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ねっこかふぇを体験しました

「それじゃ、ねっこかふぇ(・・・・・・)に行こうか」


 一軒目のパン屋で貰った食パンのすべてに具材が挟み込まれてサンドウィッチが完成した。今朝、待ち合わせをした広場にでも戻って外で食べるつもりになっていた佑真だったが、ニオの考えは違っていた。ネウもニオに賛成らしく、「にゃん!」と元気に猫っぽく返事をすると、先に立って歩き出す。


 連れてこられたのは猫々専科の店舗とは広場を挟んで丁度向かい側辺りに位置する、一見すると喫茶店というかネットカフェ風の店だった。店の看板には猫々専科とよく似た猫のロゴが描かれ、ご丁寧にひらがなでねっこかふぇ(・・・・・・)と書かれている。何のことはない、ここもまた猫々専科の水華甜瓜が切り盛りする店のひとつだ。


「ネットカフェだか猫カフェだか、よくわかんないネーミングだな」

「その二つを混ぜたってテンカは言ってたよ」


 猫獣人が集まって情報交換をする店だから、猫のネットワークのカフェ、略してもじってねっこかふぇ(・・・・・・)らしい。

 ニオとネウはミルクをそれぞれマグカップと皿で注文した。無料だったのは二人が佑真と行動するのは仕事という扱いだからだそうだ。猫獣人以外は割高だと説明を受けたが、あくまでも比較してという意味のようで、佑真が頼んだホットコーヒーは日本円にすればコンビニのレジ前価格程度と決して高くはない。


「意外と空いているな」

「ここではご飯は持ってきて、飲み物だけ頼むんだ」


 半分くらい埋まった座席の猫獣人たちは、ニオの言うように、思い思いの食事をしているようだった。セルフサービス方式のカフェだから持ち込みが黙認されているというわけではなく、毎日、貢物を取りに民家や飲食店を巡回して食事をするのが猫獣人の一般的な暮らし方なのだそうだ。獣人ではないいわゆる(・・・・)人間族には猫好きが多く、猫獣人に触れたい、姿を見たいという強い要望に応えてやっている――というのが猫獣人側の言い分のようだ。

 そういえば佑真の祖父が餌付けしていた白黒斑猫のタマは、隣の家では格好良く彷徨いのブッチ、通りを隔てた二軒先ではハム好きのニャンコさんと呼ばれていた。それと似たようなものなのだろう。


 目の前の佑真の朝食もまた、猫々専科と何らかの取り決めがあるのか、あるいは訪問した店や家の人々が親切なのか知らないが、いずれにせよニオの猫徳というかニャン徳、人徳のお蔭でありつけたものだ。切れ端だったり余った分だったりはするのかもしれないが、味も品質も申し分がない。


 ニオは姿は猫でも食べ方は人間と同じようで、手でパンを持って食べていた。マグカップを持つときなど、どう見ても持ち手の部分に指が掛かっているようには見えないのだが、カップがぐらつくことなく安定して飲めている。肉球を吸盤代わりにでもしているのだろうか、と佑真は懸命に目を凝らしたが、やはりどうなっているのかはわからなかった。

 ネウは身体は小さいが、育ち盛りだからか、ニオや佑真と同じ量を平然と食べている。それどころか椅子の上に半立ちになり、「ふゅうぅぅ」と興奮して妙な声で唸ったり、隣の佑真のサンドイッチににまで爪を立てたりと忙しない。合間にミルクの皿を舐めるときは「ャムャム、ニャムニャム」と可愛い声がだだ漏れだ。


「しかし、猫獣人だからって語尾に『にゃ』がつくわけじゃないんだな」

「子どもじゃないんだから、そんな言葉遣いしないよ」


 猫獣人といったら「〜だにゃ」「〜するにゃん」といった言葉遣いをするというのは、佑真の思い込みというかゲームや小説で造られたイメージに過ぎなかったようだ。言われてみれば子猫のネウですら、語尾に「にゃ」がつくことは少ない。せいぜいが興奮してうっかり口走ったといった感じのものくらいだ。

