派遣召喚士になりました
日本という異世界から多くの召喚者を迎えるようになって、アルスガイアの夜の街は大きく変わった。道には街灯が整備され、夜遅くまで営業する飲食店や、商品を飾る窓の灯りで通りは深夜になっても仄明るい。
それでも裏道に入れば店も灯火の数も減って、若い娘や幼い子どもが安心して歩き回るには些か心許ない。
デディアは小さなミアンの細い滑らかな毛並みの腕にしがみつき、辺りを用心しながらゆっくりと歩く。猫獣人のミアンのほうは暗いところも苦にならないようで、鼻歌交じりの気軽な調子でひょいひょいと進む。
幸いなことに目的の場所は裏道に入ってすぐに見つけることができた。灯りと灯りが重ならないくらいの間隔で並ぶ街灯が五本ほど先、少し赤味がかった薄紫の看板が掲げられた缶詰のような円筒形の建物、それが猫缶だった。
看板に描かれた黒猫の影絵は、そういえば先ほどのねっこかふぇの看板と同じもののようだ。
デディアが躊躇いがちに扉の正面に立つと、音もなくすっと開いた。自動ドアのようだ。
自動ドアは被召喚者が持ち込んだ道具のひとつだが、電気の供給が足りないとかであまり普及していない。王都第一召喚会の正面入口も自動だったが、あれは電気ではなく魔法を使った仕掛けだ。発電用の燃料よりは安いという話だったが、デディアが一見したくらいでは解析できないような高度な魔法陣を使っていた。ここのドアがどちらなのかデディアに見分けはつかないが、いずれにせよ、高価な設備であることには相違ない。
建物の内側もまた円筒形だった。五階建てほどの高さが、吹き抜けになっている。各階の床面に相当する高さごとに、円周上に人ひとりが通れるほどの幅で廊下がついている。
壁面には人が入れるくらいの大きさの穴がいくつも空いている。縦方向はひとつの階層あたり三段、横方向はぐるりと一周分で十個以上は並んでいそうだ。丁度、人ひとりが潜り込めそうな大きさの円筒を横倒しにして蜂の巣状に積み上げたような感じだ。
一階部分には円筒は積まれておらず、入り口の左手側に受付が、その他には売店や休憩用の椅子が設えられている。
「あのぉ……」
「ようこそ猫缶へ。料金は――っと、そちらのお嬢ちゃんは猫獣人じゃないね」
中に入ると受付のカウンター越しに、くぐもった低い声が二人を出迎えた。受付の担当者は大きな角を生やした牛系の獣人のようだが、肉屋や牛乳屋で見かける牛獣人よりも少し大柄でごつい感じがする。
「怖がらんでいい。夜の店番はそれなりに強面が好まれるんでな。普通の宿屋なら犬や狼なんかが雇われるんだが、ここは猫獣人専用の宿屋なんで、犬系が入り口に陣取ってると客が寄り付かなくなっちまう」
「……平気です。牛さんは怖くないです」
「まあ、俺は水牛だけどな。で、小さな人間のお嬢さん……だよな? それがいったい、何の用事だね?」
巨体に怯んだデディアを水牛の獣人が優しく笑って上から覗き込む。ミアンは物珍しそうな顔つきで、突き出された水牛の角に手を伸ばし触れようとしている。
「えっと、泊まりたいんですけど……」
「そっちの子は猫獣人だが、お嬢ちゃんは人間だろう?」
「……なんですけどぉ」
デディアは人間対象の宿で片っ端から宿泊拒否されたこと、ねっこかふぇに行ったら猫缶を紹介されたことを掻い摘んで説明した。
「まあ、事情はわかったが、ここは一応は猫獣人専用なんでねえ……」
「駄目ですかぁ……?」
「うーむ、猫獣人なら子どもでも断るわけにはいかんな。ほれ、二十七番だ。しかしまだ小さい子どもだからなあ、誰かが傍について寝かしつけないといけないかもなあ……」
店番の水牛獣人は、鍵を片手で差し出したまま、わざとらしくデディアから視線を逸して遠くを見詰めるような仕草をした。
