて呼んでいた。


 彼女ほど真面目な女の子を、俺は未だに知らなかった。

 毎年進んで学級委員になるわ。掃除の時、一切手を抜かないわ。無遅刻無欠席を最後まで貫くわ。

 彼女はとても明るくて、クラスの中心人物だった。面倒見もよくて、周りより少し大人びたところがあった。

 運動は少し苦手だったけれど、一生懸命頑張っていた。


 小学生だった俺たちはそんな話をあまりしなかったけれど、みんな『きっちり』のことが好きだったと思う。

 もちろん、俺もそうだ。子どもながらに可愛いなと思ってた。

 彼女はいつもスカート姿で、長い黒髪をポニーテルにしていた。

 笑うとえくぼができて、八重歯がとても印象的だった。

 丸顔で、吊り上がった目がきつい印象を与えるけど、その声は優しい音色を持っていた。


 俺は、おそらく一番仲がいい男子だったと思う。実はずっと学級委員で一緒だったからだ。

 一度目の時は、じゃんけんで負けたから。本当は飼育係をやりたかったのに、一枠を二人で争う羽目になったのだった。

 今にして思えば、負けてよかったと心から思うけれど。


 その後は、彼女につられるようにして立候補した。

 もとより学級委員なんてめんどくさいもの、人気はない。

 そのうえ、経験があったから以降なるのは簡単だった。


 普段は男連中とつるんでいたけど(多数の例に漏れず女子と仲良くするのはあまり推奨されていなかった)、毎週火曜日だけは彼女と一緒になった。委員会があるからだ。

 その前後の時間、俺と彼女は話すようになった。同じ漫画が好きだったとか、きっかけはそんな感じ。

 そしてそのまま二人で下校する――たまに火曜も友達と遊ぶ約束をしてたから、いつもじゃないけど。


 やがて休み時間教室でも話すようになった。

 たまに席替えで隣同士になった時は、嬉しくて仕方がなかった。

 学年が上がるにつれて、みんな機敏になるんだろうか。時々、その異常な仲の良さをからかわれたりしたけれど。


 今にして思えば、彼女のことが好きだったんだが。どうにも俺はそれを口にできないでいた。

 彼女が俺のことをどう思っているかもよくわからなかったし。

 それでも、毎日顔を合わせられるだけで幸せだった。

 だが、何事にも終わりは訪れる。

 

 中学に上がる前、親父が転職した。それで一家全員、今いる地域から引っ越しせざるを得なかった。

 初めはものすごく抵抗した。みんなと同じ中学校にいけないことが何より辛かった。

 しかし、俺にはどうしようもなかったのだ。


 俺はその事実を誰にも告げなかった。親友と呼べるある男にさえ。もちろん、『きっちり』にも。

 意味がないと思った。もともとみんながみんな、同じ中学に行くわけじゃない。こうして別れなんて、大したことないんだって強がっていたのかも。

 ……我ながら、アホな奴め。昔の自分を思い出して、ちょっと唇が緩む。


 こうして、俺の淡い初恋は終わった。

 いや、初恋だとは当時の俺は思っていなかったけど。

 でも今から思えば、俺はあの『きっちり』――真面目で明るくて天真爛漫な少女に恋をしていたのだ。

 そして現在ーー


「ともちゃーん、大翔ひろとくん、迎えに来てくれたわよー」


 おばさんは部屋の奥へ向かって呼びかけたが、返事はない。

 いつものことだ。俺たちは顔合わせて、ため息をついた。


「上がってもいいですか?」

「ええ、お願いするわ」


 許可を取ってから靴を脱いで遠慮なく部屋の中に入っていく。彼女の部屋は廊下に入ってすぐのところにあった。


 どんどん、と少し強めに扉を叩く。


「ともは今寝てまーす。ずずずずず~」


 ふざけた声が中から聞こえてきた。


「開けるぞ!」

「わあっ! 待った、待った――」


 俺は扉を開けた。そこに立っていたのは――


 明るめの栗色の髪を緩くウェーブさせた、寝ぼけ顔の派手派手しい女の子だった。とても学校に行く準備ができているようには見えない。


「乙女の部屋に入るだなんて、最低!」

「ああ、また汚くなってるし……そんなことより、遅刻するぞ!」

「別にいいもーん。このままひろとくんも一緒に寝てく?」

「あ、あのなぁ――」

「冗談でした~! かお、真っ赤だよ? 何想像したのかな?」

 彼女はくすくすとからかうように笑う。


 久しぶりに再会した彼女はすっかりと豹変していた。俺が恋した少女の姿はどこにもない。

 今この姿を見て、彼女が昔真面目だったとは誰も思うまい。


 頭の中に一つの映像が浮かぶ。

 目の前の少女そっくりの姿のそれは、校則から著しく逸脱した制服の着こなしをしている。


「アイム、ユアファーストラブ!」

「ノーーーーーーーーーーーッ!」


 再会した時、彼女はすっかり暗黒面へと身を窶していましたとさ。

 

 彼女に憧れて真面目一辺倒に生きてきた俺。

 そして不真面目に転落し、華やかなスクールライフを送る彼女。


 これは男が彼女を正道へと戻そうとするどこかズレてる恋の物語――

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