異世界に召喚されました
異界より召喚されし勇者や賢者
その傍らに侍るは乙女たち
麗しき乙女、愛らしき娘
ドジっ娘、ツンデレ
眼鏡にメイドにロリに白衣
数多の乙女たちあれども、獣人に勝るものなし
ピコピコと感情をよく表す獣耳
もふもふと手触り滑らかな尻尾
その中でも猫獣人こそ至高の存在――
猫獣人専門ヒロイン紹介業・猫々専科宣伝広告より
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目を開けると盛谷佑真は、魔法陣の中に立っていた。
学校の教室を数倍した広さの部屋である。濃い灰色の床には紋様が白で描かれている。文字なのか記号なのか、それともただの模様なのか。複雑な文様が円形に描かれた様は、まさに魔法陣だ。
目を閉じても、瞼の裏には眩いほどに輝く魔法陣の残像が、くっきりと浮かび上がる。
(な……いったい何がどうしてこうなったんだ?)
つい先ほどまで、佑真は友人が借りている倉庫からダンボール箱入りの荷物を運び出している最中だった。その証拠に佑真の両手は未だ台車の持ち手に乗せたままの姿勢だ。うず高く積み上げたダンボール箱も、そのまま変わらず目の前にある。
ただ違うのは、ここが佑真の車を止めた駐車場ではなく、見知らぬ部屋の中だということだけだ。
「お集まりのぉ勇者、およびぃ賢者の皆様ぁ!!」
箱の中身は半数以上がTシャツなどの衣類。残りはバッグや装飾品、あるいは文房具や日用品だ。そのいずれもが何らかの形で猫を象った、いわゆる猫グッズだ。空前の猫ブームという言葉に踊らされた友人が、猫グッズの専門ショップを開こうと自作したり買い集めたりした商品である。
同じ猫好きということで佑真も出資を求められたのだが、友人のセンスに――美的にも経営的にも――一抹の不安を覚え、単に金を貸すに止めたのだ。予感は外れることなく友人の商売は失敗に終わり、佑真は金の代わりに猫グッズの在庫を大量に手に入れた。
多少なりとも売れそうな商品は、既に友人が金策のために売り払ったり、他の債権者が持ち去ったりした後だ。売れ筋と個人の嗜好とが一致するとは限らず、中には佑真好みの商品も含まれているかもしれないが、基本的には売れ残りの不良在庫品である。商売っ気の無さではその友人といい勝負の佑真にとって、これをどう捌いて金に代えるかが、大きな問題だ。
「あの! すいませんっ! 聞いてくださあい!!」
荷物だけでなく、身体的にも異常は特には感じられない。もちろん体感的なものであって、肉体を隅々までチェックしたわけではないが。
わけのわからぬ状況ながらも、一応は身の安全を確認した佑真は、改めて周囲を見回した。広いだけで何の家具も調度も無い部屋である。瞼に灼きつく残像は治まったが、足下の怪しげな魔法陣はをのままだ。
魔法陣中には佑真以外にも数人がいて、皆、呆然とした表情で立ち尽くしたり、あるいは座り込んだりしている。察するに佑真と同じ状況にあるのだろう。年齢も性別もバラバラだが、髪や肌の色、服装などからしておそらくは日本人、少なくとも東アジア系に見える。
「えっとぉ!! あのぉ!! お願いだから、聞いてくださぁぁぁぁい!!」
シャツの袖にしがみつかれて、漸く、佑真は部屋の中でもう一人の人物が先ほどから懸命に自分たちの気を引こうと叫んでいたことに気がついた。
(子ども……? ってか魔女……?)
袖を引いていたのは佑真の肘くらいの背丈の小柄な人物だった。白シャツに紺の半ズボンと制服姿の小学生男児のような格好だが、性別は女のようである。幼い容姿はロリ趣味ならば魅力的に映るのかもしれないが、生憎と佑真にはその手の趣味はない。紺色のマントを羽織りトンガリ帽子を被っているところは御伽噺の魔女のようでもあるが、その割には帽子から覗く髪は寝癖でくしゃっとしてみっともない。その髪の毛も日本人どころか地球人にはあり得ない鮮やかな緑色と、ファンタジー風要素が盛り込み過ぎで、ドキドキワクワクするよりも些か辟易とする。
「日本からぁ、アルスガイアに召喚されたぁ、勇者・賢者の皆様ぁ! お一人ずつぅ、別室で面接をさせてぇいただきますのでぇ、こちらにお越しくださぁい!!」
己の存在に気づいてくれたと思った佑真が、結局はじろじろと観察をするばかりで何も返事をしてくれないことにがっくりときたのだろう。謎の魔女っ子は涙をぽろぽろと流し、鼻を詰まらせ、しゃくり上げながら、叫ぶ代わりに切々と訴え始めたのだった。
それが功を奏したのか、魔法陣の中に座り込んでいた佑真以外の人々も、漸くのことで魔女っ子の存在に気づいたようで、それから間もなく全員が彼女の言葉に従い動き出した。
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「――といったわけで、実際のところ金メダル級のアスリートでもなければノーベル賞級の学者でもない盛谷さんが、このアルスガイア世界で召喚勇者だの賢者だのになれる可能性はかなり低いと言わざるを得ません。ですから日本へ戻るまでの滞在費を稼ぐためにも、是非ともあなたの持っている商品類を私に売却していただきたいんです。ね、デディアちゃん?」
そう一気に捲し立てた女は、隣に座る魔法少女に同意を求める。デディアというらしい魔法少女は、おどおどとした表情で女の様子を窺ってから、佑真に向かって小さく頷いた。
口を閉ざした女は、佑真のことをじっと見詰めている。デディアというらしい魔法少女と違い明らかに成人のようだが、あまり色気の感じられる視線ではない。どちらかといえば品定めをするようなというか、計算高そうな目付きだ。
