第46話「夏祭りに不審者が」
夏祭り当日、オレは祭りの会場から少し離れた橋で櫻井さんと待ち合わせをしていた。待ち合わせ時間きっかりに彼女の車が近付いてきてオレの目の前に停車した。
「こんばんわ、修三君」
そう言いながら浴衣姿の櫻井さんが車から降りてきた。
ゆ、浴衣だって!?
思わず目を奪われる。赤を基調としそこに白い花柄模様と綺麗な浴衣だった、そして髪を結びそんな浴衣を着こなす櫻井さんは可憐というか言葉で表せないほど美しかった。
「修三君、その……どうかな? 」
「凄い似合っているよ」
恥ずかしそうに上目遣いで尋ねてくる彼女に正直な感想を述べると「良かった」と顔を赤くして俯いてしまった。
それにしても、まさか櫻井さんの浴衣姿が拝めるなんて! 海水浴における水着とは違って浴衣は祭りの時に必須ではないので来年一緒に2人で選んで着ていけたらいいな~と正直諦めていたのだ。現にオレは彼女が選んでくれた服にリュックサックをプラスした非常にラフな格好だった。
「もう、そんなに見つめないで……行こ! 」
そう言って彼女は会場まで歩いて行った。しかしいつもよりも歩くスピードは遅めだ、それを見てオレはハッとする。
浴衣は下駄なのもあって歩きにくいらしい、エスコートもそうだけれどただでさえ魅力的な櫻井さんが浴衣でもはや宝石よりも美しいレベルになっているのだ。誰が狙っているかも分からない。用心せねば! 怪しいものは塵1つだって見逃さないぞ!
「櫻井さん、任せて。オレが櫻井さんを守るから! 」
そう言ってオレは彼女の手を握る。そしてケイビインで培った周りをみる力で辺りをキョロキョロと確認しながら進んでいく。
祭りの会場はこの町でただ一つの海に近い大通りに屋台が並べられており、花火大会の時間になったら海へと向かうというのが主流だろう。大通りに入ると軽快な太鼓と笛の音とともに人々の会話が耳に入る。
まだ花火や灯篭流しの前なので屋台が並んでいる道は人であふれかえっていないとはいえ油断はできない。心なしか皆櫻井さんのことを獲物を狙うような鋭い目で見つめている気がする。
「あの、修三君? 」
そうやって歩いていると俯いていた櫻井さんに声をかけられる。
「どうしたの? 」
「ごめんね、周りに気を遣ってくれるのは嬉しいんだけれど、その……」
「え? 」
オレが聞き返そうとしたその時だった。
「おい、そこの不審者! そんな可愛い子を連れてどうするつもりだ? 」
不審者、どこだ? オレは慌てて声のした方向を振り向く。そこには高校時代の同級生の伊藤さんが立っていた。浴衣ではなくTシャツにダメージジーンズと相変わらず動きやすそうな服装だった。
「なんだ、伊藤さんか」
「なんだとはなんだ坂田君」
「そんなことより不審者は何処に? 」
オレが慌てて尋ねると彼女はオレの後ろを指差す。
「後ろか! 」
即座に振り替えるも後ろにいるのはこの世の何よりも美しい櫻井さんだけだった。
「誰もいないじゃないか」
彼女に向って肩をすくめていう。
「いやいや何とぼけているの? 坂田君のことだよ」
「え、オレ……? 」
余りのことに続く言葉が出ない。櫻井さんの方をみると申し訳なさそうに小さく頷いた。
なんてこった! 不審者はオレだった! 人々が向けていたのは不審者にみえるオレへの疑惑の視線だったのか! こうなったら!
オレは歩き出す。
「修三君、どこ行くの? 」
慌てて櫻井さんが叫ぶ。
何処に行くかなんて決まっている。行き先は1つしかない!
「警察署だよ、自首してくる! また綺麗な身体になったら会いに来るからね!! 」
「いや坂田君何もしていないでしょ! 」
すぐさま追いついてきた伊藤さんに腕を捕まれる。
くそ、「俊足の伊藤」の名は健在か! しかし言っていることはその通りだ。周りに見えてもオレは櫻井さんとデートしているわけで不審者ではないのだ!
「そういえばそうだったね」と応じて彼女に引かれるがまま櫻井さんの元へ戻っていった。
「櫻井さん、色々とごめんね」
「私こそ、もっと早く言うべきだったよ、ごめんね」
「いや~楽しそうなカップルだね~」
伊藤さんがオレ達を茶化す。
「そういえば、伊藤さんはどうしてここに? 」
「せっかく帰省したんだから祭りに行こうかなって。丁度何人か帰省しているみたいだからさこれから集まるんだ。坂田君も来る? 」
「いやいやせっかくだけどいかないよ」
左手をひらひらと振りながら答える。しかし予想通りという様に彼女は微笑んだ。
「まあそうだよね、こんな可愛い彼女連れていたらびっくりされちゃうし質問攻めで花火どころじゃないだろうね」
「か、可愛いだなんてそんな……」
それを聞いて櫻井さんが顔を赤らめた。
「そうだ、せっかくだからパインの交換しない? 」
そう言って伊藤さんがポケットからスマホを取り出した。
そういえば、スマホうぃ手に入れたのは大学入学の時で伊藤さんとはパインの登録していなかったな。そう思いたってスマホを取り出そうとポケットに手を入れようとするオレの前を何事もない様に彼女は通り過ぎた。
「私がスキャンするから櫻井さんはコード出して」
「いや待った、オレじゃないの? 」
「いやいや、彼女の前で同級生とはいえ他の女の子と登録なんてまずいでしょ」
言われてみると確かにそうだ。逆の立場だったらモヤモヤしてしまうだろう。
櫻井さんは手際よくコードを出して登録を済ませたようだ。
「これからよろしくね櫻井さん」
「うん、こちらこそよろしく伊藤さん」
どうやら2人の間に友情が芽生えたようだ。何か置いてかれた気もするけれど櫻井さんに友達が増えるというのは嬉しいことだ。
「それじゃあ、そろそろ集合の時間だからまたね~坂田君、櫻井さん」
そう言うとくるりと踵を返しオレ達が歩いてきた方向へと歩いて行った。
「伊藤さんって凄い明るい人だね」
「そうなんだよ」
頷きながら周りを見ると気が付かなかったけれど人の数が増えていた。このままでは屋台で買い物をするのは困難になってしまうだろう。
「屋台を見て回ろう」
オレはそう言って彼女の手を再び握った。




