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猫々専科 ~素敵な猫獣人、紹介します~  作者: 三日月氷魚
飼え! 飼え! 飼え!!
6/19

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 陽の光が鎧戸の隙間から射し込む。デディアは息苦しさのあまり目を覚ました。

 寝惚け眼で顔の上で手を振り、息苦しさの原因を取り除こうと藻掻く。原因は子猫獣人のミアンだった。

 口の中に垂れていた斑模様の尻尾は摘み出したが、鼻を押さえる後足はなかなかにしぶとく力強い。


「あうぅ、起きてください」

「zzzzz、うにゃうにゃ」


 昨夜のデディアは強引に押し入ってきたミアンを追い出そうと押し問答をした。尤もミアンのほうは「あけてー」「いれてー」の後は「ごはんちょーだい」「お腹空いたー」を繰り返すばかりで、会話が成り立つことはなかったが。

 あまりの大声に根負けしたデディアは、夕食の残りのパンを差し出した。引き換えにお帰り願おうとしたものの、食べ終えるなりさっさとミアンはベッドの足下側で丸まって寝てしまったのだ。

 仕事をクビになって精神的に疲れていたのもあり、結局、頭側半分に縮こまって眠りこけてしまったデディア。ベッドは半分このつもりだったのが、夜中にミアンはデディアの領土へと侵攻し、朝方には完全に制圧されてしまったわけである。


「……うにゃ?」


 散々に藻掻いてデディアは漸く絡みつく足と尻尾から逃れた。デディアという支えを失ったミアンは、ベッドの上で頭だけもたげて、訳がわからないという顔で辺りを見回している。


「デディアさん、もう起きてますか?」

「は、はい……おはようございますぅ」


 朝食の時間にはまだ早いはずだが、寮監が部屋の外から声をかけてきた。デディアは慌てて召喚士の制服の上だけ羽織り、ドアから顔を外に出す。


「よかったらこれ……着てくださいな」

「こ、これは……?」


 寮監がぐいぐいと差し出す濃い色の布地をデディアは受け取った。どこかで見たことのあるような濃紺のマントにサスペンダー付きの短いズボン、それに白いシャツのようだ。


「うちの息子の召喚士養成所時代の制服なの。あなた、小さいから着られるでしょう。制服を返すと当座の着替えに困るんじゃないかと思ってね。ううん、気に入らなければ捨てちゃっていいのよ、当座の分だから。でも一枚でも余分があるほうが安心でしょう?」

「は、はい……お気遣い、ありがとうございますぅ」


 当面着る服に困っていたデディアにはありがたい話ではあるが、息子の制服ということは男児用の服ということだ。背格好も顔も、ついでに胸も、成人女性とは程遠いと自覚しているデディアではあるが、やはり男児用の衣服には抵抗がないわけではない。


(でも、これがあれば、今すぐ出てけって言われても大丈夫になりますよね……)


 退寮時に着る服すら持っていないデディアとしては、気分はどうあれ、受け取らないという選択肢はなかった。

 複雑な胸中で貰った服を抱えていると、脇をするりと白いものがすり抜けた。


「ごはんー? ごはんー!」

「あら猫!? どうしんたの、この子?」


 顔を覗かせたミアンは、デディアを見上げて食事を強請る。それを目にした途端、寮監の表情は慈母のような優しさから厳しいものへと即座に切り替わった。


「昨日の帰り道で見掛けて、ついてきちゃったんですぅ……」

「召喚士寮規則第十二条をご存知ですね、デディアさん?」

「う、うぇっ……? は、はい、たぶん?」


 勢いに圧されて知っているフリをしたが、デディアが細かな規則のひとつひとつまで暗記してるわけもなかった。


「寮内の備品、寝具等は常に清潔を保つこと。獣人は獣毛・羽毛の落下に留意し、人間型の姿形でいることを推奨する。つまり――」

「つ、つまり……?」

「平たく言えば、猫獣人の入室は禁止ということです」

「ふぇ? 猫獣人さんだけ、駄目なんですかぁ?」

「猫獣人は他の獣人と違って頑なに猫型でいたがりますからね。ベッドの上でも平気でばさばさと毛を飛ばしながら身体を掻き毟って汚すし、壁やカーテンでばりばり爪研ぎもするでしょう?」


