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ルーンゴーストⅡ『コルセニーの紋章』  作者: ゆめあき千路


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75/75

075:《最終話》守護聖都フェルゴモールで

 アイミアの作ってくれたシェインホールは、まっすぐ下に伸びていた。

 移動は一分とかからなかった。

 ユニスは建物の廊下に出た。

 まだ、アルゴホテルの中だ。その廊下。場所は地下の三階らしい。

 プリンスの軌跡を探した。

 廊下の床に、一筋の銀色。キラキラ光っている。

 ユニスは銀の糸を辿った。

 空気が冷たい。

 バシャン!

 足下で水が跳ねた。床には澄んだ水が溢れている。

 アルゴホテルの地下にある設備施設だ。

 その広々とした空間に、プリンスがいた。ユニスが時空間の歪みに落ちる前に見たのと同じ白い戦闘服だ。右手の剣を、左手に持つ鞘に納めているところだった。

 ここの時空間に歪みは無い。おそらくプリンスの方は、ユニスを異空間で掴んで放ってから、すぐにここへ移動していたはずだ。

 ズキリ、と頭痛がした。ユニスは痛みに連動して込み上げた吐き気をこらえた。

「ここは、何?」

 床を覆う水は、ユニスのくるぶしの上まで届いている。

プリンスの向こうには巨大な黄金色のタンクがそびえていた。澄んだ水は、そのタンクの下の方から流れてくる。

「アルゴホテルの地下にある浄水施設です」

 プリンスは応えた。(はがね)を思わせる美しくも冷たい声。

「どうして、水のタンクを壊したの」

ユニスは身体が震え出した。

「空間干渉機は、この中にありました」

 プリンスはゆっくりと右へずれた。

 巨大な黄金色のタンク中央に開いた、大きな三角形の穴。水はそこから細く流れ出している。三角形の斬り口は大人が通れそうだ。いや、プリンスは、すでに入って出てきたのだ。銀髪の先からは雫がしたたり落ちている。

 ユニスは、タンクの奥の暗がりを覗き込んだ。

 斜めに差し込む明かりに、タンクの中央、底溜まりになった水中が見える。

 そこに黒い塊があった。湖に浮かぶ小さな島みたいだ。鋼鉄の部品をいろいろ集めて、デタラメに組み立てたような、武骨な機械(メカニズム)。ところどころには、(きら)めく透明結晶が埋め込まれている。水の中には部品が散らばっていた。壊されて崩れる前は、もっと大きな機械装置だったに違いない。ユニスが知っている携帯型の空間干渉機とは、比較にならない巨大さだ。

「どうしてこんなものが、このホテルの地下にあったの?」

 よりによって、七星華乙女会の会合がある建物に仕掛けられていたとは!?

 アイミア達が用心を(おこた)ったとは考えにくい。

 この装置を、こっそり仕掛けた者の知恵が、勝っていた。

「空間干渉機がサイメスで開発されたのは、数年前だと聞きます。これが仕掛けられたのは昨年でしょう。怪しまれないように、部品は少しずつ運び込まれ、この中で直接、組み立てられたと考えられます」

「でも、この建物は、事前に調べたんでしょう」

「寸前まで、この装置は稼働スイッチが入っていませんでした。従来の空間干渉機はサイメスの科学技術系の装置ですが、このタンクの中の装置は、セビリスの護符の複製を媒体に組み上げられています。発動の鍵は、キラ・ターナス嬢が持っていたようですね。そして、もう一つのアクセスコードは、類似した古代理紋のシェインの波長でした」

「わたしのシェインね」

 ユニスは声が震えた。

 プリンスは、前もって、テロが起こる可能性をユニスに教えてくれた。

 でも、こうなる可能性の解説は、してくれなかった。

 プリンスだって全能ではない。

 だが、どこまで正確に予想していたのだろう。

 そして、ユニスがどうなるのかを、何を考えながら、待っていたのだろう。

「今ならわかるわ。わたしがシェインを使ったら、あの護符と同じ力の方向が逆転するように設定されていたのね」

 異空間に引き込まれたユニスが、シェインで空間をコントロールして逃れようとすればするほど、ユニスを捉えようとする力は強くなった。それは、ユニスのシェインとは性質が正反対のパワーだったからだ。プラスとマイナスが引き付け合うように、サイメス人は空間干渉機の性質に古代理紋の力を加えたものを、きれいに逆転させた。ただひっくり返せば良いだけではないから、じつに器用な設定だ。

