第48話「彼女に金魚すくいで出目金を……」
「金魚すくいがしたいな」
たこ焼きを食べ終えたオレ達は櫻井さんのその一言で金魚すくいの屋台の前に来ていた。何匹もの金魚たちが泳いでいる水槽の奥の椅子の上に店員さんらしきおじさんが腰掛けている。
「あ~取れなかった」
としゃがんでチャレンジしていた子供たちが嘆く。そんな彼らにおじさんは金魚を何匹かすくい袋に入れて手渡すと子供たちは笑顔になって去って行った。それに見向きもせずに何組かの子供たちは金魚を取ろうと水槽を凝視している。
そんな中櫻井さんが「すみません」と声をかけてお金を支払い金魚をすくうためのポイを受け取った。
それでは、オレは櫻井さんが金魚すくいをする姿を存分に楽しませてもらおうと1歩引いて見守ろうとしたら何故か彼女がオレの方を振り向いた。
「修三君、お願い」
「え? 」
思わず彼女を二度見する。彼女が冗談だといってポイを渡す手を引くことはなかった。
「櫻井さんがやりたいんじゃなかったの? 」
「うーん……そうなんだけどこの場合は修三君にやってもらおうかなあって」
良くは分からないけれどオレがやっていいそうだ、ならばお言葉に甘えることにしよう。
「そういうことなら有難くやらせてもらうよ」
そう言いながら彼女からポイを受け取る。そして誰にも見えないように微笑む。
……来た! 転がり込んできたぞ男をみせるチャンスが! こんなこともあろうかとオレは金魚すくいのコツを調べておいたのさ!ここでオレは櫻井さんに素敵な金魚をプレゼントして見せる!
覚悟を決めて水槽の角にしゃがむと子供たちが一斉にこちらを振り向いた。突如現れた大人であるオレの無双を期待しているのだろう。
「慌てるな子供たちよ」
心の中で子供たちを宥める。勝負は既に始まっている……そうコーナーを利用するというのは金魚すくいのコツの1つだ。
場所取りを済ませたら次はポイを確認する、このポイには裏表があり和紙の面積が大きい方が表だ。最初は表を上にという意見もあれば裏が良いというのもあり、どちらが良いのかは分からないけれど表で行こうと決める。
方向を決めたら次は狙いだ。オレの身体が影となり動かないことにより金魚たちがオレの陰の元へと集まる。その中に一層大きな出目金もいる。
…………狙いはあの出目金だ! 大きなものは狙わないほうが良いとあったけれど漢にはやらなきゃならないときがある!
オレは調べた通り出目金の進行方向を遮るように斜めに傾けたポイを一気に入れて水面に対し平行に動かし尾ひれをのせないように出目金の腹の下にポイを滑り込ませる。そしてそのまま斜めに引き上げて…………
ビリッ!
濡れた和紙がこんな軽快な音をたてるはずがない。そう、これはオレの心に響いた音なのである。出目金の重さに耐えられなかったのだろう、和紙は無残にも破けた。
「ごめんね、櫻井さんに出目金をプレゼントしたかったけど力不足で」
屋台から遠ざかりおじさんに参加賞とすくって貰った金魚が入った袋を彼女に手渡す。もちろんこの中に泳いでいるのは赤い小さな金魚のみで出目金はいない。
「え、出目金? 私出目金は別に狙っていなかったよ? 」
オレの謝罪に対し以外にも彼女はキョトンとして答える。
「出目金いらなかったの? 」
「いらなかったって訳じゃないけれど私はこうやって金魚貰えただけで嬉しいよ、ありがとうね修三君、お礼といってはなんだけど綿菓子一緒に食べよう」
オレが取ったというわけではないのにどういうわけか彼女はお礼を言うと鼻歌交じりに歩き出した。