意図が掴めず首を傾げるデディア。水牛の獣人が困ったように苦笑すると、ミアンがぴょんと飛びつき鍵を受け取った。そのままデディアはわけもわからないままミアンに引きずられ、上の階層へと昇る梯子に辿り着く。
受付のほうを振り返ると、水牛の獣人は目を逸らしたまま片手をさっさと行けと追い払うように振っていた。漸く黙認されたことを悟ったデディアは、慌ててミアンの後を追って梯子を昇った。
「二十七番って……ここですか?」
階段から少し離れたところの、最下段の円筒にミアンが飛び込んだ。デディアは用心深く膝を突き、中の様子を覗き込む。
「よいしょっと。ちょっと狭い……ですかね?」
筒の大きさは、大人が手足を伸ばして寝られるぐらいだ。そこは人間も猫獣人も、さほど違いはないだろう。デディアもミアンも身体は小さいから、二人が一緒に入ってもぎりぎり寝返りぐらいは打てるだろうか。
客室を閉める扉はついていない。猫獣人は気にしないのかもしれないが、人間の女の子であるデディアは少しばかり落ち着かない気分だ。だが贅沢は言っていられない。
ミアンは奥のほうで既に丸くなっている。デディアも真似て手足をついたまま頭を奥に潜り込む。
狭い中、どうにか上に羽織ったマントだけを脱ぐ。そのまま眠る態勢に移ると、ミアンが身を寄せてきた。
(……ちゃんと寝られるでしょうか?)
今朝のことを思い出すに、ミアンの傍若無人な寝相が不安なデディアであった。
☆★☆★☆★
翌朝、目を覚ましたデディアの眼前には、珍妙な光景が繰り広げられていた。
デディアが横になっているのは、身体がすっぽり包まれそうに小さな筒の中である。目の前、正確には仰向けになったデディアの腹の上には、白っぽい子猫が丸くなって眠っている。夜中に狭くて姿を変えたのだろう、人間型の猫獣人の大きさではなく、身体全体がデディアの顔くらいしかない。
塊の向こう、デディアの足の先には眩しい光の輪が浮かび上がっていて、そこから三角耳を生やし金色の瞳を光らせた灰色の毛だらけな顔が、上下逆さまになって張り付いていた。
「ひっ……あ、あの……何かご用ですか?」
怯えながらも、いつもの低姿勢でそっとデディアは声をかける。すると灰色の獣は口元を歪ませ、牙を剥き出した。
「ふしゃっ!!」
「ふぎゃんっ!」
金色の目が釣り上がると、真っ赤に裂けた口から激しい威嚇の声が発せられた。
途端に、眠りこけていた子猫のミアンが、飛び起きる。子猫とは思えない低音の叫びとともにデディアの顔の上を駆け抜け、円筒の奥へと逃げ込んだ。
「痛いですぅ!!」
頬を後足で蹴られたデディアは涙目になった。その時には足元の出入り口から覗いていた灰色の獣の姿は既に消えていて、代わりに黒髪黒目の女が屈み込んだ姿勢で笑い転げていた。
「目が覚めたんなら、こっちに出てきてもらえねえかな?」
昨夜の受付の水牛らしき巨体が姿を見せる。用件はわからないが、化物や強盗に襲われたわけではないらしい。そう察したデディアは、円筒の奥のほうで毛を逆立てているミアンを抱えて、そろそろと這って外へ出た。
「驚かせて悪かったわね。いぃっくら呼びかけても起きないから、最終手段に訴えたの。ごめんなさいね」
円筒形の寝床の外には黒髪の女と水牛の獣人が並んで待ち構えていた。
頭上の段の円筒からは、青味がかった灰色の尻尾が垂れ下がっている。揃えた両手に顎を乗せて見下ろしているのは、灰色の猫獣人だ。にんまりと弓なりにした口元が愉しそうに笑みを作っている。
「あ、あの……?」