黒髪、黒瞳に紺のビジネススーツと、女の外見は日本人っぽい。というより、日本人であると当人がそう自己紹介した。名前はテンカであってスイカでもメロンではないと、一頻りわけのわからないことを口にしていたが。
デディアはテンカの勢いに圧されたのか、口をパクパクさせるばかりで、まともに喋れていない。
そもそもはデディアが、佑真たち魔法陣の中にいた人々に状況を説明する役割を担っていたらしい。尤もぴょんぴょんと無駄に跳ねたり叫んだりするばかりで、ろくにその役割を果たせていなかったのだが。
結局、いつの間にやら現れたこのテンカという女性が仕切って、個別に状況説明する場を整えたのだ。そして佑真の担当となったのが、デディアとテンカである。
ちなみに佑真以外の担当になった連中は、全員がデディアと似たような魔女や魔法使い風の衣装を着ていた。テンカの格好が異なるのは部外者だかららしいのだが、なぜ部外者が仕切っていて、誰もそれに文句を言わないのかは謎である。
「まとめると……俺は異世界に召喚された、と。で、勇者として敵と戦ったり治安維持に協力するか、賢者として科学技術を革新したり文化芸術の発展に寄与して欲しい、と。それができなければ持ち物を売ってくれ、と。この理解であってる? えっと、デディア……さん?」
「は、はい、そうかな? えっと、そうです、多分。魔王討伐は国家召喚士の専権事項なんですけどぉ、それ以外は街の召喚業者でもできるんですぅ。わたしは見習いなんで任意召喚のお手伝いしかできないんですけどぉ……」
見習いだから召喚士の正装である黒マントは纏えないのだとデディアは零す。佑真としては見習いと正式な召喚士との違いなどよくわからないし、服装の違いなどなおさら興味がないので、仕方なく説明を求めてテンカのほうへと目を向ける。
「まあ、ざっくりまとめると、そうですね。ちなみに任意召喚っていうのは定期召喚や指定召喚と違って、個人名や細かな条件は指定せずに大雑把に有用な能力や物品を持っている人物って条件だけで召喚する方法です。日本人って条件はついてますけど。あ、勘違いしないでくださいね。日本人が優秀だからってわけじゃなくて、偶々、持ち込まれた日本製の品が広まって以降、外国製だと規格が合わないので困るってだけのことですから」
日本人の場合は他国に比べれば貧富の差も学力の差も小さいため、ハズレを引く確率が低いというのも好まれる理由ではあるらしい。それもあって任意召喚という曖昧な条件での召喚が一般化し、主に金儲けのネタを探す商人を相手に召喚業という商売も成り立つようになったのだそうだ。
「信仰心も薄いし、オタク文化のお陰か、パニックにならずに異世界召喚をすんなり受け入れるんですよね、日本人って」
「なるほど。日本人が多いから日本語も通じるってわけか」
「あ、それは違います。言葉に困らないのは召喚魔法の効果だそうですよ。ま、|ジューデンキ(充電器)とか|デンチ(電池)は普通に通じますけど」
被召喚者によって持ち込まれ普及した品々の中には電気製品も少なくないらしい。それらの機械を使うために電池や充電器、発電機などの需要もまたあるのだそうだ。
「スマホはあるけど、充電器まで持ち歩いていないや……」
テンカの言を認めるのは癪だが、慥かに佑真はアスリートでもなければ天才科学者でもない。大学は出ているが凡庸な大学で平々凡々たる成績だった、ただの一般人だ。異世界召喚につきもののチートを駆使しようにも具体的な知識はまるで足りていない。たとえあっても佑真の知っている程度のことは、過去の被召喚者が既に持ち込んでいるに違いない。
そうなると佑真にできることは、ごくごく限られることになる。
「盛谷さんはダンボールを何箱も持ち込んでいらっしゃるじゃありませんか。その中身を私にお売りください」
「大して売れそうな品はないよ。そもそも売れ残りなんだし……」
佑真の猫好きは自他共に認めるところだし、持ち込んだ品が不良在庫ばかりとはいえデザインによっては使いたいと思う品もないわけではない。だが猫ブームを支えるのは中高年女性だと推測した友人が仕入れた商品の多くは、例えば、レベルの低い技術で中途半端にリアル感のある仔猫が刺繍されたたタオル地のハンカチなどだ。悪趣味を通り越して不気味としか言いようがない。おばさん受けはするのかもしれないが。ともかく、この世界の美的センスがどんなものかは知らないが、佑真と同年代くらいのテンカが好むような物とは到底思えない。
だからテンカの言葉は佑真にとっては都合が良すぎて、質の悪いドッキリか詐欺のようにすら思えてくる。商人なのかもしれないが、だったらなおさら売れそうにない商品を欲しがるテンカの意図がわからない。そもそもこの女は、いったい何者なんだろうか――そんな疑問が改めて湧いてくる。
「そうそう、申し遅れました。私、こういうものです――」
思い悩む佑真をよそにテンカはすっと立ち上がり、慣れた手付きで名刺を差し出してきた。オフホワイトの紙に、尻尾をピンと立てた黒猫のロゴが描かれている。会社だか店だかの名前は、しっかり漢字で書かれていた。
「猫々……専科? 社長?」
「猫獣人専門ヒロイン紹介業・猫々専科の、私、水華甜瓜と申します。スイカでもメロンでも、ありませんので」
佑真がゆっくりと視線を上げると、テンカ改め甜瓜は、猫のようににんまりと三日月形に唇を撓めて笑んでいた。




