12
痛い、苦しい、疲れた。
疲れた、疲れた、もう眠りたい、少しの間でいいから体を休めたい。
何度も何度も攻撃を受け、強制的に生命力と傷を治されて、力が溜まれば技を放つと同時に魔力が回復し魔力量が上がる。
数え切れない、気が遠くなる様な長い長い時間をそうやって過ごした俺はもう思考を放棄していた。
苦しい。苦しい。苦しい。
痛みと疲れだけは癒やされず溜まっていくだけだというのに常に完全回復している生命力と魔力が心と体の均衡を奪っていた。
疲れているのに体の根本的な部分は元気で、痛みで苦しいのに減る事のない生命力は動きたくない体を無理矢理に動かしていく。
魔力量が増える時に魔力切れと同じ様に痛みを感じるのも辛かった。
最初は攻撃を受けた時の痛みだと勘違いしていたものが、魔力切れから目覚めた時と同じ痛みと疲れだと気がついてもどうしようも無かった。
すべては強くなる為の試練なのだとしたら、ただ耐えるしかないのだ。
「まだ足りないんだ。きっとまだ」
勇者の奥義の輝きはまだ足りない。
技を使わず攻撃を受け続けても奥義の名前の輝きは、他の技には及ばない。
ハンス達の傍でずっと戦ってきたから、俺はハンス達が放った奥義をずっと見ているのだ。何十回何百回いいや、もしかしたら何千回かもしれない。
その見てきた奥義の数をすべて使った技を放つには、受ける攻撃は全然足りないし、奥義を放つ為の魔力もまだまだ足りないのだ。
「人真似炎獄っ!」
一度使った技は詠唱しなくても技は放てるが、詠唱する方が力を込めやすいと気がついてからは声に出していた。
そうしないと体の痛みと疲れで集中が切れそうだったのだ。
「うあああっ」
攻撃を受けるのと同じくらい技を放った後にも衝撃が来る。
人真似炎獄が奥義以外で一番強力な技の為、試練の間に入ってからずっとこれのみを使っている為か最初よりも技の威力が上がり、威力が上がった分使用する魔力と増える魔力量も増えていて、その分痛みも増していた。
「ふ、ふう、ふううう」
深呼吸して痛みに耐える。
浅くなる呼吸を無理矢理に、ゆっくりと長く深く呼吸して痛みに耐え続ける。
「うああああ」
サボろうとする俺の体を見越したかの様に連続して攻撃が続く。
反射的に防御しようとする体を止め、攻撃を受けて吹き飛ばされ、立ち上がりまた攻撃を受けて飛ばされる。
何度も、何度も、何度も。
数えるのは百を超えたあたりから止めていた。
時間の経過は全く分らない。
日が昇り日が沈む、そんな当り前の事すらおきないこの空間では朝も昼も夜も関係無いまま、ただ俺は攻撃を受け、力が溜まれば技を放つ。
繰り返し、繰り返し、繰り返し。
気を抜くと瞼が落ちそうで、一瞬の油断で体が真っ白な床に沈みそうで、もしもそうなったら俺は二度と立ち上がれないだろう。
攻撃で吹き飛ばされるのと、体が負けるのとは違う。
攻撃で飛ばされただけなら、俺は何度でも立ち上がれるがそうじゃなく倒れたら、もう無理だ。
気力なんてとっくの昔に消え果てて、これはただの意地だ。
強くなりたいと願った俺への意地。
暗い森で泣きながら俺へ向けた言葉への後悔を口にしていたハンスへの意地。
怖くても辛くてもそれを隠して強がりを言う、アンナへの意地。
いつだって笑っていた百合への意地。
「負けない。絶対に強くなる。俺が魔王を倒す、ハンス達には指一本触れさせない。俺はあいつらの兄ちゃんで、俺はあいつらの仲間で。だから、だから俺は絶対に強くなるっ!」
ふらふらと頼りない足を踏ん張って、攻撃でボロボロになった杖を両手で握りしめて。
何もない真っ白の空間で、俺はまだ耐えていた。
耐えて、耐えて、耐えて。
苦しくても、辛くても、疲れても、それでも攻撃を受け続け技を放ち続けそうして一体どれだけの時間が過ぎたのだろう。
「うわあああっ」
一際大きな攻撃を受け盛大に宙へと飛ばされた後、立ち上がった俺の技一覧の中で聖女の百合の奥義である聖なる魂への導きの輝きが増した。
「人真似聖なる魂への導き!」
ごっそりと根こそぎ魔力が持って行かれる感覚の後、百合の奥義は白い空間に浮かんだ大きな的を粉々に砕きそして消えた。
「はあ、はあ、はあ。凄い魔力消費だ」
今まで増えた魔力量分なんてゴミだったんじゃないだろうかと悲しく成程、一気に魔力量が増える。勿論それに伴う痛みも半端ない。
歯を食いしばりその痛みに耐えると、またすぐに攻撃が襲ってきた。
「こんどはアンナの奥義」
攻撃一回で人真似の奥義に匹敵するのか、攻撃に飛ばされヨロヨロと立ち上がった俺はすぐさまアンナの奥義を的に向かって放つ。
「人真似不死鳥の業火っ!!」