黒髪の女がデディアに向かってにっこりと微笑む。髪の色もそうだが、風変わりな上下揃いの服装も、明らかにアルスガイアのものではない。異世界からの被召喚者なのだろう。結構な切れ者の雰囲気を纏っている。
「家出らしい子どもを保護したって連絡を受けて来たのよ。事情を聞きたいから、お姉さんと一緒に来てもらえるかしら?」
自分の見た目が幼く未成年に見られがちなことを自覚しているデディアは、女の言葉に逆らうことはできないと観念した。
☆★☆★☆★
「ええ?! マジで二十歳なの? あたしと大して変わんないじゃないの」
朝食をご馳走になりながら事情を説明すると、女は大袈裟に驚いた顔をした。尤もその驚きはデディアの抱えた事情に対してではなく、年齢に関してのみだ。
女の年齢は二十五歳だという。髪色だけでなく顔立ちや肌の色も違う被召喚者の年齢は判断しにくく、女の年齢が見た目に合致しているのかデディアにはよくわからない。唯一、思ったのは二十五歳と二十歳ではかなり差があるのに、といった口に出したら失礼極まりない感想だけだ。
「改めまして、私は猫々専科のミゾガ・テンカです」
差し出された小さなカードに描かれた黒猫は、ねっこかふぇや猫缶で見たのと同じものだ。デディアが今居るこの場所の入り口にも掲げられていたが、ここが猫々専科の本拠地であり事務所らしい。
ちなみにデディアに見えるように渡されたカードの面はアルスガイアの文字で書かれていたが、裏側には被召喚者の故郷である日本の文字が書かれていた。精度の高い召喚陣作成のために日本語を学んだデディアは「猫々専科」なら楽々と読むことができた。尤も氏名のほうの水華甜瓜はふりがなに頼ったが。
「要は二人で一緒に住める家とお仕事を探しているってことね?」
「そうなんですぅ……。難しいのは、わかってるんですけどぉ……」
召喚士試験に落ち続けているデディアには、猫獣人と住める家を探すよりも再就職のほうが難易度が高いだろう。だが意外にもテンカは別の解決案を示してきた。
「うちは猫獣人紹介業だから、ミアンちゃんのお仕事なら紹介できるわよ。ねっこかふぇや猫缶も格安で利用できるけど、デディアちゃんが一緒に住める部屋を提供することもできるわ」
「えっ? そうなんですか……?」
つまりはデディアの頭の中では自分がミアンを養うという構図を漠然と描いていたのが、主客転倒、ミアンに養われろと言っているのだ。そうなれば再就職するまでの猶予が得られるし、歓迎すべき申し出なのだが、果たしてそれを受けてしまっていいのかデディアは戸惑った。何よりミアンが人間語で明確に意思表示をしないものだから、なおさら判断に困る。
「ミアンちゃん、ちょっと人間型になってみてもらえないかしら?」
朝食を終えたミアンは元の人間大の姿に戻って、部屋の隅で毛繕いをしていた。
そのミアンに、どこからか紛れ込んだ茶トラの子猫が、ちょっかいを出している。ミアンよりもさらに幼そうな子猫は、飴色の瞳を大きく瞠って、伸ばされたミアンの足先にひょいひょいと猫パンチを繰り出す。それでもミアンが動じないと、体中の毛を膨らませて「みょーうぅぅぅ」と妙な声で挑発を始める。自分の声に刺激された茶トラはさらに昂ぶり、手足を伸ばした変な姿勢ですすすっと斜めに移動し始める。頭と背中と尻尾が、グラスを三つ逆さに伏せたような弧を描いている。
「あははは、ネウったら〝m〟字になって斜め移動してるわ。ほら、邪魔よ邪魔」
テンカにぺしんと頭を叩かれた茶トラの子猫はすっ飛んで部屋から逃げ出していった。
それを笑いながら見送ったテンカは、いつの間にやら用意していた足元の衣装箱からピンクのノースリーブ・ワンピースを取り出してミアンにあてがう。
「ああ、やっぱりカワイイ!! 右と左で髪の色が違うのもポイント高いわ!」