 寮監の冷たい視線に晒されても、ミアンはまるで憚ることなく「ごはん〜!」と歌いながらデディアに纏わりつく。


「――デディアさん、あなたには他人の世話をしている余裕なんてないでしょう? 悪いことは言いません。可哀想だけどこの子は、すぐに追い出しなさい」

「で、でも……」

「みゅー、ごはん?」


 食事を期待して能天気に首を傾げるミアン。押し掛けられ迷惑に思っていたデディアだったが、いざ追い出せとなると気持ちが揺らぐ。ここでおとなしく寮監に従ったところで、デディア自身が退寮するのはもう決定事項だ。ならばここで逆らって出て行くのが一日や二日早まったところで大差ない、そんな心持ちになった。

 デディアが唇を噛み(かぶり)を振ると、寮監は苛立たしげであると同時に哀れなものを見るような目付きになった。


「残念ながら猫獣人の方を寮内に留めておくわけにはいきません。規則ですから。少し早くなりますが、期日を待たずに、今日、退寮するようにお願いします。あ、そうそう、部屋の相似や残置物の処理はしないで結構です。今すぐ出て行くのに、そこまでは求めません」


               ☆★☆★☆★


「さて、どうしましょうかぁ……?」


 寮から追い出されたデディアは、大通りに佇んで嘆息した。

 寮監から貰った服は、喜ぶべきか悲しむべきか、デディアに丁度いい大きさだった。だが如何せん男児用なだけあって、半ズボンから剥き出しになる脚が恥ずかしい。尤も当人が恥ずかしがっても、傍から見れば子どもが子どもらしい服を着ているだけに過ぎない。これは悲しむべきかもしれない。


 隣では白い猫獣人のミアンがサンドイッチを片手に「ごはん?」と首を傾げている。サンドイッチ=食事であるという確認なのか、それともこれから食事に出かけようという誘いなのかは定かではない。

 ちなみにサンドイッチの具はツナサラダ。予定が早まったデディアを哀れんだ寮監が、デディアが貰った服に着替えている間に餞別代わりにと作ってくれたものだ。二人分の朝食と昼食ということで計四切れが包まれていたのだが、デディアがひと切れを食べ、ミアンが二切れ目ということで、出立早々に四分の三が既に腹の中に収まっている計算だ。


「住むところ……かな?」

「??」


 ミアンがいるので、ついつい考えていることを口に出してしまうデディアだが、対するミアンのほうは「ごはん」と言うか首を傾げるかだけで、会話が成り立つわけではない。そもそも、召喚士寮が猫獣人お断りだからと追い出されたからといって、デディアがミアンと行動をともにする義理はどこにもないのだが、ミアンは当然のような顔をしてデディアについてくる。そしてデディアもまた、何故だか、無条件にそれを受け入れてしまっていた。


「猫獣人が住める家ねえ……」


 試しに入ってみた表通りの不動産屋では、海狸(ビーバー)の獣人が、中年男性の癖に妙に愛くるしい顔を難しそうに顰めた。


「……やっぱり駄目ですかぁ?」

「猫獣人ってのは部屋の壁や柱で平気で爪研ぎするからねえ。それに夜中でも戸締まりせずに出かけるから不用心だって近所からの苦情が多いんだよなあ。猫獣人は定住しないのが普通だし、無理に部屋探しなんてしないでいいんじゃないか?」

「でも、それじゃあ……」

「それじゃあ、お嬢ちゃん、あんたのほうが困っちまうか……。で、あんた、家賃はどのくらいまで出せるんだい? 見たところまだ成人前みたいだが、どっか学校に通うのかい? それとも見習い仕事でも始めるのかい?」