巨大な炎の鳥が的に向かって襲いかかると、白い空間が一瞬真っ赤に染まり粉々になった的がキラキラと赤い色を反射しながら落ちてくる。
「これでアンナの奥義も打てる様になった」
息を切らしながら痛みに耐え次の攻撃に備える。
終わりが見えてきたと悟ったせいで、体は余計に怠くなり痛みも増した気がする。
ここで気を抜いたら元も子もない。まだ倒れるわけにはいかないのだ。
「まだだ。まだ、ハンスの奥義が残っている」
百合の奥義が輝きを増した時も、アンナの奥義が輝きを増した時も、ハンスの、剣の勇者の奥義の輝きはまだ小さなままだった。
足りないのだまだ、まだ試練は続く。
「負けない。俺は力を手に入れる」
ボロボロな体にむち打って、次の攻撃に備えるべく杖を握りしめ足を踏ん張る。
攻撃の威力が増しているから、今まで以上に気を張らないと意識を持って行かれる可能性がある。
「まだだ、まだ倒れたりしない。え、あれは」
突然人型が現れた。
筋肉がしっかりとついて、いかにも強そうな感じだが顔が見えない。
「まさか、魔王」
神の作った空間に魔王が現れた? そんな馬鹿なと見つめた人型のその顔は、俺そのものだった。
「どういう趣味だよっ」
目の前の俺が持つ剣は、ドワーフに打って貰ったあの剣だ。
「これどうしろっていうんだ」
魔法攻撃はなんとか防御せずに受けられても、剣の攻撃は反射的に避けてしまう。
執拗な攻撃に、物理的な攻撃も受けないと駄目なのかと諦めて、俺はぎゅっと目を閉じて棒立ちになった。
「ぐうううっっ」
ガツンと肩に、腕に、腹に立て続けに衝撃が来る。
何度も何度も繰り返し来る衝撃をただただ耐えていく。
救いは何度剣で切られても、すぐに傷が回復することだった。
「まだ続くってのか」
ただの剣の攻撃ではない。それ以上の衝撃だ。
これは魔法剣士の技だ。炎剣、闇の剣、雷の剣。下級、上級、最上級関係無く剣の技が繰り返し、そして。
「なんでハンス?」
ふと気がつくと、男の顔がハンスに変わっていた。
「最後だよ。アル兄ちゃん。ここでお別れだ」
「アル兄ちゃんは足手まといなんだよ」
「ずっと思ってたよ。アル兄ちゃんは邪魔だって」
頭の中でハンスの声がこだまする。
違うこれはハンスじゃない。
そう思っても、目の前のハンスの顔をしたものが告げる声に、僅かに残っていた気力が削られていく。
「努力しても駄目なんだよ。所詮人真似は人真似。勇者の様に強くはなれない」
「無駄だよ。アル兄ちゃんはここまで、ここでさよならだ」
「じゃあね。アル兄ちゃん。村に帰って元気で暮らしてよ」
「最後に俺がアル兄ちゃんに餞だよ。俺の奥義を受けて、限界だと気がつけよ」
違う、違う、違う。
ハンスはこんな事言ったりしない。
だって夢の中で後悔していた、酷い事を言ったと後悔していたんだ。
「あれはあんたの願望だよ。願望が見せたただの夢だ」
「あんたなんか必要ない。力の弱いあんたなんか、必要ないんだよ」
「ほら、これで諦めて。もう終わりにしよう」
剣の勇者の奥義が、聖剣の舞が俺に向かって襲ってくる。
「これで最後だ。あんたは所詮人真似だよ」
そうだ、俺はただの人真似。勇者にはなれない。
あれは俺の願望が見せた夢。
一緒に最後まで戦いたいと願った、弱い俺が見せた夢なんだ。
「終わりだ」
冷たいハンスの声が、響く。
攻撃を受け、俺の体は白い床に投げ出されてしまった。
もう立つ気力が無い。気力を振り絞るだけの思いも無い。
俺は勇者じゃないから、だから。
もう無理だと諦めて、ここで終わってしまえばいい。
俺を捨てていったんだ。
こんなに辛い思いをして、力を望むなんて馬鹿みたいだろ。
動けない、動きたくない。
疲れた、苦しい、体中が痛くてたまらない。辛い、辛い、辛い。
もう嫌だ。酷い言葉を聞きたく無い。
無能だと、不要だと、そんな風に言われるのはもう沢山だ。
『アル兄ちゃん!』
『アルフォートさん!』
『アル兄ちゃぁん!!』
三人の声がする。
ふと顔を上げると、ハンスの顔をした男は消えていた。
そして技の一覧に一際輝く、剣の勇者の奥義聖剣の舞の文字。
「くそっ。情けねえな、俺は。どこまでも情けねえ」
杖を支えにヨロヨロと立ち上がる。
一旦緊張が切れた体は、立ち上がるだけでも精一杯だった。
「これで最後だ。人真似聖剣の舞」
マジックバッグから剣を取り出し、的に向かい技を放つ。
体から大量の魔力が抜ける感覚に、俺はふらふらと体を揺らす、揺らしながら聖剣の舞が的を粉々に砕く瞬間を見つめた。
「これが俺の力。これで俺はあいつらの元に行ける」
増えていく膨大な魔力量、回復されていく魔力と生命力、それに伴う激しい痛みを感じながら、俺は達成感とともに意識を手放した。