ワンピースを頭から被された人型のミアンは、テンカが感激する通り、慥かに愛らしかった。肌は白く、背中に開いた穴から灰色の模様のついた尻尾がちょろりと垂れ下がっている。肩のあたりまである髪は、右半分が淡い金色、左半分が白に近い銀色と、まるで御伽噺の妖精のようだ。
「ミアンは女の子でしたかぁ」
「知らなかったの? 三毛猫は女の子って決まってるのよ」
きょとんとしていたミアンだが、テンカとデディアが会話を始めるとすぐに猫の姿に戻り、襟ぐりに噛み付いて服を脱ごうと藻掻きだした。
「どうしても人間型じゃなきゃ駄目ってわけじゃないからね」
あっという間に服を脱いでしまったミアンにテンカは苦笑しながらも猫々専科での採用を告げた。人間語での返事はないものの、ミアンも特に異存はないようだ。ただ気遣うように腕をそっと舐めてくるのが、デディアにとっては逆に心に刺さる。
「デディアちゃんは……まだ召喚士試験を受ける資格はあるのよね?」
「えと、規則ではあと五年あります……けどぉ……」
「でも自信がないんだ?」
「養成所の成績は良かったですよぉ。日本の文字もいっぱい知ってるから、召喚条件も正確に書けるんですぅ」
「へえ、召喚陣て日本語を使うんだ? ちょっと見てみたいわ」
「お見せしましょうかぁ」
記録と勉強を兼ねて、召喚士は自分の書いた召喚陣を保存するものだ。デディアも当然持っていて、その中の数枚をテンカに手渡した。
「それは賢者様のお薬を欲しがった薬局屋さんに書いたやつですぅ。立派なお医者様を召喚したんですけどぉ、なんかすぐに喧嘩して怒って帰っちゃって……」
「そうなんだ、って何これ? ヤクザ医師って……ぷははは! 薬剤師じゃなくてヤクザ医師だって! だから喧嘩っ早かったんだ? やだ、こっちは警察犬ってもしかして警察官の間違い? まさか犬を召喚しちゃった?」
「ぁぅ……」
爆笑しながらもテンカはデディアの間違いを的確に指摘した。召喚陣など理解できないだろうと高を括っていたが、被召喚者であるテンカには日本語部分を読み解くのは容易かったようだ。おまけに失敗の内容まで見抜かれて、デディアは恥ずかしさのあまり言葉に詰まった。
「いいわ、デディアちゃん。合法ロリ属性だけじゃなくてドジっ娘属性もあるんだ。半ズボンでショタとか男の娘っぽいのは、ちょっと属性過剰だけど……あ、でも本物の召喚士ってのはポイント高いわよね」
「……本物じゃなくて見習いですぅ」
何やら調子づいたテンカの耳には、デディアのか細い抗議の声などまるで入らないようだった。それどころか足元の衣装箱からデディアの着ている服と同系色のとんがり帽子を取り出して、強引に頭の上に載せてくる。
「うん、似合う!! やっぱり魔女っ娘は外せないわ」
「そうなんですかぁ……?」
テンカの意図がわからず戸惑うデディア。勢いに圧倒されたミアンは、さっさと離れたところに逃げて、見守る体勢に入っている。
「デディアちゃん、見習い召喚士として猫々専科に雇われるってのはどう?」
「猫々専科が召喚業をするんですかぁ?」
「ううん、うちはあくまでも人材斡旋業よ。だからね、見習い召喚士としてうちから召喚業者に派遣するの。そうね、クーノ勇者・賢者紹介所なんてどうかしら?」
「ほ、ほんとですかぁ?」
いきなり有力な召喚業者の名が挙がり、デディアは驚きのあまり言葉を失った。
壁際に寝そべるミアンが、代わりとばかりに返事をする。
「それがいいにゃん」
珍しくもはっきりと理解できる人間語でだった。
これにて第二章は完結。
次章は「吾輩は猫獣人なんだニャン」。哀愁漂うおっさん猫獣人が登場(予定)