 実際のところ、語尾に元の動物の特徴が出るのは幼児言葉だったり、あるいは種族によっては方言のような扱いとなるらしい。独特の生活スタイルを貫いていたり、元の動物の姿を保つことを好む猫獣人が、言葉遣いだけは人間に寄せようとするのは少し意外な気もするが。


「美味かったにゃ……美味かったよ」


 がむしゃらに食べながらも佑真たちの会話を聞いていたのか、食べ終わったネウは満足の言葉を慌てて言い直していた。そのまま手を舐めて顔を洗い始めようとするのをニオが止める。


「食べ終わったら、あっちで休むんだよ」


 カフェの隣には壁で仕切られただけの部屋があり、食事を終えるとそちらに移動するものらしい。部屋の中ほどでは大柄な鯖猫が満足気に耳の辺りを片手でぐりぐり撫でている姿が見える。


「ふーん、猫集会みたいな感じだな」


 間仕切りも目立った家具もなく、ただ、だだっ広いだけの部屋の中には、何匹もの猫獣人が思い思いの格好で寛いでいた。顔を洗っている猫、足を腹の下に包み込むようにして、じっと据わっている猫、窓際の段違い棚に座っている猫もいる。本来の猫サイズになっているのは問題ないだろうが、人間サイズのまま棚に腰掛け足をぶらぶらとさせているのは棚板が外れそうで見ていて不安になる。


 佑真が周りを観察している間に、ニオはさっさと部屋に入り柱の前に陣取って毛繕いを始めていた。出窓にいたときのように、尻を床につけ前脚を伸ばした彫像のような姿勢だ。慥かエジプト座りとかいう呼称をどこかで目にしたことがある。


(えっと……どうしようか?)


 戸惑う佑真の目に床に貼られたカラフルなテープが映る。無造作に六本のテープを正六角形に並べただけのものだ。丸椅子用のクッションくらいの大きさだな、と思った佑真は、無意識に六角形の中に収まるように腰を下ろす。

 床に座ったり寝転んだりしている他の猫獣人たちも、よく見れば佑真同様に六本のテープ貼りの中にすっぽりと収まっていた。


(まさか……猫ホイホイに引っかかったのか、俺?)


 恥ずかしいのと同時に、自分も猫獣人になれたような気がして、佑真は少しだけ嬉しくなった。


 寛ぐ猫たちを、順繰りに佑真は観察していく。うっかりじっと見詰めたせいで、相手が居住まいを正して警戒の姿勢に入ってしまい、慌てて「敵意はありません」と目を逸らす。香箱座りでウトウトしているように見える白黒ハチワレ猫も、耳だけはピクリピクリと佑真の一挙手一投足に向けられている。

 毛繕いしていたニオは、いつの間にかリラックスした姿勢になり、独特のうっとりしたような半眼になっていた。その視線の先では、ボスなのか三角おむすび顔の雉トラが、金色の目を光らせている。

 そんなニオに遠慮したのか、ネウはニオではなく佑真のほうへと寄ってきた。


「おっちゃん、遊んで」

「おっちゃんじゃねえ、(にい)ちゃんだ! そういやネウ、ニオちゃんは兄ちゃんじゃなくて姉ちゃんだろ?」

「にぃちゃんは、にぃちゃんだよ」


 子どもだからなのか、単に人間語が不自由なのか。佑真のあぐらの中にすっぽりと収まったネウは、きょとんとした顔で見上げてくるばかりだった。


(ま、いっか。ニオちゃんが転じてにぃちゃんなのかもしれないし、日本語とアルスガイア語の違いってこともありそうだしな。何よりニオが気にしていないしな)


 佑真が視線を向けた先のニオは、口元だけ「みゅ」の形にして笑っていた。ニオは徐ろに立ち上がり、お尻を上げ前脚を伸ばして大きく伸びをしてから、佑真のほうへと近寄ってくる。