「わたし、二十歳ですぅ!! 仕事は……お仕事は、見習いの……その……」


 正直に召喚士試験に落ちて見習い召喚士もクビになったことを明かすのが躊躇われ、デディアの声は自然と小さくなった。だが住む場所を得るのに家賃を支払う能力は必須のものである。消え入りそうな声で、そっと無職であることを告げる。


「そりゃ無理だ。あんたの両親か誰か、よっぽど立派な保証人がいるならいいが、無職のお嬢ちゃんに部屋を貸すようなお人好しはいない。さ、帰った、帰った」


 そう言うと海狸の獣人は、くるりと回って平たい尾をデディアに向けると、店の奥へと引っ込んでしまった。


「やっぱり、お仕事を探すのが先ですよね、ミアン?」

「ごはん?」


 首を傾げるミアンの返事が同意なのかどうかはわからない。デディアは召喚業者――王都第一召喚会以外の――を探して通りを歩き出した。


 予想通りといえばその通りなのだが、召喚業者での反応は、やはり冷たいものであった。


「ほう、以前は王都第一召喚会さんにいらっしゃった?」


 召喚業者でのデディアに対する第一声は、大抵、こんなものである。幼い容姿から見習いになって間もないと見做され、なんの約束も取り付けずに突然訪れたことに対する咎め立ては、多少の苦言は呈されても、さほどきついものではない。それどころか幼いのに優秀だったから妬まれたのかと憶測され、感心までされる。さすがは王都第一召喚会の箔のありがたみとでもいうべきだろう。

 だがデディアが歓迎されるのも、そこまでだ。


「え? 年齢は二十歳……?」

「二十歳なのに見習い召喚士?」

「召喚士試験に五回目の不合格?」


 横で待つミアンの姿に緩みがちだった面接官の顔が次第に強張り始める。耳を掻いてもらってご機嫌だったミアンの顔にも、少しずつ苛立ちが浮かんでくる。


「現住所は……未定?」

「今朝、寮を出たんですぅ……」

「ああ、うちみたいな中小は第一召喚会さんみたいに寮はありませんのでね。住む場所のない方の雇用は、ちょっと出来かねますね」


 宿無しであることがバレると、相手の態度ははっきりと拒絶へと切り替わる。そこから先はデディアが「でもぉ……」と天然の甘ったれ口調で粘ろうが、ミアンが「ごはん?」とつぶらな瞳で見詰めようが、取り付く島もない。


 老舗の王都第二召喚組合、新興ながら業績を伸ばしているクーノ勇者・賢者紹介所など、五軒ほどの召喚業者をデディアは回ったが、結局、芳しい返事はひとつとして得ることができなかった。


 すっかり意気消沈したデディアだったが、ミアンのほうは相変わらず楽しそうな顔をしている。子どもだからなのか、職を失って途方に暮れるデディアの気持ちはわからないようだ。あるいは猫獣人は働くという概念を、そもそも持っていないのかもしれない。

 いずれにせよミアンのほうは、デディアから離れるつもりは、さらさらないようだ。能天気に「みゃっ、みゃっ」とか「にゃにゃ」というような鼻歌とも鳴き声ともつかぬ声を漏らしながら、時折、デディアを見上げては「ごはん?」と訊ねる。


「そうですね、ごはんにしましょうか」

「にゃ♪」


 そろそろ日暮れ時である。不動産屋や召喚業者を歩き回っていたせいで、昼食のことはすっかりと忘れていた。ミアンが何度も「ごはん?」と首を傾げても、漫然と流してしまっていたのは可哀想なことをしてしまったと、いまさらながらに後悔するデディアである。

 昼食にと貰ったサンドイッチは午前中にミアンが大半を食べてしまったため、ひと切れしか残っていない。どこかで買い足せばいいのだろうが、職が決められなかったデディアは、余分な金を使うことが急に怖くなっていた。


「半分こで、いいですか?」

「ごはん♪」


 薄暗くなってきた広場の噴水の前に二人して腰掛け、仲良くサンドイッチを分け合う。半人前ずつでも喜んだミアンだが、デディアがのろのろと食べる間にさっさと平らげ、デディアの手元を期待に満ちた眼差しで見詰める。デディアがミアンの凝視に勝てるわけもなく、ハムの切れ端やらバターのたっぷりついたパンの耳部分などが、ミアンの腹に消えていった。


