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猫々専科 ~素敵な猫獣人、紹介します~  作者: 三日月氷魚
飼え! 飼え! 飼え!!
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見習い召喚士をクビになりました

 【○○年度召喚士試験結果通知】


 氏名  :  デディア・リドラ

 結果  :  不合格



               ☆★☆★☆★

 それはデディアにとって、五回目の召喚士試験不合格通知であった。

 上司の部屋に喚び出されたデディアは、差し出された通知票を受け取りながらも、頭の中では漫然と関係ないことを思う。


(チエラル召喚士長って、頬っぺたが弛んでて犬獣人さんみたい……)


 デディアの性格ゆえなのか、それとも現実逃避なのか。

 上司とはいってもチエラル召喚士長は王都第一召喚会の召喚士を束ねる責任者、それも次期会頭に最も近いといわれているやり手の人物である。召喚士の中でも最下層である見習い召喚士のデディアが普段会う機会などあるはずもない。何かの機会に訓示を垂れる姿を遠目に見ることもあるといった程度である。

 チエラル召喚士長は、弛んだ皮膚の奥に隠れた小さな目をデディアに向けると、大きく嘆息してから口を開いた。


「デディア見習い召喚士、たしか君は今年二十歳だったね」

「は、はいぃ……。こんな見た目ですけどぉ」


 小柄なデディアは、子どもと間違われることが少なくない。さらには童顔な上に、寝癖のついた緑の髪が雑草のように伸び放題なところも、年頃の娘扱いされない一因だ。


「知っての通り王都第一召喚会では、見習い召喚士は五年間の有期採用だ。ということは……わかるね?」

「は、はぁ……やっぱり……」


 義務教育である幼年学校を卒業すると十二歳。それから三年間、召喚士養成所に通い、卒業すると見習い召喚士の資格が得られる。

 見習い召喚士は国のあるいは民間の召喚業者で一年の実務経験を積んだ後、召喚士試験の受験資格を得る。

 この昇格試験で一発合格すれば、晴れて最年少十六歳の召喚士誕生である。不合格でも見習い召喚士として、最大、十年間の猶予が与えられる。

 別の職種からの転職などの場合はまた別の道が用意されているが、そうでなければ召喚士となるには見習いとして許されたその十年間で試験に合格することが必須なのだ。


 試験は一年に一度、合格率は一割を大幅に下回る。養成所に入ったり卒業する時点でも篩い落としは行われているから、召喚士になるというのは難関中の難関だ。

 だからこそ十回も挑戦する機会が設けられているのだが、実際には不合格者がそれだけの期間挑戦し続けるのは稀だ。養成所を卒業した時点で頭の出来が優秀なのは保証されているようなものだから、官民双方から引く手数多なのだ。

 一度や二度ならともかく、デディアのように五回も試験を受けるのは実に珍しいことだといえる。


「五十年以上も空席であった特級召喚士の誕生かと期待していたのだが……実に残念だ」

「は、はぁ……」


 養成所でのデディアの成績は優秀であった。主席で卒業している。それどころか、魔王討伐のための本物(・・)の勇者や賢者を召喚できる、希代の大召喚士になるに違いない、そこまで言われていたほどだ。

 だがいくら養成所の成績が良くて魔力量も豊富であっても、顧客が要求する条件を正確に理解するには、また別の能力が必要だったようだ。


「召喚魔法理論をいくら極めても、世の流れ、人の心を知らねば召喚は出来ぬということだ」

「そ、そうかもしれません……?」


 デディアは決して人の心がわからないような人でなし(・・・・)ではない。ただ少しばかり世間一般からずれているところがある――といわれることが多い。

 チエラル召喚士長のしわくちゃの犬顔が、可哀想なものでも見るように、少し歪められた。


「デディア見習い召喚士、明日からの出仕には及ばず。退寮の日取りについては寮監と相談して決めるように」

「は、はぃ……」


 こうしてデディアは王都第一召喚会の見習い召喚士を解雇された。


               ☆★☆★☆★


「ふぅ…………」


 さほど長くはない寮までの道程、デディアの口からは溜息ばかりが漏れ出た。


(わかってはいたんだけど……ふぅ……)