「蛇の目のミュミュリンは先に来てたみたいだし、襟巻きトラゴンは元気だったって金目のタイスケが言ってたし――」


 黙って座っていただけに見えたニオだが、いつの間にやら他の猫獣人たちの近況について情報交換を済ませていたようだった。猫集会の不思議を目の当たりにした佑真であった。


               ☆★☆★☆★


 腹を満たせば、再び巡回である。今度は商店の多い街中ではなく、民家の集まった地域をぶらぶらと散歩する。

 佑真の感覚では不法侵入で叱られるのではないかと思えるような、家と家の間、裏庭などへ、ニオは平然と入り込む。人間サイズになっても、猫の幅感覚はヒゲに頼るのは変わらないようだ。狭い場所をくぐり抜けるたびに、ちびのネウまでもが生意気にも、口元をもごもご、鼻先をぴくぴくとうごめかしている。


 軒下に積まれた樽の陰や、家の裏手には、知らない猫獣人が寝転がっていることがある。地球の野良猫たちよりもアルスガイアの猫獣人たちのほうが平和的なようで、鉢合わせしても睨み合いになることはない。


「シタイさん、こんにちは。今日はどう?」

「今日は日が照ってるが、東風なんで涼むにはいい感じだな」


 白地に灰色のボロ布を羽織ったような柄の猫獣人が起きてきたのと、すれ違いざまにニオは挨拶をしている。


(シタイってやりたい(・・・・)って意味? って発想がエロ親爺のダジャレだな。じゃあ姿態? 肢体? どっちにしてもエロか……。まさか屍体とか死体とかじゃないよな?)


 会話を聞きながら内心くだらないことを考える佑真だが、ボロボロの服装で死んだように眠りこけていた灰白猫獣人の様子を見るに屍体(・・)というのはあながち間違ってなさそうだ。シタイはネウとも顔見知りなのか、樽の上によじ登ったネウと鼻チューのご挨拶を交わしていた。


「じゃね」

「ああ、またな」


 シタイが去るとすぐさまシタイが寝ていた場所に寝そべるニオ。目が合うと身体を少しずらしてくれたので、佑真も隣に座り込んだ。

 他人の家の軒下、台所らしき窓のすぐ下に座り込んでいるのは人間である佑真には少しばかり落ち着かなかったが、それでもシタイが言っていた通り、そこの場所は暑いくらいに日が当たりながら涼しい風が通り抜ける特等席だった。


               ☆★☆★☆★


 昼も朝と同じように店や家々を訪ねては食べ物を手に入れる。商店で働く店員たちは別として、店主も家主も人間ばかりだ。そこには被召喚者も現地人も違いはなく、猫様を愛でたい、奉仕したいと望むのは、やはり人間の性というものなのだろう、などと佑真はひとり勝手に納得していた。

 甘えたり撫でさせたりとニオもネウもある意味食事の対価を支払っているのだが、猫耳を装着しても人間である佑真は無料で恵んでもらっているだけの状況だ。猫真似で甘えるのは当然気恥ずかしいし、相手も美少女や愛らしい子どもならともかく、成人男性を撫でるのは嫌だろう。それでも文句を言われないのは、どうも猫好きが高じた佑真が奇行に走っているのだと、憐れみの目を向けられているような気がしないでもない。


 実際に食べるのはまたもやねっこかふぇ、それも先ほどとは別の店舗である。聞けば、街中のいたるところにねっこかふぇはあるのだそうだ。他にも猫々専科は様々な猫獣人向けの店舗や施設――例えば猫缶と呼ばれるカプセルホテルなど――を営んでいるらしい。


 店内は先ほどと同じような造りで、入口付近はカフェ形式、奥のほうには何もない空間が用意されている。猫獣人専用を謳っているわけではないが、やはり猫獣人以外が利用するのはカフェまでで、奥の猫集会室に出入りする他種族は佑真くらいなものだ。


 午後は昼寝の時間なのか、食事を終えた後の猫集会室には弛緩した空気が流れていた。どの猫も朝とは違って、ごろりと横に見を投げ出している。中には仰向けで腹を見せた姿勢で、正体もなく眠りこけている姿もある。野生を失っているな、と呆れた佑真だったが、猫獣人に野生だの野良だのといった区別があるのか実のところよくわからない。