 この時間になれば、新たに住む場所を探したり仕事を探すのは難しい。それよりも今晩宿泊する場所を探すほうが先決だ。

 猫獣人のミアンは野宿でも気にしないのかもしれないが、外見はともかくデディアは成人女性なのだ。身の危険はそれなりにある。それに子どもでも身の危険があることには変わりはない。


 街の中を歩き回って、宿を探す。身分のある者や金のある商人が使うような豪勢な宿は最初から除外だ。こぢんまりした宿、木賃宿。あるいは下宿屋に一晩だけの部屋貸しを求める。

 だがデディアの幼い容姿を見た宿の人間の反応は決まっている。


「お嬢ちゃん、お家はどこだい? お父さん、お母さんが心配しているから早くお帰り」

「子どもに宿代なんて払えるわけないだろう。しっしっ、さっさと消えないと警察を呼ぶよ!」

「おや迷子かい? お巡りさんが、どっかそこら辺にいないかね?」


 デディアが自分は成人であると主張し、それが認められたとしても、今度は猫獣人連れであることを咎められる。


「猫獣人は部屋を汚すから駄目だ」

「夜中にウロウロされたら迷惑だ」


 寮を追い出されたのと同じような理由で、宿泊を拒否される。悄然とするデディアだが、ミアンのほうはまるで堪えた様子はなくただきょとんとするばかりだ。普通なら腹も立ちそうな状況だが、小さな身体で精一杯に鳴き叫んでいた姿を思い出すと、曲がりなりにも幸せそうな今の様子と引き比べて、文句も自然と引っ込む。


 日が沈み、街灯が点る。人間であるデディアの目では、行き交う人の顔もはっきりとは見えなくなってくる頃合いだが、猫獣人であるミアンは違うようだ。何か良い匂いでもしたのか、すれ違った猫獣人の後をふらふらとついて歩き出す。服を着ていない毛むくじゃらだから、薄暗くてもデディアにも猫獣人だということはわかる。


「ねっこかふぇ……ってなんですか?」


 前を行く猫獣人たちが吸い込まれていったのは、黒猫の看板を掲げた飾り気のない建物だった。街遊びの経験のないデディアには、どういった種類の場所かの知識はない。

 ミアンは知っているのか、いないのか、躊躇う様子も見せずに前の猫獣人たちに続く。もちろんデディアも続く。


「おっと、夜は人間様はお断りだよ。そっちのおチビちゃんも、ちょっと待て」


 入り口近くのカウンターにいる男が、二人を呼び止める。背が低く髭が濃い。おそらくは人間ではなくドワーフなどの異種族だろう。強面な風貌に竦みそうになりながら、デディアは振り返る。


「えっと……このお店は何ですか?」

「ここはねっこかふぇ。猫獣人の憩いの場だな」

「宿屋……じゃないですよね?」

「普段は寝泊まり自由なんだがな。今は猫獣人の発情期なんで、他種族の出入りは断っている」

「えっ……!?」

「それとそっちのチビちゃんは、発情期にはまだ早いだろう?」

「にゃ?」


 値踏みされるような目で見られて、デディアの頬は真っ赤になった。だが、それ以上に発情期という言葉は、年齢は成人を大きく過ぎていても中身は外見同様に幼いデディアには些か刺激的すぎた。

 ドワーフに首根っこを摘まれたミアンは、相変わらずのきょとん顔だが、その幼さは言われた通り慥かに発情期には程遠い。


「宿屋を探してるのか、お嬢ちゃん方は?」

「は、はぃ、そうです……」


 デディアの困り顔に同情したのか、上下するドワーフの強面がふっと緩んだ。


「なら猫缶に行くといい。この店の裏の通りの奥から三軒目だ。ねっこかふぇからの紹介だっていえば、通してもらえるだろう」

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