 ふわふわとして地に足がついていないと評されるデディアであったが、顧客からの評判が悪いことはしっかりと自覚していたし、改善しようと努力も重ねていた。

 例えば、日本語の学習。召喚陣の記述に召喚先の言語を使うと精度が上がるという研究成果が発表されれば、すぐさま大多数の被召喚者の出身地である地球の日本という場所の言語を学んだ。

 だが結果は誤訳により、見当違いの人物を召喚することに繋がった。あるいはぐだぐだと矛盾する条件をいくつも連ねる顧客の要望を叶えようとして誰も召喚できなかったり、人間ではなく犬を召喚するという珍記録も残している。


 要領が悪い――先輩である召喚士や仲間の見習い召喚士たちからは、そう言われ続けてきたが、否定のしようもないのは事実である。


(なんか甘いものでも買って帰ろうかな……。あ、でも無駄遣いしちゃ駄目かな……)


 日頃、寄り道するパン屋の前で、ふと立ち止まる。見習いとはいえ召喚士は稀少な人材、おやつを買うくらいの懐の余裕が無いわけではない。だがその見習い召喚士の職も今日を限りに失うことが決まってしまった。先行きの見通しを失ったデディアには、金銭的な不安がつきまとう。


(麩菓子で我慢しようかな……)


 右手に下げた革の袋には、昨日買って半分残していた麩菓子がまだ入っている。それで妥協すべきだろうかと、デディアは立ち止まったまま自問自答する。


 すると突然、勢い良く扉が開き、中から白い塊が転げ出てきた。小柄なデディアよりもさらに小柄なその姿は、猫の獣人、それもまだ子猫といってもいいくらいに若い。完全な真っ白というわけではなく、頭のてっぺんの左側が薄い茶色、右側が薄い灰色をしている。尻尾にも灰色っぽい模様がついているようだ。

 子猫は、ぼうっとしていたデディアにぶつかって、漸く止まった。

 それを追うように、店主らしき中年男性と、そこそこ歳の行っていそうな白地にボロ布のような灰色模様の猫獣人も出てきた。


「うちにはシタイさんがいるから、これ以上、面倒見きれないんだよ!」

「ごはん、ちょーだい!」

「だから無理だって! シタイさん、この子に縄張りを譲って出てくかい?」

「それはちょっと困る……」


 状況は白っぽい子どもの猫獣人がパン屋で食べ物をねだり、店主は別に出入りの猫獣人がいるからと断っている、ということのようだった。もっとも空気の読めないところのあるデディアだし、途中から、それも傍から話を盗み聞きしているようなものだから、あっているかどうかの保証はないのだが。

 大人の猫獣人が身を引いて譲ってあげればいいのにとは思うのだが、「困る」というのだから、シタイとかいう猫獣人の側にも事情があるのかもしれない。

 白い子猫はデディアに寄りかかった姿勢のまま「ごはん!」「ちょーだい!」を繰り返すばかりだ。


 間に入って仲裁しようか、でも何と言って入ればいいのか、どう決着させればいいのか――傍観者であるデディアにはわからない。両手を上下に振ってあわあわとしているうちに、言うべきことを言い終えた店主は、大人猫と共に店の中へ戻ってしまった。


「えと、あの……えっと……?」

「ごはん、ちょーだい! なんかちょーだい!!」


 白っぽい子猫の獣人はくるりと向きを変えて、今度はデディアへと迫ってきた。必死の形相というか、顔よりも大きいんじゃないかというくらいに口を精一杯に開けて「ふみゃー!」と鳴き叫ぶ。

