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「正義のヒーロー」

 オレは特撮モノが好きだからヒーローというのをよく見る。ヒーローは怪人に襲われている人の元へ駆け付けると変身して倒して格好良く去る。

 これが大体のパターンだ。オレは何度かそのシチュエーションを主人公を自分にして想像したことがある。

 だから、目の前で繰り広げられているこの状況なんて正に空想通りで慣れたものだった。後は声をかけて変身するのみ……だというのにオレの身体は動かなかった。声を出そうとしても何かが詰まったように動かない。当然だ、オレは変身なんてできないのだから。


 そう自分に言い聞かせながら目の前で起きていることをただ見つめる。幸か不幸か向こうの5人からは死角になっているようでオレに気付く素振りは一切なかった。それ故に夕陽に照らされながら淡々と会話は続く。


「偉いじゃん櫻井さん、今日は授業が始まる前に隠しておいた上履きを見つけたんだね」


 一人が膝をついている櫻井さんを見下ろすように言う。それを聞いてオレはハッと気が付いた。あの時、オレに挨拶をした時彼女は恐らく上履きを隠されて履いていなかったのだ。何故オレは舞い上がるばかりでそのことに気が付かなかったのだ! いやそれ以前にこのいじめはいつから行われていた? 彼女たちの口ぶりからして昨日今日始まったものではないはずだ!


「今度はどうしようか、櫻井さんは相変わらず人の彼氏とイチャイチャしていて反省していないみたいだから」


「ご、ごめん。でも私は今日も何度も田中君に彼女がいるから私といるのはやめた方がいいって言ったんだけど……」


「はあ! 田中君が悪いっていうの? どうせあんたが誘惑したんでしょ? 」


「人の彼氏のこと悪く言うとか最低」


「何でこんな子が人気あるのか、男子って本当に見る目がないよね」


「本当それ」


 美里さんの意見は認めないとばかりに彼女たちが次々とまくし立てる。すると主犯格が今度は人差し指を立てた。


「こうなったら仕方ないよね、櫻井さんのイケない写真を撮って皆に晒すしかないよね」


「あ、それいい。そうすればみんなこの女の本性が分かるよね~」


 そう言って美里さんの一生を左右するかのようなことが数秒もしないうちに決定した。4人が一斉に美里さんに襲い掛かる。


 それを見てオレは情けなくも震えている足に視線を移す。


 オレは一体何をやっているんだ、動け! 変身できるかできないかなんて関係ない。そもそも英雄は目指した時点で失格だ。そんなことより今は桜井さんを救うんだ! 行くおおおおおおお、俺参上! !


 不思議なことに覚悟を決めると足が動くようになった。一気に階段を駆け上がる。


「やめなよ! 」


 ようやく声が出たことに安心しつつも下からきっと目に力を込め睨みつける。


「は? あんた誰? 」


「あー同じクラスの坂田だよ」


「え、いたっけ」


「いつも本読んでる」


「あー」


 潔く出たものの次の言葉に悩んでいるうちに色々と辛辣な言葉を浴びせられる。変身ポーズをするほど酔狂ではないオレは悩んだ結果考えたことをそのまま口にした。


「皆可愛いんだからこんなこと止めなよ、勿体ないよ」


「は? 」


「きも」


「うわあ……」


「なにこいつ」


 しばらく長い沈黙が訪れる。


「…………なんかしらけちゃったし帰ろうか」


 やがてリーダー格であろう生徒がそう言うと「覚えてろよ」と舌打ちしながらオレの横を通り過ぎて行った。オレは通り過ぎる間パンチキックはおろか動くことすらできなかった。


「大丈夫? 」


 4人が去った後に階段を駆け上がり美里さんに声をかける。


「ありがとう、ありがとう。本当にありがとう」


 美里さんは涙を浮かべてオレに抱き着いた。憧れの美里さんに抱き着かれる。こんなに嬉しいことはないはずだったのにオレは恐ろしいほど冷静だった。


「ごめん、そんな感謝されることじゃないから。今日のことは忘れて」


 彼女をはなして冷静に伝える。その理由は簡単だ。オレはヒーローの様に悪を倒したわけじゃない、ヒーローものでいう2人で逃げている状態だ。ただ幸いにも彼女たちの標的はオレに移った。だからオレ1人が相手をすればいい。助けられないのならば、ヒーローになれないのならば、せめて身代わりになろう。それが情けないオレの出した答えだった。


「お幸せに」


 可愛くて優しい美里さんなら幸せになれるだろう、とそう告げるとオレはその場所を後にした。


 オレの予想通り次の日から、田中君の彼女が知らせたのであろう、彼を主犯格としたいじめが始まった。でも、美里さんは長い間いじめを受けながらも何もないというように笑顔を作っていたのだ。ならばオレも耐えなければならないと耐えた。


 でも、そんなオレに予想外のことが起きた。それが教科書の件だった。


「修三君、ごめん。私教科書忘れちゃって……見せてくれないかな? 」


 休み時間に美里さんが申し訳なさそうに後ろの席のオレに尋ねたのだ。その時クラスがざわついた。でもここでオレが口を開くと彼女は再びまたあの4人にいじめられるかもしれない、と考えたオレは無視をした。その時の4人組の美里さんを嘲笑するのをみてオレは美里さんの無事を確信した。それだけがオレの救いだった。


 それから3年生になった。クラスが2クラスあったのでこれまで仲が良い人と同じクラスになれなかったのはこれのせいかと推測したオレは配られたアンケート用紙の仲が良い友達欄に美里さんの名前を書いた。そのお陰か3年生では美里さんと違うクラスになったお陰か彼女と関わることはなくなった。


 それからは多くが地元の高校に進学すると聞いていたので隣町の高校に志願して合格して迎えた卒業式。仲良く何人かで帰る美里さんをみて美里さんは守れなかったけど、彼女の身代わりにはなれたのだ、と微笑を浮かべながら空を見上げた。


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