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「栗馬に乗った王子様」

 あれから時は流れて私は修三君からプロポーズを受けて結婚することになった。本当に夢のようなことで嬉しい……のだけれど


「おかしい、おかしいよ」


 自室のベッドの上でスマートフォンを握りしめて呟く。画面には彼が日曜日である明日は忙しいから会えないという旨のメッセージが記されていた。

 これだけだとなんの変哲もなく用事があるのだろうで済ませられるのだけどここ1カ月ほどほとんど日曜日は用事があるといって断りのメッセージが入る。


「もしかして……ううん修三君に限ってそんなことは」


 最悪の予想が過るけれどすぐに打ち消す。でもやましいことがなければ打ち明けてくれるはず……


「よし、確かめてみよう」


 遂に居ても立っても居られなかなった私は電話帳で斎藤さんの名前を探し当てると緑色で表示されている受話器のボタンを押した。


 ~~

 翌日、斎藤さんの自前の車の後部座席に座り彼の家の様子を横目に斎藤さんに謝罪の言葉を述べる。


「本当にごめんなさい、いきなりこんなことをお願いして」


「いえいえ、お安い御用ですよ。美里様にとっては一大事ですからね」


 ズバリと言われて俯くと斎藤さんは「個人的に修三様が何をなされているのかにも興味がありますから」と付け足した。


 何をしているんだろう修三君……


 不安に駆られたその時だった、彼の家から出てきた一台の車が私達を通り過ぎてどこかへと走っていく。


「あの車のようですね」


 斎藤さんはそう口にすると足を動かし即座にエンジン音と共に車が走り出した。


 それから数時間車後、不意に彼の車が黄色い看板の牛丼チェーン店へと入っていくのを確認した斎藤さんは咄嗟の対応で続きつつも彼の車を堂々と追い越して一台車を挟んだ場所に停車させる。


「牛丼? 」


 首をかしげると斎藤さんが「ははあ」と合点がいったように口にする。


「どうやら修三様はあの牛丼が恋しかったようですね、恐らく朝食を食べずに来たのでしょう、この牛丼チェーン店はここまで来ないとございませんから」


「でも、それなら言ってくれれば私も……」


「女性をデートで連れていくには中々敷居が高い場所ですからねえ、ましてや美里お嬢様のようなお立場に加え車で片道数時間となっては……」


 斎藤さんにも苦労があったのだろう、スラスラと口にする。その様子を見て彼がいるはずの店舗を眺めながら私は今度ここに誘ってみようと決心を固めた。


 でも、これで終わりではなかった。何と店から出てきた彼は車に再び乗ると来た道を戻るのではなく逆の方向へと走っていったのだ。「あ」と声を上げる私と対照的に斎藤さんはあくまで冷静だった。


「ここまできて食べただけで帰宅というのも物足りませんからね、何かお買い物をされていくのでしょう」


 斎藤さんの言葉に納得した私はホッと息をついた。でも、その安心したのも束の間、彼の車は近くのショッピングモールも映画館も通り過ぎて高速道路をひたすらに目指し乗ってしまう。


「おっと、これは……修三様はどこまで行くつもりなのでしょうか」


 斎藤さんは観念したようにそう口にした。


 ~~

 それから更に数時間、スマートフォンの時計が「13時」を表示した時だった。既に景色は都市部のビルなどの建物とは一転して辺り一面緑色の景色に変わっている。


 一体どこまで行くんだろう


 彼の車を見つめながら考えるとふと車が駐車場らしき場所で停車した。それを見て慌てて斎藤さんが車を停車させる。


「これだけの時間をかけたのですからここが目的地で間違いないでしょうが、農場ですか」


 地図に表示されている彼の目的地であろう場所を読み上げる斎藤さん、でもどうして農場何だろう? 疑問に感じながらも私は車のドアに手をかける。それを見た斎藤さんは慌てて運転席から降りると後部座席のドアを開いた。


「失礼いたしました」


「心配には及びません、ありがとうございます」


 私は斎藤さんにそう告げると自然の中にポツンと存在しているグレーの屋根の建物へと入っていった。


 ~~

 ログハウスのように木造で綺麗に建築された建物の中では丁度彼がスタッフらしき年配の女性と何やら相談をしている様子だった。


「こんにちは、修三君」


「……えっ! ? 美里さんどうしてここに! ? 」


 思い切って声をかけると彼がよっぽど驚いたのか上ずった声で尋ねる。その様子を見て思わず口元が綻んでしまう。


「修三君が毎週おでかけするから心配で来ちゃった。それで、何しているの? 」


「えっと、それは……」


 そんなやり取りを見ていた女性がニコリと微笑んで彼に尋ねる。


「お綺麗な方ですね、彼女さんですか? 」


「はい」と照れながら答える彼を見て嬉しくなるけれどもここで追及を緩めるわけには行かない、と再びどうしてここまで来たのかを尋ねようとした時だった。


「宜しければ彼女さんも如何ですか、乗馬」


「乗馬? 」


 突然の単語に耳を疑う。


 どうして今乗馬? 私とポロがしたかったのかな?


 と考えていると付け足すように修三君が口にする。


「ほら、結婚式は思い出に残るものにしたいからさ。やっぱり女の子と言えば白馬の王子様でしょ? だから結婚式ではオレが白馬に乗って美里さんを迎えに行こうかなと」


「え」


 彼のこれまでの行動は私のためだった。その衝撃は大きくて途端に涙がこぼれそうになるのを両手で抑える。


 修三君の気持ちは嬉しい、でもそれは……それは……


「それは申し上げにくいのですが不可能だと思われます」


 意外にも私の言葉を紡いだのはスタッフの女性だった。


「不可能、といいますと」


 彼が声を震わせて尋ねる。


「乗馬で結婚式をあげるといったことは行っている所はございますがこちらではこれまで行っていませんし、普通の会場となりますと馬を連れて行くというのは不可能に近いと思われます」


「そんな」


 スタッフに何も話していなかったようで説明を聞いた彼が愕然とする。その様子を見て女性が「ですが」とひときわ大きな声を上げる。


「坂田さんのこれまでの努力は我々も承知しておりますし私が側におりますので今回に限って2人乗りまで宜しければご協力させていただきます」


「お願いします」


 私はすぐさま答えると女性がニコリと笑って「かしこまりました、ではこちらへ」と答えると先頭を歩いていく。


「でも美里さん良いの? オレが練習していたのは白い馬じゃなくて栗毛の馬だよ」


「大丈夫だよ」


 彼の問いに答えるとそっと手を握る。


 だっていつもビックリさせられるのだけれど私の幸せを考えてくれている彼と一緒なのだから。これから先、どんな未来が待っているのか楽しみだなあ。

これにて本当に完結です。

皆様応援してくださり本当にありがとうございました。

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