 その勢いに圧されて、デディアは思わず一歩、二歩と後退った。


「えと、こ、これ……食べる?」

「ちょーだい!!」


 革の袋から麩菓子を掴み出す。帰ったら食べようかと考えていたことなど、既に忘れているデディアである。

 白っぽい子猫の視線は茶色い麩菓子に釘付けになり、そのままデディアの右手へと飛びついた。


「うみゃーうにゃー、うぅぅぐるるるぅぅ!」」


 麩菓子に齧り付いた白っぽい子猫はすっかり興奮状態になって、デディアの手まで食い尽くしそうな勢いだ。貰った麩菓子を取られまいと警戒する余り、デディアに対してまで唸り声を上げて威嚇してくる。

 その剣幕にデディアは引き攣った笑いを浮かべながら、そろりそろりと逃げを打つ。十歩ほども離れると、そこからは一気に走って逃げた。


               ☆★☆★☆★


 寮に到着すると、自分の部屋に向かう前に、まずは寮監のところへ顔を出す。寮の賄いを兼ねている寮監は、寮の食堂で忙しく立ち働いていた。

 寮生にとっては母親にも似た存在であるだけに、無意識に優しくしてもらえることを期待したデディアだったが、現実はそうは甘くはない。


「ふぇーん、また駄目でしたぁ」

「チエラル召喚士長から連絡は受けてます。次の寮生が待っていますので、退寮は五日以内にお願いしますね、デディアさん」

「うぇっ!? はっ、はぃ……わかりましたぁ」

「それから退寮の際には見習い召喚士の制服は返却してくださいね。急なことですから、洗濯はしないで構いませんよ」


 優しい眼差しで厳しい事実を告げられて、目を白黒させるデディア。しかも最後のひと言が、去り行くデディアに対して破格の親切を示したとでもいわんばかりの口調だったことに、デディアは意気消沈した。


 他の召喚士たちと顔を合わせるのが気恥ずかしいので、早めに帰ったことをいいことに、デディアは時間まで待たずにそのまま寮食堂で夕食にありついた。今日一日、いや半日の間に職を失い住処を失うという悲運に見舞われたデディアだが、その食欲はいつもと大差ない。寮監の半分憐れみ半分呆れた表情にもまるで気づかないところが、彼女の精神的な強さというか無神経さを表していた。

 それでも職というより食を失う危機感を覚えたのか、パンをシチューに浸して食べるのを半分で止めて、残りは部屋に持ち帰ったのだった。



 自室に戻るなり、デディアは田舎から出てきたときに荷物を入れてきた麻袋を引き出しの奥のほうから引っ張り出し、ベッドの上に口を開けて広げる。早速、退寮のための準備を始めたのだ。

 まずは机の上から『召喚魔法理論』と表紙に書かれた厚手の本を袋に放り込む。召喚士養成所に合格したときに両親が用意してくれた金に入学祝いと奨学金の一部を足して買った、デディアにとって宝物だ。被召喚者が印刷機とかコピー機とか呼ばれる機械類を持ち込んだお蔭で以前に比べて本が安価になったとはいえ、召喚魔法の専門書は欲しがる人間が少ないため、さほど値は下がっていないのだ。

 さらに見習い召喚士として自分が作成した召喚陣の一切合財を、その本の間に挟み込んだ。失敗作が大半とはいえ、召喚陣は召喚士の財産にも等しい。


 次に肌着やハンカチ、靴下といった身に着ける品や身の回りの小物の類いを詰め込む。とはいっても、それもあっという間に終る。この五年間、寮と召喚会を往復するだけの生活だったデディアには、自分自身の持ち物はほとんどないからだ。カップは自分で買ったお気に入りだが、水差しなどは元々寮の備品なので、持ち出すわけにはいかないというのもある。

 棚や引き出しを漁っていると、埃が舞い、指先が黒くなり鼻がむずむずしてくる。板仕切りの後ろに何か落としてしまったのか、ゴトンとかガサゴソとか怪しげな音が時折鳴る。


(それにしても、どうしましょうかぁ……)