 もしもあの時、プリンスがユニスを掴み、力尽くで横に外れた空間へ引き込んでくれなかったら……。

 ユニスは今頃、サイメス人の設定した『終着点』へ連れ去られていただろう。

「けっきょく、わたしの拉致が、サイメス人の目的だったの?」

 ユニスは顔をしかめた。頭の奥の痛みが、だんだん強くなってきている。頭痛を引き起こしている原因の部分に、何らかの限界がきているのだと感じる。

 早く解いてもらわないと、危険だということも。

 プリンスが掛けた呪縛だから、プリンスもユニスの状態に気付いているはずだ。

「会合に出席するのは、帝国宰相の私の方でした。サイメス人の当初の目的は、私の暗殺です。囮にしたのは、私自身です。もしも、ユニスがいなければ、私はこの装置に気付かず、郊外に用意されたダミー装置の元へ誘導され、敵の罠にまともに踏み込むところでした。ご協力を感謝します」

 プリンスは、ゆっくりと近付いてきた。

 その右手が、ユニスの顔の前にきた。ユニスは微動だにできなかった。額に、ひやりと冷たい感触。プリンスの濡れた掌が押し当てられた。

 ユニスの脳の奥で、形の無い何かが、パキンッ、と砕かれたようだった。

 続けて、もう一回。

 プリンスの手がユニスの額から離れた。

 ユニスの頭の奥の痛みは、嘘のように治まっていた。

「わたしに、何を……?」

 したの、とは、緊張で声がかすれて、ユニスは喋りきれなかった。

「幼いユニスには、古代理紋が速やかに身体に馴染(なじ)むようにするシェインのプログラムを仕掛けました。そうしなければ、あのあと何年もの間、古代理紋への未知の恐怖と強力なパワーに、心と肉体が侵食される苦痛を味わったことでしょう。ですから、万が一、命の危機に陥りそうになった場合は、ユニスのシェインを私の支配下に置き、管理できるようにしておきました」

 プリンスが子供のユニスに触れた機会は、過去へタイムスリップした時だ。プリンスは、古代理紋を吸収した後の、疲れて眠った幼いユニスの頭に触れていた。

 あの時、そんなシェインを掛けられてたなんて!?

 どうしてこの年齢になるまで気付けなかったんだろう。これまで何度も大人のシェイナーや理医の診察だって受けていたのに、誰も気付かなかったとは!?

「もうひとつは、いつ?」

 ユニスはゴクリと唾を呑み込んだ。

「二度目は、過去から戻った直後の湖の側で、武器商人との銃撃戦の時です。私はユニスに、敵の複製護符(レプリカ)を破壊するよう、指示しました。あの時には、ユニスのシェインは私の支配下にあることがわかっていましたので、私に必要なのは、引き続き、私がユニスのシェインを自由に利用できるようにする(すべ)でした。私はユニスがセビリスの古代理紋に接触することをキイワードにし、私が望むとき、望んだ通りにユニスとユニスのシェインを行使できるよう、強力なシェインによる暗示を、ユニスの脳の、シェインのコントロールを司る部分に埋め込みました」

 プリンスの声には、温かみというものがまるで感じられなかった。

 ユニスは心の奥底から恐怖が膨れ上がってきた。

 知らない間に、勝手にシェインを掛けられていた。一度目は、それでも子供のユニスを守るためだった、親切心があったと解釈してもいい。

 だが、二度目は違う。

 肝心なことを聞かされずに、利用された。

 腹立たしい。そして………………これから何をさせられるのか、予想もつかなくて怖い。ユニスの目の前にいる、この国で一番美しい男性が、なにより恐ろしい。

プリンスに利用されるのは、これが初めてではないが……。

 でも、もう、だめだ。

 プリンスとシャールーン帝国のために、大人らしく、賢く対応するなんて、ユニスにはできない。やりたくもない。

「プリンスなんか、大嫌いッ。七星華乙女会なんか、絶対に入らないから。二度とわたしを利用しないでッ」

 ユニスは、プリンスにくるりと背を向けた。

 シェインで一気に地上階へ飛んだ。


 ユニスがホテル一階のロビーの中央に出現すると、人で賑わっていたロビーは、シンとした。シェインの行使を禁止されている場所へ、空間移送で出現したから無理もない。

 この高級ホテルになんという不作法者が来たのかと、何も知らない紳士淑女の冷たい注目を浴びるのもかまわず、ユニスはロビーの中央を、足速に突っ切った。

 外への正面玄関を出た時には、ほとんど走っていた。

 ユニスはけっして振り向かず、晶斗の待つ街の雑踏へ、入っていった。

                                  〈了〉


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