第55話「新社会人の1日 前編」
朝5時50分
目覚ましを叩き起床、新社会人の朝は早い。ここからオレの一日が始まるのだ! と威勢よく伸びをする。
朝6時
朝食準備朝食は時間との戦いだ! 手早くご飯を炊き味噌汁、ベーコン目玉焼きを作り納豆と共に食卓に並べるついでに弁当箱にゆうべの残りものとごはんにサラダ、ソーセージを詰める。
朝7時
朝食! 素早くしかし味わいよく噛んで食べる。運転手としてちゃんと食べてここで力をつけなければ!
朝8時45分 出勤!
勤務先である櫻井さんの家まで自転車で40分位なので8時には家を出ることが遅刻しないためのコツだ。
朝9時 勤務スタート
オレはネクタイと共に気を引き締める。始まる、ここからオレの社会人としての初勤務がスタートだ!
オレは高鳴る胸の鼓動を抑えながら車内清掃を済ませた後櫻井さんの家へと入る。彼女の予定を聞くのだ!
2階の彼女の部屋を目指し広いフローリングの床を歩き螺旋階段を上り勢いよく部屋を目指すもふと部屋の入り口である白いドアの前で立ち止まる。
「敬語を使うべきだろうか? 」
オレと櫻井さんは仲が良いとはいえ今は雇い雇われの関係、となると敬語を使うのが無難だろうか? ないとは思うけれど億が一でも櫻井さんに「使用人なら靴をお舐め! 」と言われたら?
考えれば考えるほど不安が頭を過る。それぞれに対する思慮が浅く準備不足だったことを悔やみながらももう時間がないので扉を開いた。
「おはよう修三君」
既に着替えたのであろうか、若干期待したものの残念というべきか幸運というべきかパジャマ姿ではなくオシャレな服を着た櫻井さんがオレの到着を歓迎する。櫻井さんの部屋は彼女に負けず劣らずと言ったほど綺麗で清潔で広く白いベッドにソファにランプにオシャレなカーペットとまるで高級ホテルの一室のようだ。しかし感心してはいられない、挨拶をされたら挨拶を返さなくては!
「おはようございます、美里様! 」
背筋だけではなく指先までピンと伸ばし挨拶をすると彼女が目を丸くする。
「どうして敬語なの? 」
「それは社会人として当たり前の雇い主様と雇われの関係だからでございます! 」
オレがそう答えると彼女は「参ったなあ」と苦笑する。
「じゃあ、雇い主として言わせてもらうけどいつも通りのほうが良いからそうしてくれないかな、でも下の名前で呼んでくれたのは嬉しかったからそのままでも」
「はい、わかったましたよ櫻井さん! 」
有難い申し出に感謝しながらもお礼は敬語でいうのか混乱した結果ごちゃ混ぜの返答をすると彼女はガックリと頭を抱える。
「そういえば、ごめん。後半櫻井さんが何を言っていたのか聞きそびれちゃって申し訳ないんだけどもう1度言ってくれないかな? 」
「良いよもう! 」
態度はそのままでも社会人としての姿勢は必要なようで話を聞きそびれるというオレのミスに怒ったであろう彼女はぷいと顔を背けてしまった。
「それで櫻井さん、今日はどういったご予定で? 」
「そうだね、お買い物は10時にしようかなあ」
「10時か了解。となるとそれまでオレは……」
「昨日パインで送った通り本を持ってきてくれた? 」
「持ってきたけど」
櫻井さんにそう尋ねられたオレは頷くと内ポケットに忍ばせていた1冊の文庫本を取り出す。今ではオレ達の読書は『中年探偵団』シリーズを読破しその作者さんの別の作品を読んでいる。
オレの本を確認すると彼女は座っているソファの隣をポンポンと叩きながら言う。
「じゃあさ、一緒に10時まで本を読もうよ」
「え、勤務中に小説読んでいいの! ? 」
ビシバシ鞭で打たれる、というのはオーバーだけれどそれにしてもこれは許されるのかと半信半疑で尋ねると彼女は笑顔で答える。
「勤務中でも私が許可したから良いんだよ~」
こうしてオレは10時まで櫻井さんと読書をした。
朝10時 買い物
10時になったので買い物へと出かけるために立ち上がる。
「5分後に出てきて、車用意して待っているから」
そう告げて車庫へと向かうと再び車内の点検をした後エンジンをかけ座席やミラーの調節をして彼女を待つ。丁度5分きっかりに経つと櫻井さんが登場する。
櫻井さんは後部座席の左側に立っている! 今度こそ成功させるぞ!
意気込んで正確にボタンを押すと狙い通り後部座席左側の扉が開いた。しかし彼女は手動でそのドアを閉める。
どういうことだろう? 何かミスをしたのだろうか?
とオレがボタンの確認やドアの確認をした次の瞬間、櫻井さんが助手席のドアを開き中へと入ってきた。
「さあ、出発しよう修三君」
彼女が元気よく言うもオレは車を動かさず代わりに彼女の方を向いて尋ねる。
「櫻井さん、どうして助手席に? こういうのって後部座席に座るものじゃないの? 」
……至極真っ当な疑問だろう。一般的なお嬢様像はおろか櫻井さんは斎藤さんの時はみるといつも後部座席にいるようだった。どうして助手席にいるのだろうか。
「えーっと……ほら修三君はまだ運転に慣れていないだろうから私がナビゲートを……」
「でもこの車カーナビもあるしスーパーまでなら斎藤さんと何度か回ったから道は知っているよ」
オレが即座に言い返すと櫻井さんは目線を逸らす。
「修三君は私が助手席にいると嫌? 」
突然そんなことを尋ねられても嫌なわけがない。オレはその問いに答える代わりに「出発するよ」と言うと彼女は嬉しそうにシートベルトを締めた。
次回4月4日更新予定です。