 狭い部屋でクローゼットの扉を開けると、ほとんど身動きが取れなくなる。デディアはベッドの上に座り込み、クローゼットの中身を眺めて嘆息する。

 中に掛かっているのは今着ているのと全く同じ形の黒いローブとロングスカートだ。飾り気もないそれらは、王都第一召喚会の見習い召喚士用の制服だ。これは退寮時に返却しなければならない。デディアは極端に小柄なので、見習いに成りたての子でも丈が合わないと思うのだが、決まりなのだから仕方がない。


(ってなると、何を着ればいいんでしょう?)


 デディア自身の所有物である服は、先ほど既に袋の中にしまい込んだ肌着類だけだ。職場に行く時はもちろん、休みの日も制服でデディアは過ごしていたのだ。寝るときは制服を脱いで肌着のままベッドに潜り込んでいた。自前の外出着をデディアは一切所持していないのである。


 窓の外でどさりという重たげな音がした。振動のせいか、クローゼットの中のローブが呼びかけに応えるかのようにずさりと落ちる。


(やっぱり服を買わなきゃ、駄目ですよねぇ?)


 デディアの部屋の窓は鎧戸になっている。その鎧戸にガシャンと何かが当たる音がした。続いて甲高い声が聞こえた。


「ねぇー!! ねえーーーー!!」


 デディアには特別に親しくしている友人は、少なくとも身近にはいない。寮に住む同僚や先輩たちとは多少の交流はあるが、彼らがデディアに用があるのならば、窓からではなく出入り口のドアを叩くはずだ。

 だから窓越しの呼びかけをデディアは無視した。


「ねえ!! ねえったらあ!! あけてーよー!!」


 声は次第に大きく、喧しいほどになっていった。鎧戸の外の何者かは、ごそごそと向きを変えたり、ひっきりなしに音を立て続ける。


「うるさいですょ! いい加減にしてくださぃ!」


 鎧戸の隙間の宵闇に向かってデディアは叫んだ。


「あーけーてー!! いーれーてー!!」

「何度言ったらわかるんですかぁ?! やめてくださーぃ!」


 ベッドの上を膝立ちでにじり寄り、鎧戸を内側に向かって引き開ける。

 ぽてん、と音を立てて白っぽい影がベッドの上に転がり落ちた。

 小柄なデディアの腕にすっぽりと収まりそうなほどに小さな猫が、デディアの身体をよじ登る。まるで召喚された勇者様や賢者様が話す、あちらの世界の獣のように小さい。そのくせ、「ミャーミャー!」と悲壮な声を上げるその口は、自らの身体を飲み込めそうなほどに大きく開かれている。


「あぁ〜、爪を立てちゃ駄目ですよぉ!」


 白い猫の細く鋭い爪が召喚服に突き刺さるのを、デディアはバリバリと音をさせながら引き剥がす。もうすぐ返さねばならないのに、解れでもしたら寮監に叱られかねないと、デディアは泣きそうになった。


「ねーねー! なんかちょーだーい」


 部屋に入れてもらえたからか、それとも思い切り爪を立てて叫んで気が済んだのか、子猫は漸くのことでデディアにしがみつくのをやめた。

 少し離れると同時に、子猫の身体がほんの少し大きくなる。大きくなったといっても精々がデディアの歳の離れた妹といった程度だが、それでも先ほどまでとは異なり明らかに普通の(・・・)猫獣人の大きさではある。


 白い猫獣人はデディアの腰の辺りに顔を寄せ、鼻をふんふんと鳴らして嗅ぎまわった。低く屈められた頭のてっぺんは左右で薄茶と薄灰色に分かれていた。


「昼間の猫さん……ですか?」

「ミアンだよー」


 猫獣人の子どもは口を大きく開けて元気よく返事をした。

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