「ふぅ、幸せ……」


 ニオは寝そべった姿勢のまま、右手を丁寧にぺろぺろと舐めている。

 もしニオが人間型のままだったとしたら、可愛い子が目の前で寝そべっている姿に、佑真は興奮するよりも落ち着かない思いをしたことだろう。それどころか、こんなに寛いで油断した姿を、ニオは見せてくれなかった可能性のほうが高い。


 忙しく動いていたニオの舌が、ふと止まる。右手は口元に添えたまま、目は完全に閉じている。すっかり眠りに落ちかけているようだ。

 佑真のほうは、眠気がやってくる気配はない。食べたばかりとはいえ、午前中にねっこかふぇや民家の軒先を巡ってはウトウトするのを繰り返したせいだろう。


 眠くないのはネウも一緒のようで、つぶらな瞳をキラキラさせながら、寝ている猫獣人の傍に寄って行っては「しゃっ」と威嚇されたり、弱めの猫パンチで叱られたりしている。佑真が遊んでやってもいいのだが、人間の幼児の遊び相手ですら大変なのに、身体能力の高い猫獣人の幼女の相手はかなりきつそうだ。

 どこから見つけたのか、ネウは魚の形をしたぬいぐるみのような物を抱えて、佑真の傍へと寄ってきた。ぬいぐるみといっても抱き枕ぐらいのサイズで、ネウとはほとんど変わらない大きさがある。ネウは佑真の背中にくっつくようにころんと転がり、ジタバタと暴れだす。何をしているのかと首を捻って後ろを覗き込むと、ネウは両手で魚を抱きしめ、強烈な連続猫キックを食らわしていた。


 ジタバタと激しい動きが、突然、静まる。何事かと身を起こしてみれば、ネウは電池切れしたように魚を抱えたままスコンと寝落ちしていた。

 魚のヒレに掛かっていたネウの左手から力が抜けて、ぱたりと床の上に落ちる。猫の開き状態で、ネウはすぴすぴと鼻息を立てながら眠っている。

 起こしてはいけないと、佑真は触りたいのを必死で我慢する。完全なるヘソ天状態の腹を眺めて、佑真はにまにまと笑む。

 そのまま視線を尻尾の落としていくと、足の間には可愛らしい「ω」がちょこんとついていた。


(マジかよ……)


 激しく動揺した佑真は、ごそごそと四つん這いでニオのほうへと移動する。目を瞑っているが、ニオの耳はピクピクと動いていて、明らかに佑真の接近に気がついている。

 寝そべったニオの腹は、背中側よりもほんの少しだけ薄めの茶トラ縞だ。猫特有のにょろんと長い胴体の中央には、和毛が寄り集まってファスナーのような線ができている。


(う……モフりたい……顔を埋めたい……)


 佑真の性的嗜好はノーマルだ。幼女趣味も獣姦癖も断じてない。だがニオのもふもふ腹枕は、強烈な誘惑だった。

 いや、決してこれは性的な欲望などではない。猫様の腹が目の前に無防備に晒されていて、人間に堪えられる道理があるわけがない。


「……いいよ」


 目を瞑ったまま、ニオが小声で付け加えた。それを了承の印だと捉えると、佑真はもふ腹枕の誘惑に屈した。

 独特の香気を発する腹毛が、ゆっくりと上下する。うっとりと身を任せながらも、佑真はニオに問いかけた。


「ネウはニオの弟だったんだな」

「うん……」


 ごろーんごろーんというリズミカルな低音の合間に、ニオの小さな返事が聞こえた。

 佑真はふと思い出した――茶トラの猫は八割が雄猫だという事実を。


「ボクはネウちゃんの兄ちゃんだよ」

「そうか……」


 やはりな、という思いが佑真の胸を過る。


 佑真は決意を固めた。甜瓜の定期召喚の要請を受けよう。そして、またニオとネウに会いに、アルスガイアを訪れようと――。


 ニオのピンク色の口元が小さく「にゃ」を形作っていた。

ニオ・ネウの章は、これで完結です。次章は少し間を置きます。

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